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恨むべきは自分の性か

 畜生、この男はなんと悪魔のような整った姿形をしているのだろう。

 楊も信じられない美男子だが、楊の顔はまだ人間味がある。

 百目鬼の造型は、大昔の巨匠が掘り込んだ彫刻のような、無駄のない完璧の美をもっているのだ。


「彼ほど完全な美しさを持つ人はいないでしょう。」


 うっとりと百目鬼を自慢する玄人を思い出して、ありがたいことに百目鬼への俺の怖気の気がそがれた。

 俺はあの可愛い恋人のために、目の前の男に従属して交際の許しを得なければいけないのだ。

 怯えていないで立ち向かわねば。


「淳、隣に座れ。」


 え?


「早くしろよ。」


 俺は闘争心なども忘れて、百目鬼の言うとおりに、ベッドに座る彼の左隣に恐る恐ると腰を下ろした。

 ベッドに並んで腰掛けるいい大人の男二人。

 目の前の真っ暗な画面のモニターが、並んで座る間抜けな俺達の姿を鏡代わりに映している。

 映って見える俺達の間抜けな光景を見続ける事に俺は数秒で耐えられなくなり、右隣の百目鬼を振りかぶる感じで見返した。


「あの、一体何が――。」


 全部言う間も、驚く間も無く、俺は百目鬼に片手でぐっと顎をつかまれた。

 やっぱり殺される?

 百目鬼から殺気が感じられない事に戸惑ったのがいけなかった。

 一瞬でも気を許してはいけなかったのだ。

 百目鬼が相手の場合は。


 俺は百目鬼に口を塞がれたのだ。

 それも百目鬼の口でだ。

 なんてこった。


 そこで振り払っても良かったのだが、俺も悪戯心が湧いてしまった。

 俺が百目鬼という鬼を調伏させてやろうかと、そんな討伐の気が湧いてしまった俺が悪いのだ。

 俺は両手で彼の頭を自分に引き寄せてキスに深みを増させ、だが、何たることか、百目鬼までも攻勢に勢いを増してきたのである。


 お互いのキスはお互いを潰そうと深みを増し、快楽を与えて相手から支配権を奪おうとまさぐりあい、熱情に浮かされるに至り、暫くの後に俺達は一線を越える一歩手前で正気に戻った。


 違う、百目鬼が止めたのだ、俺を。


 そしてお互いに間抜けな顔を、違う、百目鬼は目を輝かせていた。

 爛々と。

 それどころか、俺の頭を優しく撫でてから俺の額にキスをする、そんな悔しい余裕まで彼は俺に見せたのだ。


「お前は本当に面白い可愛い奴だな。あぁ、上手かったよ。お前は美味い奴だ。男同士でもなかなか楽しめるものなんだな。だがな、俺はやっぱり異性愛者だったようでこれ以上は無理だ。だけど、凄く楽しかったよ。」


 物凄く嬉しそうに服を整えると、スッと部屋を出て行った。

 翻弄されたままのぐしゃぐしゃになった俺を残して。

 俺は連れ込み宿の部屋のベッドの真ん中で、百目鬼にシャツをぐしゃぐしゃにされたしどけない姿のまま、一人ぼっちで取り残されたのだ。


 なんて、間抜けな、俺。


「畜生!チクショウ!百目鬼め!」


 そして、百目鬼の意味のわからない行動に、ちょっと泣いた。

 手の甲で涙を拭いながら、俺は天井を見上げて呟いた。


「俺は通常の罰の方が良いです。」


 大きなベッドのど真ん中で、俺は一人ぼっちで横になったままだ。

 誰もそんな俺を慰めてくれはしない。

 そんな哀れな生き物に成り下がっていた時、びびび、と俺のスマートフォンが俺の上着の中で震えた。

 ベッドから起き上がり、床に落ちている上着を拾い上げた。


「コレ、脱がされたんじゃなくて、俺が自分で脱ぎ捨てたんだよね。」


 自分の奔放さにがっくりと落ち込みながら、持ち上げた上着のポケットからスマートフォンを取り出して確認すると、画面は新着メールを知らせていた。

 メールの差出人は…………玄人?

 涙目で恐る恐るメールを開くと、その文章に俺は再び落ち込んだ。


「ついさっき良純さんから、淳平君のお休みにデートして来いって。」

「淳平君と話し合ったからって。」

「説得してくれたんだね、ありがとう。」

 

 俺はぱふっと連れ込み宿のベッドに倒れこみ、再びちょっとだけ泣いた。

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