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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十三 死人は括り、穢れは炎で拭い去るべし
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ぶっこみ

 俺は最大についていない男だ。

 最愛の人が俺の情けない行動も簡単に流して、それどころか心配して今夜は俺と過ごすと悪魔を振り切って残ってくれたのに、なんと仕事の呼び出しだ。


「自動車工場の立てこもりぐらい、所轄で対処できないの?」


 俺の呟きに元教育係で地獄耳の警部補が、ルームミラーごしに俺に冷たい視線を向けた。


「本当に残念だよ。みんなで一緒にお風呂って誘いたかったのに。」


「友君、君ちょっと鬼畜過ぎだよ。君はノーマルでしょ。クロトはああ見えても付いているのだからね。下は男の子だよ。」


 葉山はブフっと笑った。

 そして俺に流し目をしてきた。


「山さんだって確認していないくせに。それに俺は下を見たらこの気持ち薄れるかなってさ。やっぱりさ、好きだけど諦めるよりも、気持ちが無くなる方が辛くないでしょ。」


 軽い感じの葉山の言葉に、彼が本気で玄人に惚れていたのだと思い出した。

 俺は玄人と気持ちが通じたと浮かれ、そして百目鬼の障害だ何だと大騒ぎしていたが、それを傍で見て恋心を抑える方が辛いはずだと、そのことにようやく考えが及んだのだ。


「ごめん。考え無しでさ。」

「それじゃあ、次の機会にやろうか、みんなでお風呂。」


 答える前に水野に後頭部を叩かれた。


「何絆されて恋人を鬼畜に売ろうとしているんだ。お前はよ。」


「え、友君はやっぱり鬼畜なだけ?」


 葉山は大げさに大きく舌打をして、水野は真剣な目をして俺に何度も頷いて見せた。


「お前等煩いよ!」


 機嫌の悪い課長が吼えた。

 俺達は警察車両という特製マイクロバスに乗って、通報のあった立てこもり現場に急行中なのだ。


「課長、山口さんの言う通り現場の所轄で対処できるはずです。そこで対処できないのであれば機動隊に応援の方が通常だと思うのですが。」


 佐藤が楊に尋ねると、楊は無言で相棒の髙へとぐいぐいと顎を何度も向ける。


「え、今回の出動は髙さん主導だったのですか?」


 新人の加瀬が声をあげた。

 彼はマッキーと楊にあだ名をつけられている。

 同じく新人の藤枝は残念ながらバスには乗っていない。

 彼女は楊の友人の妻の捜索願を担当している。


「仕方ないでしょ、死人の騒乱なんだから。所轄の普通の警察官に任せられないでしょ。かわさんはどうして玄人君を帰しちゃうかな。あの子がいれば一瞬だったでしょうに。」


 普段は玄人を巻き込みたくないという姿勢だが、誰よりも玄人を利用している髙が楊を責め、責められた楊は相棒に言い返した。


「死人だったら先に言ってよ!」


「現場はどういう状況なんですか?」


 佐藤が髙に尋ねると、運転席の彼は大きな溜息をついたようだった。


「ねぇ、かわさん。今から玄人君を呼べない?現場はね、推定でも十人は死人がいて三人の人質を取って自動車工場に立て篭っているのよ。これが外国ならショットガンでいけるのにねぇ。山口、乗る前に渡した特殊警棒を全員に配って使い方も簡単に説明して。」


「え、俺も貰えるの。」


「あたしらは使い方知っているから大丈夫だよ。早く頂戴。」


 機嫌が悪かったはずの楊が凄く嬉しそうに喜び、水野などは目を煌めかせて両手を差し出してきた。

 水野の「あたしら」の言葉で嫌な予感がして佐藤に振り向くと、水野の相棒の佐藤も目を煌めかせて両手を差し出している。


 このケダモノ共が。


 佐藤と水野と楊はキャンディーを貰った子供のように喜びはしゃぎ、反対に加瀬と葉山は怖々と特殊警棒に触れていた。


「この安全装置を外して振れば伸びるから。死人は死なないけど痛みは感じるからね。強く叩いて。彼らは動きが鈍くても性別問わず力が強いから、反撃されるとこの間の僕みたいに顔面が壊れちゃうからね。死なないから、躊躇しないで殺す勢いで殴るんだよ。」


 髙が俺に説明しろと言ったのは、「特殊警棒を使った死人との戦い方」だ。

 俺の説明に佐藤と水野は真面目な表情に変わり、加瀬は、すいません、となぜか謝りながら青くなり、葉山は目を煌めかせていた。


「俺は一度思いっきり戦ってみたかったんだ。」


 そして、楊は俺を切なそうな顔で俺を眺めていた。


「かわさん、何か?」


 彼ハハっと情けなさそうに笑って、俺に、すまん、と言った。


「すまないね。俺がフラフラおまわりさんをしていた裏で、お前は命を掛けていたんだなって思ったらさ。」

「命なんて掛けませんよ。」


 俺の台詞に髙以外の車内の人間が目を丸くした。

 その様子にハハハっと俺の元教育係が大声で笑った。


「当たり前ですよ。死なない奴らに命をかけてどうします。確実に有利に立って一方的に暴れるだけです。さぁ、皆さん着きますよ。着きましたら二階は楊、葉山、加瀬、事務所は僕と山口。佐藤と水野はガレージで僕達の援護。それでは着席してシートベルトの着用をお願いします。」


 俺以外のメンバーは髙の台詞に笑うが、俺は着席してシートベルトを締め、飛行機が不時着する時の体勢を取った。


「俺の格好を早くして!この鬼はバスごと建物にぶっこむつもりだよ!」


 周囲で次々とシートベルトを引き出して締める音が次々と鳴った。

 仲間達の高揚感で沸き立った空気が車内に満ち溢れた数秒後、工場の門を破ったバスはそのままドカンっとシャッターを打ち破って工場内に突入した。

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