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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
九 こうして鬼は里に下りて来た
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愛を求めていた鬼

 俺は以前に彼を調べた事がある。

 それは、当時仄かに思いを寄せていた玄人の身の上を案じていたからだ。


「彼が百目鬼俊明の養子になったのは、成人後の坊主になった後だよ。彼は中学時代に地元で大暴れしてしまった事でね、実母のいるこっちに島流しにされただけだもの。」


 公安の田辺美也子が、百目鬼の育った地まで行って調べ上げたのだ。

 彼の過去を。

 俺は彼が上京してからの今までだ。


「大暴れって、何をしたの?」


「大したことは無いよ。腹違いの上の兄二人を病院送りにしただけ。」


 田辺の調べでは上の兄達は地元の少年少女、県議の父を持つ彼らに声をあげられない家の子を見つけてはいたぶっていたようである。


「地元ではちょっとした英雄ね。曲がった事が嫌いで、自分の兄達までも懲らしめたって。さすがねぇ。」


 うっとりと語った田辺を前に俺はその時は百目鬼を見直したが、最近では確実に違うと強く断言できる。

 彼は暴れる名目があったから暴れていただけだ、絶対。


「それでね、本当の母親の住む神奈川に、母親の元に返されて、彼はかわさんと同じ高校に通ったんだ。そこでも悪い奴をぶっ飛ばしてって、彼はかなり暴れていたけどね。」


「凄いね。正義の味方。」


 葉山は感嘆した顔付きだが、この話を玄人にしたら彼はなんて答えるだろう。


「それで暴れすぎて僧侶の家に養子に出されて僧侶にさせられた?とかかい?」


「違う。親友が亡くなったから僧侶になったそうだよ。それで完全に佐藤家から勘当されたそうでね、その後に弟子にしてくれた僧侶の養子になったって流れ。」


「その親友が鈴木って人か?」


 そのとおり。

 あの男は親友の鎮魂のために仏門に下ったのだ。

 そこが俺にはどうしても理解できない。


「あの人らしいね。凄く、清々しいほどの極端さだ。」


 葉山にはそう思えるのか?だが、彼は神はもちろん仏の救済など信じていない男だぞ。

 それが友人の鎮魂などと言うから理解できないのだ。

 バタン、と車のドアの開閉音と共に楊が乗り込んできた。


「やっと帰れる。すまないね、待たせて。」


「いいですよ。車の中で山さんから百目鬼さんの事を教えてもらっていましてね。親友が亡くなったから僧侶になるって、彼は本当に興味深い人ですね。」


 ハハっと楊は乾いた声をあげてから呟いた。


「お前らには話してもいいかな。」


「何ですか?」


 車を走らせる楊に、俺は後部座席から身を乗り出すようにして尋ねた。

 俺は百目鬼の事を知りたい、すごく、だ。

 しかし楊は押し黙ってしまい、そのうちに車は赤信号に止まった。

 その数分後に車は再び走り出したが、エンジンがぎゅいんと鳴って、警察官らしくない派手な走り方をした。

 楊が実は相当苛立っているようだと感じて、百目鬼についての答えが返ってこなくてもいいかと思い始めたその時、楊の台詞に呆然とした。


「あいつが坊主になったのは、異性愛者の百目鬼が同性愛者の鈴木の愛を受け入れるためだったとさ。」


 葉山も俺もつかの間脳みそが停止して、葉山の方が先に始動したらしい。


「どういう意味ですか?」


「あいつの親友だった鈴木はね、百目鬼に惚れていたそうだ。」


 楊は溜息をついてから、続けた。


「百目鬼はそれで鈴木を拒絶してね。そしたらその後に鈴木が一人で闘病して死んでしまったからさ、彼の全部を受け入れてやるためだそうだ。俺はあいつの考え方がわかんないよ。あいつが言うにはね、人間のままだと自分は異性愛者だから鈴木を拒絶し続けるしかないってさ。でもね、坊主になれば人の理の外にいる物になるから、根っこの愛だけを受け取って自分からも愛を返してやれるってさ。わかんないだろ?俺はわかんないよ。友情も恋心も根っこは愛だから、上っ面を消せば同じ愛になるって言うんだよ。」


 俺は聞かなきゃ良かった。

 彼はそれほどまでしても人の愛が欲しいのだ。

 愛人の子と育てられた彼は、幼き頃は佐藤家の荷物だったと近所の人が田辺に語ったそうだ。

 幼い頃は上の兄達に暴力を振るわれ、暴力を返せるようになったら要らないと、彼は金とともに実母の元に返品されたのだ。

 店を経営する実母には既に家庭があるからと、中学を卒業したばかりで彼はアパートに一人暮らしをさせられた。


 俺は両親を失ってたった一人となったが、彼は親が存在しているのにたった一人きりだったのだ。


 だからこそ彼は家に拘り、玄人への束縛が強いのだろう。

 そんな百目鬼に俺が子供として受け入れられたのならば、俺は彼に愛されているのだ。

 そして、玄人はもっと深く。

 俺が太刀打ちなどできない程に。

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