ラストスタンディング
この出来事の十五分前。
待ち合わせ場所に楊達が到着する前に、秘密の事前会議があった。
参加者は俺と玄人と髙。
そして髙の脇に立つ不安顔の新人、加瀬。
加瀬は目も鼻も口も大作りで整っているといえない顔の造作だが、人柄がいいのか好印象を与える青年だ。
玄人の対の存在だと妖怪署長が言っていたが、現在の彼には殆んど能力が残っていない。
使い方が分からないまま生まれて初めて力を使ったが為に、使った相手に能力を奪われてしまった間抜けなのだ。
馬鹿さ加減では玄人の対になれる男だ。
「あの、百目鬼さん、飲み会以来ですね。」
加瀬は顔を赤らめて、俺を素通りで玄人に挨拶しているではないか。
髙はそんな非礼な部下の振る舞いに謝るどころか、俺に悪戯めいた目線を寄してから、笑い出して小刻みに震えている。
「加瀬さん、大丈夫ですか?本当にいいのですか?」
玄人は加瀬の右手を両手で握りしめて、ぎゅっと自分の胸元にその手を当てての最終確認だ。
加瀬の顔は見る見る間に、前線に出る男の面構えと変わった。
「大丈夫です。これでこの間の挽回ができれば、僕は嬉しいだけですから。」
玄人は気づいてもいないが、俺によって今日も完璧な美女に仕立てられた姿で、手を握って「いいの?」と優しく尋ねれば、大抵の男は誰もが「いいよ」と応えるはずだ。
大抵の男はけなげな美女の願いを自分が叶えて守ろうと、叶えた暁には美女そのものをを褒美に奪おうと考えるはずであり、大抵の男どおりに加瀬の顔には責任感までも溢れているではないか。
先日の死人の騒乱事件は、加瀬の力を奪った死人による事件だ。
加瀬は死体を死人に変える力を持っていた。
何だそれ、だ。
世界は狂ってやがるだろう。
狂っているのは俺も同然だ。
全く疑問に思わずに、玄人の言うがままにここまで彼を連れて来て、言い分まで何もかもを信じているのだものな。
水野達は楊ではなく、楊の副官の髙の方へ先にメールをした。
楊が受けたメールは髙からの転送だ。
髙は楊に連絡する前に、玄人へ電話をかけてきたのである。
俺が少々玄人に飽きてきた頃だったので、髙からの連絡は一息入れるにはいいタイミングだった。
玄人は「マグロ」だ。
反応はするがされるがままで、俺に何のお返しもしない薄情な奴だ。
普通はおぼこでも、相手の行為に対して同じような行為は返そうとするだろう。
玄人に触れる度に感じる感覚さえなければ、奴との行為は数秒で放り出すつまらなさだ。
その点、山口は良かった。
あいつは今まで抱いた中で、一番いい反応をする可愛い奴だった。
「加瀬さん。あなたの中に犯人から奪った能力を流し込みますよ。その時に犯人が為して来た酷い行為があなたの記憶になったりします。あなたは今までの加瀬さんでいられなくなるかもしれない。それでも大丈夫ですか?」
玄人は髙の電話に、黒幕は町に呪いを撒いたあの魔女だと伝えた。
警察官に貼り付く呪いを貼り付け、仕事熱心に町中をパトロールする度に呪いが拡散される呪いを作った女――九十九乃亜だ。
「あれは魔女です。毒薬を作り人を惑わして金銭を手にする。」
髙からの電話に玄人は静に続ける。
「美しいものはそれだけで魔力があります。さっちゃんとみっちゃんは術具として、生贄として最高だと思いませんか?彼女達にはそこから動くなと。あ、動けません。彼女達の部屋に封をしましたから無理に出るなと伝えてください。僕達も今すぐ向かいます。」
訳の分からない言葉を紡いでいた馬鹿は俺に向き直り、当主の顔で偉そうに俺に命令した。
「行きますよ。」
そこで俺は、外出用に最高の美女に仕立ててやった。
俺の嫌がらせだ。
絶世の美女に手を握り締められ見つめられる加瀬は、既に魂までも玄人に捧げている。
「いいですか、加瀬さん。あなたが今までに受けた嫌な事や苦しさ、そして憎しみを全て僕にぶつけるのですよ。受けた力を全部、残さず僕にぶつけるのです。」
「そんなことしたら、あなたが呪いを受けて大変な目に。」
玄人はフッと全てを知っている女神の表情で加瀬に微笑んだ。
「呪いが僕にかかる事で、呪いを消し去る仕掛けが動きます。加瀬さんは見えますよね。僕を覗いて見てください。」
加瀬は呆けた顔を引き締めてじっと玄人の美しい顔を突き刺すような目線で見返し、数秒後には「凄い」と感嘆の声をあげた。
「竜道の終わりを利用した仕掛けですね。全てがそこに流れて消え去る仕掛け。素晴らしいです。流石百目鬼さんだ。」
惚れ直したかのような熱に浮かされた瞳で玄人を称え続ける加瀬のその姿は、完全に魔女に誘惑される純粋な騎士の図だ。
そして、今の状態だ。
加瀬は力を使い果たして倒れ、九十九乃亜は全ての力どころか美しさも若さも失って、本来の自分よりも最悪な状態にされて座り込んで呆けている。
最後に立って微笑んでいるのは、最高の美女で、最悪の死神の玄人だった。




