俺もあなたの子供?
「いいから食べなさい。八十グラムだろ。付き合いで俺も食べてもそのサイズじゃ食べた気にならないから気にするな。式が終わったら気兼ねなく大量に食うからな。」
玄人は目をぎらつかせ頬を紅潮させると、まるで真夜中に鳴く猛禽類のようなクククという声を響かせたのである。
「肉大量ですね。肉祭りですね。肉、肉、肉だ。ククク、ヒヒっヒヒヒ。」
壊れた玄人に俺も引いたが、楊と葉山の怯えっぷりが凄い。
壊れた玄人は目だけ爛々と輝き、口元はスマイルマークどころか裂けて見え、人形のような美しい顔だからこそ、鬼気迫って不気味でとても怖いのだ。
どうしようかと思考が止まった俺達に、ガタっと百目鬼がソファから立ち上がった音が聞こえた。
彼は長い足で一気に玄人の側に立ち、玄人からナイフとフォークを奪うと一口分切り、玄人の口に無造作に突っ込んだ。
玄人は殆んどかまずに飲み込み、「おいしい」と俺の大好きな表情をした。
つまり、最上の幸福感に溢れたうっとりとした顔だ。
俺が口づけた時に垣間見せた顔でもある。
俺は彼にとっては和牛ヒレ肉と同等かもしれない。
「ホラ、後は自分で食え。ゆっくり咬めよ。」
百目鬼にカトラリーを返された玄人は、再びがっくりと頭を垂れた。
「コレを食べたら明日もトーフなんですね。でも、肉でも僕は鳥の胸肉なんて嫌いです。モモが良いです。鳥皮、パリパリに焼いた、鳥皮串が食べたい。魚だったらキンキがいい。油が乗っていても淡白で旨みがある赤い赤い綺麗な魚。青森のお祝いの魚。でもやっぱり牛。良純さんの牛肉の煮凝り。豚、豚の角煮。煮豚にしょうが焼き、豚カツ――。」
玄人が再び黙る。
百目鬼に肉を口に突っ込まれたのだ。
今度は先程よりも少し沢山咀嚼している。
コクンと、飲み込んだ。
すかさずサラダの野菜を口に放り込まれる。
野菜嫌いの玄人はこれは嫌そうに長々と咀嚼している。
おい、そんなに噛んだら今度は飲み込みたくなくなるぞ。
見ている俺の方が心配になった。
嫌いなものは口中に長く留めてしまうと、今度は飲み込みたくなくなるものだ。
想像通り、両目をギュッとして飲み込みたくない顔になっているが、それでも頑張って飲み込んだ。
よし。
俺はいつの間にか玄人の応援に夢中になり、そして、気付いたら立っていた百目鬼はいつの間にか椅子に座っていて、次の肉を切り、飲み込んだ玄人の口に放り込んでいる。
俺は彼らと一緒に住んだら、こんな疎外感を感じ続けるのだろうか。
そんな悲しみに浸りかけたその時、百目鬼は怒ったような顔をして俺の皿の肉をフォークで刺すと、俺の口に放り込んだ。
え?
「お前はさっさと食えよ。こいつが食い終わってまだ肉を喰っている奴がいたら、また壊れるだろうが。壊れたクロを助手席に乗せて世田谷まで運転する俺の身になれ。」
子供のように叱られた。
楊がブッと噴出し、つられて葉山も笑い出す。
「確かに、あの壊れっぷりは嫌だわ。百目鬼、お前の肉も焼こうか?あるよ。」
「良いよ、やる。今日は本当に無理。髙め。あの野郎。いつか殺る。」
物騒なセリフを吐きながら彼は子供の世話を続ける。
その様子を見て、玄人が彼にとって本当に子供なのだと俺は実感した。
それも幼子だ。
俺は幼児に手を出したロクデナシだ。
「喰え。」
また肉を放り込まれた。
俺は意味もわからず肉を咀嚼しながら、百目鬼を見つめ返していた。
彼は大きく舌打をして、「餓鬼が」と呟いた。
俺も彼にとって幼子のようらしい。
つまり、彼の管理下で支配されろということだ。
「お前はクロとやりたきゃ俺の言うことだけを聞いていればいいんだよ。」
あれは彼の本意だったのだ。
俺はがっくりして頭を垂れた。
すると、また肉を放り込まれた。




