第59節 欲望の街 コソナ
温泉街からのお話です。
温泉のある街っていいですよね。
なんなら、家に温泉を引くこともできるのですよ?
流しっぱなしにしておかないと詰まるとか、源泉掛け流しがデフォルトとかすごいんですよ?
今日はそんなお話です。
それでは、どうぞ。
「ここの温泉は、美容に良く効く、あまり弱くない塩基性なのです。お肌がつるつるになって、綺麗になるのです! でも、あんまり長く浸かるのは、お勧めできないのですよ?」
レインが温泉から飛び出すと、河原にあるちょうどいい大きさの平らになっている丸石の上に寝転がって、そう言っていた。
手には、何か飲み物を持っている。
しかも、全裸だ。
はしたないから、タオルか何かで隠しなさい。
「ふぇ? はは〜ん。ダメなのですよ? 女は男の視線には敏感なのです。そういう視線は、メッ! なのですよ?」
バレていた。
いや、そ、そんなに見てねーし。
「マスターは、女に飢えているのか? しかたがない男だな。ラストが一肌脱いでやろうか?」
そう言って後ろから、全裸で抱きついてきているのだが、これは却下だ。
そうでなくてもロリ疑惑、どころかひどいロリ扱いを受けているのに、これ以上被害を大きくしたくない。
「ラスト。周りの人が見ているからやめなさい。淑女は、そういうはしたないことしないものですよ? ましてや騎士なのですから。」
きりっとしたイケメン顔で言ってやった。
ラストの後ろで、レインとロッコが笑いを堪えて肩を震わせている。
こいつら! 後で、お仕置きだな。
「そ、そうだな。淑女は、そう言うことしないものだな。分かった。だが、マスターが飢えていて、問題を起こしてもいけない。本当にダメな時は、犯罪を犯す前に相談するんだぞ?」
いらない気遣いだった。
よけいなお世話です!
「ん、大丈夫。ラストがしなくても、ダメな時はロッコがあらかじめなんとかしておく。」
こっちはこっちで不穏な発言。
勝手に対応します発言は、つまり、様子を見て、寝ているうちに襲いますと言うことか。
安心して眠れない夜が続きそうだ。
ふと、視界からレインが消えていた。
「ロッコ、それはそれとして、さっきまで隣にいたレインはどこに行った?」
「ん、おかわり、とか言ってた。お金の皮袋出してた。」
つまり、もう一杯、どこからか調達してこようと言うことか。
その前に、僕の服を返して欲しいのだが。
長湯はダメと言われつつ、お湯から出られないし。
「マスターの分も調達してきたのです!」
そして、レインはすぐに戻ってきていた。
さっきレインが寝っ転がっていたちょうどいいやや平らな丸石の上に、瓶が置かれた。
「羊乳なのです! 温泉に入ったら必ず飲む約束なのです。水分と栄養を補充するのですよ!」
ラストとロッコも迷わずに飲み干していることから、そう言うものなのだろう。
レインからもらって、ちょっと離れたところでゴンザレスたちも飲んでいた。
ああ、ゴンザレスも全裸だった。
今は、爺さんじゃない若い少女の体なのだから、はしたないのでやめていただきたい。
あと、タオルで股間をバシンバシンとやって拭けているのかどうかわからない行為で、大きな音を立てていた。
注目されている。
ゴンザレスの息子たちが、口に咥えたタオルで真似しようとしている。
微妙にできているところが残念感を増す。
絶対に教育に悪影響を及ぼしているだろ。
あ、伊藤さんに怒られている。
そうなりますよね。
予想できましたよ?
うっかり、温泉の魅力に取り憑かれてしまい、1時間くらい経っていた。
ああ、そう言えば、温泉どころかこちらの世界に来てから風呂の一つも入っていなかった。
代わりにできたことと言っても、微妙な水浴びくらい。
しかも冬なので冷たかった。
そう言う意味では、ここは、大事な場所になりそうだ。
線路が引けたらすぐに来られるから、毎日入りに来よう。
そう、心の中で決定していた。
ラストが、意味ありげな顔でこちらにサムズアップしているのは、気にしないことにした。
温泉から出て、サンコソナの中心街へと向かった。
そもそも、温泉の街、まだ、入り口だった。
入っていくと、さすがは温泉街。
観光客でいっぱいだった。
訳のわからないお土産屋さんもいっぱいだった。
あ、木刀も売っている。
いや、普通に武器屋だった。
まじかよ!
ここで武器を調達すればいいんじゃね?
そう思って武器屋に吸い寄せられそうになっているところをゴンザレスに止められた。
不本意だった。
「若いの。お土産街は、物価が高いからのう。酷いところでは、一桁以上値段をボッてくるのじゃ。もし、質の良い武器を手に入れたいのなら、次の街で買うのじゃ。貿易の街ゴールドコソナでじゃ。」
「いや、行かないよ? ここには町長に会いに来たんだし。」
そう言って、亜人を人として認めていない元王国だったこの街でも、エルフは異質で、目立つようだった。
ジロジロ見られている。
「むぅ。社長さんよ。なんかわし、そこら中からエロい目で見られている気がするんじゃが。カマ掘られそうなんだが。」
「いや、今ゴンザレスは女の子だから、その心配はない。可愛い女の子に対する普通の男たちの欲望に塗れた視線だろ。お前もよくやるやつだよ。」
「いや、でもわし、お爺ちゃんなんだが。そう言う性癖の者が多いのか? この街は?」
「だから、今のゴンザレスの外見は、美少女エルフだから。ちょっと着崩していて、ややエロいから。」
ゴンザレスは、慌てて服を直した。
「まさか、お主にまでエロい目で見られておるとは。男同士はダメじゃぞ?」
後ろから、伊藤さんの荒い息遣いが聞こえてきたので、早くなんとかしたい。
「マスターとゴンザレスはいちゃついていないで、早くこっちに来るのです。」
手に、焼き魚の串を持って頬張っているレインがそう言ってきた。
両隣には、同じく魚の串にかぶりついている、ラストとロッコが。
「お、にいちゃんたちも食べるのか? ちょっと待ってろ、今すぐ焼けるからな?」
土産物屋さんとか観光地価格の武器屋さんとかに混じって食事処なんかもあった。
完全に観光地じゃねーかよ。
しかし、ふと、その魚を焼こうとするおじさんの手元を見てびっくりした。
レインの食べていたのは、体の大きさに合わせた小魚だった。
あれだ。
ドジョウ的な何かだ。
ロッコたちが食べていたのは、もう少し大きくて、美味しそうだった。
あれだ、アユかヤマメかなんかそんな感じの川魚っぽかった。
でも、今焼こうとしている魚は、なんか毛色が違うんだが。
明らかに、南国の、トロピカルな感じの色彩の、食べてもいいのかどうか悩む感じの、結構な大きさの魚なんだが。
無理やり串に刺しているけど、あれだよ、ちょっと無理があるよ。
具体的には、タイとかコイとか、それくらいの大きさだよ。
黄色の横ラインに、青と緑の縦のシマシマ模様、そして、赤い楕円の斑点がライン上に並んでいる。
顔も、普通の魚というか、どちらかと言うとナマズの様な顔で、そんな感じのヌメヌメした見た目だった。
そして、その魚を炭火であろうと思われる火を使って焼いていた。
いや、いい勢いで油が噴き出て魚に引火しているよ?
ほんと、大丈夫なのかよ?
「社長さんよ、こいつがうまいんじゃ。みんなで分けて食べるのじゃ。」
ああよかった。
流石に一人でもって食べる訳じゃなかったらしい。
常識的でよかった。
レインがお金を払うと、魚を焼いていたおじさんが、串を渡してきたので、詳しそうなゴンザレスにパスした。
ゴンザレスは、魚のおじさんから素早く植物の葉でできた皿代わりの何かを調達すると、店の前のテーブルの上で、葉の上に魚を置いて、器用に分解していた。
思ったよりも骨が多くて、でも、それがゴンザレスの慣れた手で簡単に取り除かれていた。
それを、テーブルを囲んでみんなで突いて食べた。
脂が乗っていて、やや甘くてとんでもなくうまかった。
伊藤さんがおかわりを要求していたが、そもそも2本目がすぐにきたのでスルーされていた。
2本目を分解すると、ゴンザレスは皿ごと地面に置いて、息子たちに食べさせていた。
皆、満ち足りた顔をしていた。
「……そうなのか。」
「ああ、このまま、真っ直ぐにいくと、一つだけ無駄に高さのある建物があるから、それを目印に行くといい。兵士が立っているから、すぐにわかる。」
「情報、感謝する。」
ラストが、店主とやりとりしていた。
ちゃんと情報収集していた様だ。
「マスター。町長の居場所がわかったぞ。」
「ありがとう。みんな魚に夢中だったからな。」
「いや、いい。ラストは、美味しい魚1匹丸ごと食べたからな。食べたら働く。基本だ。」
その基本ができていない一行がいた。
ゴンザレスとその息子たちは、魚を食べ終わって満足すると、そこに寝っ転がっていた。
ゴンザレスも狼の姿に戻っていびきをかいていた。
店主は、迷惑そうな視線でそれを見ている。
いや、まあ、狼だしな。
食べたら寝るよな。
それが動物としては普通だからな。
食べたらすぐ寝ると、牛になるって言われるけど、普通の動物は食べたらすぐ寝るんだよ。
すぐ動いたら、四つ足動物は胃捻転とか起こして死ぬからな。
死活問題なんだよ。
そこで、まだ食べたそうにしていた伊藤さんにレインがお金を渡して、食べながら待つ様に伝えていた。
ゴンザレスたちにはやさしい、レイン先生。
まあ、実質的に、今のパーティーの主戦力だからな。
焼き魚屋の店主の情報をもとに、その店から少し南に歩くと、確かに一つだけ高さのある建物が見えてきた。
最初は、物見櫓かとも思ったが、予備知識があったので、それが町長の館だと判別できた。
確かに、館の入り口、柵と門がちゃんとあった。
その門のところには、兵士が立っていた。
「町長を出すのです!」
レイン先生は、ただの不審者だった。
ちょっとびっくししている門番の兵士。
「レイン様ですね。伺っております。」
まじかよ!
何で知ってるんだよ?
というか、レインを一発で見分けたよ。
すごいなこいつ!
よく見ると、兵士の方には、スズメかツバメか、そんな大きさで形の鳥が止まっていた。
ツバメの様な模様だが、白地に空色の翼で、顔の部分の斑点は、エメラルドグリーンだった。
そのツバメが何やらしゃべっている様に感じる。
でも、言葉になっていないのでそうとは判別できない。
「その鳥、何ですか?」
「ああ、伝令ソラメのことですか? こいつは念話で、ちょっとだけなら人と意思の疎通ができるんですよ。こいつが、砦から僕のところまで、あなたたちの話を伝えにきてくれました。」
「すごいな! いっぱいいるのか?」
「希少種です。この辺りにしか住んでいません。生きていくのに温泉が必要らしいので。長距離を飛べるわけでもないので、この町くらいですよ? 利用しているのは。」
〜すごいだろ? パンクズとかくれてもいいんだぞ?
ほんとだ。
欲望に塗れた念話が飛んできた。
パンクズはやらんけどな。
「それで、町長なのですが、残念ながら、今、こちらにはおりません。南の街で、仕事をしています。ゴールドコソナの中心にある、ここと同じ様に一番高い建物の一番高いところにある部屋にいることと思います。」
「高いところが好きなのか?」
「それもありますが、町長は、この伝令ソラメを保護、育成、繁殖するための活動をしているんです。そのために、彼らの動きやすい、高い場所を作っているんです。ほら、ここの建物の軒下にも、多数の巣がついているのがわかりますでしょ?」
そう言って、建物を指差す。
建物の軒下の巣は見えないが、その下、屋根の一部分が集中して鳥のフンだらけになっていた。
石でできた屋根の上のフンはどうするんだろうか。
「それでは、行くのですよ!」
焼き魚屋さんでまだ魚を食べていた伊藤さんと、なかなか起きなかったゴンザレス親子たちを連れて、さらに南へと進むのだった。
サンコソナの街とゴールドコソナの街の間は、オールドコソナの時とは違って、断続的に家があり、人がいた。
何のことはない、農地だった。
あと、ところによって、牧場になっていた。
やはり、羊というかヤギがメインだった。
柵は、無駄に高く作られていたのが特徴だった。
ヤギは、すごい高さ飛ぶしね。
あと、柵、うまいこと登ったりもしちゃうからね。
この牧場が、温泉の町の羊乳を支えているのかと感慨に耽っていた。
日が沈んで、しばらくしてからゴールドコソナに到着した。
ゴールドコソナの入口は、わかりやすかった。
兵士が立っていて、門があって、街が石壁で囲われていた。
しかも門は金色だった。
門の両脇には、松明であかりをとっており、遠くからでも門があると知ることができた。
その炎の光で照り返させる金色の門。
おそらく金でできているのは表面だけだろうけど。
まあ、門になってたら盗めないしね。
しかし、そんなもんがあるくらい、大きな街だった。
ここが、ガーター辺境伯領で、一番の大都市というのは、本当だった。
オールドコソナを見て疑問に思い、サンコソナを見てこんなものかと思ったが違った。
石造の家がかなりの数立ち並んでいた。
そして、兵士に声をかけようとすると、逆に声をかけられた。
〜お、やっときたな。へいしにはつたえたぜ?
鳥から念話が飛んできた。
さっきの伝令ソラメだった。
ご苦労なことである。
「ああ、ソラメから聞いています。町長は、あの建物のてっぺんにおります。」
ちょっと距離があるところに、遠目にも一軒だけ5〜6階建ての建物があった。
中世ヨーロッパのお城の様なデザインだった。
町長だよね?
領主とか、王様じゃないよね?
そして、兵士に何かを念話で伝えると、伝令ソラメは、その高い建物に向かって飛んでいった。
僕たち一行も、街の人たちの奇異な視線に耐えつつ、町長の館に向かうのであった。
欲望の町という言葉は、いろいろなRPGででてくるキーワードです。
ほら、国民的なRPGでも、かなり後半に出てきますよね。
そして、酷い目に遭うところまでがお約束です。
そういうことなのですが、温泉街のはなしからなので、どちらかというと食テロ的な話になりました。
じゃ、ちょっと味噌田楽食べにいってきます。
それでは、明日も12時ころに。
鮎とかニジマスとかも食べてやるのです!
訂正履歴
ラストが消えて → レインが消えて