第44節 冬の夜のミステリー?
ミステリー作家さんは、素直にすごいと思います。
ミステリーになるような仕掛けを考えるのは、素人には簡単にできるものではありません。
実際の犯罪でも、ミステリーな事件はほとんど聞きませんし。
その場で思いつくような案で、ミステリーになるようにするのは不可能ですよ?
きちんとした準備が必要でしょう。
もっとも、実際にミステリーな事件が起こっていたら、発覚していないだけなのかもしれません。
一番完璧な完全犯罪は、犯罪の発生が誰にもわからないことと言いますし。
そう言う意味ではサイバーテロでの情報窃取など、その最たるものなのでしょうね。
今回はそんな話からの……。
それでは、どうぞ。
結果から言おう。
僕の計画した作戦は失敗だった。
台所に潜入してから気がついた。
「レイン。助けるのはいいんだが、助けた後どうするつもりなんだ?」
「ふぇ? ウーバン村の領主を助けたら、それで終わりじゃ。」
「いや、そうじゃないだろ。助けたら、とりあえず、どこかに隠れないとだろ?」
「人質がいなくなったのですから、やっちまってもいいんですぜ?」
レインは相変わらずの山賊顔をつくって、ニヤリと笑みを浮かべた。
サムズUPする指の向こうに見える白い歯が健康的に光るのが逆にむかつく。
「そもそも、その人質ってどんだけいるんだよ?」
「少なくとも2人? 4人くらいいたのですよ?」
「もっといっぱいいたら?」
「でも、救うのは2人で十分なのです。」
「他の人も助けようよ?」
「罠かもです。スパイかもですよ?」
レインは思ったよりよく考えていた。
助けたはずのメンバーの中に、スパイがいたらおしまいだ。
どこに匿うにせよ、匿った場所をばらされたらおしまいだ。
「とりあえず、地下、見てきてくれるか?」
「ふぇ? すでに見てきたのです。」
不穏な発言を繰り返すレイン。
いつだよ!
「ここのドアを開ける前に、全部見てきたのです。でも、ちょっと見られちゃったのです。てへっ。」
舌を出してごまかすレイン。
おい!
もうすでにばれてるのかよ!
「みんな、みんな、怖がっていたのです。『ゆうれいだ! にんぎょうのゆうれいがでたぞ!』って逃げ惑っていたのです。」
「それだ!」
作戦は既に破綻している様相だが、それでもなんとか成果を掴みたい。
兵士たちが全員幽霊だと勘違いしているならいいが、そんなことはないだろう。
何しろここは異世界なのだ。
こんな小さな生き物だって見たことのある兵士もいるかもしれない。
もっとも、自分たちが精霊で、幽霊に近いような存在なのに、幽霊を怖がって震えているおちびさん精霊が2人。
今気がついたが、ラスト、お前もら…。
「違う。こ、これは違うんだ。ちょっと冷や汗を沢山かいてだな。」
苦しい言い訳だった。
かわいそうなので見なかったことにしてあげた。
帰ったらちゃんと自分で洗うんだぞ。
精霊なのにな……。
「でも、牢屋には鍵がかかっているのだろう? なんなら、このフロアの入り口だって。」
「どうやって脅かした窓の前の扉を開けたと思うのです? 鍵束なら確保済みです!」
手の早い精霊だった。
ほんとにトレインの精霊なのかと問いたい。
それともトレインだからこそ早いのか?
そして、作戦が決まった。
「じゃあ、僕、ここで待ってる。レインがこっそり行って、鍵開けてあげて。兵士の隙をついて、上まで誘導して。そしたら、こっち、ドア開けるし。」
この作戦が一番無難だった。
牢屋の鉄格子は、レインなら余裕で通過できてしまう。
なら、救助するのは容易い。
鍵だって開けられる。
小さい上に空を飛べるので、見つからずに接近できる。
問題は、その場にいる見張りの兵士をどうするかだ。
やっつける選択はない。
すぐに声を出されて、仲間が集まってくる。
夜なので少なく見えるが、全部で30人くらいいたはずだ。
半分くらいは寝ているのだろうが。
そして、作戦が開始された。
あとは、自分で見ていないので、聞いた話だ。
体感時間で夜中だと思う。
投獄されてきついなって思ったのは、食事が出なかったこと。
処刑するって言っていたのだし、食事を出す必要はないみたい。
でも、もう、寝る時間で、眠くなってきたので、そのまま寝てしまった。
「イトー! 起きるのですよ!」
耳元で何かが囁いている。
聴きなれた声。
不寝番交代の合図だ。
「おえん、えすおいあ(ごめん、寝過ごした)。」
言えなかった。
猿轡、嵌められたままだった。
「静かにするのです。見つかるのですよ?」
そう言うと、私の後ろに回って、手足の拘束を順番に解いて行った。
最後の方は、面倒になって、ナイフみたいなので切っていたみたいだけど。
最初からそれでやったほうが早かったのでは?
「レインさん。ありがとうございます。」
「そんなに改まって言うことじゃないのです。逃げる前に、着替えるのです。」
そう言うと、今着ているこの世界の標準の町娘の服を脱がして、元の学校の制服を着させられた。
「服はおいていくのです。ちょっとスライム的なものも入れてやるのです。」
そして、服を牢屋の奥に追いやると、その中にスライムを倒した後の残骸か何かを入れていた。
服がもごもご動いている。
スライムの残骸? だとしても、まだ生きてるんじゃ?
けっこう怖い。
パッと見には、私が溶けてしまったようにも見える。
「隣の部屋も同じようにしたのです。今からかくれるのですよ?」
「でも、入り口が。」
「開いているのです。サービスなのですよ!」
レインさんは手に鍵束を持っていて。
ああ、それで開けたのねと。
そうして、隣の部屋にいた3人の女性と一緒に牢屋から抜け出そうとしました。
3人は、簡単に言うと領主と店主と看板娘。
なぜ捕まったのかはわかりません。
分かりませんが、おそらく私と同じ理由で。
そうして、誘導されたのは、再び牢獄の中。
それは、向かい側の実質的に倉庫として使われていたところ。
荷物が沢山あった。
その後ろに隠れるように言われた。
クマジャーキーをもらって、それをかじって一晩過ごした。
次の日の朝。
牢屋は大変なことになっていた。
レインさんは、丁寧に牢屋の鍵を締め直していたので、牢屋を抜け出した形跡は何もない。
それなのに、牢屋に入っていた4人が溶けてスライムっぽくなってしまっていた。
一晩でだ。
夜の見回りの間には、兵士以外誰も通っていないし、誰も牢屋に出入りしていない。
朝になって、流石にかわいそうだろうとパンの一つも食べさせようとしたらこの様だ。
慌てて領主が呼ばれた。もちろん隣町の方の領主だ。
「閣下、こいつら夜には寝ていたはずなんですが、朝になったら溶けていまして。」
「おお、おい。ここ、大丈夫なんだろうな? お前らも、溶けたりしないよな?」
「え? え? そ、そんな! 怖いこと言わないでくださいよぅ!」
「だって、そうだろう? ここにいた奴らみんな溶けたんだ。見張っていたお前たちもそのうち溶けてもおかしくないだろ?」
「いやです! 閣下、助けてください!」
「やめろ、溶けるのが感染るだろ!」
レインの嘘は悪質だった。
領主たちはすぐにこの館を引き払って別の場所に移ったようだ。
それに乗じて、私たちは勝手口からこっそりと出ることに成功した。
「いや、それ、ミステリーでもなんでもなく、ホラーだろ! 怖すぎるわ!」
なぜか、「作戦失敗! 撤退するのです!」とかレインが言ってきたので、一旦撤退してしまったが、ミステリー要素、ちょこっとしかないよ。
ほとんどホラーだよ。
「スキュラになる魔法、かけて欲しいのですか? お前もスキュラにしてやろうか? なのです。」
なんだよスキュラって。
タコか? タコじゃなかったのか?
それともイヌか? マインウルフなのか?
どう見てもスライムなんですけど?
「作戦に不備を認めたのです。どう頑張っても、見張りの前を通らないと脱出できなかったのです。機転を効かせてよりいい作戦に変更したのですよ?」
「よりホラーな作戦の間違いだろ?」
「人のこと見て、『人形の幽霊だ!』なんて言う、精霊とか妖精に慣れていない都会の人間にはいい薬になったのです。精霊、なめんな! です。」
今、救出した4人とグラニーは鉱山の駅にいる。
大岩井さんが主に世話をしていた。
ウーバン村は、今も、隣町ミャオーの領主が支配している。
店主の言では、店の金品も取られてしまったとのこと。
「許せん。商売人を敵に回すとどうなるか、教えてあげるんだよ!」
「はい。店主。」
店主と看板娘は意気投合していた。
やる気、満々らしい。
でも、正直どうすべきか。
これ、とても難しい話なのでは?
「野中。あの領主、ウーバン村の人たちにひどいことするようなら、私、許せない。」
「そうさね。昔から、気に入らなかったのさね。村に無駄に重税をかけていたのも、鉱山の利権を横からかっさらったのもあいつだったよ。」
なんとかしてやりたいのだが、戦力が違いすぎる。
ちなみに、皆殺しにしていいなら簡単だ。
ユリ以下のマインウルフ軍団を放てばいい。
1日かからず、全滅させられるだろう。
でも、それじゃだめなんだ。
王都から、また、別の領主がやってきて、同じように攻め込んでくる。
その、繰り返しになるだけだ。
なんとかして、根本的に解決したい。
「あの領主だけでもなんとかできないのです? それだけで解決しそうな感じがするのです?」
「できていたら、今、僕たちはウーバン村にいるはず。」
「いつものように、何か悪知恵を働かせるのです!」
「いや、それ、僕じゃない。レインの得意技。」
「ち、違うのですよ? 本当は、悪知恵ばかりじゃないのですよ? 信じて欲しいのです。」
不毛だ。
いや待て。
そう、これは不毛な話なのだ。
ならばこそ、こう言う時こそ、「そもそも論」が役に立つ。
「みんな聞いてくれ。そもそも隣の領主は、ウーバン村に何をしにきたんだ?」
一同、困惑した。
「え? 私が『嬢王様』として、領地を分捕ったことに腹を立てて乗り込んできたんじゃないの? だって、30人からの兵士がいたから。」
「そうなのです。そこには疑問の余地がないのです。」
「本当にそうか? それ、おかしくないか?」
レインは僕のことを可愛そうな子を見る目で見つめていた。
「マスター、徹夜でちょっと疲れているのですよ。ロッコたちと寝てくるといいのです。」
「いや、そうじゃない。ミステリーなんだよ!」
「だから、ホラーだったって。」
「あの男は、店長とかのいうとおり、前からこの辺り一帯の領主だったんだろう?」
「そうだよ。間違い無いよ。ずっと迷惑していたからね。よく覚えているよ。」
よろず屋の店長が、渋い顔でそう答えた。
隣でウーバン村の領主も頷いている。
そこに間違いはないのだろう。
なればこそだ。
「領主はいつ、伊藤さんが嬢王様になったって知ったんだ? 店長が教えたのか?」
「教えてないよ。そもそも嫌っている相手だよ。極力会わないようにしたのさね。」
「じゃあ、ウーバン村のギルマスが話したのか?」
「それもないよ。ミャオー町のギルドだって、領主とは仲が悪いんだよ。」
「そう。それなら、人の行き来がないはずの二つの町と村の情報は、どこから、領主につたわったのか。この世界には魔法があるから完全にミステリーとは行かないにしても、これこそが、今回の件での最大のミステリーなんじゃないか? 兵士を沢山連れてくるくらいだ。何かあったはずだ。」
結局、当人たちに聞かないことにはわからないことだけれども。
真実は、闇の中だった。
ブックマークが増えました。
ありがとうございます。
定期的に読んでくださっている方も増えているようで、大変喜ばしく思います。
やっぱりというか、当然と言うか、本編よりも、3.5章の方が人気があるのですね。
自分でも、そういう話を読むのが大好きです。大好物です。
ただ、書く方としては、準備が大変ですし、けっこう勉強したのですよ?
もちろんフィクションですから、それなりに大雑把な部分や整合性のない部分もありますが。
経済原論の単位、今までの人生の中で一番役に立ったと感じましたよ?
いや、教官の言をそのまま書いてしまえば、もっとエゲツない話にもできたのですが。
でも、エゲツなさすぎて、自分の趣味とは合いませんでしたのでボツにしました。
ここからは、異世界ものらしく、ちょっとした紛争物の話になります。
そういうサブタイトルですし。
では、私自身が紛争に巻き込まれないように気をつけつつ、なんとか生き残ることができれば明日の15時頃に。
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