第55節 ミャオー町の地政学的重要性
地学の授業は、面白いものです。
地図とか見ていると、あっという間に1日が終わってしまいます。
そう言う意味では、スマホの地図アプリは危険すぎます。
時間泥棒です。
地誌学とか自然地理学とかそう言う授業で、以前は、特に戦前は「地政学」という地理の学問分野が重要視されていたということを教官から学びました。
今は、あれです。
学術会議問題でご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、軍事転用されやすい学問というか、軍事的な学問そのものとしてほぼ禁忌とされてしまい、「政治地理学」という、日本やドイツといった敗戦国だけのガラパゴスな学問体系がそれにとって変わっているそうです。
内容的にはほぼ同じなのですが、いくつか重要な部分の議論を「禁忌」としているのが特徴です。
つまりそこには、学問の自由は無かったのだそうです。
日本の現状はそれはそれとして、いい悪いの評価はしませんが、単純に考えて「学問の自由」のために「学問の自由」を奪うのは本末転倒なのではないかと思ってしまうのはいけないことなのでしょうか?
今回の話は、そういうちょっと地政学的な話から始まります。
異世界もので、内政や戦争を取り扱うのだったら、勉強しておいて損はない学問ですよ?
それでは、どうぞ。
ガーター辺境伯再襲撃の翌日、僕たちは再び、ウーバン村の村長の館、もしくはウーバン領、領主の館に来ていた。
大きめのテーブルに広げられている、周辺地図。
中世ヨーロッパ基準な世界なので、地図は機密情報でもあり貴重だった。
そして、作戦会議は続けられる。
「つまり、ウーバン村だけでは大魔王の勢力には対抗できないということ?」
「そうさね。いいかい、よく聞くんだよ?」
ウーバン領領主であるおばあちゃん、パトリシアが説明を始めた。
まず、ウーバン村の北側。
ウーバン山とその大元となるウーバン山脈が広がる。
なお、ウーバン山を超えた山脈地帯で、北の帝国と国境を接している。
険しい山地形であるため、人間が、これを超えて攻めてくることはない。
こちらからも同様なので、天然の要塞として活用されている。
次に、ウーバン村の東側。
ウーバン山から繋がる山が続いている。
なお、ウーバン山よりもやや低くはあるが、それでも結構な高さがあり、雪山。
この山を越えると、海に出る。
帝国との海側での国境の街コソナと、その南側に職人の町ガーターがある。
ちなみにガーターは、ガーター辺境伯領的には、元々領主の館のあった町でもある。
ゆえに、「オールドガーター」と呼ばれることが多い。
正式名称は、今でも「ガーター町」なのだが。
そして、ウーバン村の南には、ここまで散々苦しめられてきた、ミャオー町がある。
町までは、川が流れており、道もなだらかで平原が続く。
このミャオー街は、辺境伯領内で最大の商業の町。
とても栄えていたし、さらにその南は、別の領地であるカーナー領に繋がる山道があった。
今は爆破されて使えなくなってしまった。
最後に、ウーバン村の西側であるが、こちらもウーバン山に繋がるそれなりに高い山。
気候としては、こちらの雪山の方が厳しい。
冬には通行できないが、この山の向こうには、ひとつの町があるらしい。
別の領地ではあるが、温泉と滝と鍾乳洞で有名な観光地ということだ。
夏になったら行ってみよう。
つまり、どういうことかというと。
「ミャオー町を通過できないと、この村からはどこにも行けないことに、変わりはないのさね。でも、ミャオー町には近づかない、攻め込まないって取り決めなのさね。どうするつもりなんだい?」
海側の町に行くには、ウーバン村から直接山越えするには、夏であってもかなり道は険しい。
逆に、ミャオー町からならば、山道ではあっても馬車が通れるように整備されている。
なんなら、南のカーナー領とも関係は良好で、商売でもうまく行っていた経緯もある。
ガーター辺境伯領は、ミャオー町を中心に回っていたことに間違いはない。
「取れる手段は幾つかある。
一つは、山越えすること。
これは、レインの空間魔法と、空を飛ぶ能力があれば、余裕で回避できる。
逆に言えば、レインしか使えない手段だ。
もう一つは、山越えの道の整備だ。
冬でも馬車で通れる様な道を作ればいい。
ただ、今までもできなかったということは簡単ではない。
そもそも、一朝一夕でできるものでもない。
最後の一つは、バイパスだ。
ミャオー町とガーター町の山越え馬車街道に途中から接続する道を作る。
もちろんミャオー町に近づかないルートが前提だ。
水没のことを考えるなら、この案が現実的だろう。」
地図を指差しながら、3つの案を説明した。
しかし、どの案にも微妙に現実性がない。
そんな昼食前のひととき。
鉱山からよろず屋に向かう、山賊団のトロッコ列車がやってきた。
人力の動力車を3両に増やして、トロッコで運べる量を増加させた。
村に来る時は下り坂なので、ブレーキだけに専念すればいいのだが。
「お、なんでぃ。難しい顔しなすって。お、地図じゃねぇですか、珍しい。」
親分が、領主の館に顔を出しに来た。
「海側に何とか抜けられないのかねって、考えているところさね。」
「山道を抜けるんじゃ、ダメなんですかい?」
「あんたらじゃないんだよ? 死んでもいい前提で抜けるなんざ商売にならないよ。」
「まぁ、あっしらはその日暮らしですからねぇ、それでいいんですが。それなら、鉱山を伸ばすってのはどうですかい?」
ん?
どういうことだ?
「お、社長。その顔、食いついてきやがりましたね。男はそうでなきゃならねぇ。簡単なこってす。今掘っている、7〜9階層。そうですねぇ、掘り抜くなら主要坑道の9階層がおすすめですぜ? この坑道、すでに横に1キロメートル以上伸びているんでさぁ。もう、1キロも伸ばせば、山の中腹とは言え、海側に抜けられますわ。」
これも、一朝一夕の案ではない。
しかし、毎日掘り進んでいること自体は事実。
そのままいけば、いつか必ず言った通りになるだろう。
ある意味、一番現実的かつ、冬にも対応した名案ですらある。
「それ。いただこう。どの道、採掘を進めていけば最終的にはそうなっていたんだろう?」
「まぁ、そうなんですがね。普通は、あんまりしませんぜ? くり抜いちまいますと、あっちの町の領主とかも、黙っちゃいませんぜ? 何しろ鉱山は金のなる木ってことで、どこでも欲しがってきますぜ?」
「あくまで、通路って建前じゃないといけないな。」
「トロッコ専用にしてくだせぇ。そうすりゃ、向こうの街の馬車は使えねぇ。」
悪どい案だった。
確かにトロッコしか通れないルートに、人や馬車は入れない。
こちらが物流の主導権を握ることができる。
つまり、価格交渉の主導権を握れるという訳だ。
「そうは言っても、すぐには無理さね。あれだけの長さの坑道を作るのに、何十年かかったと思っているのさね?」
「おい。倍ってことは、親分が死んだ後くらいに完成とかじゃないか? だいぶ気の長い計画だな。」
「街道の整備なんざ、100年単位の仕事でさぁ。当たり前よ!」
レインが、手持ちの爆弾をさすりながら、何か言いたそうにこちらを見ている。
分かる。
何を言いたいのか、すごく伝わってくる。
でも、それはダメだ。
「マスター! すぐに貫通する方法があるのですよ?」
「却下だ。 石炭の出る鉱山で発破かけるとか、自殺行為以外の何ものでもない。」
「大丈夫なのです。気をつけてやるのですよ?」
「レインは、何か爆発させていないと落ち着かなくなってきたのか? 大丈夫か?」
「し、失敬なのです! そんなことはないのですよ! でも、せっかく新型を作ったのです。試してみたいのですよ!」
レインが言うには、指向性のある爆弾を作ったらしい。
地面に仕掛ければ、決められた方向に爆弾の威力を集中させることができるらしい。
地上で、地面に向かって実験した分には、地面に2メートル程度の深さの穴ができたと。
だんだん、凶悪になっていないか?
「いや、僕が心配しているのは、粉塵爆発の方だ! 爆弾の方も心配だけどね!」
レインは拗ねてしまった。
いや、そこ拗ねられても安全に配慮しない選択肢はない。
「とりあえず、親分たちは9階層を重点的に掘り進むと言うことでいいかな?」
「一緒に線路も引いてくだせぇ。9階層からなら、元アジトからショートカットできますぜ?」
「そうか。ラスト? どうだ?」
「町の南側まで線路を引き終わって、どこに伸ばそうかと考えていたところだ。分かった。その仕事、引き受けよう。7階層から9階層をつなぐ仕事と、9階層から元アジトの洞窟をつなぐ仕事だな。1週間くらいでなんとかしよう!」
頼もしい。頼もしいよラスト。
町までの線路も、だいぶ無理させたけど、大丈夫かな?
「でも、ここまででだいぶ疲れているんじゃないか?」
「まかせておけ! ちゃんと夜にその分エネルギー補充するからな。ちゃんとエネルギー温存しておけよ?」
「だから、何を吸い取られているのかわからないんだが。」
「HPでもMPでもない。何かだ!」
同じ精霊のロッコを見る。
「ん。マスターは深く考えなくていい。」
詮索無用ということらしい。
いや、しかしな。
気になって仕方がない。
「ん? 知らない方がいいこと、知らない方がいい。」
答えるつもりはないらしい。
そして、作戦は地味に始まった。
まず、山賊団が9階層を採掘的に攻略する。
ひたすら坑道を伸ばす形で掘り進む。
通常なら、鉱床に沿って掘り進むのが基本なのだが、今回は無視するらしい。
結果として、鉄鉱石ばかりが産出され、ただの岩石も多くなり採掘効率が悪くなった。
次に、ラストとロッコは、山賊団を全力でサポートするために、線路を伸ばしている。
とりあえず、手っ取り早い7階層から9階層への線路を引き、鉱石の運搬効率を上げた。
そして今は、9階層から元アジトの洞窟内に向けて、線路を伸ばしているところだ。
一箇所だけ、坑道が狭くなっているところがあったので、それは何とかしたらしい。
レインが。
不安しかない。
絶対に爆破したものと思われる。
そして、大岩井さんは、相変わらずキノコやウドといった、冬でも暖かい洞窟の中でで延々と栽培できるものの増殖と収穫に忙しい。
すでに、手伝うマインウルフは5匹程度に絞られていた。
もう、それほど手を入れなくてもいいらしい。
というよりも、使っていい坑道を、もっと増やす様に強請られている。
物理で。
村では、村長で領主のパトリシアと、嬢王の伊藤さんが町の運営と防衛に忙しい。
何しろ、大岩井さんが放った刺客であるマインウルフおよそ30匹は優秀だ。
少なくとも村の防衛には過剰戦力だった。
実質的には、村人たちにもふもふされていた。
いいんかい!
仇じゃなかったんかい!
謎は深まるばかりであった。
それはそれとして、毎日の様に少しずつ森の若干強めの魔物たちを刈り取る簡単なお仕事を続けていた甲斐もあって、マインウルフたちは順調にレベルアップしていた。
ユリも、ゆっくりとではあったが、同様にレベルアップしていた。
そして、ついに、問題が発生してしまった。
いや、これは人災だろうか。
村人たちが、なぜ、マインウルフをこうも簡単に受け入れたのかが分かってしまったのだから。
全ての謎が、ここに解けてしまい、問題が大きくなった時でもあった。
「マスター? お話があるのです。」
「おう、何だ?」
昼下がりに、レインが深刻そうな顔をして言ってきた。
「イトーの配下のマインウルフが1匹だけ、何故が突出してレベルが上がっていてレベル20になりました。なんと、クラスアップできるのですよ?」
「クラスアップか。いいじゃないか。それで、何になるんだ? ハイドウルフとかか?」
何となく聞いた僕は、失敗だった。
いや、やる前に聞いておいてよかった。
「『マインウルフ』は、クラスアップすると『マインエルフ」になるのです!」
へ?
今なんと?
クラスアップしても、マインウルフはマインウルフのままってこと?
「クラスアップ後の名前が変わっていない様に感じるのだが?」
レインはちょっと激昂した!
「耳掃除して、よく聞くのです。
マイン『ウ』ルフは、クラスアップすると、マイン『エ』ルフになるのです!」
「おいっ!」
今度はちゃんと聞き取れた。
大事なところを強調して発音されたからだ。
ちょ、でもそんなに種族が変わって大丈夫なのか?
「人型になるってことか?」
「そうなのです。厳密には、人型に変身できる様になるのですよ? マスターには、ドワーフとかホビットとか、そう伝えた方が分かりやすいのです?」
「エルフじゃないじゃん。」
「大雑把に言えば山エルフみたいなものなのです。マスターの考えている普通のエルフは、森エルフ的なものなのです。フォレストウルフがクラスチェンジして、フォレストエルフになるのですよ?」
この世界のエルフは、ウルフからの進化形なのかよ!
「マスター、勘違いしている顔なのです。元からのエルフはそれはそれとして存在するのです。あくまで、変身して、能力が使える様になるだけなのです。ウルフであることには変わりないのです。それに、ウルフ種は誇り高い種族なので、クラスアップしても、なかなかエルフの姿にならないのですよ?」
それ、クラスアップの意味ないじゃん。
「じゃあ、今までと変わらないということか?」
「違うのです。今までは、山神様とかオーイワイとぐらいしか意思の疎通ができなかったのです。今度からは、必要があればエルフの姿で言葉を話して伝えてくるのですよ? あと、マインエルフは岩石系、大地系の魔法ももっと強いのが使える様になるのです!」
「そ、それは、それはすごいな?」
いまいちピンと来ないので、とりあえずクラスアップさせることとした。
対象は『奈々子』だった。
伊藤さんの直属の配下、7匹の内の唯一のメスウルフ。
じゃあ、女エルフが出現するのか。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。レイン。女エルフなら、服を用意してくれ。頼むよ。」
「うっ。そうなのでした。どうて、いえ。何でもないのです。刺激が強過ぎるのです?」
「そ、そうだよ! ちゃんと服着させてやってくれ!」
そして、奈々子とレインと一緒に、教会へ向かった。
王国の国教「女神教」の教会だ。
冒険者ギルドのちょっと南東にあった。
簡素な石作りの教会だった。
「うっ。レイン様。きょ、今日はどういったご用件で?」
中年の女神官が慌てて入り口まで駆けつけてくる。
そして、青い顔をしながら、あたふたと問いかけてきた。
「ちょっと教会を借りるのです。クラスアップの儀式を行うのですよ?」
「え? あの? わたくし、その儀式を行う資格を持っておりませんが?」
「レインがするのです! おまかせなのですよ?」
女神官は、だいぶ嫌そうな顔をしたが、儀式の準備をしてくれた。
専門家としては、だいぶ傷ついている様に感じる。
確かに心をえぐるよな、これは。
そして、その女神官の心をえぐったのはそれだけではなかった。
「それでは、レイン様。クラスアップされる方を、この台の上に。あなたですか?」
そう言って、僕の顔を見つめてくる。
ああ、そう思うよな。
そうだよな。
「違うのです。このマインウルフの『奈々子』なのです。レベル20なのですよ?」
そして、女神官は泣き出してしまった。
「20、に、2、20? わ、私なんてまだ7なのに!」
同情する。
真面目に仕事をしていて、レベル7なのに。
彼女から見ればただの犬を目の前で「クラスアップ」させるというのだ。
しかも、レベルが20だと言う。
新手のいじめと感じられても文句の言いようもない。
「奈々子、言われた通り、神聖な台に乗るのです!」
「ばふぅ。」
奈々子は、女神官を刺激しない様に小さく返事をして台に乗った。
女神官は、泣きながらもその返事にびくついていた。
「それでは、儀式をとり行います。静粛に!」
レインが、最近あまり見ていなかった真面目モードに入った。
そして、女神官がびくついてはいたものの泣き止んで立ち上がった。
「汝、マインウルフ奈々子よ。汝のクラスアップを神と国と、我、精霊レインが認めよう。クラスアップ後は、汝のレベルでは『マインエルフ』のみが選択できる。これでよいか? 答えよ。」
「ばふっ。」
再び、奈々子は小さく吠えた。
「よし。それでは汝をクラスアップする。汝のクラスに祝福あれ!」
奈々子の乗っていた「神聖な」台から光の柱が立ち上る。
奈々子の姿が見えなくなるほど白い光に包まれて、そして、シルエットが変化した。
光が止むと、そこには2足歩行の女性が、いや、女の子がいた。
耳はお約束通り長かった。
「レイン様。感謝いたします。再び人語を話せる様になるとは思いませんでした。」
いきなり不穏な発言だった。
マインウルフは、そもそも人語を話せなかったはずだが?
いつ、話していたと言うのだろうか。
「まずは、服を着るのです。そこの男が、お前の体に欲情するのです。イケナイ男なのです。」
いや、身長130センチくらいの少女といった感じの凹凸もない女の子に、欲情しないだろ?
流石に。
でも、それはそれとして、精神衛生上よろしくないので、服を着てください。
うっかり、レインの言う通り欲情してしまったら、ちょっと立ち直れないので。
「わかりました。とりあえず、これで?」
「いいのです。かわいいのです! 選んでよかったのですよ!」
子供用の青っぽいワンピースだった。
上から被って着るだけなのでかんたんだった。
「いえ、可愛いと言われましても。わし、男ですし。」
「何を言っているのです? さっき、全裸を見てしまったのです。どう頑張っても可愛い女の子なのですよ?」
そして、マインエルフになった奈々子がこちらに視線を送ってきた。
「見てない。見てないけど、女の子だったよ?」
「見てたんです? マスター? そんなとこ、見てたんです?」
「ち、ちげーし! み、み、み、見てねーし!」
バレていた。
しっかりガン見してしまった。
残念な男のさがであった。
「何で、男だなんて思ったのです? 奈々子はマインウルフの時もメスだったのですよ?」
「それでも、わし、男なんじゃが。」
少女奈々子は、落ち着いた声で、男であることを主張するのであった。
今日も前書きが長かったので短めに。
次回は、エロ設定多めですので苦手な方は飛ばして下さいませ。
でも、それが物語の根幹に関わっていたりするので、微妙なのですが。
それでは、設定ミスがなければ、明日の12時頃に。
訂正履歴
ガーター辺境伯再襲撃の翌日、(冒頭に加筆:明確に日付を確定させるため)