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僕が最高の子供です!

 玄人は不貞腐れている。

 武本の倉庫にあった不要な商品の代金が手に入らなかったからでも、山口の仕事が忙しくて会えないからでもない。

 山口の鞄と実はお揃いじゃないと山口に指摘されたからでもない。

 鞄は俺が縫ってやったものだから、奴とお揃いじゃなくて当たり前だ。


 玄人は俺に対して怒っているのだ。


 きっかけはあの日、卒業アルバムで俺達の過去の友人達を指し示した日だ。

 玄人はトイレから戻らない山口に挨拶もせずに、ただ「帰りたい」と俺に強請ったのである。

 帰りの車内では無言で、眠りもせずに俺の方も見もしないで、ずっと不貞腐れた様にして腕を組んで座っていた。


 山口に俺がした事を、玄人に見られてしまったのだろうと俺は思っていた。

 けれどもそれは違っていた。


 玄人は車が止まるとすぐに駆け込むように自宅に入り、無言で仏間の掃除をして、それが終ると二階に駆け上がった。

 とたたたたと洗濯物を抱えた姿で階段を駆け下りて戻ってくると、ばさりと洗濯ものを仏間の畳に放って自分も座り込み、洗濯物をそこで畳み始めたのだ。


 家事をしないと笑った事を気にしていたのか。

 なんて可愛い奴だと、俺は彼の行動を微笑ましく、居間と仏間の襖を開けて居間から彼を眺めて喜んでいた。

 仏間の掃除を彼がしている間に、俺が彼のアンズの世話をしてやっていたのだからいいだろう。


 俊明和尚の座椅子をメンテナンスに出したからこその襖の開け放しだが、戻って来てからも玄人が掃除をしている間は開け放そうか。

 彼は不恰好な動きであるが、きちっと俺が教えた通りに手抜きをしない。

 なんと微笑ましい姿なのだろう。


「適当で良いよ。仏様よりも僕のそばにいらっしゃい。」


 生真面目に掃除する俺の姿をくすくすと笑って、自堕落に居間に転がる奔放で罰当たりな父親の姿が脳裏に浮かんだ。


「埃なんて掃除した先から溜まるものなんだから、適当でいいんだよ。さぁ、放ってしまって僕と遊ぼう。」


 俺にも自然とくすくす笑いが出たが、俺に目を向けることなく一心不乱に洗濯物を畳んでいる玄人の姿が少々おかしいと笑いが引っ込んでしまった。

 普段やらない仕事の為にか、服やタオルが畳む前より酷い状態になっていく。

 そのぐしゃぐしゃになっていく衣服が、急に玄人自身にも見えた俺は、一瞬で消えた高揚感の代りに不安が胸に押し寄せた。


「どうしたの?一体お前はどうしたんだ。」


 俺は居間から仏間に乗り込むや、奴の手から可哀相なタオルを取り返して、とにもかくにも素晴らしい状態に変化させた。


 これが玄人というならば、俺はぐしゃぐしゃのままにしておきたくはない。


「こうやって畳みなさいよ。以前も教えただろう。」


 動きの止まった玄人を見返したら、ぽろぽろと涙を流して泣いている。


「どうした。」


 洗濯物を放り投げて玄人を引き寄せて抱きしめようとするが、玄人は俺の手を振り払って立ち上がり、そのままタタっと玄関に走っていった。


「ちょっと、クロ。」


 俺はヤレヤレと立ち上がって彼の後を追い、廊下の端で玄関を前にして体育座りしている玄人の後ろにしゃがんだ。

 膝に顔を埋めて座り込んでいる彼は、肩幅も狭くきゃしゃで、成人男性にはとても見えない幼い子供の姿でしかない。


「言わないと分からないだろ。どうした?何がしたいんだ?」


 すると丸まっている子供は、俺が笑い出すような事を呟いた。


「僕が良純さんの一番です。」


「お前は急に何を言い出すの。」


「淳平君にお前は本当に可愛いって。」


 俺は玄人の焼餅が事の外嬉しく感じてしまい、自然と彼の頭を撫でようと手が伸びたが、彼は俺の手をばしりと強く払いった。

 次いで、俺をキっと睨むように見据えて、彼は言い募る。


「メールにまで。家事が出来れば最高の子供だって。」


「お前、俺のメールを何時読んだんだよ。」


 きゅっと唇を噛んだところを見ると、かなり前から俺のスマートフォンの覗き見を何度かしていると見た。

 俺も玄人のスマートフォンは覗きたい時に覗いているので、実は覗き見程度は全くされてもかまわない。

 俺は玄人と違ってそれ程馬鹿なメールもお気に入りも無いからな。


「そ、そんな事よりも、僕は最高の子供じゃないのですか。僕が良純さんの一番の子供じゃないと嫌です。」


 俺はそこで、親として一番やってはいけない事をしたのだと、思い返した今は反省している。

 腹を抱えて大笑いしたのだ。

 文字通り、腹を抱えた。

 廊下にゴロゴロと転がっての大笑いだ。

 玄人は立ち上がってそんな俺に叫んだ。

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