表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/70

助けられなかったと君は泣く

「凄いよね、嫁姑以上の厳しさだったんだ。」


 俺の後ろを歩いている相棒の葉山が、昨夜の事を再び思い出したのか吹き出しながら笑い出した。

 彼が敢えて俺の後ろにいるのではなく、彼に揶揄われていた俺がとうとう憤って、彼を早足で抜いただけだ。


「でもさ、ダイエットしてまでクロトが着るドレスってどんなんだろうね。山さんはクロトが男の子の格好が良いだろうけど、俺はどんな美女っプリか楽しみだね。痩せさせられたせいか、美人振りに凄みがあったと思わない?昨日は化粧もせず、ただのシャツにジーンズ姿だったよね。それなのに、凄い美人だったよ。」


「もう!本当に煩いよ。」


 くるっと振り向くと、葉山は葉書のようなものをヒラヒラと振っていた。

 さらに俺を煽るような表情で、だ。


「何?それ。」


 悪魔のような微笑を浮かべた葉山は、これがお前の魂と交換になるぞという風に俺の質問に答えた。


「二次会欠席者の招待状。」


 俺の足はそこで完全に止まった。

 葉山は天国へのチケットを手に持っていたのだ。


「でも、いいの?俺が出席しても。」


「いいんじゃない?お祝いの席に空席が出来るよりは良いと思うよ。参加費が必要で一人六千円だよ。それがご祝儀代わりにもなる。本当はビンゴゲームの景品代かな。」


 俺は財布を取り出そうとすると、葉山はハハハっと笑った。


「俺に払われても困るよ。参加費は受け付けで出すんだよ。俺は出席するから一緒に行こうか。これは大学の友人が出られなくなったものだからね。彼は急遽アメリカに出張だってさ!」


 俺は葉山から招待状を手に入れた。

 なんて幸運。

 玄人と話せなくても彼の姿を見られるだけで幸せだ。

 何しろ楊の話だと、玄人は早川の女友達で百目鬼の妻としての参加だ。


「友君、嬉しいよ。」


 葉山はハハっと青年の涼しい声で笑い、それからいつものように彼は一歩前に出て俺の隣に並んだ。


「さぁ、身元不明の青年を探そうか。それよりも山さんはさ、足首だけの死体から誰だか判ったりはしないの?」


 しかし、俺は肩を竦めるしかない。


「それほど目がいいわけじゃないよ。昔は黒い影しか見えなかったからね。」


 葉山に答えながら、俺は気づかなかった気づいた事を思い出した。

 そうだ、気づかなかったのだ。

 あそこで、何も。


「あの空き家で死者の霊なんか一つも感じなかった。足立君は最初から死んでいた死人だったのかもしれない。」


「それじゃあ、藤枝の言うとおりかもしれないね。足首はもともとあった死体。自分と同じ死人を見つけたから誰かを誘ったって。」


 あの家にもう一度行く必要があるのか、それとも、見つかった死人の身元を調べる方が先か。


「彼は今、片足がないまま町を彷徨っているのかな。」


 葉山の言葉に思考が止まり、俺は彼を見つめた。

 葉山は今は笑顔など作っていなかった。

 前方にぼんやりとした瞳を向けているに過ぎない。


 これは悪い兆候だ。

 俺は助けられないことに絶望して、それでも次の被害者の為に歩き続け、自らを破壊してしまった同僚達を知っている。

 飛び降りた者、線路で粉々になった者、酒で肝臓を壊した者、エトセトラ。


「友君。」


「可哀相だなって、そう思わない?見つけてあげて、眠らせてあげたいよね。あの阿川のように。彼女はようやく楽になれたんだよ。」


 先月の事件で殺された阿川という若い女性は児童カウンセラーだった。

 引き篭もりの子供と虐待されている犬を助けに行った先で、その子供の母親のよって殴り殺されてしまったのだ。

 肉塊同然の姿ながら死ぬ事ができずに、痛い、痛い、と苦しみ続け、その肉片を使って先週大きな事件が起こされた。


 術具にされた彼女は術を破壊する過程で一緒に破壊され、ようやく永眠できたのだと俺達は楊から聞いた。


 俺が葉山の言葉に彼女を思い出しながら彼を見返したら、彼は両目から涙を零していた。


 俺はそんな彼を百目鬼がするように抱きしめた。

 ぎゅうと抱きしめるのではなく、空間を作るようして抱きしめるのだ。

 百目鬼が身をもって俺に教えてくれたその行為は、誰かに守られたその中で、ただ自分の悲しみだけに浸ることができるのである。


「あんな目に合って苦しむような悪いことなど、あの子は一つもしていなかったのに。ただ、人の苦しみを和らげたいってそれだけの子だったのに!」


 葉山は俺の腕の中で叫んだ。

 彼は人の気持ちに沿いすぎる。

 それは、まるで楊のように。


「友君、近くの所轄に行こうか。端末を借りて、過去の行方不明者を探そう。最近の十七歳の行方不明者を見つけられなくても、十年前や二十年前だったら足立君がいるかもしれないね。」


 両手で顔を覆って、拭うように両手を動かした彼は、そうだね、と呟き、それから顔をしっかりと上げた。

 涙の跡は目尻に残るが、意志の輝きを持った瞳をしていた。


「そうだね、そうしよう。ただね、後一つ。休業していた修理工場があったからね。そこの元工場長に話を聞いてからにしよう。」


「それは、あとどのくらい?」


 葉山はニンマリと指先で指し示し、俺は彼に答えた。


「後二ブロック先ですね。了解。」


 俺達は目的を持って歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ