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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
一 君を幸せにするのが自分の役割
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鬼は復讐を考える

 子供がガッカリしている。

 俺が恋人との逢瀬を禁止しているからではない。


 親友に裏切られたからだ。


 彼の親友はまだ自分が男の子と思いたがっている彼に、女の子の友人代表として参加して欲しいと突きつけた。

 早川萌は自分の身代わりに妹が無残な目に合って自殺してから、高校にも行かずに引き篭もっていたのだ。


 つまり、玄人以外の友人がいない。


 結婚相手で俺の知人でもある準教授の鯰江は、その彼女の生い立ちも、そして玄人の変な遍歴も知っている。

 彼女が心配しているのは、鯰江の方の親戚と友人達に、女友達が一人もいない事実を知られる事である。

 意味がわからないが、同性の友人がいないことは女性にとっては、絶対に隠さねばならない程の重要事項なのだろう。


 男からすれば、「小柄でも彼女はあんなに美しいのだから、彼女に同姓の友人がいないのは妬まれたからだろう。可哀想に。」と思うだけだろうに。


 罰を与えた俺に不信感丸出しの玄人が答えるわけもないだろうに、俺は思わず聞いていた。

 ドレスは何色だと指定されたのだと。

 玄人はガバっと膝から顔を上げると、彼の真ん丸の目を見開いて、嬉しそうに目を輝かせるではないか。


 実はドレスが着たかったか?

 この子は本当に馬鹿なのだ。

 小学校時代にいじめに遭って、それ以来同性の同世代の友人を作れない。

 そんな人生で、同性愛者が「君を必ず守る」と纏わりつき、遊び相手にも親友にもなってくれたのだ。

 簡単に絆されて「愛している」と思い込むのも無理もない。

 俺が引き離して連絡を絶たせてから、彼は俺に話しかけもしなくなった。

 暗く俯いている毎日だ。


 継母に財産を奪われた上に命も狙われ、子供を守るはずの実父にネグレクトという人格否定をされて生きてきた八年で、彼は優しい人には誰にでも懐くという危険な面を持っている。

 だから俺は先に進みすぎてから「違う」となっては可哀相だからと、交際の制限をかけているだけだ。

 意地悪ではない。


 それなのに、あんなに大好きだった食事時にも、彼は悲しそうな表情を浮かべるだけなのである。

 そんなに山口が恋しいのか?

 それはただの生まれたての性欲ではないのか?

 それに、公道でディープキスを延々とし続けるような恥ずかしい行動は公人として許されるものではない。

 玄人は武本物産の当主でもあるからだ。


「良純さんが話しかけてくれるなら何色でも良いです。何色でも着ます。」


 俺は自分の浅はかさが情けが無いと、左手で目を覆っていた。

 ……この子は本当に馬鹿な子だった。

 仕方がないのか。


 黒くつぶらな大きな目は、東北人特有の無駄に長くて濃い睫毛に飾られて、美しい完璧な卵型の輪郭の顔は、真っ白な肌にぷっくりとした白桃のような色合いの形の良い唇がついている。

 玄人の顔は化粧をしなくても、絶世の美女で最上の可愛いなのである。


 同性愛者でもない男共にさえ、彼は求愛され連れ去られそうになるほどだ。

 俺がその顔を際立たせる顎よりも短めの丸みのある長めのショートに髪を整えさせたのだから尚更だ。

 彼の癖のある毛はその長さで思い思いにハネて、躍動感やら可憐さまで演出しているじゃないか。


 そんな可愛らしい外見の玄人に好意を持たれている事を知っている馬鹿が、人気の無い所で自分を止められなくなるのは当たり前だったのだ。


 玄人が悪いわけではない。

 全て理性を忘れた山口が悪いのだ。

 機会を見つけて俺が奴を葬れば良い。


「良純さん、あの。」


 俺は自分の目元から手を降ろした。

 なんと、玄人は俺に嫌われていると勘違いしたかのような涙目で、俺をいじらしく見上げているじゃないか!


「俺はもう怒っていないよ。俺がお前に罰を与えたのは、人前で、それもあんな不特定多数がいる場所で不埒な行為に耽っていたからだよ。お前は武本物産の当主なんだ。わかるだろう?」


 玄人ははっとした顔つきになり、両目から涙をぽろぽろ流して、ごめんなさい、と泣き出した。

 泣かせる気はなかったがな。

 大きく溜息をついて、彼の前に座ると玄人を引き寄せて抱きしめた。


 腕の中の玄人は二十一歳の男には見えず、幼い少女にしか見えない。

 それも、十代の。

 幼すぎる。


 しばらくして腕の中の彼は落ち着いたか、そっと顔を上げて両目で俺を射抜くように真っ直ぐに見つめた。

 涙で潤んだ瞳をしていたせいか、その顔はいつもより大人びて見えて、まるで年相応の色気のある女の顔のように見えてどきっとした。

 色気のある大人の女の顔だと?馬鹿らしい。

 それで、どうして俺が胸を高鳴らせているんだ!


「それで?ドレスは何色だって?」


「あぁ、いつもの良純さんだ。」


 俺の投げた言葉に彼は美しい目を見開き、ぎゅっと俺を抱き返してきたが、彼の腕が骨ばっていると感じた。

 ぞっとした俺は思わずぎゅっと彼を抱きしめ返してしまっていた。

 こんなにも肉が落ちていたとは、最近食が細かったからか。


「ほら、ほら、俺は聞いているんだがね。」


 彼だけではなく、彼の痩せ具合にぞっとしている自分をもをあやしながら尋ねると、水色ですと、彼は数日振りの嬉しそうな声を出した。


「僕が男の子だから水色でいいよって。」


 萌ちゃんて優しいですよね、と馬鹿なことを言って喜んでいるが、本当に優しかったら男の子にドレスを着せないよ、と俺は心の中で突っ込んだ。

 心の中だけでね。

 これ以上玄人を傷つけたくない。

 玄人は不幸で短命なのだ。


 馬鹿な武本家の先祖が「当主が五十歳まで生きられますように。」と願掛けしたせいで、「当主が五十歳までしか生きられない」呪いが武本家当主に掛かった馬鹿な一族なのだ。

 そして玄人は、金持ち特有の親族間結婚によって染色体異常があり、逆に呪いのお陰で五十までは生きられるが、彼はあと三十年も余命が無い命なのである。


 せめて生きている間は楽しいことで一杯にしてあげないといけない。

 気力がなくなれば、彼はそこでぽとりと命を落す可能性だってある。

 それなのに、俺の許可も得ずに手を出しやがる馬鹿がいたせいで、俺が可愛い子を叱り付ける羽目になった。


 ――あの淫乱の餓鬼が、どうしてくれようか。

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