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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
十一 探し続けるのは変わらない
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仕方がないことです

 行方不明の少年は都市伝説の少年でした。

 そんな報告を上げるわけにはいかない特対課は、士気が落ちたまま延々と聞き込みの毎日を送っているそうだ。


「淳平君はそれでとても疲れた顔をしているんだね。」


 そんな山口と対照的に、良純和尚は日々精力的で元気一杯だ。

 上機嫌で鼻歌を歌うほどなのだ。

 鼻歌どころではなくカルメンの「闘牛士の歌」やロシア民謡の「ヴォルガの舟歌」など歌っちゃったのだ、原語で。

 なんて素晴らしいバリトンだったことか。


 その滅多に無いだろう行為と最高の歌声に、僕がスマートフォンで録画してしまったのは言うまでもない。

 これはお宝映像だ。

 パソコンにもダウンロードして記憶媒体にも移植済みだ。

 彼が正気に戻った時に奪われてはたまらない。


「ねぇ、淳平君。淳平君と話し合った日から良純さんが、凄く、奇妙なほど機嫌が良いんだけど、何か知っている?」


「知るわけ無いでしょ!」


 僕は驚いた。

 こんなに機嫌が悪くて僕に怒鳴りつける?違うな、大きな声が出ただけだ。

 それを証拠に彼は一瞬で、あ、という顔になり、とてもすまなそうな顔を僕にむけている。


「淳平君、疲れているなら帰りましょうか。」


 ここは水族館だ。

 山口は仕事で疲れているにも関わらず、僕が魚が好きだからと僕をここに連れ出してくれたじゃないかと、僕は口にした自分の失言に気が付いた。

 そうだ。

 連れ出してくれたのだ。

 ここで帰ったらせっかくの山口の気持ちを台無しにする。


「やっぱり、駄目。帰らないで、もうちょっとゆっくり座って魚を見られるところに行きましょう。そこで仲良く座っていましょう。」


 僕は間違えなかったようだ。

 疲れて寝不足なのか落ち窪んだ目元になった山口が、ふっと、今日初めての安らかな微笑を浮かべたのだ。

 僕は彼を楽に出来たことで、ふわっと胸の奥が暖かく感じた。


 僕達はそれから館内地図を元に、四方を水槽で囲まれた休憩フロアに向かい、そしてそのフロア中心には四角く椅子が並べてあったので、僕達は丁度良かったと並んで仲良く腰掛けた。

 水槽は珊瑚礁の海の中を再現してあるらしく、小型の海亀に色とりどりの小魚が舞うように泳ぎ、僕は美しいけれどユーモラスな姿をした大好きな魚を探した。


「僕はナポレオンフィッシュが好きです。ほら、あの帽子みたいな形の。死んだお母さんと、いつもお母さんと二人きりで水族館に来ていたのです。品川水族館では僕はボンネットバスに乗れるし入館料が手頃だからって、何度も。そして孝継さんが僕の魚好きを知って色々な水族館に連れて行ってくれて。でも、僕は一度も孝継さんに、孝継さんの連れて行ってくれた水族館が大好きだって言えなくて。だってお母さんに悪い気がして。」


 大きな水槽の中をゆったりと、大きくて不細工な大好きな魚が横切っていった。

 姿形は不細工この上ないが、この魚の体色はとても美しいのだ。

 まるで、幼い頃大好きだった絵本の美しい鱗を持つ魚のようだ。

 仲間外れの美しい魚は、普通の魚達に自分の鱗を一枚ずつ差し出して友達になるのだが、僕はその物語を読むたびに、なんてもったいないと、美しく特別な魚がいなくなったと、必ず泣いてしまうのである。


「此処は初めて来ましたが良いところですね。淳平君、ありがとう。」


 ぎゅっと手が握られて、山口の爛漫の笑顔を見れると彼を振り返ったが、彼は僕を見て微笑んでいるだけだった。

 物凄く疲れたようにして。

 僕は仕方がないと、ポンっと自分の腿を叩いた。


「どうしたの?クロト?」


「どうぞ、ここに頭を乗せて眠ってください、です。疲れているんでしょう。少し眠って。僕はこの魚達の泳ぐ様と淳平君の寝顔を見て喜ぶ事にしました。」


 ハハハっと山口はようやくの笑顔を出して笑ってくれた。

 彼の猫の様な透明感のある瞳がキラキラと輝いている。


「本当に寝ちゃうよ。いいの?足が痺れちゃうかもよ。」


「そうしたら僕を背負って帰って下さいね。」


 とても嬉しそうな笑顔のまま、彼は僕の言うとおりに僕の膝の上に、まるで子供みたいな動作でゴロっと上半身だけ横になった。

 僕はそんな山口の髪を撫でた。


 柔らかいけれど、先がちょっと癖があって指に絡んですっと指が通らない。

 そこが山口らしくて楽しくなった。

 何度も頭を撫でたり髪をいじったりして遊んでいたら、山口が、ごめん、と小さく呟いた。


「仕方ないです。見つかりたくないって、家の奥に隠れている死人を見つけるなんて大変でしょう。でも、大丈夫です。彼は痛みを感じない人だから時間が掛かってもそんなに苦しくない。あのビニール袋の子供達と同じ、痛みを感じない体質なんです。」


 山口がガバっと起き上がった。


「淳平を膝枕したら、必ず顔を引いて置けよ。」


 以前に良純和尚に注意された理由が分かった。

 これは二度目だ。

 ガバっと起きた彼の頭が僕の顎にぶつかりそうになったのだ。

 良かった、良純和尚の言いつけを守っていて。

 僕が怪我をしたら大変な事になっただろう、山口が。


「クロト、彼が隠れている家ってどこか判る?」


「自分の家ですよ。彼は屋根裏にいます。」

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