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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十六 特定犯罪対策課の長い一日
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十六号線爆走中

「あのケダモノ達が進退窮まっているって、何が起きたのですか?」


 楊は助手席で熟睡していた。


「寝ているよ。どうしよう。」

「いいんじゃない?現場に行けば分かるでしょ。」


 上機嫌の葉山が運転しながら俺に応えた。

 十六号線を葉山の運転する黒セダンは、猛スピードで駆け抜ける。

 楊こそ十六号線を回転灯を回して走り抜けたい人だと思ったが、以前やったから、と葉山に譲った。

 楊も水野並に自由人だから、今日は眠りたかっただけだと彼の寝姿に理解した。


 楊が受けたメールは佐藤からだった。


「黒ドレスの女性達に襲撃されました。薬によるものと見て拘束しようとしましたが力が強く、死人か生者の判断が付きかねます。現在、団地の空き室に水野と篭城中です。」


 文章の次に現場住所が続いている。

 俺達はその住所に急行中なのだ。

 その状況ならば俺達ではなく別の応援でその暴漢を拘束すればいいだけだと思うが、死人であるならば通常の警察を呼ぶことは出来ない。

 さらに、彼女達は髙にも同じメールを送っており、俺達だけで現場急行は髙からの楊への指示でもあった。


 うちの課は時々トップと副官が入れ替わる。

 それでも楊は髙から他の情報を貰っているはずだが、今は熟睡中で役に立たない置物状態だ。


 俺のスマートフォンが震えた。

 髙からの連絡か?


「はい、山口です。」

「淳平君。」


 あぁ、僕の恋人からだ。

 瞼の裏に浮かんだのは、つい先程の彼の寝姿でもなく、俺達が口づけたあの夜の彼であった。

 俺にうっとりとして俺に身を任せた、彼。


「元気なの?かわさんが良純さんから君が元気ないってメールを貰ったからね。」

「え。」


 玄人は物凄く変な声を出した。

 え、に濁音が付いて聞こえる声だ。

 百目鬼に対して不信感が見える声だったのである。


「いま、大丈夫?」

「クロトならいつでも大丈夫。」


 玄人は凄く大きな溜息を出したが、それは俺への呆れを含んでいるように俺は感じて、有頂天となっていた気持ちがぽしゃりと沈んだ。

 彼は意外と薄情で、百目鬼並に酷い人間でもあったじゃないかと、自分に言い聞かせたら尚更気持ちが落ち込んだ。


「……クロト、何か困った事があったの?」


「僕は困っていない。困っているのはみっちゃん達。僕は淳平君の声を聞きたくて電話をしたの。」


 俺の心の中で何かが生き返ったように感じ、俺の口元は自然と綻んだ。


「俺も君の声が聞きたかったよ!それでね、俺達は彼女達の所に急行している所だよ。」


「良かった。僕達も向かうから気をつけてね。淳平君、聞いて。髙さんの言うことは絶対に聞いてね。」


 電話はぶつっと切れた。

 俺に「大好き」も「愛している」も無しだ。


「業務連絡みたいなんだね。君達の電話。」


「五月蝿いよ、鬼畜。前見て運転して。」


 葉山は大声で大笑いし、一層に車を加速させた。

 俺は玄人の不可解な電話に首を傾げながらも、彼の声で彼女達の無事が確信できた気がして心が少し落ち着いた事を感じた。

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