団欒は夢だった幸せ
早川萌は最高の友人だった。
彼女は二次会会場を後にする時に、良純和尚に二つのものを渡していた。
一つは今日の式で使ったブーケを。
もう一つは四角い小さな箱。
紙の弁当箱だ。
その中には二次会の料理がぎゅっと詰まっていた。
会場の近くに百円ショップがあったから、鯰江がこっそりと買いに行き、萌が僕のために可愛く詰めてくれたようだ。
だが、このことを知ったのは、自宅で良純和尚からのご褒美を貰った後だった。
僕が彼からの贈り物を一番に喜ぶようにと、この箱の存在を教えなかったようなのだ。
教えてくれても僕の喜びは違わないと思うのだが、彼は自分一番の人だ。
仕方が無い。
彼は世田谷に帰る前に渋谷まで車を走らせて、ホテルの食事を受け取った。
僕は車の中に溢れる香しいホテルのパッケージに、この豪華なホテルの食事が僕へのご褒美だと諒解した。
できるだけ温かいものをと、彼は横浜のホテルに注文しなかったのだろう。
「今回は魚介中心で作ってもらった。お前はクリーム系の魚介料理が好きだろ。夜遅くに肉料理は、空きっ腹に重すぎて辛いからな。」
だが、勿論肉もある。
薄く切られたローストビーフが、前菜として野菜と一緒に美しく花みたいに盛られているのだ。
伊勢海老にホタテにひらめ、イカに蛸。
竜宮城の欧風バージョンだ。
嬉しい事に大好きなキンキが塩焼きされていた。
武本家本拠地である青森では、鯛でなくキンキが祝いの膳に乗る。
「キンキが、ただの塩焼きでうれしいです。」
「お前はハーブで焼いた魚が嫌いだものな。」
以前外食した時に、注文した大好きな鮎の塩焼きがローズマリーとタイムで塩焼きされていた時は泣きそうになった。
あの香りの良い魚は、塩だけでシンプルが最上でしょう。
良純和尚が次々と料理をちゃぶ台に並べていく。
「パンが、とても大量にありますね。」
ふわふわのロールパンやクロワッサンが籠にこんもりと盛ってある。
それもホテルで焼いたパン。
「明日の遅い朝食にも回せるだろ。スープは三種類ある。海老のビスクにオニオンコンソメが一つずつ、コーンスープが二つ。今夜はどれにする?」
「僕は今夜も明日の朝もコーンスープがいいです。」
「やっぱり、この餓鬼め。さっさと化粧を落として来い。」
ハハハと良純和尚の居間に響く笑い声を背に、僕は風呂場に向かった。
ドレスを汚さないように丁寧に脱いだ途端に、物凄い開放感を体に感じたのはなぜだろう。
ふわっと身軽に感じたまま軽くシャワーを浴びて、脱衣所に用意されていたバスローブを羽織った。
「え?バスローブ?寝巻きじゃなくて」
僕と入れ違いにシャワーに入ってきた良純和尚を仰ぎ見ると、スーツを脱ぎ捨てた彼は、僕の着ている物とお揃いのバスローブを着替え用の籠に放った。
「バスローブですか」
「これなら体が少々濡れていても平気だろ。体を丁寧に拭くのも面倒臭ぇじゃねぇか。今日はお互いに疲れただろ。」
彼はそのまま風呂場に入り、僕は確かに彼の言う通りだと認めた。
でも、疲れていてもご飯を僕を待っている、と僕は居間に向かった。
彼は僕が居間のちゃぶ台に座り込む頃には既にシャワーを浴び終わったようで、僕が座ってすぐに、ちゃぶ台を挟んだ向いにドカッと足を投げ出して座り込んだ。
「早いですね。」
「疲れたからな。」
「それなら今日は夜のお勤めは無しですね。」
彼は悪戯そうな顔で笑う。
「馬鹿め。俺は家を出る前にやったさ。朝に二回読んだんだよ。仏間と神棚の世話はお前の仕事だろう?お前こそ今日はさぼりか。」
仏間に僕の神棚を置いてもらう事で、仏間の掃除と仏壇と神棚の世話は僕の仕事になったのだ。
僕は良純和尚の言葉に、彼のように悪戯そうに見えれば良いと思いながら、そんな顔をして見せて、それから彼がしたようにして答えた。
「良純さんのお経の前にやっていたじゃないですか。着替える前に。」
僕達は互いに仕事をしていた事を知っていながら、互いに知らない振りをしてふざけていたのだ。
家族の団欒、ふざけあえる相手がいる世界、何て幸せなひと時だろう。




