第72節 嬢王陛下のお城は何のためにあるのですか?
鉄道が伸びるというお話、新幹線以外ではあまり聞きませんが、実際に伸びたところは、経済的に発展して、人口も増えて、町が出来上がる、そういうものだそうですね。
もっとも、それには条件がありますよ?
秘境駅とかいくら作っても、経済発展しませんし。
営業成績も伸びません。
売り上げも。
今日はそんなお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後17日目午前中:ウーバン村/野中視点>
「起きろマスター! 大事な仕事だ!」
すっぱだかのラストが、僕に馬乗りになって揺さぶる。
何事かと思って目を覚ますと、ちょ、まずい、この体勢!
ラストのやつとうとうやりやがったな!
と、思ったけれど、どうやらそうではないご様子。
単純に慌てて起こそうとしていただけのようだ。
ああよかった。
こんなところで、こんな感じに初めての朝を迎えてしまったのかと。
それを捨てるなんてもったいない。
「で、どうした? ラスト?」
そんな興奮したラストの脇で、ロッコが眠そうにしていた。
と言うか、2度寝していた。
こちらも服を着ていない。
ま、もう、慣れたけど。
こちらがちゃんと服さえ着ていれば、それでよしとすることにしていた。
あと、なんだかよくわからない生命力かなんかのエネルギーを吸収しているらしいので、邪険にもできないし。
でも、レインはあまりしないんだよな?
絶対にしていないわけじゃない。
この間、寝坊して、僕の首の下で涎垂らしながら可愛くいびきかいていたからね。
僕が寝たらこっそり入ってきて、起きる前に出ていくスタイルのようだ。
たまに失敗するけど。
「どうしたじゃない! 前にも言っただろう! 今日こそウーバン村の南門のところの駅を作ってもらうぞ!」
「あ、ああ。そんなことも言っていたっけね。」
「今なら、MPもほぼ満タンなはず。マスターの魔法を放つ時だ!」
「あ、う、うん。朝ごはん食べたらね。」
朝から無駄にテンションの高いラストさんなのでした。
朝ご飯をしっかり食べた後、ウーバン村の南門内に来ていた。
昨日のうちに、ここまで線路が引き終わっている。
あとは、駅を作れば、南門と村の中央が繋がる。
「で、ここは、何に使う駅なのかな?」
「決まっている。人員輸送だ。人の乗るトロッコを運用するぞ! ここから乗って、村の中央と、城とを往復するんだ! 買い物とかに便利だぞ!」
「ん。村専用のトロッコも作った。自転車1両、客車1両。山賊団にも話を通してある。親分じゃない人を手配した。ヒャッハーしない人。」
「そんなのいるのか?」
「多分いないぞ? 隠れヒャッハーするぞ?」
信用のない旧山賊団の面々。
今回選ばれたのは旧山賊団のナンバー3。
その名を、ウーゴというらしい。
本来は肉体派ではなく、旧山賊団唯一の知能派らしい。
ああ、そう言うことか。
親分の考えがわかった。
お金か。
料金を取るにしても、計算できないとだめだしな。
結果、彼になったのだろう。
「重労働になる。大変だろうが、よろしくな。」
「おまかせください。親分から言われましたので。運賃を計算できるやつが必要だと。」
「親分はよく考えているんだな。でも、それは、ちょっと失敗だったな。」
「どういうことです?」
小柄だが、実直そうな彼が、なぜ、山賊団などに属していたのか知る由もないが気になる。
それはそれとして、彼にはちょっと辛い事実を伝えなければならない。
「最初のうちは、トロッコ自体を怖がるものだ。だから、どう言うものなのかわかってもらうために、開通記念で最初の一週間は、料金をとらない。山賊団に運賃の計算ができる男がいると、こちらが計算していなかったんだ。それに、料金も一律大銅貨1枚でいこうと考えていたんだ。計算いらないようにな。」
ウーゴは、驚いた顔をした。
「そこまで、計算されていたのですね。私は、今日、計算間違いでクレームが来たらどうしようと、そんな心配ばかりしていました。」
「どちらかというと、こちらとしては、村の中でヒャッハーしないかどうかのしんぱいしかしていなかったよ。」
「そこは、ご安心ください。私が動かすからには、安全です。ヒャッハーできるほどの力もありませんし。」
「そうか。それは安心した。ただ、そういうわけだから、要員は日替わりで大丈夫だ。誰か一人しかできないようだと、事故があった時に動かせなくなるからな。このこと、旧山賊団には伝えておいてもらえるか?」
ウーゴは、怪訝そうな顔をした。
何か不満がありそうだ。
「あの、ひとつよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「皆様、私たちのことを『山賊団』と言ったり『旧山賊団』と言ったりされますよね?」
「確かに。そう言っている。さすがに犯罪奴隷集団とは言えないからな。」
「ご配慮感謝します。ですが、配慮していただけるのなら、団体名で呼んでいただければと。」
「あるのか?」
「はい。その山賊団の名前ですが。村の者なら、誰もが知っていますので、そちらの方が通りがいいのです。『ロアバストス』。義賊ロアバストスが私たちの団体名です。」
おい!
義賊ときたぞ!
どういうことだ?
「疑問があるのだが。聞き流しそうになったのだが『義賊』ってどういうことだ?」
「そのままの意味です。親分は、ミャオー町からウーバン村を守るんだと常に言っておられます。」
「どういうことだ?」
「この間、ガーター辺境伯が攻め込んできましたよね。」
「そうだな。」
「しかし、今まで、村まで攻め込まれたことは、一度もありませんでした。」
「なんだと。」
「ガーター辺境伯一行が、この村まで到達できたのは、この間が初めてです、」
驚愕の事実。
この村にはまともな防衛機能がないと思われていた。
それは、マインウルフ騒動が発生する前からだと言われていた。
発生後は、さらにひどくなっただけにすぎない。
じゃあ何か?
この村を実質的に守っていたのは、こいつらだったのか?
なぜ、村の馬車まで襲ったし?
「ああ、村の馬車は、全て、納税用の馬車ですよ。山賊団に襲われたと言えば、納税できなくても納得はしてもらえますから。貧乏な村です。もう一度よこせとまでは言ってきません。」
なんてことだ。
じゃあ、こいつら、もしかしたらとんでもなく強いんじゃ?
でも、僕たちでも捕まえられたしな。
親分強くなかったしな。
「ああ、どうやって退けたのか、不思議そうな顔をしていますね。確かにロアバストスは弱小です。ですが、私がいます。親分には負けますが、元々は、ガーター辺境伯の元で兵士をしていましたから、悪知恵なら、いくらでも。誇れるものではありませんが、十分に活用すれば、なんとかなるものでしたよ。」
ちょっと、親分たちの見方が変わった。
村を守るには、自分たちが悪者になるしかなかった。
そして、それが故に、殺されることなく、生き残ることができた。
「あらためて、よろしくな。」
僕は、ウーゴとしっかりと握手した。
ゴツゴツした、苦労人の手だった。
それはそれとして、ラストが痺れを切らしていた。
背中に槍が当たっている。
つつかれている。
いや、せっつかれているというのが正しいのだろうか。
「いいから、早くやれ!」
もったいぶらずに仮駅を作った。
名前は「ウーバン村南門仮乗降場」とした。
長い。
早く、普通の駅も作れるようになりたい。
セレモニーをするつもりはなかったが、村の南側の住民がなぜか集まっていた。
南の区画の有力者には、トロッコのシステムとお試し期間はタダである旨伝えてある。
レインが飛び回って伝えてくれたそうだ。
80人くらいは集まっている様子。
ちなみに客車は8人乗りだ。
1割くらいしか乗れないよ?
10両繋げば全員動かせるけど、そんなことにはならないので、1両で十分。
最初に乗ったのは、数少ない老人たちだった。
普段は外を歩くこともなく、杖をついて、やっと歩けるかどうか。
そんな8人だった。
家族に付き添われてトロッコの椅子に座っていた。
ウーゴも手伝っていた。
こう言うことを想定していないので、トロッコと地面には結構な段差があった。
仮駅とはいえ、ホームとかない。
あとでレベルを一つ上げて、トロッコにちょうど合う高さのホームを作ろう。
とりあえず、まずは、試運転を兼ねた、一発目だった。
村の中でも、南側は、特段高低差もないので、問題が発生しようもないのだが、初めてだったので念の為ついていった。
ウーゴの漕ぐトロッコの後ろに、僕の漕ぐトロッコが間を開けて追跡していた。
ウーゴの運転は、丁寧だった。
ヒャッハーすることもなく、すぐによろず屋前に到着した。
店長と村長とその仲間達が、出迎えてくれた。
「いきていたのかい? アメシスト。あんたは働いているから元気そうだね。」
店長に声をかけていたのは、かなりヨボヨボのおばあさんだった。
「おや、歳はとりたくないもんだよ。クラウもよく生きていたよ。なかなか会えないものだからね。昨日から、食堂を開けていてね。嬢王様がサウナも作ってくれたんだよ?」
「なんだって? サウナかい? そんな贅沢ができる村になったんだね。長生きはするもんだね。」
そんな、再開を喜ぶような会話と共に、8人とも食堂に入っていった。
鉄道開通祝いの、ちょっとしたパーティーに招待されたそうだ。
ちなみに、お金は伊藤さんが出してくれたと言っている。
知らないところで、こっそり暗躍していた。
ウーゴは、とりあえず、南門に戻っていった。
時刻表なんてない。
なぜなら人力だから。
あと、歩合給だと言っておいた。
往復した分だけ、これに関しては給料が出てしまう。
お金が出ない、旧山賊団ロアバストスの面々にとっては、貴重な収入源になるだろう。
ウーゴは、肉体派だとは言っていなかったのに、頑張って何往復もしていた。
その度に、南から、食堂によろず屋に、人を運んでいた。
しばらくすると、帰りの便にも、人が乗るようになっていた。
町の中央から、南に出かける人もいたのだ。
その日の夕方、店長に呼ばれた。
「トロッコっていうんだろ? こいつはすごいね。年寄りでも遠くまでいどうできるよ。よろず屋としては、今期一番の売り上げだったよ。帰りに荷物を積んで帰れるからね。重い荷物でも駅から家まで運ぶだけだからね。」
どうやら、売り上げは好調だったらしい。
どうにか、毎日運行して欲しいと嘆願された。
もとよりそのつもりだったのだが。
「あとひとつ、いいかい?」
「何でしょうか?」
「親分が言うには、明日にここの石橋が完成するって言ってたよ? そうすると、トロッコは嬢王さんのお城とも繋がるんだろ?」
「そういうことになりますね。なんなら、そのまま鉱山まで繋がっていますけど。」
「そこなんだよ。お城を見たいって、今日、婆さん方は言っていたよ。以前なら王都まで行かないと見られなかったけど、今ならここが王都だからね。どんな立派な建物ができたのか、気になっていてね。」
店長も店長の友達というか、南側の重鎮たちも、新しいお城に興味津々らしい。
「じゃあ、繋がったら、お城見学ツアーでもやりますか。伊藤さん、もとい、嬢王陛下が許可してくだされば、ですが。」
「お願いするよ。私も見てみたいからね。」
店長は、その日の夜、とても忙しかった。
店売りの品物が、結構欠品になってしまったからだ。
村の中の職人さんたちに、増産と在庫確保を依頼して回っていた。
そんなことは初めてで、みな、びっくりしていたそうだ。
お金が動けば、経済が活性化する。
村内での内需拡大に、トロッコは大きく貢献したのだった。
<異世界召喚後18日目午前中:ウーバン村/伊藤洋子視点>
よろず屋前の石橋が完成して、ラストちゃんがレールを繋いでいた。
とうとう、村の南北が一本のレールで結ばれた。
昨日は、村の南から、結構な人数がよろず屋とその隣のよろずや屋食堂とサウナに集まった。
今日は、野中に言われて、お城見学ツアーを引き受けた。
見学するほどのものじゃないと思うの。
でも、見たいという人がいるなら。
そう思って、引き受けました。
昨日は、大変だったってさっき店長さんから話を聞いた。
村の年寄りには、トロッコが大好評だったそうだ。
トロッコを動かしていたのが知能派のウーゴさんだったのがよかったみたい。
ウーゴさんはお年寄り相手だと、乗り降りも手伝ってくれる親切な人だから。
でも、今日は野中が親切にしていた。
朝イチで、3つの駅を回って、地味にレベルを上げていた。
トロッコの高さに合わせて、ホームをきちんと作っていた。
私のお城は、もともと、乗客の乗り降りを想定していない駅なんだけど。
でも、むりやりホームを作っていた。
なんか、いろいろ理屈をつければ、何とかなったみたい。
そして、今日は、北側の人たちも、よろず屋に買い物に出かけた。
中央の駅を降りると、食堂に入って、昼ごはんとかを食べながら駄弁る。
サウナが空いたら入って、よろず屋で夕ご飯の材料を買って帰る。
そういうルーチンが出来上がっていたそうだ。
主に南の住人が、立派になったお城(駅)の見学に来た。
屋台を出したら儲かりそうなくらい。
駅の外と、駅の中、駅長室というか、嬢王様の部屋?
みんな見せた。
なんなら、クローゼットも見せた。
すごくせがまれたから。
ドレスは、ウーバンの田舎にしては嬢王様っぽくていいと好評だった。
バルコニーが大好評だった。
お城っぽいってみんな喜んでいた。
王冠はまだなの? って小さい子がまた、花冠をくれた。
でも、この城、ほんとは大きな駅なんだよね?
駅ビルならぬ駅城?
城っぽい駅なのか駅っぽい城なのか。
城が大きくなったらなったで、いろいろな仕事がでてくるよね。
なら、城を運営する人員を増やさなければ。
さて、どこからリクルートしてこようか。
トロッコがつながったことで人と人とが繋がり、私のやる気もつながった。
明日は、もっといい国にしよう。
お城のバルコニーで、夕焼けを見つめながら、そう改めて決意した。
ブックマークありがとうございます。
もうそろそろ頭打ちかなと思っていたのですが、ありがたいことです。
まだまだ、がんばりますよ?
時代はどんどん変化していって、そのスピードに置いていかれそうと感じることがしばしばあります。
気がつけば、地元の電車が廃線になっていたり、新しい道路ができていたり。
バス路線が変更になっていたり、そもそもバス会社が変更になっていたり。
道路はどんどんつながって快適になりますよね。
作りすぎると線路と同じで、維持費が、とんでもない額になるのですが。
でも、ほぼ全て税金で賄っているので、表面化しません。
国鉄みたいに、使用頻度からいらない道路を廃線に、とはなりませんし。
あ、道路だから、廃路とでもいったほうがいいのでしょうか。
私自身が廃されていなければ、また、明日12時過ぎに。