第68節 嬢王陛下と主食へのこだわり
主食は米です。
のっけから前のめりですいません。
日本の主食は長らく米だったようですが、戦後、パンにとってかわられました。
でも、コシヒカリとかササニシキ、いや、これは最近聞かなくなりましたが、とか。
有名どころのお米は美味しいのですよ。
でも、個人的な?都合で、銀河のしずくとか金色の風が主食になっています。
さて、皆様の主食はなんですか?
今日はそういうお話しです。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後15日目昼前:ウーバン村よろず屋/伊藤洋子視点>
「嬢王陛下じゃないかい。いらっしゃい。」
昼前に、菜々子たちと一緒に、よろず屋に向かうと、店長が店の前で火に当たっていた。
風で飛んだり消えたりしないように、少しだけ河原の丸石を積んで作ったサークル。
そこに落ち葉とか枯れ枝とかを突っ込んで火を焚いていた。
よろず屋の北側の寒い路端だった。
「ごきげんよう。店長さん。今日も肉を持ってしました。買取をお願いします。」
「分かったよ。お〜い、嬢王陛下が肉持ってきてくれたよ!」
店の中から3人ほど、店員が出てきた。
みんな若くて可愛い子。
売り子には、そう言うのが大事だと、前に店長さんが言っていた。
「それにしても、変われば変わるもんだね?」
「何がです?」
「あいつ。山賊団の親分だよ。以前は、村一番の厄介者でね。でも、村の中じゃ、あれでも冒険者として活躍してくれている方だったんだよ。親分に救われたってのも、少なくないんだよ。」
「はあ、ほんとですか?」
「手下が今でもちゃんと慕っているのがその証拠だよ。あの、やんちゃ坊主が、村のために橋を作るようになるとは、長生きはするもんだね。」
火に当たりながら、すぐ目の前の川に石橋をかけようとしている親分以下旧山賊団を見ていた。
山賊団とは思えない、立派な働きぶり。
すでに、橋の基礎はできあがっていたのだから、仕事が早い。
「ほら、おめーら、早く作らねーとヒャッハーできねーんだぞ?」
「親分、それで急いでいたんですかい。」
「早くトロッコでヒャッハーしたいです!」
「親分、一生ついていきます!」
確かに慕われているみたいだ。
会話の内容は、ダメダメだけど。
「お、おめーら、あれじゃねぇか? 昼じゃねーのか?」
「あ、親分、多分昼ですぜ?」
「今日はなんだ?」
「わかりませんぜ? あ、店長がいますぜ? 店長〜!」
山賊団がみんなでこっちに来る。
店長が店の前の焚き火のところで、親分たちを止めた。
「ちょっとお待ちよ。今日の昼だね。お代はいただいているからね。今日はガーター芋を蒸したのに、バターを乗せたやつだよ。12人分あるから、喧嘩せずにお食べよ。」
店の中から店員さんが皿に乗ったふかし芋を持ってきていた。
ちゃんと、小皿に取り分けてある。
喧嘩になりそうだしね。
かぼちゃみたいな橙色の芋を蒸して、食べやすく切ってあるものだった。
切り口にはバターがとろけていて、見るからに美味しそうだ。
「おう、いつもすまねぇな? あいつら、あんまり芋食わねえんだよ?」
「そうなのかい? まあ、違う地域から来たみたいだしね? 芋が主食じゃないんだろうね。ああ、ここにいるよ。嬢王陛下の地元じゃ、主食は芋じゃないのかい?」
ここにきて発覚した驚きの事実。
この、旧ガーター辺境伯領周辺の主食は今の話からすれば芋だった。
なんなら、店長さんもおんなじの食べているし。
あ、店長さんの芋を掠め取ろうとして、親分が叩かれている。
「主食は、ごはん、いえ、お米、ライスと言って伝わるのかしら?」
「お米、ああ、あれね。大変な地域から来たんだね。芋と違って手間がかかって大変だろ?」
確かに言われてみれば、芋と比べれば手間が違う。
農作物としても微妙だ。
芋は、種類にもよるけれど、ほっといても増える。
雑草のように勝手に増えてしまう。
そして、収穫後も、土の中とか低温で暗いところに収納しておけば半年から一年は食べられる。
そう言われて終えば、主食としては優秀だ。
私たち日本人の主食、「ごはん」は、米の収穫一つをとっても大変だ。
収穫したらしたで、脱穀したり、精米したりする必要がある。
保存していると、虫に食べられたりする。
お釜で炊き上げるのも、かなりコツがいる。
でも、美味しいのだ。
みんな、日本人はお米が大好き。
でも、この異世界に来てからと言うもの、お米というかご飯を食べていない。
百歩譲ってパンでもいい。
「あと、パンを主食としている人も結構いますよ?」
「パンかい。お大尽だね。あれは高いからね。麦畑を維持するのがむずかしいんだよ。ペガススに狙われると、村ごとやられるからね。」
「はあ、じゃあ、この辺りの人たちは、みんな芋が主食なんですね?」
「そうだよ。芋って一口に言ってもいろいろあるからね。いま、山賊団が食べているのが、ガーター芋って言って、この辺りの特産品だよ。中が橙色で、栄養豊富なのが特徴でね。これだけ食べていりゃ、親分みたいに病気もしないよ。頭は良くなりそうにないけどね?」
「余計なお世話だ!」
親分が店員の女の子に、おかわりをおねだりして断られていた。
「あとはそうだね、この王国で普通に食べられるのは、西国芋だね。西国から来た芋だね。こっちは、甘くて美味しいんだよ。でもね、寒い地域では作れなくてね。ここらじゃ贅沢品だよ?」
そう言って、店の棚から、西国芋を見せてくれた。
メイクイーン的なジャガイモに見えた。
これは、とても美味しそう。
でも、お高いそうなので、我慢した。
「嬢王陛下もガーター芋を食べるかい?」
「城で、昼食が出ますので。でも、そんなにたくさん作っているんですか?」
「だいたい、働いているのは、うちに買いにくるよ。作る手間もかかるしね。買って食べた方が経済的だったりするんだよ。」
「はあ。」
奈々子たちの持ってきた肉の代金を受け取ると城に戻ろうとした。
その頃には、よろず屋の前に、蒸し芋を求める行列ができていた。
みんな、自分用のお皿を持ってきていた。
「芋か。主食は芋なのね。」
「そうなんでさぁ。嬢王様も大岩井のねーちゃんに言ってやってくださいよ! 俺たちの主食はキノコじゃねぇって。」
それは、かわいそうだった。
確かに、今の収穫状況をみれば、主食をキノコにしたい気持ちもよくわかる。
実際にそうするかどうかは、また別の話だけれども。
大岩井さんなら、やる。
そして、被害者がここにたくさん。
せっかくなので、村の中の食糧事情を確認しようと思った。
少なくとも結構な人数が、よろず屋の蒸し芋を主食にしている。
それ以外はないのだろうか。
木の橋を渡って、丘に登ると、村長さんの家に着いた。
「ごきげんよう。村長さん。」
「あら、嬢王陛下じゃないのさ。どうしたのさね?」
「一つ、調査もの。この国の人たちは、何を食べるのが普通なのかなって。さっき、そこのよろず屋さんで、みんな蒸し芋食べていたから。主食はガーター芋だって言っていた。親分たちもそれを美味しそうに食べていたから。」
「確かにそうさね。その通りさね。」
そう聞いて、食卓の上を見ると、確かに芋が乗っていた。
でも、こちらはこちらで、なにか違う。
ジャガイモ色のサツマイモと言ったところ。
やっぱりふかし芋だった。
「この芋は?」
「ああ、これかい? これは、ウーバン芋さね。北の帝国ではこれが主食なのさね。寒くてもたくさん取れるからね。ただ、ガーター芋とか西国芋と比べると、ボソボソしていて甘くないから人気はないよ? その代わり、たくさんできるから安いのさね。」
これで、3種類目。
ああ、でもこれはあれかもしれない。
お米の銘柄と同じ感覚なのかも。
コシヒカリとかササニシキとかひとめぼれとか、そう言った分類と同じ感覚。
「他には、どんな芋が食べられているの?」
「そうさね。若い独り身の女の子にはお勧めしないけど、山賊芋があるよ。大きくて食べでがあって、栄養も豊富でね。」
「なんで、おすすめしないの?」
「ああ、新婚さん向けなのさね。かなり、効くらしいのさね。だから、普段は食べない方がいいのさね。」
「ああ、そういう。」
山賊芋、というか、ヤマイモあたりだろうか。
異世界補正で、そっちの効果が高くなっているのかも。
「あとは、傘芋だろ? あとは、花芋が結構いろんな種類があるのさね。」
「花芋?」
「本当は花壇に植える花なのさね。でも、芋がなって食べられるから、花芋。あんまり大きくないし、他の芋と違って、どちらかと言うと野菜みたいな感じさね。炒めて食べると美味しいのさね。」
とにかく、この国の人たちはイモが大好きなのだと言うことがわかった。
しかも、かなりの種類の芋を食べわけているイモの達人たち。
私には、ちょっと、把握しきれないかも。
「でも、芋だけだと、食べ飽きたりしないんですか?」
「朝は一緒に食べている、イモと肉とハーブのスープ。昼はふかし芋がふつうさね。夜は肉とふかし芋。これがこの国の定番さね。酒盛りの時には、もっと色々出すのさね。」
朝昼晩と、三食きちんと食べる文化みたい。
あと、やっぱり芋ばかりの生活。
健康的には大丈夫なのだろうか。
まあ、芋と言っても野菜みたいなものだから。
あ、でも。
村にある畑には、ダイコンとかニンジンみたいな、根菜類も見えたから、きっとあるはず。
「村の畑にある、野菜なんかは、いつ使うんですか? 今聞いた感じだと、食べられていないように感じるのだけれども。」
「朝、スープに少し入っているのさね。野菜も食べないと、栄養が偏っちまうのさね。」
ああ、そういえば。
あまりに自然にニンジンが入っていたので気がつかなかった。
ダイコンもきっと同じように入れられていたのだろう。
<異世界召喚後15日目昼:ウーバン駅/野中視点>
「で、どうしてこうなったし?」
今日の昼ごはんは、蒸しただけのジャガイモ的なものが2つだった。
「さっき、よろず屋さんで買ってきたの。親分たちも、これを食べていたの。村の人たちのお昼は、だいたいこんな感じなんだって。」
「そ、そうなのか?」
まあ、馬鈴薯ととうきびの組み合わせなら、納得しよう。
でも、蒸したジャガイモ的なものにバターをつけて、ハフハフしながら食べようとか。
これはこれで美味しいのだけれども。
いやまて、その前に何か重要な情報が入っていなかったか?
「この村の住人は、みんなこれを食べていると言うことなのか?」
「よろず屋さんも、村長さんも、親分たちもそう言っていたわ。何か問題でも?」
「ということは、この国の主食はイモだと言うことになるな?」
「そうね。」
「お米は、いまだに見ないのだが。あとパンも。ほとんど見ないのだが。」
もしかすると、もしかして、僕たちは大変なところに居を構えているのではないだろうか。
銀シャリが食べられない世界なのかもしれない。
「麦畑とか、田んぼとかは、ペガススに狙われるから危険なんだって。村の近くに作ると、村ごと食べ尽くされるから、こんな規模の村じゃ作るの無理みたい。芋は、食べないみたい。ほら、馬だから、穴、あんまり掘れないでしょ?」
つまり、僕のお米主食化計画を邪魔しているのは、神の使い(仮)ペガススたちなのか。
ゆるすまじ!
コメとか、ムギとか、この世界にもあるのに食べられないとか。
もういっそ、そう言う植物はありませんとか言われた方が、いっそ諦めがついたのに。
「ちなみに、雑草をなんでも食べてくれるゴートたちも、注意してみていないと、なんでも食べちゃうから気をつけないといけないそうよ? 木でできた家、お腹が空くと食べちゃうこともあるらしいから。」
「この世界の生き物たちは、どんだけ腹ペコなんだよ!」
「実際、腹ペコなんだと思うの。だって、大規模な農業ができないのでしょう? なら、自然にあるものを、色々な動物が奪い合うことになるのだから。その、奪い合う動物の中に、人間も含まれているし、なんなら、自然にあるものの方に含まれることもあるから。」
この世は弱肉強食。
強くなければ食べられる。
戦争とか、そう言う心配以前の問題だった。
平和主義とか、人間同士の争いを前提とした考えは、この際、日本に戻るまで封印する必要があるのかもしれない。
戦争どころか、油断していると捕食されるとか、どんだけだよ。
さすが異世界だな。
「レイン先生は、ちょうど食べやすそうなサイズなのですが、そう言う心配は?」
「ないのです! 飛んで逃げられるのですよ? あと、やばそうなら爆破するのです!」
ああ、それで。
何でもかんでも爆破するなと思っていたら、それも生存競争の一部だったのね。
わかります。
レイン先生が、食べやすそうじゃないサイズのふかし芋に苦戦していたので、箸で食べやすいサイズに分割してあげた。
流石に、自分の顔と同じかそれよりも大きな芋を、そのままかぶりつく訳にはいかなかったようだ。
「こーへー。グッジョブなのです。お礼に一つ、食べていいのですよ?」
「ありがとう。いただきます。」
明らかに、多すぎるよね、2つとか。
自分に置き換えたら、膨らんだ風船サイズの芋を2つ、出された状態だ。
いや、1つでも無理じゃないのか?
レイン先生は、細々と美味しそうに食べていたので、とりあえず突っ込むのは遠慮しておいた。
この芋、うまい。
甘くて美味しい。
あと、バターがとろけて、風味が増している。
ボソボソしていなくて、しっとりした芋が、舌の上でとろけるような感じ。
ほんとにこれ、芋なのか?
ちょっと硬いプリンみたいなんだが。
もうこれを主食にしてもいいかも。
「イモ以外にも、きっと異常にうまいものがあるはず!」
「そう、そうよね! 私、絶対に見つけてみせる。」
「そう言う話じゃねーんですよ! 主食! パンとかご飯とか!」
イモのあまりの美味しさに、心が揺さぶられる昼さがりなのでした。
評価ポイントとブックマークそれぞれありがとうございました。
誤字報告もありがとうございました。
訂正させていただきました。
今後とも精進してまいります。
食べ物のことになるとエキサイトしやすいのがよくないところです。
この間も、後輩のお弁当が美味しそうだと言って見ていたら、一悶着ありました。
ちくわ天一個で許してもらいました。
年末年始に向けて、美味しい料理を作る頻度の上がる季節になってきました。
今後も、不定期で飯テロ、がんばります。
それでは、こう言うのでいいんだよとか言われて、ご飯を食べに行っちゃったりしなければ、明日、12時すぎに。
訂正履歴
みて → 見て
作られーとヒャハー → 作らねーとヒャッハー
おたべよ → お食べよ
下の上 → 舌の上
馬連署 → 馬鈴薯 ※誤字報告感謝いたします。
芋だった → 芋だって ※誤字報告感謝いたします。