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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十六 特定犯罪対策課の長い一日
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救出への攻撃

 黒セダンは指定されていた駐車場にスムーズに潜り込み動きを止めた。


「友君は本当に運転が上手いね。」


 葉山は褒められて満更じゃない顔をして、楊は唇を尖らせた。


「お前、俺の運転は褒めた事ないじゃん。」


 楊に俺達は笑い出し、そして危険の中にいる同僚への心配を追いやると、髙の待つ集合地点に急いで向かった。

 そこには加瀬は居らず、髙だけが俺達を待っていた。


「思ったより早かったね。かわさん、相手は同級生でそれまた女の人なんだけど、大丈夫?少々痛めつける事になるからね。」


 髙は天気の話をするように飄々と酷い内容を楊に確認するが、対する楊は髙に慣れているのか、実は百目鬼並に薄情なのかニヤっと顔を歪めた。


「俺は本物のフェミニストだからさ。男女分け隔てなく殴れますよ。」

「嘘だぁ。」


 葉山が楊を囃す。


 敵は四名。

 黒いドレスを着た魔女。


「でも、死人ではないですよね。どうやって対処ですか?」


 俺の問いに髙は表情を変えずに腰縄を放って寄越した。

 俺も葉山もそれをキャッチして、すぐさまそれをベルトに簡単に装着する。


「あれ、かわさんのは?」


 俺が髙に聞くと、楊が振り向かずにスーツの裾をあげた。

 彼はいつも持ち歩いていたのか。

 気がつかなかった。


「山口はさ、あんなに教え込んだのに最近だらけて適当だよね。じゃあ、行くよ。」


 葉山は噴出し、髙の号令で俺達は水野たちが篭っている無人の集合住宅に向かって歩き出した。

 数歩も歩かず、隣でクスクス笑っていた葉山が、すっと笑いを止めて呟いた。


「最悪だな。」


「うん、魔女どころじゃないね。」


 団地には十人の若者が入り口を固めていた。

 俺は仕方がないとそのまま彼らに近付くが、俺よりも早く楊と髙が彼らに近付いて次から次へとさくさく若者を倒していくではないか。

 簡単な関節技で相手の動きを封じ、そこに手刀で意識を落とすという、彼らは無駄のない動きで次々と敵をさばいていくのである。


「山さん、俺達も頑張んないと、全部持ってかれちゃう!」


 慌てた葉山が参戦したからか、制圧には数分も掛からなかった。

 数はいても鍛えてもいない近所の少年である。


「彼らが起きる頃には応援の交番の巡査が来るからね、俺達はさっさと行くよ。」


 応援の連絡を入れた楊が俺達を促し、髙を前にして俺達三人は水野達が隠れる三階へと団地の階段を上がり続けた。


「どうして三階ですか?ここまで上がるよりも走って逃げた方が安全だったでしょう。」


 葉山の言葉に髙がシレっと答えた。


「魔女特有の幻覚でしょ。ここに追い込むのが目的。」


 階段を上がりきってすぐに髙と楊は足を止め、二人のすぐ後ろの俺達は彼等の見ているものが見えた。

 四人の黒いドレスの女達は全員赤い仮面をつけており、人形の様に此方を向いて立っているのである。


「酷いな。顔があんなに爛れて。あれは治るのかな。」


 友人であった楊は哀れの滲んだ声を出した。

 彼女達の後ろには緑色の団地特有の重いドア。

 その向こうに水野と佐藤がいる。


「一人が一人を確実にね。力は死人並だけど、生きているから怪我をさせないように。君達も怪我をさせられたら術に嵌るから気をつけて。」


 玄人の「髙の言う事は絶対に聞いて」はこれかと、俺は進んで行き、手前の一人を拘束した。

 髙から渡されていた縄で軽く被疑者の顔を叩き払って、バランスを崩した所を利用して縄で縛っただけだ。


「友君もかわさんも、こんな感じで。」


 俺は「ちょっとはいい弟子だろう」と髙に目線を流したが、彼は思いつめた表情で適当な一人を簡単に拘束している。

 髙の様子がおかしい。


「前門の虎は簡単に片付きましたね。では、後門の狼は僕が片付けます。」


 大好きな声に振り向くと、玄人は加瀬と仲良く幼稚園児のように手を繋いでの登場であった。

 玄人に手を握られた加瀬は、右隣の玄人に完全に魂を抜かれているようだ。

 目の前の彼は写真の姿ではなく、ラッパ袖の丈の短い綿レースブラウスにブルーグレイのガウチョパンツ合わせ、上にはグレーのジレを羽織った完全に女性の格好だ。

 おまけに百目鬼による化粧が施されて、どこからみても絶世で完璧な美女だ。


 畜生、百目鬼め。

 醒める俺と反対に、葉山からはほうっと息を吐いた音が聞こえた。


「さぁ、その魔女の被害者で人殺し達を下げてください。邪魔です。」


 上から人を使う当主の声で玄人が俺達に命令する。

 俺は、俺達は玄人の言うがまま何も言わずに、括った女性達を俺達が来た階段辺りまで引きずった。

 玄人は加瀬と手を繋いだまま俺達に声をかけた所から動かない。

 いや、動いている。

 囁き声で彼は祝詞を唱えているのだ。

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