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転職の自由はありますか?

 俺は楊が作り上げた立て看板を読みながら、転職を考えた。

 今回我らが特対課とくたいかに回された他所の所轄の事件が、「お化け屋敷神隠し事件」とは何だそれ、だろ?


 事件を回した所轄の管轄内には、「幽霊屋敷」と噂される空き家があった。

 当たり前だがそういう場所は、十代後半の単車を暴走する事を愛好する方々のデートスポットに使われるものである。


 十月十三日の深夜、そこに六人の若者が到着する。

 十六歳の彼女を連れた十八歳の車持ちの金田かねだしょうと、その十八歳の後輩である原付で現地集合した十七歳少年が二人。

 八重やえ哲雄てつお足立あだち晃平こうへいだ。

 金田は自分の車に彼女の友人二名も乗せていた。

 その追加の女の子二人は、後輩の為に、だったのだろう。


 彼らが辿り着いた幽霊屋敷は、主要道路からも人里からも少し離れたところにぽつんと立つ、昭和の臭いがプンプンする、貧乏くさい大きな家だった。

 外壁は茶色のトタン板で、玄関は引き戸のガラス扉だ。

 今時こんな家はなかなかない。

 玄関ドアには立入り禁止と書かれたベニヤ板が貼り付けてある。


 少年少女達は勝手知ったるか、その薄いベニヤ板の隅を持ってペロンと捲った。

 ベニヤ板の下には、出入り用に壊された大穴が開いた扉があった。


「厚手の板貼ったらそれごと壊されたから、今はこんな紙みたいな板なんだってさ。意味ないじゃんねぇ。」


 幽霊屋敷の話を持って来た足立が説明して中に潜り込むと、少年少女達はニヤニヤしながら後に続いた。

 けれども、一歩入って懐中電灯で照らされた中は、彼らの前の訪問者達の仕業によるスプレー書に破壊の後で、見慣れたもののために一同は興ざめをした。

 そこで場を盛り上げるためか、金田は「二階に行こう。」と少女達を連れて階段を上がった。

 少年二人も慌てて後を追い、彼らが上がった先の二階は、下の様子と一変して、全く手付かずの様子だった。


 二部屋ある畳敷きの奥の和室には、和ダンスと鏡台が置かれたまま放ってあり、箪笥の上にはフランス人形まで置いてある。

 彼らは奥の部屋の中心にのそのそと進んだ。


「ここはよ、狂った女を家族が閉じ込めたら、狂った女が家族を皆殺して自殺したんだってさ。でもね、警察が駆けつけたら女の死体だけ見つからなくて、それ以来悪霊になってこの家に取り付いているんだそうだ。」


 金田少年の口上に、十六歳のケイ、ミチ、ユミカはきゃあと嬌声をあげた。


「悪霊になって何してんのよ。」


 ケイは金田の腕にぎゅっと掴んでしなだれかかる。

 これはお遊びだ。

 彼女は侵入した廃墟が思いの他気味が悪くても、この後の事を考えてワクワクしている。

 金田は彼女にとって自慢の男だ。


「帰りましょうよ。ここヤバイです。」

「なに?テツは怖いの?」


 金田が年下の男をからかって小突くと、彼は勢いよく後ろに転がった。

 転がって床が腐っていたのか、ボシュっと床に飲み込まれるように体が半分埋まってしまったのだ。


「金田さん!起きられないです!」


「え、ちょっと、大丈夫か?おい、足立!テツが埋まっちゃった。手伝ってくれ。」


 金田は少女達から離れて哲雄の所に向かい、彼を引き出そうと引っ張った。


「おい、かなり埋まっちゃってるよ!足立って!」


 ぼしゅん。


「それで、金田しょう君と八重やえ哲雄てつお君が行方不明なのですか?」


 事件概要を説明する所轄の刑事に、佐藤さとうもえが尋ねた。

 佐藤萌は今年の四月に刑事昇格して、この犯罪対策課に配属された、二十二歳の若き刑事だ。

 彼女と同期で一緒に昇格して一緒に配属された水野美智花は、書類に悪戯書きをして遊んでいた。

 しっかり者の佐藤に面倒な事を任せているのだろう。

 高校時代からの親友同士だという対照的な二人だ。


 佐藤は黒髪のショートボブに大きな目がちょっと釣った妖精系の美女で、水野は明るい髪色に毛先がクルっとしたショートカットに大きな目が垂れている癒し系の美女だ。

 外見がね。

 中身は二人とも暴力的な只の人でなしだ。


 だが、佐藤の内面など知らない所轄の刑事は彼女にどぎまぎしていた。

 丁寧に書類をめくり、彼女のために気の利いたことを答えようと一生懸命だ。


 捲らなくても書類の表紙に書いてあるからだ、「足立あだち晃平こうへい行方不明事件」だって。

 彼はお馬鹿な質問をした美女が傷つかないように一生懸命なだけだ。


 彼は知らないが、佐藤は確実に書類の隅々まで読んでいる。

 では、なぜこんな質問を?

 部屋の隅で喜んでいる上司の姿が見えて、俺は彼らの悪戯かと納得した。

 面倒な事件を押し付けに来た可哀相な刑事を佐藤を使って揶揄って、彼らの鬱憤を晴らしているのだろう。


 俺はふふっと微笑んで、可哀想な所轄の刑事の哀れなさまを眺める事にした。

 まだ転職を決めるには早いかな、と。

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