第29節 火中の栗を拾った
人生長いことやっていると、どうしても悪いことをしている人と関わらざるを得ない機会というのが出て来ます。
たとえば、学校生活でのいじめっ子とか、さらにエスカレートして犯罪集団とか、あと、ヤバイ先生とか。
大人になっても、路上でいきなり絡んでくるチンピラとか酔っ払いとか。
会社員だったら、違法行為を強要してくる上司だとか、会社の金を横領しちゃう社員とか。
うまいことかわして、すり抜けるのがスマートな生き方であることは理解できるのですが納得はできません。
実際に関わってしまうと、万が一警察が介入したとしても、自分が悪いわけでもないのに被害者になっただけで裁判や捜査などで時間と金を取られる罰ゲームもありますし。
法整備の進んだ異世界じゃない日本でこれだけなのですから、もし、異世界ならどうなんだ?
今回はそんなお話です。
では、どうぞ。
山賊に襲われていた。
過去形になっているのは、今は襲われていないからだ。
ロッコやラストが山賊たちを捕縛している。
合計12名。
これをどうすべきか。
日本じゃないので警察を、110番を、というわけにもいかない。
じゃあ、衛兵的なものに引き渡すのか、と言っても、いまだ、見たこともない。
そんな、希望的観測の相手に頼るべきではない。
結果、自分たちで何とかすることになった。
12人もいるのだ。
さぞかし、いいアジトがあるのだろう。
そう思って、アジトを教えるように、捕縛されている山賊たちに伝えた。
山賊たちは、なぜかとても怯えていた。
僕に対して?
いや、違う。
違うはずだ。
だって、僕、何もしていない。
そんな戦闘力もないし。
山賊たちの視線は、僕の方を向いてはいたが、やや上だった。
僕の頭に装備されている呪いの兜、ハイドウルフのユリだった。
すでに中型犬の大きさではあったが、いまだに、この定位置を手放すつもりはないらしい。
かなり首にくる。
本物の鉄兜とかを装備したらもっと重いのだろうから、それに比べれば軽いのかもしれない。
しかし、問題はそこじゃない。
このユリ、攻撃力はそこそこなのだが、素早さがおかしい。
実際問題として、最近は攻撃するための移動が、視認できない。
いや、なんか黒い残像的なものは見える。
見えるのだが、それだけのスピードが出ているのだ。
みんな、作用反作用の法則って知ってるかな?
ユリほどの質量の物体が、視認できないほどのスピードで動いています。
さて、動き出す前に地面となる僕の頭を蹴り飛ばす力の大きさは?
そう。結構な攻撃力を持って、僕の頭皮を蹴り飛ばして飛び立つのだ。
最近は体重が増えてきたので、頭皮だけでなく首にも結構な負担がかかるようになった。
頭の上に乗っているだけでも負担がかかっているのに、その上である。
結果から言えば、僕を襲ってこようとした可哀想な山賊は、全てユリの餌食となった。
ああ、正確には餌とはなっていないけどね。
比喩表現ですよ?
ほぼ犬なので、そこは比喩だと断らないと、食べてしまったの? となりかねない。
実際、蝙蝠の時は食べていたしね。
ラストによって数珠つなぎにされた12人の山賊たちは、渋々僕たちを山賊のアジトへ案内していた。
雪が降る森の中、視界も決して良くはない。
山賊に仲間がいたら終わりだと思っていたが、そう時間もかからず、アジトと思しき洞窟にたどり着いた。
洞窟からは、水が流れ出しており、それが、山の下の方では川になっているように見えた。
そんな水の流れ出る洞窟自体は、よく考えてみると、鉱山からさほど離れていないことに気がつき、よく今まで襲われなかったものだと思わされた。
洞窟自体は、人工的な部分と、自然な部分が微妙に混ざっていた。
洞窟内を流れる川はもっと奥の方まで続いていたが、その途中に横道に逸れるように小さな扉があり、そこから背を低くしてアジトに入ることができるようになっていた。
そこで、気がついた。
ああ、これ、どこかで見たよ。
鉱山だよ。
鉱山の爆弾があった部屋だよ!
入り口の作りは一緒だった。
おそらく、大型の魔物が入り込まないように、小さい入り口を作って、蓋をしているのだ。
山賊なりに、生きる知恵を働かせているものなのだなと感心した。
そして、中に入っていくと、思いの外広かった。
12人も抱え込んでいたのだから、鉱山のあの部屋と同じ規模では寝ることすらできない。
通路も広く、部屋もいくつかあったのだが、どうしてもというか当たり前というか。
構造上の問題として、空気が悪い。
おそらく、きちんと換気ができていないのだ。
そして、その結果としてとても、男臭い。
レインたちはラストを除いて顔をしかめていた。
ラストは、この男臭い匂いをいい匂い判定したため、変態の烙印をさらに押されることとなったが、それはまた別の話である。
そして、お金や食糧、価値のありそうなものを漁っていたのだが、一向に何も出てこない。
「おい? 本当にここがお前らのアジトだったのだろうな? いくら何でも、何もなさ過ぎるだろう? 何を食って生きていたんだ?」
「洞窟の川の水と、川の中にいる魚。そしてコウモリ、ネズミとかを焼いて食べていた。ほとんど食料はない。ただ、まあ、魚とコウモリとネズミは売るほどいるけどな。」
「金は? 財宝は? お前らこんなでも山賊だろう?」
「こんなところに金とか財宝とかもった馬車が通るわけないだろう? ねーよ。あったら、こんな田舎で山賊していない。しかも最近は、大きな白熊とか徘徊していて、あんまり外に出られなかったんだぞ?」
空振りっぽい。
嘘をついていないかどうか、アジトの外に出て、洞窟をある程度探索してみたものの、結局のところ、それ以上のものを発見することはできなかった。
諦めて、アジトの中の家探しに戻るが、ろくなものがなかった。
酒の一つもないとは、山賊失格ではないだろうか。
「と、いうよりも、何でこんな人のこないところで、山賊してんだよ? 馬鹿なのか?」
「1年くらい前までは、そこそこ稼げてたんだよ。お前らが通ってた道に、たくさんの馬車が通っていたんだよ。でも、鉱山が魔物に占拠されてからは、俺たちも干あがっちまったって訳だ。そろそろ別の場所に行こうぜってあたりをつけていたところに、お前らがきたからな。移動の資金稼ぎができると思ったのにこのざまだ。殺すなら殺せ。」
ずいぶん具体的に、丁寧な説明をしてくれたのは、おそらくこの山賊団を率いていたボスに該当する男だった。
結構歳がいっているので、それなりに強かったのかもしれない。
武器さえちゃんと整っていれば。
というか、ユリさえいなければ。
そして、奥の方を家探ししていたレインが飛んできた。
「マスター。女、女ですぜ! こいつら、女を囲ってましたぜ!」
レイン、山賊顔である。
もう、突っ込まない。
レイン、ノリノリなのである。
「ちょ、こいつら、女を囲ってただと! ムゥ、許せん。こいつら殺すか?」
「マスター、落ち着くのです。男の嫉妬は醜いのですよ?」
「おい! 食うに困って金もないのに、何で女なんか囲っていたんだ!」
さっきの親分肌の男が、困ったように返答した。
「いや、女なんか囲ってねーよ。そんなな、毎日楽しめるような女がいたら、もっと頑張って山賊してるっての。」
「そうだそうだ! 親分の言う通りだ!」
「むしろ俺たちに女を寄越せ! ちゃんと大人のいい女だぞ! こいつらと違ってだぞ!」
外野まで好き勝手なことを言い出した。
あ、ラストたちの琴線に触れてしまったようだ。
ロッコまでおこだ。
そしてボコされる12名。
「すいませんっしたー!」
正座させられて、ラストの説教を受けているのは、とても微妙な絵面だ。
大の男が雁首揃えて情けない。
「レイン、で、女は? どうだ、いい女なのか?」
そして、僕もボコされて正座させられてしまった。
貰い事故だ。
聞くだろう? そこ、やる気的に重要だし。
「この子なのです。ウーバン村に住んでいると言っているのです。収穫かもですよ?」
ロッコと同じくらいの背格好なので、10歳前後と言ったところか。
布の服の上に、毛皮のマントをつけていた。
毛皮自体は、猪なのか、クマなのかわからないが、なんか茶色系統の毛皮だった。
暖かそうに見えたが、とても獣物臭かった。
「グラニーって言います。助けてくれてありがとう、お兄ちゃん。」
ちょっとグラッときた。
心が。
もうね、いい女って、こう言う女の子とじゃないかと。
お兄ちゃんって言われて、心を揺さぶられたよ。
変態かよ俺って思ったけど。
ロッコと同じで、子供らしい貧相な体つきだった。
もちろん、ナイスバディーなんてことはなかった。
ただ、挨拶もできて、きちんと受け答えもできる。
そして、山賊につかまっていたのに、瞳が死んでいない。
ひどいこと、されてはいなかったのだろう。
まだ。
「山賊たちに、ひどいこと、されなかったかい?」
「されてないよ? されてないけど、食べ物全部取られちゃったの。」
どんだけ食いしん坊なんだよ、こいつら。
「何を取られたのか、教えてもらえないかな?」
「ビスケット。後、パン。干し肉も取られちゃった。」
ビスケットはいい。
何でパンとか干し肉とか持って歩いているんだよ、こんな小さい子が。
家出かっ!
「お前ら、いくら何でも、こんな小さな子から食い物巻き上げるなよ?」
「俺たちだって、必死だったんだ。食いっぱぐれて死にそうだったんだぞ?」
「お前らは、いくらでも湧いてくる魚でも焼いて食っていればいいんだ。」
「もう飽きたんだよ。砂糖とか小麦の味が恋しいんだよ。」
「そうだそうだ! もうネズミの丸焼きとかコウモリの丸焼きとか、小さな骨を気にしながら食べるのはうんざりなんだ!」
「魚の小骨を避けるのも面倒だ!」
やはり、ダメ人間たちだった。
魚も肉も旨いのに。
「それでは、処分を言い渡します。」
「殺すのか?」
「殺されるんだな?」
「殺すなら殺せ!」
「放置。放置で。ロープで拘束したまま、放置で。今から麓の村に行ってくるらか、運が良ければ衛兵が捕縛しにくるだろう?」
「マスター、それ、実質殺しているのと一緒じゃ?」
「結構ひどいな。」
「いや、これに時間がかかったけど、昼過ぎには村に着くだろう? 早ければ夕方までには衛兵が来るはず。」
「衛兵がいればな。」
「ですです。小さな村には衛兵とかいないのですよ?」
何ですと?
「おい、親分。一番近い村から衛兵を呼んでやるつもりだが、来ると思うか? 地元の山賊として。」
「こねーよ。って言うかいねーし。何で、廃坑になったのか忘れたのか? 衛兵が残っていたら、鉱山から魔物がいなくなってらぁ。」
「そうか。残念だったな。」
そう言うと僕たちは、ウーバン村に向けて歩き出すのであった。
それからは、ウーバン村の少女グラニーの道案内もあり、ちょうど昼ごろには村につくことができた。
結局、ラスト概算的な計測では、全行程で7.5キロメートル。
トロッコを引けば、石炭を効率的に運搬できることがわかった。
あとは、どれだけの需要があるかなのだが。
村の入り口には、木でできた立て札があり、少女が言うには、「ようこそウーバン村へ」と書いてあるそうだ。
異世界の言葉なので、まだあまり読めない。
でも、何となく、解読できるようになってきた。
基本は、アルファベットに近い。
中世ヨーロッパに近い世界なので、言葉もそれに近いようだ。
村の中を見ると、ちょっとざわついている様子だった。
人が多い、と言う訳ではない。
村人総出で、各々何かを探している感じだった。
「何か、あったのですか?」
一番近くにいた、若いお姉さんに声をかけた。
「あ、こんな真冬に旅人さんですか? この村、宿とかないですけど?」
「そうなのか。いや、それはいい。今、この村で何かトラブルでも?」
「ええ、こんなこと、旅人さんに言うべきかどうか。村長の孫娘が、いなくなってしまって。村長が風邪をひいて寝込んでしまったから、それで薬草を探しに行ったのではと。」
「ああ、で、とりあえずみんなは村の中にいないかどうか探していると。」
「そうです。そうなんです。10歳くらいの赤毛の女の子です。もし見つけたら。」
僕の後ろにしがみ付いていたグラニーを押し出す。
「この子か?」
「ま、まぁ! そうです。どちらでこの子を?」
「山賊を退治していたら、アジトで発見した。食糧を奪われていた。」
「急いでみんなに伝えます。間違いなくこの子です。」
そう言うと、彼女は、村の中心部に向かって走って行った。
「グラニー。おばあさんが心配していると思う。家に案内してもらえるかな?」
「わかりました。あと、ごめんなさい。ちょっと、怖くなって。」
とっさに僕の後ろに隠れてしがみ付いていたことを詫びて来た。
謝ることのできる人間性は、ちゃんとした教育を受けて来た証拠だ。
村長の孫娘、と言っていたが、それなりの教養があるのだろう。
そうして僕たち一行は、村長の家に向かった。
村というから狭いものと思っていたが、そうでもなかった。
結構広い。
しかし、廃鉱山の影響か、かなり寂れた印象だ。
人の住んでいなさそうな住居が多数あった。
逆に、人の住んでいそうな家を見つける方が難しかった。
通りを行く人の数も、先ほど、村長の孫娘発見の報で、ほとんどいなくなった。
寂しい限りだ。
寒村。
まさにその言葉がぴったりな感じであった。
程なく村長の家に到着した。
それなりにがっしりした石造りの家だった。
庭も広く、他の家から少し離れており、同じく石造りの塀もあった。
入り口には鉄柵でできた扉があり、村長というよりも領主なのでは? と感じさせられた。
「ここでいいのか? 村の中で一番大きな屋敷に見えるのだが。」
「うん。おばあちゃんは、去年から村長さんです。それまではおじいちゃんが村長さんだったの。でも、鉱山に魔物退治に行ったきり帰ってこなくて。」
余計なことを聞き出してしまった。
あの鉱山で見た骸骨の中には、ここの村人だったものが多数含まれていたことになる。
グラニーが入り口の木の扉についている金具で、3回ノックした。
「おばあちゃん。帰って来たの。入れてください。」
「空いてるよ。はいんな。」
風邪と聞いていた通りの風邪声だが、思いの外元気そうな返答に、ちょっとは安心した。
全員で家の中に入り、一番手前の部屋に入ると、恰幅の良い年配の女性が暖炉の前で安楽椅子に揺られていた。
「話は聞いているよ。孫がお世話になったね。こんな時期にここまでたどり着けるなんて、それなりの冒険者なんだろ。この村は寂れちまってね、宿屋も酒場も廃業しちまったのさ。今日は、ここに泊まんな。それくらいしか恩返しできなくてすまないがね。」
「ありがとうございます。」
「とりあえず、この子に昼ごはんを用意させるから、少し待ってな。」
「はい。準備します。」
グラニーが別の部屋に走って行った。
おそらく台所なのだろう。
山賊アジトではあまり食べ物は食べさせてもらえなかったようなので、ここに来るまでの間に干し肉を食べさせて、というかかじらせていた。
しばらく、あまり食べていなかったので、しゃぶるように少しずつ食べるのですよ? とレインが言い含めていたからだ。
回復が早くて結構だった。
何なら麓までおぶって行く必要があるかと心配したものだ。
「そこのテーブルにある椅子に座んな。すまないけど足りない分は、部屋の角にあるのを自分で持って来るんだよ。」
自分の孫娘と同じくらいの歳に見えるロッコとラストには優しい目を向けている。
そして同時に、空中に浮いているレインと男の僕と、その頭に乗っている中型犬のユリに対してはあからさまに警戒している。
「ちなみに、あんた達、何者なんだい? どう見ても普通じゃないさね?」
「えー、そうです? 普通なのですよ?」
「いや、レインが一番おかしいだろ?」
「そんなことないのですよ? 精霊としてはレインが一番普通に近いのですよ?」
ちょっとした気まずい空気が流れた。
「ちょ、精霊? 精霊なのかい?」
「そうです。精霊なのです。精霊なのですが何か?」
「小さい頃森の中で何度か見たきりなんだよ。もう死ぬまで見ることはないと思っていたんだがね。長生きはするもんだ。」
村長のそばにいたロッコとラストが、ちょいちょいと両側から村長の袖を引っ張った。
「私も、精霊。」
「そうだ。私も精霊なのだぞ。ふふん。すごいだろ!」
すでに村長に懐いていた2人も、精霊だと主張した。
「おかしいと思っていたんだよ。そんなに強い魔物は出ないって言っても、近くの鉱山は全部魔物に占拠されているんだ。しかもこんな冬じゃ、普通の冒険者でも、たどり着くのに苦労するさね。しかも、たどり着いてもこの村には何もないときた。」
自虐的な笑みを浮かべて、そう独白していた。
ちょっと、かわいそうな感じだ。
「で、その精霊様ご一行は、この村に一体何をしに来たんだい? 精霊様の好きそうなものは、この村にはないと思うんだがね?」
「国王の変更を伝えに来ました。」
やはり、前置きもなく、とんでもないことをぶっこむのが好きなレインなのであった。
ご愛読ありがとうございます。
投稿方法だけ、かいつまんで学習して1ヶ月投稿を続けて来ましたが、どうなのでしょうか。
実際に、ちゃんと、機能を使いこなせているのでしょうか。
ルビの振り方は覚えましたが、複雑なのはちょっとです。
縦棒の位置が遠いのですよ?
時間ができたら、投稿の基礎以外も、学習してみたいと思います。
手元にはクリップなんちゃらで作った坑道のマップとかもあるのですよ?
マップを見ながら理論破綻しないように、書いていたのですよ?
でも、他の作品を見ていると、どうやらそういうのも投稿できるではないですか。
どうやるの?
とりあえず、学習する時間ができたら、文章に沿って加工した上でこっそりアップしておこうかと。
では、何事もなければ、明日の15時ころに。
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