第8節 立坑と主要坑道と湧水?
異世界もののスキルって、いろいろなアイディアがあって面白いものです。
スキルが無能に見えるのを逆手にとるザマァものも大好物です。
でも、今日のお話はそれを逆手にとったもの。
条件さえそろえば有用だけど、ちょっとそれってどうなの? と言った話です。
<前回の3行あらすじ>
10階層を進んでいると、前方から怪しい光が。
近寄ってみると、一緒に鉱山に転移させられた伊藤さんだった。
レインと伊藤さん、険悪ムードであるが、とりあえず一緒に上を目指すことに。
9階層への登り斜坑に泳ぎ着いた。
水位が結構高くなってきていて、本当にギリギリだった。
泳ぎ着いたのはいいのだが、問題が発生していた。
伊藤さんが10階層に戻って来ていた理由がわかったのだ。
「ここには来たのだけど、あれがいて、上に行けなかったの。」
10階層から9階層への登り斜行は9階層への入口につながっている。
よく見ると、そのまま8階層へも一本の登り斜坑で繋がっていた。
それはいい。
何なら僥倖である。
問題は、その8階層への登り斜坑に、丁度坑道をぴったり塞ぐ形で鎮座していた。
石?か岩でできた、ゴーレムのようなモンスターだ。
今のところ微動だにしていないが、明らかに通路を塞いでいるのできっと動く。
予想通りにモンスターならば、今の自分たちには手に負えない相手だろう。
伊藤さんはこれを見て、10階層に戻り他の通路を探していたのだ。
いや、9階層で探せよ、と思ったのだが。
「水から出ると、あの、オオカミみたいなのが襲いかかってくるの。知ってるでしょ?」
「ああ。かれこれ、8匹は倒した。」
「やっぱり知っているのねって、倒した? どうやって?」
「秘密。」
伊藤さんは、結構潔癖なところがある。
「倒した」と僕は言ったが、ここでは気を遣って「殺した」とは言わなかった。
何なら、殺したことを抗議されかねないからだ。
いや、もう、左手に毛皮、巻きつけていて、何も言い訳できないけど。
「じゃあ、あのオオカミ、マインウルフっていうのを避けるために、10階層に止まっていたんだ。」
「そう。だって、あいつら、水を怖がって、水の中には入ってこなかったから。」
よく、その特徴を見破ったな。
見破れていなかったら、今頃胃袋の中に収まっていただろうに。
しかし、何だ。
個体差はあるのだろう。
現に最後のマインウルフは、襲いかかって来たとき、溺れかけていたから。
襲いかかる方に夢中になっていて、水に入っていたから。
ま、どんな生き物にも、いろいろな奴がいるってことだろう。
「で、あいつは何で襲いかかって来ないの?」
「知らないわよ。でも、襲いかかって来ないなら、絶対に上にはいけないから。」
「何とかして動かさないとだね。」
「マスター、そんなことより9階層で、他の通路を探しましょうよ。そのイトーが、10階層しか彷徨っていなかったなら、改めて探さないとですよ。」
まあ、最もな意見だ。
さすが、レイン。
こんな時でも、流されず冷静だ。
単純に、伊藤さんと違う意見を言いたかっただけかもしれないが。
という訳で、伊藤さんは文句を言い続けいているが、9階層の探索を始めた。
ちなみに、ゴーレムは、レインによって、ストーンゴーレムと判別された。
かなり近寄っても何もしてこなかった。
調子に乗った伊藤さんが、ストーンゴーレムをつついて、殴られそうになってひやっとしたが。
でも、結局、ストーンゴーレムはその場所から一歩も動かなかった。
だめだこりゃ。
登り斜坑から横に空いた9階層への入り口へと進んだ。
すると、左右に真っ直ぐな今までよりも広い「主要坑道」が伸びていた。
登り斜坑があるとすれば、10階層の作りから言って、右側だと思われる。
今のところ、どちらとも行き止まりは見えていない。
取りこぼしを防ぐために、左側から攻めてみた。
予想通り、200メートルほどで、行き止まりになっていた。
行き止まりからは勢いよく、水が吹き出していた。
いつまで眺めていても無駄なので、とりあえず、その湧水を少し飲んで、反対側を目指した。
行き止まりを見て、伊藤さんがブーたれていたが、無視だ。
どの道、全てを確認しないと、出られない可能性があるのだ。
引き返す形になるので、ちょっと徒労感はある。
その道すがら、今まで疑問に思っていたことを、伊藤さんに聞いてみた。
「これから、マインウルフとかとの戦闘があると思うのだが、それを前提に、一つ確認しておきたいことがある。」
「何よ、武器なら持ってないから。」
「いや、スキルの方だ。戦闘に使えるスキルは手に入ったのか?」
気まずい沈黙が流れる。
気を遣って、恩寵の名前を言わないであげたのだから、察して欲しい。
「ある、けど、条件が厳しい。まず、敵が複数いないと効果がない。」
「今のところ、マインウルフはほぼ全て単独行動だった。」
「私が遭遇したのもそう。あと、ストーンゴーレムにも使ったけど効かなかった。」
「まあ、単体だし。」
「いえ、そうじゃなくて、おそらく生物じゃないと効果がないの。」
ここまでで、伊藤さんは、僕の中で戦力外となった。
具体的にどんなスキルなのか分からないが、今のところ経験上、その条件は満たされない。
「マスター、また、マインウルフ、来ますよ。3匹。」
「3匹。」
「う〜、オスばかり3匹。」
「わかりました。ここは私が。」
ここまで頑なに戦闘を避けて来た伊藤さんが、相手が複数かつ生物という条件を満たしたので、打って出るようだ。
何となく、戦力外認定してしまったのが伝わってしまったのかもしれない。
少し意固地になっているようにも見受けられる。
そして、もう、マインウルフたちは、僕たちの10メートル先にまで接近している。
僕は、左腕の準備をした。
「どうしたの? 左腕がうずくの?」
伊藤さんがかわいそうな子を見る目でそんな事を言い出した。
「厨二病じゃねーんだよ!」
先頭のマインウルフが1匹、こちらに突進してくる。
馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んでくるので、これまで同様、首目掛けて噛み付いて来たところに左腕を差し出し、わざと噛ませて、右腕で頭を掴み、ホールドする。
そのまま、くるぶしくらいまで来ていた水の中に頭を突っ込み水死させる。
さすがに、ルーチンができて来ていて、あっさりできるようになっていた。
そして、当たり前だが後続の2匹も襲いかかって来た。
1匹目がまだ死んでいないので、うっかり腕を放すわけにはいかないのだが、このままでは、僕がやられてしまう。
仕方がないので、酸欠でフラフラになっている1匹目の頭をかかとで踏み抜き、無理やり倒すと、残りの2匹と対峙した。
「キャァー!!!」
そして、伊藤さんがしがみ付いて来た。
いや、何でこのタイミングで? と思ったのだが、伊藤さんにはそんなに余裕はないようだ。
それよりも、問題があった。
胸が当たっているとか、そういう性的な話ではない。
ただ、それについては、男に抱きつかれているのとさして変わらない状態とだけ。
胸については、彼女と彼女の名誉のために、詳細は省略する。
問題は、身動きが取れないことだ。
伊藤さんは自殺したいのだろうか。
ここは私がって言っていたような記憶があるのだが。
やっぱり彼女は、先ほど確認した通り、戦力にはならない。
僕とて、同様だが、それでも1匹やっつけた。
僕の方が対魔物に関して戦力になる。
彼女は、恐怖で恐慌をきたしており、その唯一の戦力を、自らの体でガッチリ封じたのだ。
落ち着いて考えている僕には、馬鹿じゃないのかと思ってしまうが。
そして、残りのマインウルフ2匹も伊藤さんの叫び声に驚いて足を止め様子を伺っていたが、彼らの中での安全確認的なものが済んだのか、じりじりと間合いをつめ、こちらに攻め込もうとする様子が見られる。
「伊藤さん。悪いのだけど離れてくれるかな。攻撃できないのだが。このままでは、二人とも死ぬのだが。」
「怖い。怖いの。大きい犬。怖い。殺すのイヤ! 死ぬのも嫌!」
なんともわがままである。
一声かけたことで、うっかり首を強く締められ、ちょっとクラクラして来た。
あ、これ、ダメなやつだ。
「伊藤さん。ほんとに死ぬから。とにかく離して! じゃなかったら、恩寵使って。」
「わ、わかった。恩寵使えば、このままでもいいのね?」
「よくない。よくないけど、使って!」
「じゃあ、『カップリング:マインウルフB×マインウルフC』!」
伊藤さんは、呪文のようなセリフを吐いた。
これが、伊藤さんの恩寵によるスキルなのだろう。
こちらに襲いかかってこようとしていたマインウルフ2匹は、突然互いのお尻の匂いをクンクンし始めると、なんとなく見た感じで「いい雰囲気」になった。
ちなみに、1匹目は予告通りオスだった。
おそらく、残りのこの2匹もオスだろう。
「もう少し待って。今、いいところだから。」
伊藤さんが、待つように言ってくる。
今、隙だらけなので、攻撃するチャンスなのだが。
すると、マインウルフたちは、さらにイチャイチャし始めた。
「おい、どういう効果なんだ?」
「いいから黙って。はぁ、はぁ。」
「え、おい。大丈夫か? なんか息が荒くなってるぞ? スキルで疲れたのか?」
「んっ、違うから。そんなんじゃ。」
鼻息も荒くなって来た。
ちなみに、しがみつかれて伊藤さんの顔が至近距離にある。
さすがに女の子の甘くていい匂いがして、そういう意味でもだいぶクラクラする。
マインウルフたちの眼中に僕たちは入らなくなっていた。
というよりも、事もあろうに交尾し始めやがった。
「今よ!」
もう、リア獣2匹を見ていられないので、速攻でやっつけた。
決して、私怨ではない。
まず、最初にパーティーアタック。
伊藤さんを気絶させた。
何故なら、そのままでは全く攻撃できないから。
伊藤さんから自由を獲得して、交尾に夢中になっているマインウルフ2匹の頭を両腕で抱えて、水の中へ。
ええ、もう10秒かからずに仕留めましたとも。
死亡確認までには、5分ほどかかりましたが。
そしてその確認の結果、交尾していたはずのマインウルフは、2匹ともオスだった。
もうやだ、このスキル。
ブックマークを3人の方にしていただいたので3連投すると予告した通りの1話目です。
この話を投稿する時点では4人に増えていました。ありがとうございます。
3連投に因んで3の評価をいただきました。これもありがとうございます。
そんな3に縁起のあるところですが……