第40節 死闘のはじまりは
国と国との争いは、そのほとんどが領土紛争です。
逆に言えば、領土紛争以外の戦争って、なかなかないものですよね。
このお話は、女神様と国王に了解されているとはいえ、現場では侵略以外のなにものでもなく。
そこに王として送り込まれた伊藤の心と処と拠り所は、どうなるのか。
今回は、そんなお話の発端となる部分です。
それでは、どうぞ。
私は「嬢王」様。
なぜ、こうなったのか問いたい。
小一時間問い詰めたい。
最初の話では、いいえ、レインさんの話では今でも、「女王様」のはず。
でも、読みは同じでも実際の表記は「嬢王」
え? あの? 「嬢王」って何?
なんだか水商売の匂いがするのだけれど。
私が素直に思った疑問って、それほど不思議じゃないと思う。
でも、レインさんは不思議そうな顔をして。
お嬢様が王様なら、「嬢王」です!
とかなんとか。
執事喫茶じゃないんだから。
そういうの嫌いじゃないけど。
でも、それなら、執事の一人も付けなさいよね。
ついてきたのは私たちを鉱山で散々苦しめてきたマインウルフ7頭。
でも、実質的にはちょっと大きな、いいえ、かなり大きな犬。
大きいので、荷物運びには最適。
大岩井さんが手懐けて、私に付いていくように言い含めたらしいのよね。
いくら大農園のお嬢様だからって、犬を自由に操れるとか、信じないんだから。
でも、便利で人懐っこい7匹に罪はないので名前をつけて可愛がったら、いい。
とてもいい。
しかも、結構強い。
鉱山からウーバン村までおおよそ7キロの平坦な下り坂。
普通に歩くなら2時間かかるかどうか。
でも、それなりに魔物が出た。
ほら、RPGで出てくるようなやつ。
大型犬と同じくらいの大きさのツノのついたウサギとか。
普通の大きさだけど、頭にツノが2本生えているサルとか。
サイみたいなツノのあるイノシシとか。
ちょっと無理かなって思ったけど。
ぜんぶぜんぶ一太郎以下7匹のマインウルフが追い払ってくれたの。
あと、多少は狩り取って。
村に着く頃には、かなり獣臭くなってしまって。
しばらくは、また、肉祭りなんだなって思ったけど。
村の入り口で領主ファミリーと別れた。
領主のゴーレム息子が普通に村人たちに歓迎されていた。
どうやら、話は本当だったみたい。
ちょっと疑っていたけど、本当でよかった。
ウーバン駅の鍵を取り出して、駅の中に入る。
それから、マインウルフたちの背中にくくりつけた荷物をおろす。
どうやら奈々子が7匹のボスのようで、その後ろに他の6匹がついてきていた。
1匹だけの女の子なのに。
お昼前だったけど、井戸から水を汲んできて、たらいにいれて奈々子たちに与えた。
大喜びでがっつく奈々子たち。
一緒に狩り取った獲物も与えると、そのまま美味しくいただいていた。
そして、駅に鍵をかけて、一緒に村の中に繰り出した。
村は結構な広さがあって、外側を低い木の柵で囲んでいる。
木の板を地面に立てて隙間なく並べているような感じ。
作りは簡単でも、設置するには結構な労力が必要だと思う。
村の規模の割には、頑丈なのは辺境だからだろうか?
あらかじめ野中に言われていた通り、まずは冒険者ギルドに向かった。
私が冒険者?
ゲームとかじゃ、女冒険者って結構いるけど、リアルに考えると無理なんじゃないかなって。
そう思っていたけれど、この村のことを見たら、そうでもないみたい。
だって、男がほとんどいないから。
聞いていた通り、魔物によって男たちが全滅して。
鉱山を放置するしかなくなって。
でも、村の運営はしなくちゃいけなくて。
村の中央にある目印、小高い丘の上にある領主の館を通り過ぎると、橋を渡った。
渡ってすぐにあるのがよろず屋で、百均とか、コンビニとか百貨店とか、そんな感じって。
チラッと見たけど、全然そんな感じじゃなくて。
入り口からはあんまり商品が見えなくて。
入り口にはちっちゃいかわいい女の子が、町娘とメイドコスを合わせたような衣装で。
そして、目が合った。
「旅人さん? ここ、よろず屋です。寄っていきませんか? 村の中の商品は全て、ここに集められていますよ?」
「え、あ、ありがとう。あとで寄らせていただきます。今、持ち合わせがなくって。」
ちっ!
舌打ちが聞こえたような気がしたけど、気にしない。
とても気になったけど気にしない。
これも、野中の前情報にあったから。
結構どうでもいい情報だと聞いた時は思っていたけど、結果的には必要な情報だった。
そのよろず屋の隣にも、村の中では比較的大きな建物があって、これが元宿屋。
そして、その隣に目的地の「冒険者ギルド」があった。
同じ大きさの石造りの建物が3つ。
間違いなく、村の中ではここが中心地。
その一つに入ってみた。
後ろには奈々子以下、マインウルフ小隊7匹がついてきている。
荷物持ちでもあるけど。
奈々子が私の前に出ると、ひと吠えした。
受付カウンターの中から、槍を持った女性が慌てて飛び出してきた。
「モンスターめ! こんなところまで!」
「違うの。待って。私の犬だから。」
「いや、こいつら犬じゃなくて狼でしょ?」
「そうかもしれないけど、でも、わたしのだから。」
敵意をあらわにした女性から私を守るように7匹が展開したのを見て、女性は槍を下げた。
「本当みたいね。どうやったの? あなた、もしかして魔族なの?」
「え? 普通の人間ですけど? どうして?」
「こいつら、マインウルフ。鉱山にしかいないし、湧かないはず。どうやって手懐けたの?」
「あ、え? クマジャーキー。熊の肉あげたら懐いたの。」
その女性は、驚いた表情でこちらを見た。
「熊肉って、あんた。じゃあ、あんたがあの、野中とかいうのの仲間?」
「そうです。冒険者になりにきました。あと、この子たちも。」
生き物なら、大抵のものが冒険者登録できると聞いていたから、試すように言われた。
果たして、マインウルフの冒険者登録はできるのか。
ちなみにハイドウルフのユリは登録できたそうなので。
同種族なら可能なはず。
そうして、トラブルもなく、私と奈々子たちの冒険者登録が完了し、タグを受領した。
次いで、ホワイトベアーの毛皮を3枚ほど納品した。
金貨3枚と大銀貨3枚が手に入った。
そして、苦々しい顔をするギルドの女性。
「金庫、ほとんど空になったので、今後は討伐しても、必ずしもお金がすぐに渡せるとはかぎらないので、ちょっとだけ頭に入れておいて?」
「山賊がいなくなったので、町とは交流できると聞いているのですが。」
「そうだけど、町に私が行っちゃうと、村を警備する人がいなくなってしまうから。」
「あ、いけない。それも私たちが引き受けるようにって言われていました。」
「な、なんだと?」
そこで、打ち合わせの結果と、領主のゴーレム息子の話を伝えた。
「え? マヌエルさん、死んでなかったの? 帰ってきたのか。じゃあ、大丈夫だな。マヌエルさんほんとに最強だな。王都の冒険者でトップクラスだった私も、ゴーレムになる前は一度も勝てなかったし。なんなら、小さい頃は剣とか槍の師匠だったし。」
ここで明かされる不穏な話。
聞いてなかったんだけど。
この村の南門の警備、マヌエルさんだけでいいってそういうことなのね。
じゃあ、ゴーレムになったら、最強なのでは?
「それで、私と奈々子たちが、北門は警備します。村から、依頼が出ていたのでしょう?」
「そうだけど。じゃあ、警備の依頼は私じゃなくてあなた、イトーに任せる。」
「結構安いって聞いたのだけど。」
「一晩銀貨3枚。」
「ほんとに?」
「村の財政的に、それが精一杯。」
「わかりました。でも、そうですね。それならば、すぐにその依頼はなくなると思いますよ。」
彼女は不思議そうな顔をしていたけれども、挨拶をした後、それはそれとして、駅に戻った。
帰り道、犬たちの様子を観察していて気がついた。
彼らの中にも役割分担があるみたいで。
ボスは、奈々子。
大体犬たちの先頭から2番目くらいにいて、全体を見張っている。
その前にいて、動き回って周りを確認しつつ集団を引っ張っているのが一太郎。
私にまとわりつくように、大体足に毛皮がふれるか触れないかくらいの位置にいるのが三助。
三助は、私の直近担当みたい。
そして、最後尾には士郎がいた。
狩りでも結構強くて、奈々子の次、ナンバー2っぽい。
殿担当らしい。
7匹が連携して、私をきちんと守っている。
結構すごい。
人間でもここまでしない。
群れの動物はやっぱりすごいなって感心していた。
感心していたのに。
駅について、駅務室でくつろいでいたら、7匹とも駅の外で寝転がっていた。
完全にリラックスしている。
油断して寝ているのもいる。
腹を上に向けているのも。
さっきまでのあれは、嘘だったのでは、見間違いだったんじゃってくらい。
完全にだらけていて。
ちょっと心配になって駅の外に出たら、7匹ともいきなり立ち上がって寄ってきた。
そして、わたしの体に抱きついて顔を舐め回す三助。
メリハリつきすぎ。
ああ、完全に休憩していたのね、と気がついた。
そして、今の反応を見て、完全に休憩しているようでも、何かあったらすぐ動けるようで。
鉱山の駅でもそうだったけど、結構警備力高いなって。
やっぱり夜は安心して眠れそうだなって思った。
そして夜。
私は安心して寝ていたのだけれど。
朝、起きて外に出ると、昨日と同じように奈々子たちが集まってきて。
三助に飛びかかられて舐められて。
ちなみに三助、私の肩に前足をかけると、私より大きい。
2メートル近くはある。
慣れるまでは結構怖かった。
その、三助がふさぐ視界の隅に、猪やら大きなウサギやらの死骸が転がっていた。
というよりも、積み上げられていた。
え? 寝ている間に襲撃があったの?
ぜんぜん気がつかなかったし、起きられなかった。
でも、奈々子たちは確実に獲物たちをやっつけたようで。
今日のご飯も確保できたようで。
そんな姿を村の中から何人かがびっくりして眺めていた。
そして、その中からギルドの人が近づいてきた。
「こいつらすごいな。初日だし、どれだけやれるのかって心配で見にきてたんだけど。最初はマインウルフたち、一晩中寝ているのかって心配したら、村に獣が近づいてきたらいきなり起き上がってやっつけて、また寝るの繰り返し。すごい。すごいよこいつら。」
「え、あ。そう。すごいの。奈々子たち。」
「あんたは、ずっと寝てたみたいだけどな。」
「何か、私が必要なときは、この子が、三助が起こしにきます。」
なんだか白い目で見られていたけれど、気にしないことにした。
実際、一晩問題なく過ごしたし、村人には手を出していないみたいだし。
なんなら、このギルドの人は、私に抱きついている三助の毛皮をなでているし。
いや、そんな生優しくない。
正確に表現するなら、もふもふしているし。
「じゃあさ、町まで馬車で一走りしてくる。よろず屋と一緒に。これで討伐報酬を支払えるように、町のギルド支部からお金を巻き上げてくるよ。」
「ありがとうございます。納品したいものはまだまだありますので。」
「そ、それは後でな。今から馬車とよろず屋を準備させて行ってくるから。」
そうして、彼女たちは程なく、南にあるというここよりも大きな町へと旅立って行った。
私はこの時、まだ気がついていなかった。
彼女たちを町に向かわせたことが、ウーバン村の死闘のはじまりとなることになるとは。
話数も順調に増え、読者の皆様の数も、日に日に増加し、ありがたい限りです。
今のところ、話の構想も、ネタも、尽きる予定もなく、順調です。
順調じゃないところがあるとすれば、大魔王、どうするの? ってところくらいです。
そもそも存在するのか、魔王軍って何なのか?
その辺りのネタが、ちょっと複雑で手を出しにくくもあり、鉄道の延伸の話ばかりになりがち。
だって、そう言う話の方が好きですから。
大魔王も、ちゃんと活動させますよ。
そのうち、そのうち。
作者の家に大量の犬が押し寄せてこない限りは、明日の15時頃に。