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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十六 特定犯罪対策課の長い一日
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捜索願が特対課案件となったのは

 港に浮かんだ女性は、根津琴子ではなく今野こんの茉莉まりだった。

 あの二次会でクロトを虐めていた一人だ。

 彼女は数人によって鈍器で殴られ、息のある内に海中に投棄されたと思われる。


「数人って、誰か分かる?」


「かわさん。ズルは止めましょうよ。」


 揚がった遺体を鑑識が調べている脇で、俺が遺体から読んだ事をそのまま楊に伝えたら、彼はスマートフォンを取り出して調書を仕上げようとしている。


「霊視した事は証拠にならないばかりか裁判に使えませんよ。」


「いいじゃんか、犯人を特定した後に証拠を後付すれば。俺達昨夜から寝て無いじゃん。」


 昨日は死人退治の後、そのまま楊の友人の女房の捜索に俺達は走ったのだ。

 それはただの失踪ではなく、確実に「呪いのような物」が関わっていたからである。

 根津の妻に関する「気がついた事」に、ドレッサーに「気味の悪い物」が隠してあったとあり、彼は相模原東署にそれを持参していた。


「自分も家に在るのが嫌だからって持って来たんだよ。あの根津って奴はさ。その上、自分の女房の名前も書けないの。手がブルブル震えて、名前を言おうとすると吐いちゃってね。もう散々。あたしが代筆だよ。まともに確認もできないし、何あれ。」


 死人退治から戻って来た俺達に、おかえり、もなく、捜索願いを担当していた藤枝が、嫌そうに俺達の目の前に根津の持ってきたものを置いた。

 ゴトリと音を立てて乱暴に課長席におかれたそれは、色付きのオイルの中にハーブと赤茶けた異物が入っているというものであった。


「うえぇ、オイルの中にビーフジャーキーって何?」


 葉山は口を押さえて気味悪がったが、俺はそれが気味が悪いものだけで終わる事が出来なかった。

 俺の頭の中で、狂ったように何かを唱える女の金切声と、殺される女の悲鳴が轟いただけでなく、強烈な臭いが俺に目掛けて押し寄せたのである。

 それも死肉の臭いではなく、腐った卵やアゲハチョウの幼虫が身を守る時に出す臭いのようなものが混ざったような悪臭に自分が包まれたのだ。


 つまり、不特定多数に聴取した時に、強烈な口臭を持っている人に当たることがあるが、俺が気味の悪いオイルで受けた悪臭がまさしくそれである。

 死肉の臭いは慣れているから我慢できても、歯肉炎の口臭は我慢できない。

 吐き気を押さえられるはずが無い。

 俺はそれを目にした後は何も考える間もなく、仕事も何もかも放り出してトイレに駆け込んだのである。


 畜生、プラスチックカバーを外していた俺の馬鹿。

 トイレで吐いているとドタドタと数人の足音が駆け込んできて、二名は俺のいる個室前までやって来て、一名は俺の隣の個室に入って俺同様に吐きだした。

 新人の加瀬は繊細ないい子だ。


「ちょっと、山さん大丈夫?最近弱くない?」


 葉山は玄人が俺と公認の仲になって悔しいからか、俺の弱い所を見ると喜んで揶揄う様になっている。

 クロト、君のお気に入りの鬼畜な葉山を、本来の意味で潰してみていいかい?


「何?何か見えたの?言っちゃえば楽になるよ!」


 見えて無くても分かる。

 水野はぴょんぴょんと跳ねて、変な事をいち早く知りたがっているだけだ。

 俺の心配などしていない。

 男子トイレに平気で入って来た女だ。


「山口さんも分かったのですか?あれが、人の肉だって。」


 隣の個室から弱々しい加瀬の声がした。

 ドアの前では葉山と水野が仲良く「ぎょえ。」「うぇ。」と声をあげる。


「やっぱりマッキーには分かったんだね。」


 そうだ。

 加瀬はクロトの力の対になる存在だった男だ。

 力の使い方が分からなくて、死人に殆んどの能力を奪われて能力を失った間抜けな能力者でも、彼はれっきとした異能力者であるのだ。


「あれは確実に人肉ですよ。刑事に昇格したばかりの頃にそんな事件があったので間違いないです。美容オイルって買った人が肌に異変を来たして自殺して、そのオイルを鑑定に出したら人の肉だって、それも燻製した物だって。被害者の全身は肉食バクテリアで酷い状態で、刑事課みんなでトイレに直行しましたよ。」


 ここに水野と葉山がいてくれてよかった。

 加瀬の言葉は二人によってすぐさま髙に伝えられ、あの親父は何かを使い、小一時間しないで楊の元に当時の書類が運ばれた。

 そして、俺はトイレから引きずり出され、死体も発見したからと、横浜港に上がった遺体の検分という今を迎えているのである。

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