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それが約束だから

「玄人君、大丈夫かい?」


 僕は涙で頬が零れていた。

 髙がすっと僕にハンカチを渡してくれた。

 僕はそのハンカチで頬の涙を拭きながら、髙の顔を見上げた。


「晃平君は浜口君を車で轢いた後、自分も車で自殺を試みました。僕にはその先が見えないから彼は生きているのでしょうね。きっと彼も辛く生きているのでしょうね。だ、だから、彼に、浜口君が、いいよ、って言っていたって、ぼ、僕は伝えてあげないといけないです。」


「そう、でもね、それはいいよ。君の仕事じゃない。」


 髙は僕の頭をぽんと撫でた。


「人探しは僕達の仕事でしょう。それで、死者の気持ちが分かる君には申し訳ないけれど、僕達にはできないことをお願いしたい。無理ばかりでごめんね。」


 僕はマイクロバスの死人達を見る。

 泣き叫ぶ子供、子供の殺戮場所を見せ付けられた母親。

 彼らは楽しんでいた、拷問そのものを。


「大丈夫です。できます。浜口君と違って車の中の子供は、もう五十年も生きている子供の姿をした悪鬼ですから。だから、髙さんは心配しないで下さい。」


 彼の目の瞳孔が開いた。


「あれは子供じゃない?」

「五十年経てば成長するものではないですか?考え方や感情は子供のままではいられないと思います。だから、あれは子供じゃないでいいじゃないですか。」


 僕の言葉に髙ではなく良純和尚が噴出した。


「お前は俺並に酷い奴だよな。」


 それは褒め言葉なのだろうか。


「それは酷くないですか?」


 髙の返しで、僕はどうやら卑下されていたと諒解したが、良純和尚が眉をほんの少し歪めたので、彼は髙にむっとしているようだと知った。

 良純和尚的には褒め言葉のつもりだった模様だ。

 髙はそんな良純に気持ちが解れたか、クスクスと笑い始め、僕に柔らかい表情を見せた。


「それじゃあ、申し訳ないけどお願いできるかな。」

「終わっていますよ。」

「まさか。」


 彼は翻って運転してきた車に駆けて行くと、乱暴に車のドアを開けた。

 バスのステップに立つ彼の後姿は、バスの内部を知った途端に見るからに驚いたようにしてびくっと震えた。


「どうやって。いつの間に。」


 僕は彼の所にまで行って、ステップに立つ彼を見上げた。


「僕は死神ですから。」


 僕の位置からでも車の内部はよく見えた。

 見なくとも僕にはわかっている。

 バスの中には括られた姿のまま椅子にシートベルトで固定されて座っている者、床に椅子の足に繋がれる様に括られているもの、老若男女、死人だった全てが息絶えているのである。


「またそんな事を。いいことでしょう。死体が死体に戻れるって。」


 僕は髙の脇をすり抜けて後部座席の通路に行くと、彼が気に病んでいた五歳くらいの子供の遺体の側にしゃがみ込んだ。

 そして彼に見えるようにして、彼女を仰向けにしたのである。


 さあ、これぞ死神の、僕が死人に成せる技だ。


 幼児の遺体は本来の年齢に成長した顔となっていた。


 髙の息を吐く音が聞こえた。

 彼はこれから子供を迎えるのだから、哀れな子供の死体の記憶など彼の中に残すべきでない。

 僕はそっと彼女を床に横たえ直し、立ち上がって真っ直ぐに髙を見つめた。


「彼女の本来の寿命は八十五歳でした。僕は彼女を五十五歳で葬ったので死神ですね。」


「寿命が残っている方が死人になりやすいのか。」


「そうでないと死者の国にバレてしまいます。寿命が来た人間が死者の国に来なかったらおかしいって思うでしょう。来るはずの魂を奪いに死神が黄泉平坂を超えてやってきます。そして彼らに死人のルールの事がバレたらこの世は終焉です。僕はあの世の死神達に死人の魂を引き渡す密告者です。そして全部の死人が死者に戻ったその時は、黄泉平坂を悪鬼が越えてやってくる。」


「どうして?」


「それがイザナミとイザナギの約束だから。死者の数が生者の数を越えれば、黄泉の国から悪鬼たちが黄泉比良坂を越えてやってくる。この世を滅ぼしに。だから、それを引き起こせる僕は死神なのです。だから、この世ではいらないってなるのです。」


 髙は僕の顔を唖然と見返して、「チクショウ」とだけ呟いた。

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