鬼は手ぐすねを引いている
「僕は淳平君とこのまま暫く関係を深めない事にします。」
僕が宣言すると、良純和尚は僕を見つめたまま言い放った。
「淳が可哀想だ。」
ちらりとも可哀想と思っていない人は、その後に僕をよく知っている彼だからこその、僕を動揺させる言葉を続けたのである。
「まぁ、会えない期間を設けたら盛りが過ぎるって良くある事だしな。」
僕と山口の気持ちを全否定するような酷い言い様をわざとするが、僕はこの人が僕を手篭めにしようと企んでいたのが分かってしまった。
山口と僕が進んだ分だけ、彼は僕と進むつもりだ。
危険なのが、僕が良純和尚とそのような関係に簡単になれるだろうと、自分でもわかっているという事だ。
先日の一件でそれが甘美だろうことが確実に想像できるだけでなく、僕は彼を喜ばせたい気持ちが強い。
そんな僕を押し留めるのは、その行為が恋人を裏切る行為そのものであり、山口が悲しむ事が確実だというのその一点だけである。
でもその一点が一番大事にしなければいけないものの気がする。
僕は山口が大事で愛しているのだ。
この僕が彼を守りたいとさえ思う。
けれども僕は良純和尚から離れる事は出来ない。
僕は良純和尚を、空気のように愛しているからだ。
無くなれば僕は死ぬだろうって存在だ。
無くして泣くんじゃない、そこで終わり、なのだ。
「ねぇ、何の話?ごめん、クロト。俺を許して。」
傍らの山口が急に弱々しく僕に謝ってきた。
目に涙まで浮かべているなんて。
「ほら、お前が淳と進みたくない何て言うからさ。」
ヤレヤレと良純は適当なスツールに腰掛けて、いつの間にか手には紙コップのコーヒーを持っていた。
いつの間に!
「違いますって。クロトが悪いことなんて一つもありません。ある分けないでしょう。悪いのは全部俺です。間抜けな俺が馬鹿なだけなんです。」
山口は両手に顔を埋めて僕に何度も、ごめん、と謝るだけだ。
僕はそんな彼に溜息をつくしかない。
「出来なくても僕は淳平君を嫌ったりしませんって。そんなに早く先に進みたいわけでもないし、一緒にいるだけで楽しいんだから、しばらくはそれでいきましょうってだけです。今日は帰りますけど、僕が淳平君を大好きなのは変わりませんからね。」
山口は顔を上げて僕を見つめて、バっと僕から飛び退り、土下座した。
「ごめん。浮気した。良純さんと最後まで行ってないけど、俺は浮気したような事をしてしまった。クロトに会いたいばっかりに、本当にごめん。」
僕は目を瞑って数えられるだけ数を数えた。
山口はそんな僕に土下座をしたまま謝り続け、混乱を招いた良純和尚はその茶番にいい声で笑い続けていた。
僕はどうすればいいのだろう。




