第70節 嬢王陛下と湯けむり盗賊団
コロナの関係のアンビバレンツ。
逼迫する医療体制と増加する感染者、そして、その死亡者。
中止した方がいいといわれるgotoキャンペーン。
自粛に伴い廃業や倒産に追いやられる業界、そして、その自殺者。
政府はその天秤をどうするかで悩むのですよね。
一番いいのは、短期間にきっちりと対策をして、感染を完全に封じ込めてからの、キャンペーンによる経済回復。
でも、これは絶対に不可能なんですよね。
どうしたものなんでしょうか。
今日は、そんな政府の悩み的な内容です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後15日目午後3時ころ:よろず屋前/伊藤洋子視点>
私は、いろいろと困惑していた。
だって、異世界の日常生活を確認してしまっていたから。
嬢王として、国を治めるために、何から始めようかと言っていたら、
「そう言う時は、現場を見て、問題点を探すといいんじゃないか?」
とか、野中が言うので、一緒に村の中で聞き込みと生活状況を確認させてもらっていた。
あと、そのついでに、国民の要望とかいろいろ聞いていた。
でも、国民の要望を聞く王様っていないみたいで、村のみんなは口を揃えて、
「おかしい!」
とか言ってくる。
王様って、国民のためにいるんだよね?
違うのかな?
不安になって村長さんに聞いたら、王様の主な仕事は外交と国防。
外交では、他の国のお偉いさんに舐められないようにすることと、不利になる条約を作らないようにすること。
国防では、他の国から攻め込まれても軍事的にきっちり守ること、なんなら攻め込んで領土を分捕ってくること。
この2つができるのが、いい王様なんだとか。
ちょっと、私のイメージと違う。
私にとっては、村長さんのいう王様は、なんだか悪い王様みたいに感じる。
だって、ふんぞり返って偉そうにすることと、ドンぱちするのがお仕事とか。
税金も取るから、みかじめ料を取ってくるマフィアかヤクザかって感じ。
だから、少しでも自分のイメージした「いい王様」を目指すために、視察をしていた。
野中が言うようにみんな、貧乏だった。
その日の食べるものを確保するのが精一杯。
そんな印象を受けた。
これじゃいけない。
若い女性がほとんどの国なのに、冬を乗り切るためにお金と食べ物の計算ばかりの日々。
とても、文化的とはいえないし、こんなのダメ。
太っていることを気にする女性がいないのは、羨ましいけど。
野中が、私が見回りをしていると言って、いろいろな家から事情を聞いていると、みんな私にいろいろとものをくれようとしてくる。
自分たちの生活もカツカツなのに、来たばかりの私の心配をしてくれている。
ちっちゃい子どもから、花冠とかもらった。
「嬢王さまは、王様なのに、なんで冠つけてないの? わたしが作ったげる!」
「わたしもー。」
「いっぱいつくるー。」
小さい子供たちは、冬なのであまり生えていない草と花を上手に使って、花冠を作って私の頭に載せたがった。
だから、私もひざまずいて、花冠をつけてもらった。
「嬢王さまのけらいは、かんむりも作ってくれないの? お母さんがいってた。そういうの『かいしょうなし』っていうんだよ?」
野中は、小さい女の子たちに詰め寄られて、ダメ出しされていた。
すごく微笑ましい。
あと、ちびっ子たちにおされてタジタジになっている野中が、いい。
でも、それはそれとして、クラウン? ティアラ? こう言う時はどっちがいいんだろう。
村の人たちに野中が聞いていた。
でも、女の人が王様って、あまり聞かないから分からないって言ってる。
「野中? どっちがいいのかな? この世界的には?」
「わからん。ゲームとかアニメの知識くらいしかないからな。レイン先生はどう?」
「ふぇ? 王冠は、クラウンの方でお願いしたいのです。ティアラでもいいのですよ? 厳密には、一番フォーマルな王冠がクラウンなのです。ティアラは、それに比べてちょっとだけ略装なのですよ? でも、普段使いなら、どちらでもいいのです。」
王冠って、あれよね。
王様が頭に乗っけている、金でできた宝石いっぱいのギザギザしたやつよね。
重そう。
できれば可愛いティアラがいい。
「ティアラがいい。野中、作れそう?」
「じゃあ、試しに聞くが、伊藤には作れるのか?」
「無理。」
「じゃあ、同じく。高校生がティアラ作れるとか、なんで思ったし?」
それはそうね。
作れないよね。
じゃあ、どうやって調達しよう。
しばらくは、この花冠でいいかな?
花冠は、村の人たちには大好評だった。
王様なのだから、何か頭に乗っけて欲しいと、みんな思っていたそうだ。
でも、相手は嬢王さま。
大人は誰も言い出せなかったそうだ。
子どもってそう言うこと、ストレートに言えるところってあるから。
王冠は、そのうち作るとして、後回しとなった。
それまでは、たまに子どもたちが作ってくれるってことになった。
みんなの私を見る目が、ちょ、あ、え? う〜生暖かい。
そんな目で見ないで。
早くなんとかしないと。
そして、花冠をつけたままよろず屋の前に帰ってきた。
駅のベンチで、親分たちが体を拭いていた。
井戸から、木の桶に水を汲んできて、布を濡らして拭いていた。
肉体労働だし、いっぱい汗もかくよね。
鍛えられたいい筋肉の肉体に、親分たちを見直していた。
上腕筋と腹筋が綺麗についていて特にいい。
「おい? 伊藤? あんまりそんなにガン見するもんじゃない。見るにしても、もう少し慎ましくだな。鼻息! はしたないぞ?」
「え? 何? そ、そんなに見てないわよ。ガン見なんかしてないし。あれくらい筋肉つけて鍛えてから言いなさいよね。そういうことは。」
「いや、まあ、おまえがそれでいいなら、いいんだが。なぁ?」
野中はハイドウルフのユリに同意を求めていた。
ユリも「ワン」と即答していた。
分かっているの? 言っていること。
「親分たちは、お風呂とか入らないの? 今は用意していないから入れないのでしょうけど。」
「風呂? 何ですかい? そんなの王都のお貴族様だけですぜ? 平民は、みんな、日のある温かいうちに、こうして、体を拭くんでさぁ。きちんと拭いとかねぇと、ひどい匂いになっちまいますからね。一度ついちまうと、拭いても匂いは消えねぇんですぜ?」
思った以上に清潔には気を遣っている様子。
でも、お風呂はないみたい。
この村で、お風呂があるのは、じゃあ、私のお城(駅)だけ?
村の人たちはみんな、お風呂には入っていないの?
ほとんどみんな女の子なのに?
それは、ちょっとかわいそう。
どうしようか。
じゃあ、これ、嬢王の初仕事にしよう。
そうして、私の思いつきが形になるように、野中に相談してみた。
「お風呂を作りたい。」
「いや、それなら作ったはずだが。文明レベルの問題で、五右衛門風呂だが。」
「そうじゃないの。みんなもお風呂に入って欲しいの。」
「あの五右衛門風呂でヘビーローテーションするのか。洗い場とかないから、お湯が汚れそうだな。よし、洗い場も作らないとな。」
ああ、もう。
そうじゃない。
「ちなみに、もし、私のお城(駅)のお風呂に入る時は、先に入ってね?」
「なぜ? お城の持ち主が一番風呂というのが普通だと思うのだが。」
「野中は、私の匂いがするお風呂に入りたい変態なの?」
「へ? いや、そこまで気にしていなかった。それはすまないな。伊藤もそう言うことを気にする年頃になっていたんだな。小さい頃は一緒に入っていたのにな。」
「ちゃんと、体を洗ってから入ってよね? 野中の匂いに包まれて、お風呂に入るのは、イヤ、だからね?」
「いや、それ以前に、大岩井とかも入るだろ? いろいろな匂いに包まれるんじゃないのか?」
話が逸れてきてしまった。
私たちのお風呂計画はどうでもいいの。
「村人たちを、国民を、お風呂させたいの。」
「そんな、犬にシャンプーするみたいに言うなよな。気持ちはわかるけど。」
「でも、親分がいうには、王都のお貴族様くらいだって、お風呂するのは。」
「そうか。そういうもんだよな。じゃあ、サウナくらいからでどうだろう。」
野中は、お風呂じゃなくてサウナを提案してきた。
なぜ?
「サウナ?」
「そう。サウナ。お湯を沸かして、湯気を出して、部屋の中で温まる。いっぱい汗が出る。ついでに体を洗う。健康にいい。」
「作れるの?」
「大浴場よりは簡単だと思う。要は、銭湯を作りたいんだろ? なら、町の中心部に一軒、サウナから作ってみようか。なんなら、よろず屋の前の駅に併設でもいいし。」
よさそう。
ゆくゆくは銭湯に、なんなら、スーパー銭湯にして、食堂もつけたりして。
なら、廃業した酒場兼宿屋がいいんじゃないかな?
あそこなら、場所もいいし。
「でも、儲かるの?」
「おまえは、関西の商人か! そこかよ? 気にするのは!」
「でも、国として作るなら、そこでしょ?」
「国として作るなら、社会福祉事業として捉えてくれよ?」
「いい、税収になると思うの。」
「みんな貧乏なのにか?」
「それは、重い税金を収めていたからでしょ? 税金の分、こう言うのに使えばいいと思うの。健康になって、長生きできるようになれば国民も増えるし。」
よし。
なんだかうまくいきそうな気がしてきた。
じゃあまず、村長さんに、あの建物を借りるところから、話をつけてこよう。
こうして、私と野中とレインさんは、領主(村長)の館に向かった。
「サウナを作りたい? いいんじゃないかい。みんな喜ぶよ? お風呂には抵抗があるけど、サウナなら、ちょっとした町とかにはあるのさね。どこに作るのさね?」
村長さんは、思ったよりも乗り気だった。
やっぱり女の人は、みんなお風呂とか温泉とか、サウナとか好きだよね。
「使っていない宿屋がありましたよね、以前お借りした。あそこを使いたいんです。誰の持ち物になっているんですか?」
「誰って、あんた。国の持ち物さね。国王とか来た時に泊まれるようにって作られたのさね。管理は村が請け負っていてね。経営はよろず屋。でもね、村に来れる人がいなくなっちまってからは泊まる人がいなくなっちまったのさね。だから去年からは、休業していたのさね。」
なら、すぐにでもサウナを作り始められる。
駅を改造しなくてもいい。
「じゃあ、村長さん、サウナ、作ってみます。」
「飲み食いしてサウナにも入れるなら、いいんじゃないのさね?」
「ああ、そうですね。酒場も食堂として営業すればいいんですね。」
「だいたい、一緒に経営するのがいいのさね。その辺りは、店長の得意分野なのさね。」
と言うわけで、今度はよろず屋に戻って、店長さんにこの話を持ってきてみた。
「サウナを作りたいんです。隣の宿屋、改造してもいいですか?」
「どのくらい改造するんだい?」
「サウナが作れればいいです。サウナと、更衣室と、洗い場。1階に3部屋くらいあれば。」
「そうかね。じゃあ、サウナは調理場の隣に作るといいよ。釜もあるからね。石炭が取れるんだ。燃料の心配もないからね。とりあえず水は、調理場裏の井戸から汲めばいい。ゆくゆくは川から水を引くんだね。いいじゃないかい。商売の才能、あるんじゃないかい? うちで働くかい?」
スカウトされてしまった。
社交辞令と受け取っておこう。
「結構、具体的なところまで、すぐに出るんですね?」
「構想はあったんだよ。でもね、建物自体は王国のものでね。勝手に改造できなかったんだよ。だから、私ん中で構想していた設計図とか、あるんだよ。あとね、サウナを作るなら、1階の酒場を食堂として再開してもいいかい? 昨日みたいにふかし芋ばっかりだけどね。店売りより、食べるところがあったほうが売れるんだよ。サウナもあれば、夜も売れるしね。マージンは渡すから、経営はサウナも含めてこっちで持ってもいいかい?」
ああ、私が考えるようなことは、すでに店長クラスなら、誰でも考えることだったんだ。
しかも、具体的。
酒場と宿屋も切り盛りしていて、けっこうもやもやしていたのかもしれない。
サウナも作りたいと。
「今から、一晩、旧盗賊団を貸しとくれよ。明日の昼には、できあがるよ。資材はそっちもちでいいんだろ?」
「え? ええ。設計とデザインは、店長がしてくださるんですか?」
「もうあるからね。それで材料なんだがね。木材と、石材と、あと、石膏も必要だね。ちょいと待ちな。今、資材の一覧票作るから。」
「良いのですよ? 店長。言ってくれれば空間魔法で取り出すのです。足りない分は、別に調達してくるのですよ?」
「空間魔法持ちは、便利さね。じゃあ、始めるよ!」
こうして、よろず屋店長プロデュースのサウナが作られ始めた。
設計とデザインは既にできていた。
それに沿って、旧盗賊団が、テキパキと働く。
店長に逆らったり、店のものを盗んだりして、捕まって何度もひどい目にあっているのを学習しているのだとか。
みんな、目が死んでいる。
でも、親分の目が死んでいないのを私は見逃さなかった。
宿屋兼酒場の改装工事は、半日もかからずに終わった。
人海戦術と、店長の指揮能力の高さが効いていた。
ほんとなら休憩しつつするはずの仕事を、店長の目が怖くて、みんな休めなかったのが原因だ。
「あとは、固まるのを待つだけですぜ? 明日の昼には使えるようになりまさぁ。明日からは、サウナが使えるとは、良い御身分になったもんでさぁね。」
「え? 有料だから。」
「金取るんですかい? 飯だってタダ飯なんですぜ? 労働の対価じゃねえんですか?」
「あ、ああ。そうね。じゃあ、ま、そうする。」
ヒャッハー!!!
旧盗賊団は喜んで飛び跳ねていた。
「親分!!! ヒャッハー!!!」
「親分!!! 一生ついていきます!!!」
「サウナ!!! サウナ!!!」
随分な喜びよう。
「で、嬢王さまも俺たちと一緒に入るんで?」
「入るか!!!」
ああ、失念していた。
サウナって、全裸なのね。
そして、男女混浴が普通なのね。
うかつだった。
後日、嬢王の私が入ってくるまでサウナで粘っていて、皆に迷惑をかけたことで一時期出入り禁止を喰らうことになる、盗賊団なのでした。
もちろん私は、自分のお城(駅)のお風呂に入りました。
野中の後にね。
ブックマークと評価ポイント、ありがとうございました。
今日も、これをエネルギーにして、頑張って書きました。
誤字報告も、ありがとうございました。
対応させていただきました。
それでは、明日も12時すぎに。