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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十五 此れを念(おも)えば次第(しだい)を失い
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俺の子供は寝ている猫に寄り添って寝てしまうハムスターみたいな生き物

 電気を消したままの暗い仏間であるが、廊下の電灯が障子戸から漏れ入るので仄かに薄暗い程度である。

 俺は仏間に入るや、仏壇の向いに置かれた俊明和尚の長椅子を眺めた。

 籐家具職人に特注した、怠け者がごろ寝ができる大きな座椅子型のカウチだ。


 片側にだけ肘置が付いており、裂地と添えられたファブリックはシルクで、柄は彼の妻が好んだウィリアムモリスの葉っぱである。

 玄人が怠け者の王様のための足のないカウチだと、目を輝かして見惚れている俊明和尚の形見のものだ。


 どうして今までこれを、どうして俺は自分で使わなかったのだろうかと、今晩初めて目にしたようにして自問した。


 ここにはいつも俊明和尚がいた。

 ああそうだ。

 彼の息吹、彼の存在を、俺は留めて置きたかったのだ。

 俺は彼がいない世界では死んでしまうからと、彼が存在しているフリを続けている情け無い子供でしかないのだ。


 彼は俺の世界だったのだ。

 これは仕方が無いだろう。


「良純さんは僕の世界ですから。」


 車の中での玄人の言葉が脳裏に甦り、ふっと自分の口元に微笑が浮かんだのがわかった。


「あんたは、俺のお陰で物凄い幸福に出会えていたんだな。」


 たった数歩で俺は長椅子に辿り着き、そして、初めてその長椅子に横になった。


「うわ。」


 寝心地が良くないどころか、最悪だった。

 生地が湿っぽくて綿がへたれている上に、木部のどこからか黴臭さを感じた。


「すいませんねぇ。俺は家具は分からない男ですから、こんなことになっていたとは気づきませんでした。近いうちにメンテナンスに出しますよ。五年近くもこんな寝心地の悪いところで申し訳ありませんでした。」


 そこに俊明和尚がいるように俺は仏壇に向かって声をあげた。

 彼にこんな話し方を俺はした事がなかった、と思い出しながら。


「俺はもっとあなたに地を出せば良かったですよ。あんたは何でも、俺だというだけで受け入れてくれたのですからね。父さん。」



 暫くの後、俺は自分のくしゃみで目が覚めた。

 裸にバスローブという姿のままで、寒くて暗い仏間で俺は一人ぼっちで眠っていたのだ。


 なんたること。


 もし玄人が裸同然で寒い部屋で転がっていたら、俺は彼に毛布をかけていただろう。

 俊明和尚だったら尚更だ。

 子供の俺が父親の彼を叱りつけるようにして、俺は彼を毛布で包んだだろう。


「あいつは何て薄情な生き物なんだ。」


 畜生と、玄人がいるはずの真っ暗な居間を横目で見つめ、怒り半分で廊下の電気を消した。

 あいつが起きてしまったらザマアミロだと、いつも以上にドカドカと階段を上がって自室に入った。

 自室の襖を怒りに任せて大きく開いたためか、木がぶつかるタンっと大きな音が鳴り、俺の膨らんだ布団がびくっと蠢いた。


「何をやってんの、お前。」


 布団から大きな目をした可愛い生き物が顔を出した。


「階段で良純さんを待つのは寒いじゃないですか。」


 馬鹿な俺のさらに馬鹿な子供であり俺の特別は、俺の布団に包まって俺を待っていたのである。


「では、お互いに慣れようか。」

「え、違う!」


 彼は俺に抗議の声をあげたが、自分で罠に嵌った馬鹿な生き物は捕食者に喰われてしまう運命なのだ。

 仕方が無い。

 俺は勢いよく布団に潜り込んだ。


「きゃあ!」


 そして男色ではない俺は、裸の美女を抱きしめて眠るだけの一夜を過ごした。

 俺は目覚めて、自分の腕の中で眠る俺の特別をうっとりと眺めた。

 玄人はちゃんとパンツを履いていた。

 そのせいで彼が女性体にしか見えなくて、俺が止まらなかった事に馬鹿は気づいていない。

 実際男性器が、「こんにちは」をしていたら、俺の気は削がれていたはずだ。


 そう、今だって彼はパンツをはいている。

 美女にしか見えない美しき寝顔を俺に見せている。

 俺は無防備に眠る玄人を見下ろしているうちに、なんて可愛い馬鹿な美女だと、眠る彼女が起きない程度に朝の悪戯を始めたくなってしまった。

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