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愛すればこそ、愛する者の死肉だって喰らえるはずだ(馬12)  作者: 蔵前
六 披露宴は過去と未来を繋げる
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根津夫妻

 作り物の笑みを浮かべっぱなしの楊を見つめ、俺は鯰江の控え室に挨拶に来た時とは大違いだと思った。

 まぁ、その時も玄人のドレス姿にただただ間抜け顔で立ち竦んで見惚れていただけだったが。


「かわちゃんが俺達を切って佐藤と親交を深めていたって知っていたけどさ、鯰江までもだったんだ。佐藤はさ、鈴木への義理立てはいいのかい?」


 早速の離間作戦か?

 隣の楊の空気が見てなくても変わった気がしたので、適当に答えた。


「女房と女房の親友が、鯰江と楊に世話になっているからね。」


「佐藤も結婚していたんだ?指輪をしていないから。」


 俺は間抜けで節穴の目を持つ根津にハハハと笑い声を上げて、左手の甲をかざして見せつけてやった。

 左の中指には嫌味のようにでかい石のついた仰々しい指輪が付いている。

 ほら、ちゃあああんと、俺は指輪をしてるだろうが。


「これが、あいつの贈り物。」


 根津の隣の女房が大きく息を呑んだのが分かった。

 楊が吹き出した音も聞こえた。


「さっき、さっきそれは緑色だったでしょう。エメラルドだと思っていたわ。」


 教会式の後に出席者全員で写真撮影をしたのだ。

 このホテル会場自慢の美しい庭で。


「アレキサンドライトだ。太陽光では緑に輝き、電灯ではこの様に赤々と輝く。ロシア皇帝の愛した石で、傲慢な俺にお似合いだと言っていた。」


 武本物産の秘密の倉庫から好きなものをやると言われてこの指輪を選んだら、玄人が石についてそう語ったのだ。


「これを選ぶとは思っていましたが、ちょっと俗物すぎやしませんか?」


 とまであいつは俺に言い切った。

 あいつは最近俺に色々と言えるようになってきている。


「見せて!初めて見たわ。そんな石。」


 琴子は俺の手を必要以上に握り、俺の指輪に夢中となった。

 いや、俺にか?

 彼女と席を同じにしてから彼女を観察していたが、やはり全く記憶が無い。

 付き合っていたとは鯰江の思い違いではないのか?

 そもそも何人かと寝ていただけで、恋人がいた覚えなど俺にはないからな。


「それで、女房は置いてきたのか?」


 写真撮影であんなにも俺とべたべた一緒にいた玄人に気づかないとは、根津は本当に酷い近眼なのだな。

 俺は彼を不憫に思いながら、壇上の玄人を指差した。


「げぇ。」


 根津は口を押さえて酷い声を立てた。


「楊。こいつの美意識は常人と違うのか?クロを見て、げぇって、クロの美しさが分からないのか。」


「馬鹿、やめて。それはちがうでしょ。」


 俺は本当に不思議で楊に尋ねたのだが、先程まで闘犬の様なオーラを纏っていた楊は、何時もの笑い袋に変化した。

 笑ううちに、俺に解説する余裕まで出来たようだ。


「ちびが橋場の会長さんやミスター橋場と戯れていて目立っていたじゃん。お前の女房がその美女だったって知って吃驚しただけだって。」


 笑いながらの楊の説明に、根津は声を潜めて俺に尋ねてきた。


「彼女はもしかして、お前の母親の店の子か?お前の母親も佐藤弘毅議員の愛人だっただろ。彼女も橋場の愛人だったとか?」


「おい、根津。」


 再び楊が剣山のようなオーラを纏うが、俺は大笑いだ。

 根津の嫌がらせにしても、馬鹿な子供じみた考えに楽しくなるくらいだ。

 単なるホステスが県議の愛人をやって、子供が出来たから子供と引き換えに店を貰う。

 良くある事で単なる事実だ。

 指摘されて怒る必要の無い事であれば当てこすりにならないと、なぜ彼はわからないのだろう。


「あんな上玉、母親の店にはいないさ。あそこはブサイク揃いで、客にはお化け屋敷って渾名だったからね。暗くって白塗りのババァばかりだってね。」


「逆に行きたかったよ。そこ。」


 楊が一層大きく笑い出した。

 楊のセリフが過去形なのは、俺が渡した金目当てに俺の実母が亭主に殺されて今はいない事を楊が知っているからだ。

 従って、お化け屋敷など、もうこの世に存在しない。


「そこ、うるさいでーす。」


 壇上の馬鹿に叱られた。

 玄人は自分が愛人家業の女性と間違えられた事も知らずに、お色直しで退席中の友人のために、司会者と場を盛り上げるために奮闘中だ。

 あいつは当主だけあって、いざという時には人前でも物怖じせず、そしてマニュアルさえあれば何でもこなせる。

 何が隅っこ虫だ。


「本当に私の亡くなった母親にそっくりだよ。」


 橋場建設会長の橋場善之助が、いつの間にか俺達のテーブルの側に来ていた。

 根津夫妻は仲良く「げえっ」と鳴いた。

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