これこそごほうび?
「いただきます。」
ぷいぷいぷい。
僕が声を出した途端に、居間の籠のアンズが起き出して、自分も、と餌をごねはじめた。
今日は朝だけ生野菜で、後はペレットだけだったから不満らしい。
体に毛がない子豚のような姿のモルモットが、柵に手をかけて立ち上がって、ごはんごはんとプイプイと鳴いている。
良純和尚が鼻で笑って、飾り切りのニンジンとエディブルフラワーを籠に突っ込んだ。
綺麗なものが貰えてアンズは大喜びだ。
「人のいただきますに反応する、この、無駄飯ぐらいの大鼠め。」
僕はその彼の姿に幸せを噛みしめて、今日の朝ぶりの、ようやくの食事を手に取り口に運んだ。
お腹が好きすぎている時は、まずはスープからが鉄則だ。
濃厚なコーンスープに僕はスプーンを入れた。
温かく、熱すぎず、口の奥からきゅうっと唾液を溢れさせる旨みが広がった。
「おいしい!」
僕はその一口に感激だ。
そして、うっとりと目を瞑った時、唇に何かが当たり、それから軽く下唇が齧られた。
驚いた唇は開かれて侵入され、僕は侵入を許したそのまま、そのままポスンと転がった。
違う。
脱力した体を大きな腕に支えられて、そのまま横たえられたのだ。
驚いた。
山口との幸福を感じた甘いひと時、僕は山口にとろけた。
これは甘さが無いが、僕は完全に感電して痺れてしまっている。
全身隈なくの感電だ。
驚きでぼやけた僕の目の焦点が像を結ぶと、そこには僕同様に驚いた顔つきの良純和尚が僕をまじまじと見下ろしていた。
こんなに驚いている彼の顔は初めてだ。
「全身がピリピリしています。これが、ご褒美だったのですか?」
以前に僕がキスが知りたいと強請ったから?
プ、クククと驚いていた彼は笑い出して、そして、やはり初めて僕に見せる表情になった。
金色の瞳を輝かせて、妖かしのごとく魔力を帯びた顔つきだ。
この人は、鬼だ。
鬼なのだ。
なんと美しい人外の獣。
彼は再び僕に口づけた。
もう一度深く、今度はゆっくりと堪能するように。
口づけだけではなく僕の体はゆっくりとなで上げられ、宥められる。
けれど、宥められるどころか心臓がはじけて、指先から血がはじけそうだ。
僕は、今の僕はどくどくと血を波打たせている心臓そのもの。
彼の手は僕の手を握ろうとしてか、肩からゆっくりと指先へと撫で下ろされた。
そこで、再びククッと笑い声が起きた。
僕の手にはスプーンが握られたままな事に、彼は気が付いたのだ。
そして、始まった時と同じく唐突にそれは終わり、僕は抱き起こされた。
「褒美はこの食事に決まっているだろう。さぁ、ゆっくりとお食べ。」
僕は痺れている自分の体を動かす事が出来なくなっていた。
欝のときは体が動かない発作により、動けない焦燥感と不甲斐なさに何度も苦しんだ。
けれども、この状態はなんだろう。
気だるいこの感覚。
このままこの気だるさに身を任せていたい。
「どうした?」
僕は彼に答えられずにポスッと再び仰向けに倒れた。
スプーンを握ったまま。
僕を壊した張本人は、僕のその情けない姿に凄く凄く良い声で笑い続けていた。




