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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十六 特定犯罪対策課の長い一日
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三人寄れば文殊の知恵?

 特対課は神奈川全域に根津琴子の捜索を要求し、その返礼として今朝一番に港に上がった遺体の連絡が楊に入った。

 琴子の行方不明時と同じ服装であることから、その水死体は根津琴子と見做されて楊は遺体発見現場である横浜市に向かったのである。

 遺体の顔面及び頭部の損傷は酷いもので、楊はすぐに魅力的だと彼が思う脅迫的でしかない笑みを俺に向けた。


「やっまぐっちくーん、サーチターイム。」


 俺は楊を海に放り込みたい衝動を抑え、哀れな遺体を見つめた。


「かわさん。この人、クロトを虐めていた、黒ドレス五番の方です。」

「おい、ちょっと待てよ!死者が自分で黒ドレス五番でーす、言うか!」


 俺は楊を見返して、自分のスマートフォンの画像を呼び出して楊に生前の彼女の姿を指し示し、自分の目が正しい事を証明した。

 楊は俺のスマートフォンを見て、遺体のドレスを見て、ちくしょう、と呟いた。


「ほら、山さん。かわさんは女性の服には詳しくないからさ。」


「でもさ、刑事だったら服ぐらい覚えているものでしょう?それにね、殺されたばかりの被害者の意識は混濁していて、僕に読めるわけ無いじゃない。」


 俺は遺体を霊視したわけではなく、二次会で今野茉莉が着ていたドレスを覚えていただけである。


「じゃあ、どんなふうに殺されたのか、犯人ぐらいは!」


「複数人による撲殺。」


「見りゃわかる!あ、でも、数人て、誰かわかるか?」


 俺に聞き返した楊の顔は、今や真面目そのものである。

 この死体は彼の高校時代の同期で、彼の友人だったのだ。


「わかりません。数人に殴られたってだけです。それも断片的な視覚映像だけで。襲われている時は目を瞑ったり顔を守って伏せていたりするでしょう。俺は受け取るばかりで、クロトのように探って見通すことは殆んど出来ないのですよ。」


 俺の答えを聞くや、楊は頭を抱えて失礼な事を大声で叫んだ!


「ちくしょう!人選を誤った!マッキーを連れてくりゃ良かった。」


「かわさん。マッキーは髙さんに持ってかれちゃったじゃないですか。」


 葉山の言う通り、加瀬の情報を聞いた後に加瀬だけを髙は呼び出し、現在加瀬は髙と共に俺達とは別行動をしているのである。

 ちなみに髙は玄人達に死人の処理で密会してから、署に一度も戻って来ていない。


「加瀬は呼べないし、山さんには荷が重いみたいですから、クロを呼びましょうよ、クロを!」


 葉山は玄人を呼びたいだけだ。

 二次会での玄人のドレス姿を見て、再び彼の劣情に火がついたようだ。


「あれは女神だよ。アナルセックスだったら普通に女の子とした事あるし、後ろ向きだったら俺は大丈夫な気がしたね。胸は小ぶりだけど形もラインも最高じゃないか。」


 貫徹でハイな男の葉山は、現場までの車の中で玄人の恋人の俺にそう言ってのけたのである。

 上司を助手席に乗せて運転している最中に、だ。

 楊の支給車の黒セダンは高速機動隊が使用していたお古だ。

 葉山大好きのマニュアル車どころか、無意味にパワーがあるエンジンなのだ。

 運転を任されて有頂天になった葉山が、鬼畜丸出しの本性を出してしまったのは仕方がないのかもしれない。


 だが、仕方が無かろうが、葉山は俺の中で百目鬼の前に殺すべき男と、本日より筆頭要注意人物となった。

 この鬼畜め。

 俺にターゲットにされた事も知らない鬼畜は、上司に声をあげて、さらに玄人を呼ぶように強請った。


「かわさん。ねぇ、クロを呼んでくださいよ。」

「い、や。」


 嫌?楊は今そう言わなったか?それも本気で嫌そうに。


「どうしてですか、かわさん。クロを呼んだら一発でしょう。」


 おい、葉山。

 お前が「一発」口にするな。

 だが、いつもなら自分から玄人を呼び出す楊が、とても嫌そうに顔を歪めているではないか。


「かわさん、どうかしたのですか?」


 俺が尋ねると、楊は大きく溜息をついて呟いた。


「あいつが面倒臭いじゃん。」

「あいつ?」


 葉山が聞き返すと、楊は本気で嫌そうな顔でスマートフォンの画面を俺達に見せつけた。

 そこには少々しどけない格好で座布団を枕に横になって居間で眠っている玄人の写真に、百目鬼の威圧的な文章が添えてあった。


「俺の子供は疲れ切っている。一週間は呼び出すな。」


 これから一週間は玄人に会えないだろう現実よりも、写真の玄人が美しかった。

 写真の中の彼は、胸元はカシュクールになっている着物のようなクリーム色のシルクのブラウスを羽織り、パジャマズボンのようなブルーチェックのズボンを履いている。

 ブラウスの袖や裾には、オリエンタルな植物や蝶々が描かれていた。


 そんな大人の女性のようでいて子供のような姿の彼が、子豚のようなピンク色のスキニーギニアピッグを抱いて、足を曲げて小さな子供のように眠る姿は純真で、なぜかとても扇情的でもあった。

 だが、俺はその写真の中の彼を美しいと思っても抱きたいと思わなかった。


 女、を玄人から感じてしまったからかもしれない。


「かわさん。その写真だけ転送お願いします。」


 葉山にはど真ん中だったらしい。

 あからさまな葉山の欲情ぶりに、俺が玄人の恋人だったよね、と確認するように楊を見れば、彼は部下の葉山のハイぶりに疲れたような表情を見せ、そして俺達の手からスマートフォンを奪い返すと面倒そうに俺の顔に目線を遷した。


「山口はどうするの?」

「もちろん転送してください。」


 さて、俺達が横浜市まで出て来てそんな馬鹿な事をしている一方で、相模原市の水野達は襲撃を受けていた。

 襲撃された彼女達はマンションの一室に逃げ込んだはいいが退路を断たれたと、楊へ救助の連絡を入れて来た。

 あのケダモノ共が、である。

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