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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十六 特定犯罪対策課の長い一日
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お前を贄にする

 水野が開いた玄関に振り返ると、顔に赤い仮面を貼り付けた黒いドレスの女性が二人、室内へと入ってきていたところだった。

 彼女達は何かを唱えながらすり足で近付いてくる。


「うえ!気味が悪い!」


 思いっきり引いてしまった水野とは対照的に、佐藤は冷静にパシャっと彼女達を写真に撮ってから、自分達が警察である事を声高に告げていた。

 けれども女性達は意にも介さず、呪文を唱えながら水野の面前に進み出てきたのである。


「お前を贄にする。」


 しわがれた声で呟き、左の片方が水野の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。


「みっちゃん下がって!」


 水野は佐藤に引っ張られ、そして何かをかけられたが、それは水野を庇った佐藤が殆んどを受け持ってしまった。

 汚水の掛かった腕がかあっと熱くなり、すぐに痛みがずきずきと襲い、水野の頭は真っ赤に血が昇っていく。


「何をやってんだよ!てめぇらは!」


 怒声を上げて水野は異物をかけた女性を捕まえたが、水野は簡単に払われた。

 振り払われた水野は背中を壁に強くぶつけられることとなった。


「はうっ。」


 衝撃で水野は肺の中の息を吐き出した。


「いった。こいつら死人?」


 力は成人男性ほどもあった。

 壁に強く打ち付けた背中がジンジンする。


「ほら、立って。」


 痛みに呆然としている水野を叱咤したのは佐藤だった。

 頬や額を赤く腫らせている。

 自分の左腕は、いまや火傷したかのように爛れて、強くジンジンと痛む。


「チクショウ。」


 水野は叫び、佐藤の手をとって室外へと飛び出した。


「もうここはいい。まずはさっちゃん、病院だよ。」


 共有廊下のエレベーターに、黒ドレスが一人、何かを持った姿で立っている。

 水野と佐藤は非常階段を下に駆けおり、支給車に向かって走ったが、そこにも黒ドレスが立っていた。


「あそこの、あの建物に逃げ込みましょう。」


 佐藤が指差した方角には、立替予定で無人らしき団地が聳え立っていた。

 水野は何も考えずに佐藤の言葉のままその建物に走りこみ、そして、この部屋に逃げ込んだのだ。


 しかし佐藤が目指した最上階の奥の部屋でなく、この部屋に逃げ込んだのは、水野の足元を何かが掠めて途中で転んでしまったからだ。

 水野が走れないと見るや、佐藤は水野に肩を貸して転んだ階の奥になるこの部屋へと逃げ込んだ。


「ごめんね。みっちゃん。私の判断ミス。どうしてこんなバカな事を言ったのか考えたのか自分でも分からない。この団地に行かないといけないって、なぜだか思い込んでいたの。みっちゃんが転んで初めて、最上階の部屋は駄目だってようやく気が付いて。ごめんね。」


 シャワーから外れて涙を流して謝っている親友の頭を水野は掴むと、グイっと水の中に戻した。


「黙って水を浴びる。あたしを庇ってさっちゃんは怪我したんだからその程度構わないよ。みんなが助けに来るでしょ。連絡したよね。」


 佐藤は水の中でフフフと笑った。


「髙さんにメールした。」

「凄い判断力だよ。さすが。」


 そこで二人で声を出して、ハハハっと笑いあった時、ガチャリと玄関ドアが開閉し、その後にガチャガチャと金属音が連続している。

 チェーンを切ろうとしているようだ。


「チクショウ。ドアを押さえないと。さっちゃんはここにいな。」

「行くよ!私は大丈夫!」


 水野と佐藤が風呂場から飛び出して玄関ドアに向かったその時、チェーンがブチっと切れてドアが大きく外側に開いた。

 ドアの向こうには赤い仮面を貼り付けた黒いドレスの四人の女。

 水野は昨日貰った特殊警防を伸ばして、犯罪者になる覚悟で佐藤を後ろにして仁王立ちした。


 バシン。


「へ?」


 ドアが音を立てて閉まったのだ。

 閉まった後にドア枠をぐるっと青い稲妻が走り、ドアの向こうで女性の小さな悲鳴まで聞こえた気がした。


「なんか、大丈夫そうだね。」

「助けが来るまで風呂場にいようか?」


 二人は顔を見合わせてニヤっと笑う。


「あ、メール。」

「さっちゃん、メール何だって?」

「うん。髙さんから。ドアに封をしたから安心しろって、それで絶対に外に出るなって。」

「やっぱり髙さんだね。いい判断だったよ、さっちゃん。」

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