助けられなかったと君は泣く
「凄いよね、嫁姑以上の厳しさだったんだ。」
俺の後ろを歩いている相棒の葉山が、昨夜の事を再び思い出したのか吹き出しながら笑い出した。
彼が敢えて俺の後ろにいるのではなく、彼に揶揄われていた俺がとうとう憤って、彼を早足で抜いただけだ。
「でもさ、ダイエットしてまでクロトが着るドレスってどんなんだろうね。山さんはクロトが男の子の格好が良いだろうけど、俺はどんな美女っプリか楽しみだね。痩せさせられたせいか、美人振りに凄みがあったと思わない?昨日は化粧もせず、ただのシャツにジーンズ姿だったよね。それなのに、凄い美人だったよ。」
「もう!本当に煩いよ。」
くるっと振り向くと、葉山は葉書のようなものをヒラヒラと振っていた。
さらに俺を煽るような表情で、だ。
「何?それ。」
悪魔のような微笑を浮かべた葉山は、これがお前の魂と交換になるぞという風に俺の質問に答えた。
「二次会欠席者の招待状。」
俺の足はそこで完全に止まった。
葉山は天国へのチケットを手に持っていたのだ。
「でも、いいの?俺が出席しても。」
「いいんじゃない?お祝いの席に空席が出来るよりは良いと思うよ。参加費が必要で一人六千円だよ。それがご祝儀代わりにもなる。本当はビンゴゲームの景品代かな。」
俺は財布を取り出そうとすると、葉山はハハハっと笑った。
「俺に払われても困るよ。参加費は受け付けで出すんだよ。俺は出席するから一緒に行こうか。これは大学の友人が出られなくなったものだからね。彼は急遽アメリカに出張だってさ!」
俺は葉山から招待状を手に入れた。
なんて幸運。
玄人と話せなくても彼の姿を見られるだけで幸せだ。
何しろ楊の話だと、玄人は早川の女友達で百目鬼の妻としての参加だ。
「友君、嬉しいよ。」
葉山はハハっと青年の涼しい声で笑い、それからいつものように彼は一歩前に出て俺の隣に並んだ。
「さぁ、身元不明の青年を探そうか。それよりも山さんはさ、足首だけの死体から誰だか判ったりはしないの?」
しかし、俺は肩を竦めるしかない。
「それほど目がいいわけじゃないよ。昔は黒い影しか見えなかったからね。」
葉山に答えながら、俺は気づかなかった気づいた事を思い出した。
そうだ、気づかなかったのだ。
あそこで、何も。
「あの空き家で死者の霊なんか一つも感じなかった。足立君は最初から死んでいた死人だったのかもしれない。」
「それじゃあ、藤枝の言うとおりかもしれないね。足首はもともとあった死体。自分と同じ死人を見つけたから誰かを誘ったって。」
あの家にもう一度行く必要があるのか、それとも、見つかった死人の身元を調べる方が先か。
「彼は今、片足がないまま町を彷徨っているのかな。」
葉山の言葉に思考が止まり、俺は彼を見つめた。
葉山は今は笑顔など作っていなかった。
前方にぼんやりとした瞳を向けているに過ぎない。
これは悪い兆候だ。
俺は助けられないことに絶望して、それでも次の被害者の為に歩き続け、自らを破壊してしまった同僚達を知っている。
飛び降りた者、線路で粉々になった者、酒で肝臓を壊した者、エトセトラ。
「友君。」
「可哀相だなって、そう思わない?見つけてあげて、眠らせてあげたいよね。あの阿川のように。彼女はようやく楽になれたんだよ。」
先月の事件で殺された阿川という若い女性は児童カウンセラーだった。
引き篭もりの子供と虐待されている犬を助けに行った先で、その子供の母親のよって殴り殺されてしまったのだ。
肉塊同然の姿ながら死ぬ事ができずに、痛い、痛い、と苦しみ続け、その肉片を使って先週大きな事件が起こされた。
術具にされた彼女は術を破壊する過程で一緒に破壊され、ようやく永眠できたのだと俺達は楊から聞いた。
俺が葉山の言葉に彼女を思い出しながら彼を見返したら、彼は両目から涙を零していた。
俺はそんな彼を百目鬼がするように抱きしめた。
ぎゅうと抱きしめるのではなく、空間を作るようして抱きしめるのだ。
百目鬼が身をもって俺に教えてくれたその行為は、誰かに守られたその中で、ただ自分の悲しみだけに浸ることができるのである。
「あんな目に合って苦しむような悪いことなど、あの子は一つもしていなかったのに。ただ、人の苦しみを和らげたいってそれだけの子だったのに!」
葉山は俺の腕の中で叫んだ。
彼は人の気持ちに沿いすぎる。
それは、まるで楊のように。
「友君、近くの所轄に行こうか。端末を借りて、過去の行方不明者を探そう。最近の十七歳の行方不明者を見つけられなくても、十年前や二十年前だったら足立君がいるかもしれないね。」
両手で顔を覆って、拭うように両手を動かした彼は、そうだね、と呟き、それから顔をしっかりと上げた。
涙の跡は目尻に残るが、意志の輝きを持った瞳をしていた。
「そうだね、そうしよう。ただね、後一つ。休業していた修理工場があったからね。そこの元工場長に話を聞いてからにしよう。」
「それは、あとどのくらい?」
葉山はニンマリと指先で指し示し、俺は彼に答えた。
「後二ブロック先ですね。了解。」
俺達は目的を持って歩き出した。




