お化け屋敷の住人達
一階がスナックになった二階の貸し部屋に、元工場長が住んでいるという。
家族構成は彼一人。
妻子は廃業した時に逃げられた模様だ。
俺達がドアを叩き、「うるせぇ。」と怒鳴りながら出てきた男は酒臭く、転落の臭いが漂っていた。
俺達が何度も嗅いで来た臭いだ。
人生に失敗して不幸に塗れた人間の臭い。
只でさえ不幸なのに、俺達の出現でさらに不幸を引き寄せられてしまう可能性に脅えてしまうという、弱者が放つ臭いだ。
葉山はそんな相手に対して、恩師にするようなぴしっとした丁寧な礼をした。
そして、自分の身分を相手に告げたのである。
俺は彼のそういう清々しいところに毎回驚き、毎回感激するのだ。
俺も葉山に追従するようにして頭を下げた。
そうだ、俺達は弱き助ける警察官でしかなく、俺達が誰かを不幸にしようと行動しているわけでは無いではないか。
「すいません。私達は行方不明の少年を探しております。原付バイクを乗り回していた子ですので、修理工場や中古車センターの方々に見覚えがないか確認しているのですよ。」
礼儀正しい葉山の振る舞いとその説明に、酒臭い男は怒るよりもその葉山の説明する少年の不幸を思いやり、記憶を呼び戻そうと考え込みだしたではないか。
「俺が工場をやっていたのは六年前だからね。その頃の子じゃ大きくなっているかな。」
「そうですが、家出の子は家出して育った年上の家に転がり込むものでしょう。大怪我をしているのに病院にも行けないのかと思うと可哀相で。」
葉山の思いやりの籠った言葉に工場長は大きく頷き、それだけではなく、今一度必死で過去を思い出す素振りを見せ始めた。
これを導く彼の言葉が、口先だけでなく葉山の本意なのだから凄い。
だからこそ彼は流されてここにいるのだろう。
世の中は助けられない不幸の方が多いのだ。
「むかーしの話でいいんならね、佐藤晃平って子が、近所にいたね。父親がさ、元暴走族で。ぶっこみって知っている?特攻服着てケンカのために一番先頭に立つの。年少何回か入った猛者なのが自慢で。その親父のせいなのかさ、晃平君はいつも一人でね。一人で原付に乗っていてさ、ある日、ぷつんと見なくなったんだよねぇ。」
「どこに住んでいたかご存知ですか?」
彼は疲れたようにして笑った。
「あの、餓鬼共に有名なお化け屋敷だよ。一番最初に佐藤君の一家が住んでいたの。彼が行方不明になった後に一家が引っ越しちゃってね、その後はずーと空き家でさあ。最近入った白石ってのが、もう迷惑な一家でね。」
「最近って、誰かが住んでいたのですか?」
俺の声は素っ頓狂なものになっていた。
俺を虫塗れにしたあの恐怖の館は、写真からも、俺の実際の目からも、人が何十年も住んでいた形跡が無いものだったのだ。
ところが、元工場長は全て覆すようなことを言い出した。
「一年前だよ。」
「たった一年前ですか!」
俺は声が出ず、葉山は切り返した声が裏返っていた。
その様子が面白かったのか、元工場長はさらに表情を柔らかくして、自分の知っている事を気さくに話し始めたのである。
「そうそう一年前にさ、あの家族はやって来たの。最初は父子家庭で、微笑ましい家族だったんだけど、後からお母さんが来てからおかしくなってね。母親がちょっとおかしい人だったからさ、ほんと、周りも大変だったよ。」
俺達は先月の事件の哀れな加害者の事を思い出していた。
配偶者の浮気によって何の罪のない彼女は娘共々壊されて殺されかけ、その憎しみで誰も彼も、自分の娘でさえも、自分達を不幸に至らせた人物に見えてしまっていたのである。
「ど、どんなふうに、おかしい方だったのでしょうか。」
俺がおずおずと尋ねると、彼は良くいる人だという風にさらっと答えた。
「ほら、いるでしょう、ちょっとしたことで怒鳴り散らすお母さん。道中だろうが店ん中だろうが大騒ぎして、その癖、子供の躾を全然しない人。迷惑だったよ。子供が他所の子を怪我させたのかな。それで消えるように引っ越しちゃってね。ほんと、すぐに引越して行ったんだよ。あの母親の振る舞いであの家にお化け屋敷の噂が出たのかもね。閉じ込められた狂人の女って奴。本当にすごい女だったから。」
「あぁ、そうです。友達が行方不明になった子がお化け屋敷の事をそのように言っていましね。そうですか、白石ですか。」
俺が相槌を打つと、工場長は俺達に身を寄せて、まるで内緒の怪談話のように声を潜めて語りだした。
「私の子供は死んでいるから年を取らないんですよ。変な女でしょう?」
ビニール袋の中で溶けた子供達の身元を、俺達は手に入れた。




