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第16話 元の世界に帰りたかっただけなのに

新章は、王城にいる勇者たちのお話です。

今回のお話は、ここまでちょいちょい出番のあった金田さんのお話です。

力を手に入れたことによってその力に振り回されてしまっている状態と。

周りが力をつけてしまって、なんか自分役に立ってなくない? って不安になっている状態と。

今回はそんな話の一部分です。

いつもより、ちょっと長めです。

例によって、以前の文章と被る部分もありますので。

それでは、どうぞ。

<転移前の学校にて>


 みんな、騙されているとは思っていないようなのが不思議でしかない。


 私は、朝練を終えて2年7組の教室に入ると、自分の席へと向かった。

 同じ陸上部のイケメン男子がこのクラスにいるが、そういう意味では興味はない。

 ただ、かなりの記録保持者なので同じ陸上競技を志すものとしては気になる。

 彼の能力向上の秘密を常日頃から暴いて、自分もやってのしあがりたいと思っていた。


 彼の能力は、的確なトレーニングと、弛まない努力にあった。

 まず、先生や先輩の言うことを聞かない。

 部活始めには、全体で準備体操をしたりグラウンドをジョギングしたりしてアップする。

 彼はこれに参加しない。


 曰く

「限られた時間しか部活ができないのに、トレーニングに使わないのはもったいないよね。」

と。


 つまり、みんなと一緒に準備体操やらジョギングでのアップやらをするのは無駄であると。

 そうバッサリ切って捨てている。

 結果が出ているので、言いにくいのだが、それでも先輩や先生は毎日のように注意していた。

 全く聞く耳を持たなかったけれども。


 だけと、今もそうだけど、学校の内外で、彼はモテる。

 イケメンだし、足が速いし、勉強だってできるし、やさしいし。

 優良物件やんか!

 協調性0ですけど!


 そんなことを考えながら、彼のことをガン見していたら、先生が教室に入ってきた。

 ちびっ子先生だ。

 口は悪い。


 そして私たちは、異世界に転移させられた。



<異世界転移当日>

 終末時計:残り150日 生存勇者32名


 女神に説明された終末時計を睨みつけていた。

 異世界の王城で、一連の説明を受けて頭にきていたからだ。

 これってどう考えても拉致。

 無理矢理異世界に拉致されて、協力しろと強要された!


 この世界に協力して大魔王を討伐しないと、元の世界には帰れないとか訳が分からない。

 しかも、このままでは150日で世界は滅んでしまうとか、すでに詰んでるんじゃ?

 32人の勇者の生存数、数えているってことは、減るのが前提でしょ?


 帰れるかどうかの確証もないことが、頭にきたことに拍車をかけてきた。

 帰りたい。

 決してお子様のホームシックとかじゃなく。

 来週、地区大会がある。


 体調不良で欠席でもしない限り地区大会であのイケメンはぶっちぎれる。

 でも私は違って、地区大会から抜け出せるかどうかのレベルなんだ。

 とても大事な大会。

 このままじゃその大会に出られない。

 少なくとも、大魔王を倒すのに1週間でできることじゃない。


 トレーニングもできなくなって、あのイケメンと差が開いてしまう。

 それもイライラを募らせる一員だった。

 そのイケメンが余裕そうな顔をしているのも、ムカついた。

 いや、もっとオロオロしろよ。


 お前は大会出られないんだぞ?

 全国大会、出たいんだよな?

 応援についていってやんよ?


 しかし、それ以外のクラスメイトもあまり慌てていない。

 取り乱しているのもほぼいない。

 なんなら一番取り乱しているのは自分か?

 納得いかない!


 でも、午後。

 女神が水晶玉みたいなのを持ってきてみんなに触らせていた。

 ステータスが分かるよ?

 そんなの分かっても意味ないから。


 意味はあった。

 クラスの中で4人だけ、技能スキルの使える人間がいた。

 私もそのうちの一人だった。

 上がる!



<異世界転移2日目>

 終末時計:残り149日 生存勇者32名


 私は朝早く起床すると、手当たり次第どうやったら帰れるのか聞き込みをした(物理)。

 私の恩寵は「アッパー」

 身体能力向上系の魔法が使える。

 使えるといっても、MPも少なくて効果時間も短い。


 ちょっと不便な技能スキルだけど、他の人が使えないなら条件が違う。

 圧倒的優位。

 ちょっと力を使う一瞬だけ、魔法を使えばいい。

 練習して、使い方を一応覚えた。


 そうしたら、攻撃するにしても逃げるにしても圧倒的威力。

 元々陸上で短距離走者だったので、筋肉のつき方が一般人とは違う。

 それが、具体的な数字はわからないでも、何割か増しになっている。

 いまなら100メートル走も8〜9秒で走れそう(な気がする)。


 でも、そんな力を使えても、意味はなかった。

 王城のたくさんの兵士たちや大臣たちに半ば八つ当たりに近い感じで聞き込み(物理)をしたけれども、まともな返答は一つとしてなかった。

 泡を吹いて倒れる兵士とかもいた。

 弱すぎる。

 これで、城を守れるのかと不安になるくらいだ。


 だんだん不安が大きくなってきた。

 誰も、帰り方を教えてくれない。

 大魔王を倒したら帰れるって言っていたけれど、それは伝承上そうだというだけ。

 何の保証もないことがわかった。


 後になって冷静に考えてみれば。

 私は「ホームシック」になって、取り乱していた。


 でも、それを認められなかった。

 周りに恩寵の能力を使って八つ当たりした。

 ひどい暴力だった。

 それを気づかせてくれたのは、桂さんだった。



「帰りたい! おうちに返して!」


 私は担任のちびっこ先生の襟首を掴んで持ち上げながら泣き叫んでいた。


「何で? 何で帰れないの? 先生なんだから何とかしてよ!」


 不安で不安でしょうがなかった。

 みんながみんな、帰るという選択肢を考慮していなかった。

 大魔王討伐まで考えている同級生までいた。

 技能スキルも獲得できていない、一般人なのに。


 この時、私には見えていなかった。

 周りの生徒はほぼ全員、私の行動に引いていたことに。

 そして、見えていなかった。

 学級委員長の桂さんが近づいてきていたことに。


 そして、吹っ飛ばされた。


 一瞬、理解できなかった。

 先生ごと、吹っ飛ばされた。

 頬に痛みを感じる。

 ビンタされた?


 地面に打ち付けられて、バウンドする私の体。

 至る所が痛い。

 肩が痛い。腕が痛い。膝が痛い。

 ダメ!

 大会に出られなくなっちゃう!


 でも、許されなかった。

 桂さんは、地面にうずくまる私にヤクザ蹴りを繰り返すと、どすの利いた声で囁いてきた。


「何か、周りの皆さんに言うことはありませんか?」


「私は帰りたいの! 桂さんでもいいから! 私を元の世界に戻して!」


 即答していた。

 正直な気持ちだった。

 頭の中は、そのことでいっぱいだった。


 そして、再び、蹴りを入れられ殴られる。

 地面を転がされる。


「もう一度お聞きします。何か、周りの皆さんに言うべきことはありませんか?」


 桂さんは辛辣だった。

 私が帰りたい! 元の世界に! と言っている間は、ボコボコにしてきた。

 理解できなかった。

 だって、このクラスで私は今最強(物理)のはず。


 桂さんは、技能スキルを獲得できていない一般人のはず。

 元の世界にいた頃と同じ能力しかないはず。

 教室の中で上品に笑いつつ、ダメなことをしたクラスメイトを許さない桂さんだったはず。

 あ、そうだった。


 彼女は許さない。

 クラスの秩序を乱したものを、決して許しはしない。


 気がついた時に私は、無様にも土下座をして、桂さんに謝っていた。

 本来なら、技能スキルを使えば、桂さんなんか一発だ!

 そう思っていたのに、技能スキルを使ったのに、太刀打ちできなかった。

 桂さんはそう。

 圧倒的に「けんか」強かった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。」


 ひたすら呪詛のように繰り返す謝罪の言葉。

 これが途切れると、また蹴られ殴られ。

 クラスのほぼ全員が見守る中。

 誰も助けてくれない中で、それは続けられた。



 桂さんといつもつるんでいる橘さんが、小松崎先生を膝枕していた。

 私は、黙ってそれをじっと見つめていた。


 桂さんに「しばらく黙れ!」と言われたから。

 どうしてか分からなかったけれど、言うことを聞くしかなかった。

 このままじゃ、骨の一本や二本、折られるくらいの勢いだったから。

 それじゃ、大会に出られない。困る。人生がかかっているから。


「桂さん。先生、気がついたみたいです。」

「すまない。泡吹いていたから。助かりました、橘。」


 そうして、橘さんの膝の上に寝転んだままの小松崎先生が目を開いた。


「先生、ごめんなさい。」


 私はすぐに謝罪した。

 桂さんに何度も何度も、先生が起きたらそうするように言われていたから。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」


 念仏でも唱えるかのように、赦しの言葉がもらえるまでそう、繰り返した。

 でも、帰ってきた言葉は、私の欲しい言葉じゃなかった。


「うるさい。」

 

 先生は、先生にあるまじき横柄さを持って、そうつぶやいた。

 先生も、許してくれない。

 でも、許されるまで謝り続けないといけない。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

「貴様は、自分が何をしたかわかっているのか?」


 また、私の欲しい言葉をくれない先生。

 だんだんイライラしてきた。


「先生に手を出して、無理なことを吹っかけました。」

「問題はそこじゃない。」


 先生は、どうやらすぐには許してくれなさそう。

 説教モードに突入しそうな感じ。

 桂さんの冷たい視線が突き刺さる。

 貴様の謝罪が足りないから、先生はゆるしてくれないんだと。

 目が、そう訴えていた。


「貴様は、本当に帰りたいのか?」

「当たり前じゃないですか! 先生は帰りたくないんですか?」


 不躾な質問に即答してやった。

 だって、あまりにも腹が立ったから。

 私の行動を見て、どうしてそんなこと、言えるのかな?


「いや、そういうことを言っているのではない。」


 先生は、寝転がったまま私を睨みつけてきた。

 反射的に睨み返す。

 怯んだら負けだ。


「これは遭難した状況とほぼ同じだ。 家に帰りたいならば、まず、帰る方法を見つけなければならない。そして、その方法に必要な道具や金銭、人材を揃える必要がある。」


 難しいことを捲し立ててきた。

 頭が悪い訳じゃないと自負しているけど、いきなりだった。


「うー。」


 私は、唸るしかなかった。

 でも、先生の言っていることは、わたしがしていたことで。


「しかも、時間との勝負がある。かなりの短期決戦だ。全員が全員、効率よく的確に活動しなければ早晩詰む。こんな状況の時に、やってはいけないことは分かるか?」


 私の気持ちも知らない先生の詰問。


「わかりません。」


 そして、反抗的にそう答えてしまった。


「そうだろうな。そうだろう。やってはいけないこと、それは『冷静さを失うこと』だ。」


 私は、その言葉を聞いてカチンときた。

 私が冷静さを失っていると?

 先生を睨んだ。


「皆、不安なのだよ。一人が取り乱せば、堰を切ったように不安は伝播する。するとどうだ。皆、不安になって、取り乱し、しなければならない活動を誰もできない状況が生まれる。結果、私たちは家に帰れなくなる。原因を作ったのは誰だと問われたいか? 帰れなくなった責任を取れるのか?」


 わかってしまった。

 先生は、私を責めているんだと。

 頑張って帰れるように聞き込みまでした私が原因で、帰れなくなると。


「でも、帰れる訳ない! 私たちはここで殺されるの! 先生だってわかっているんでしょう!」


 もう、目には涙が溢れていた。

 でも、かまわずそう言い放った。

 実際、聞き込みをしてしまったせいで希望がないことに気がつき、絶望していたから。

 そんなこと、先生はしらないから。


「まずはそうだな。女神が言うように、大魔王を倒すしかないだろう。そうすれば、元の世界に帰れるというのだからな。今のところ、それ以外の方法はわかっていないのだから。」


 先生は、大人の対応だった。

 正論だった。

 でも、それは、あくまで正論で。

 それが正しいという証拠は、何もなくて。


「大魔王を倒すのであれば、それ相応に強くなる必要がある。そして、情報収集も必要だ。何しろ私たちはこの世界のことを知らなさすぎる。大魔王どころか、今ならそこらへんのチンピラにだって負ける可能性の方が大きい。今、身を以て体験したがな。」


 先生の発言に笑う生徒たち。

 私には笑えなかった。

 私は弱い。

 私たちは弱い。

 大魔王なんか倒せるわけがない。


「だが、すでに3人、行方不明になっている。できれば助け出して、一緒に帰りたいものだ。」


 そうだった。

 もう、うるさく言ってくる伊藤さんもいなかった。

 お高く止まってムカつく大岩井さんもいなかった。

 体育の時間に、特に練習もせずにいい記録を残しまくって陸上部員をコケにした野中もいなかった。


 もうすでに3人。

 あっさりと殺された。

 味方じゃないのって感じの自称女神様に。



<異世界転移3日目>

 終末時計:残り148日 生存勇者32名



「あなた方を監禁します。ご存知かとは思いますが、これ以上王城の人たちを傷つけないための仕方のない措置です。こうするしかなかったのです。でも、これはあなた方の招いた事実です。反省してくださいね。シーツとか自分で洗うんですよ。食事も、自分たちで用意するんですよ? できますね? それくらい。」


 翌朝、女神が私たちに言い放った。

 王城の兵士とかメイドとかと、接触できなくされた。

 聞き込み、できなくされてしまった。

 これじゃ、どうやったら帰れるのか分からない。


 途方に暮れていたものの、クラスメイトに八つ当たりしそうになるたびに、桂さんの視線を感じた。

 怖くて体が震えた。

 桂さんは、そんなに身体能力が高いわけじゃない。

 別に、何かの部活に入っているわけでもない。


 なのに、なぜ、その眼力。



 夕方になって、食堂にクラスメイトと先生の勇者29名全員が集められた。

 女神やっと説明する気になったらしい。


「王城の兵士や使用人たちから、苦情が来ています。なぜ、女神に苦情を言うのか、理解に苦しみますが、それはこちら側の問題ですので今は置いておきましょう。」


 この女神、言葉を放つたびにムカつく。

 そして気が付いた。

 この女神こそ、異世界から帰る方法を知っているはずだと。

 なんなら、そういう能力を持っていると。


「それで、苦情の方ですが、あなた方勇者から、継続的に暴行を加えられて、仕事の邪魔をされたと……。」


 全部聞かなくてもわかった。

 私のことを悪く言っているんだ。

 誰も、私のことを理解してくれない。

 誰も、私のことをわかってくれない。


 気が付いたら、駆け出していた。

 女神に向かって一発殴ってやろうとしていた。

 そして、魔法のバフを全力で乗せて、その腹に、クリーンヒットした。

 はずなのに。


「いけませんね。その反抗的な態度、反抗的な瞳。大変残念です。女神に楯突くとどうなるのか、ちょっとだけお見せしましょうか?」


 いいパンチが、女神の腹に入ったはず。

 きちんと急所を捉えた感触もあった。

 でも、女神は平然と立っていた。


 そして、ゆっくりと動き出し。

 反対に、私の腹を殴ってきた。

 ゼロ距離で。


 そして、そのパンチで私は近くはなかったはずの石でできた壁まで、吹っ飛ばされた。

 壁にぶち当たったところで、意識を手放してしまった。

 何がいけなかったのか。



<異世界転移8日目>

 終末時計:残り142日 生存勇者32名


 女神は強かった。

 何か私がトラブルを起こすたびに、その圧倒的強さによって、制圧されていた。


 学級委員長の桂も強かった。

 今では技能スキルも身につけて、さらに強くなった。


 委員長だけじゃない。

 みんなが少しずつ、技能スキルを身につけて、強くなってきた。

 相対的に私は弱くなってきた。

 私の技能スキルは、肉体の能力向上系魔法。


 戦闘技能がなければ、意味がないことをここ数日、何度も叩き込まれた。

 女神によって物理的に。


 そして私は知ってしまった。

 元の世界に帰る方法があることを。

 このイケ好かない女神を頂点とするこの国の宗教を禁教として否定している国があることを。

 女神を否定するその国に、その方法があると、城の人たちが噂しているのを聞いてしまったから。


 何とか、その国に行けないだろうか。

 そう、考えるようになっていた。


 そして、その希望が叶うのには、それほど時間はかからなかった。

不安を抱えたままの生活っていうものは、自分自身を不安定にさせるもの。

そういう心境を表現できていたでしょうか。

これは、誰にでも起こりうることだと思います。

普段、冷静な立場からは、こんなことにはならないし、馬鹿じゃないのかと思いますが。

でも、当事者となってしまうと、なぜか、そうなりがちなもの。

特に、イレギュラーなことが起こった時、その人の真価が問われます。

テンパってしまうことって、ありますよね。


それでは、明日も15時頃を予定しています。

テンパってしまって落とさなければ。ですが。

あ、テンパるって、麻雀用語なんです?


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