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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
六 披露宴は過去と未来を繋げる
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非常識は常識を覆す

 橋場建設の会長である橋場善之助は、背は低いが筋肉質の固太りで、顔が厳つく怖いご面相の老人である。

 普段は灰色系の地味で渋い和装が多いが、本日は披露宴の為なのか、渋い緑がかった薄茶色の着物に、襟や帯には紫系を持ってくるという、個性的で粋な和装姿をしていた。


「親父までクロの晴れ姿が見たいってね。いやー、本当に可愛いよね。」


 善之助の次男の橋場建設社長の孝継が、うっとりした顔を壇上に向けながら善之助の隣に立っている。

 金色のようなオレンジ色のスカーフをネクタイ代わりに首に巻き、ピンストライプの三つ揃いのスーツ姿が華やか過ぎて俳優のようだ。

 俺達は孝継が披露宴に参加することを知っていたが、善之助までも参加して来るとは思いいたらなかった。


「ささやかな結婚式をぶち壊そうとするなんて、あの非常識共め。」


 彼らの参上の知らせが早川家鯰江家に駆け巡り、親族のドレスコードが一気にレベルアップしてしまったそうだ。

 親族関係者が全員礼服に留袖姿なのである。


 可哀相に。


 俺は今日は濃いグレーの三つ揃いのスーツだがシャツは明るい紫にして、銀色系のネクタイを絞めている。

 楊は濃紺のスーツに彼らしい淡いピンクのシャツと派手な水玉のネクタイだ。

 華やかにしろと鯰江の注文なのだから仕方が無い。


「頼むよ。萌は華やかなカジュアルで気軽な式と披露宴を望んでいたんだ。君達だけでも華やかにしてくれれば友人との写真は明るい感じになるだろ。」


 親族のドレスコードが変わったことを知った鯰江直々のお願いだった。

 そして、鯰江は根津にも同じお願いをしたそうだ。

 だが、根津は橋場が来ると聞いたからか、妻と共に礼装に近い黒尽くめだったがために、鯰江は友人との写真撮影を二回に分けた。

 俺達と鯰江夫妻だけと、そして鯰江夫妻と根津夫妻だけだ。


 鯰江は小さくて可愛らしくて美しい新妻の完全な言いなりである。

 萌が、が最近の彼の口癖だ。


「お前、だらしなさすぎ。もうちょっとしっかりしようよ。」


 式前の控室では、楊が鯰江に喝を入れていた。

 自分よりも大きな男に楊が喝を入れる姿は滑稽だが、そんな彼らに玄人は冷静に突っ込みを入れたのである。


「かわちゃん、仕方が無いですよ。萌ちゃんはハチドリの女王様です。」


「いや、普通、女王様はハチだけでよくない?それに鳥に拘るんだったらさ、萌ちゃんは可愛い雀ちゃんでしょう。」


 楊は玄人にすかさず突っ込み返したが、式で萌の姿を見た途端に、ハチドリだ!と玄人に追従する台詞を呟いていた。

 余り大きくは無いがパッチリとした涼しそうな眼に、綺麗な額をしたドレス姿の小柄の美女は、小さな華やかな小鳥のそのものだったのだ。


「あの、佐藤いえ、百目鬼君の奥さんとはどの様なご関係で。」


 根津が世界の橋場達に恐る恐る尋ねる声で、俺ははっと我に返った。

 孝継は「奥さん」の部分で俺に嫌らしい目配せを俺にして吹き出し、そして善之助は何事も無いように答えた。


「殆んどウチの子の親戚のお嬢さん。あの子が欲しがるなら、僕はお城だって建ててあげちゃうなあ。」


 根津夫婦は彼らの合言葉なのか、仲良く「げぇ」と口にした。

 楊はむせている。


「やっぱりそこ、うるさいです。」


 馬鹿がまた俺達を叱り付けたが、此処には非常識親父達がいたのだ。


「クロちゃーん。怒った顔も可愛い。はい、チーズ。」


 善之助はスマートフォンをかざすや何枚も何枚も写真を撮り始め、息子の孝継はツカツカと勝手に壇上に上がり、玄人の脇に立って司会まで始めた。

 すげぇ非常識。

 そのうち善之助まで上がり、玄人と音痴なデュエットまで始め、孝継がスマートフォンで動画を撮っている。

 台から降ろされた司会者は困惑どころか呆然だ。


 そうして孝継の司会によって、なぜか会場は親族連中のカラオケ会場へと変質していったのである。


「酷い、馬鹿親父共だね。可哀相な鯰江夫妻。」


 楊は息も継げないほど笑い転げ、鯰江の心配していた根津と楊の確執は馬鹿達のお陰でどこかに追いやられ、俺は久しぶりのご馳走に舌鼓を打つことが出来た。

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