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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
九 こうして鬼は里に下りて来た
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明日に向かって俺達は走るだけ

「それで、都市伝説って何だったのですか?」


 割合と適当な人間の葉山が、百目鬼の過去に想いを馳せて葛藤している俺を放り投げるがごとし、今までの話題を変える質問を楊に向けていた。

 この鬼畜め。


「族の特攻隊員だった英雄、佐藤晃平がバイク事故で死んだのがまず発端。彼は弱い奴を守るいい奴で、死んだその後も弱い奴を助けるためにバイクを乗り回しているそうだ。事故で右足首から下を失った姿でね。そんな伝説、元走り屋の俺も知らなかったよ。」


「走り屋だったのですか?」


「うん、峠族。大学二年になったばかりに崖から落っこちて止めた。」


 ぎゅうんとエンジンを吹かせて車が走る。

 イラついていたのじゃなくて、走り屋だからか?この運転。


「かわさんはいつもキチっと中央を走るのに、今日は乱暴ですね。」


 何事も無いように葉山が口にすると、楊がハハっと軽く笑い、車は安定していつもの走りになった。


「すまない。かなりイラついていた。すまないね。」


「聞いていいですか?」

「駄目。」


 楊の切り替えしに俺達は笑う。

 ルームミラーに俺たちをチラッと見た楊の目が映っていた。

 やるせない、疲れたような目。


「……あいつら、俺が必要だって言っていたろ。俺はいつも何かを計画して、誰かを、事によっては全員を笑わせていたんだ。仲間外れを作らないためにね。」


「かわさんは優しいですから。」


「優しさじゃないよ。落ち込んだり、悲しんだりする奴を抱えたくなかっただけだよ。それで、鈴木をからかっては百目鬼に殴られている馬鹿に、やめろって、放っておけと言ったのさ。そしたらね、俺は男子全員から人気者だったからね、学年の男子全員が鈴木をいないものとして扱っていたんだそうだ。百目鬼にじゃなくてさ。」


 再び車は乱暴に走り出す。


「だから俺は彼らの人気者でいるのを辞めただけだよ。楽しませる道化を止めて、つまらない奴に戻ったんだ。俺は本来つまらない奴だからね。」


 俺は楊に何て言って良いのか判らなくなり黙りこんだが、隣の葉山は酒を飲んでもいないのに無礼講だった。


「まぁ、若い時ってそんなものですよね。」


「他に言い方あるだろ。」


 葉山の相槌に楊は笑い、俺も一緒に笑おうとしたが、葉山はまだ言いたい事があったのだ。


「社長の息子の時は大将でしたけど、母の会社が潰れたのを知られた途端に、サーと周りの人間がいなくなりましたよ。付き合ってた彼女も、大変でしょって俺のために身を引いてくれてねってか、まぁ、そんな風に振られちゃったんだけど。でも、俺もどうかなって。俺が社長の息子のままで、友人の家が破産したって聞いたらどうするかなって。俺も関わりたくなくて逃げたねって。だから、そんなものなのですよね。」


「友君は逃げないでしょ。」


 俺どころか同僚を放って葉山が逃げる場面など、俺には想像できないのだ。


「逃げたさ、きっとその時はね。家が破産して、友達も縁も全部失って、それでようやく今の俺になったってだけ。何にも無いからね、手に残った物に必死で縋っているだけなんだよ。今の俺はね、自分しかないの。それなのに、その自分も空っぽだ。」


「友君?」


 車のスピードが緩やかになり、止まった。


「よし、運転交替だ。葉山、お前の実力を見せてみろ。」


「いいんですか?」


 葉山は嬉々として運転席に座り、楊が助手席に座った。


「え、友君、マニュアルだよ、それ。」


「こいつはマニュアルしか運転しない奴なんだよ。支給車渡そうとしたら、マニュアル車が無いからいりませんって、拘りが強いの。それでマニュアル車を申請したら、鈍亀は要らないって。わがままだよ。」


「あんな鈍い、運転していてぜんっぜん嬉しくない車なんて要りませんよ。」


 俺は相模原東署で呪いの亀と呼ばれる軽自動車が、彼らのせいで相模原署のお荷物になったのだと理解した。

 いつもニコニコと助手席に座っていた相棒は、実は運転に関しては拘りが強すぎる奴だったのか。


「じゃあ、百目鬼さんの車は運転できないね。あれはオートマだから。」


 エンジンを始動させて車を滑らかに発進させた葉山は、俺の言葉にハハっと笑った。


「あのマイナスやプラスの付いているなんちゃってマニュアルをいじってみたい気はあるよ。かわさん、どうでした?あれ。9ATって何なんですか?」


「ハハハ、わかんないよ。駐車場を移動させただけだからね。でもさ、あいつはあの車をチビ同様に愛しているからさぁ、冗談でも怖くて借りられないよ。」


「内緒のガレージを作っちゃうほどですものね。」


「何それ!どこに!」


 楊が大声を出し、車もキュッとなる。

 葉山も驚かせてしまったようだ。

 え、気づいてなかったの?二人とも。

 警察なんだから気づいておこうよ。


「二人とも気づかなかったのですか?あの二人がかわさん家に来る時、車をシンボルツリーの側のスペースに停めなくなったじゃないですか。」


「え、この間はそこに停めていたよ。」


 葉山がすぐさま意義を唱えた。


「トラックでしょ。トラックの時はそこだけど、あの百目鬼さんの新車は絶対に停めない。だから、僕は彼らがどこに停めているのか調べたのですよ。」


「お前暇人。」


 さすが公安、じゃないのですか、かわさん。


「じゃあ、いいです。」


「ごめん。山口さん。お願いします。」


「ウチの住宅街をグルっと回った、丁度かわさん家の裏に駐車場を作っていましたよ。それも頑丈なシャッター付きの要塞のような車庫。その車庫の周りに普通にコイン駐車場が広がっていましてね、あれは百目鬼さん専用の要塞付き青空コイン駐車場ですよ。」


 車内は「おおー。」と感嘆の声に満たされ、俺達の帰路は百目鬼の要塞付き青空コイン駐車場を見学してから自宅に戻るルートへ変更された。

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