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あなたは世界そのもの

「ふざけるな。嫌だよ。おい、楊。畜生!待ち合わせの場所だけ言って切るって何だよ。」

 停車した車の中でスマートフォンを片しながら、良純和尚が電話の相手に憤慨の声をあげている。

「どうしたのですか?」

 彼は僕をチラッと見て、大きく溜息をついた。

「また戻れとさ。いい加減にしてくれよ。俺は今日何回Uターンを繰り返していると思っているんだよ。」

 子供のように憤慨する良純の姿に、僕はフフフと笑い声をあげた。

「変な事を画策した罰ですよ。きっと。」

「変な事か?俺は嫌か?」

 彼は冗談めかして僕を見つめるが、煌めく色素の薄い瞳を真っ直ぐに僕に向けていた。

「嫌な事が一つもないから困るのです。この世は貞節を想い人の為に大事にするものではないでしょうか。」

 ハっと笑うと、彼は車を再度発進した。

 車をUターンさせた後の彼がハンドルを無言で握っているが、僕は彼が怒っていないことを知っている。

 僕は彼の横にいる安心感と車の揺れに、襲って来た睡魔にそのまま身を任せた。

「おい、眠るな。ずるいぞ。」

 僕は目を瞑ったままフフっと笑う。

「俺が事故った時に眠ったままだと一緒に死ぬぞ。起きていないと逃げられないだろうが。」

「良純さんが事故って死んだら、僕はそこで死ぬから同じでしょ。」

 ガクッと車が急停車して、僕はがくんとなった。

「どうしたのですか?危ないです。」

 はっきりと目が覚めた目でどうしたのかと運転席を見たら、彼は驚いた顔をして僕の顔を穴が開くほど見つめている。

「どうしたのですか?」

「お前は俺と死ぬつもりなのか?まだ辛いのか?死にたいのか?」

「違いますよ、今は幸せで死にたくないです。ただ、僕は良純さんが死んだら僕はそこで終わりだって言っているだけです。世界の終わりです。淳平君が亡くなったら僕は辛くて泣きます。でも、良純さんが亡くなったら泣きません。僕もお終いだから泣けません。」

「俺が死んだらお前はお終いなのか?」

 彼は僕の顎に手を添え、僕が彼を見つめるように僕の顔を持ち上げた。

 僕はまっすぐに彼を見つめさせられ、だから、はっきりと彼に伝えた。

「良純さんは僕の世界ですから。」

「俺がお前の世界なのか?」

「僕はコバンザメですから。良純さんがいなければ死んでしまいます。」

 なぜこんな当たり前のことを、僕は何度も彼に繰り返して言わなければならないのだろう。

 面倒になって目を瞑った。

 多分心のどこかで期待もしていたのだろう。

 彼の唇を自分の唇に感じ、僕はそのまま彼に身をまかせた。

 任せるしかない。

 全身が激しくピリピリしているのだから。

 あの夜の時と同じで電気が走り全身が震える。

 彼もそうなのか、段々と深い口づけになって、何たる事、彼の手は僕の服のボタンを外し始めているではないか。

 はっとして彼から離れようとすると、僕の身体は一層強く彼に引き寄せられ、再び口を塞がれた。

 どうしよう。

 理性が「淳平君を守らないと!」と叫んでも、体も感情もこのままでいたいと叫んでいる。

 どうしよう。

 ジリリリリリリ。ジリリリリリリ。ジリリリリリリ。

 珍しく良純和尚の携帯ががなりたてていた。

 いつもは振動だけなのに。

「良純さんは黒電話の音が呼び出し音だったのですね。」

 ちっと大きく彼は舌打ちをして、僕を放り出すと電話に出た。

「うるせぇよ。今向かっている最中だって。」

 乱暴に電話を切ると再びエンジンをかけた。

 車は止まった時と反対にスムーズに動き出し、再び目的地へと向かいだす。

 楊達との合流は相模原東署ではなく別の場所。

 あの死人の浜口悠が屋根裏で丸まっている、あの家の前だ。

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