第28節 こんな近くに人がいたなんて
灯台下暗しという言葉があります。
思い込みって、危ないものですね。
後、一番危険な敵は、人間であると。
今回は、そういうお話です。
では、どうぞ。
拝啓 お母さま
雪の舞う寒さ厳しい今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。家族は皆お変わりございませんか。私は雪の降る中、精霊達とペットの犬を連れて、隣の村に向けて散歩中です。
さて、私こと野中浩平は、この度異世界へと召喚されてしまいました。これは、この世界を大魔王から救う勇者として責任のある立場としてです。これから、この世界の人々の役に立てるのかと思うと、その重責に身が引き締まる思いです。
この世界に召喚した女神様は、私をウーバン鉱山の最下層という奈落の底へと転送し、その重責に耐えられる能力があるのか確認をしてきました。運良く出会った貴重な仲間である精霊たちやペットとともに、なんとかその奈落の底から這い出すことができ、今、私は大地の上に立つことができています。これも一重に皆様のご支援とご助力のおかげかと存じ上げます。
私どもは、地上に拠点として、ウーバン炭鉱駅を設置するとともに、ここに異世界鉄道株式会社を設立致しました。今後はこの拠点を活用して事業を拡大し、ひいては大魔王討伐の礎となることができるよう、鋭意努力していく次第です。
春にはまだ遠い季節ではありますが、お身体にはお気をつけて。
追伸
大魔王を討伐するまでしばらくの間はそちらに帰れそうにありません。もしよろしければ、私のパソコンの中にあるデータを中身を見ずにそっと消しておいていただければ幸いです。
「という手紙を書く夢を見たのだが、重症だろうか。」
「ん。重症。癒しが必要?」
「どうした、ママが恋しいのか。仕方ないな。ラストがママの代わりに夜になったらしっかりと抱きしめてやろう。どうだ? 嬉しいだろう?」
約1名、僕よりも重症な精霊がいた。
ラストは自分の欲望に忠実すぎ。
そして、上空から目的地の村に続く馬車道と思慮されるこの山道が、きちんとつながっているのか大雑把に確認していたレインが、降りてきた。
「結構、遠いのです。直線距離なら4〜5キロ、この坂道を道なりに行くなら、10キロはあるのですよ?」
「昼前には、到着できるかな。足元は悪いけど。」
「村の周辺は、雪が積もっていないのです。麓まで降りれば、歩きやすくなるのですよ?」
「そうか。まあ、頑張るか。」
僕たちは、鉱山から、一番近い村であるウーバン村(仮)に向けて進行中だ。
昨晩のというべきか未明のというべきか、伊藤さんを女王様にするあの話でかなり眠い。
目の前には、鉱山から鉱石を運び出していた馬車が通っていたであろう、やや広めの馬車道が鉱山から続いていた。
僕たちはこの道に沿って歩いていた。
当然、歩きやすい。
雪こそやや積もっているものの、この辺りまで来れば、20〜10センチくらいしか積もっていないので、鉱山付近よりはだいぶ歩きやすくなっている。
歩くスピードが遅いのは、単純に歩いているだけではないからだ。
保線の精霊ラストは、このパーティーを護衛しつつ、線路を引くことができるかどうか調査しているのだ。
ラストは、鉱山から麓まで線路を引く気満々である。
線路を引いたり保守管理するのが存在意義の精霊なので、当然といえば当然なのだが。
我田引鉄ではないものの、これはこれでブレーキが必要に感じる。
まあ、今のところは自由にさせている。
特に支障がないからだ。
ラストに言わせれば、馬車が通れた道ならば、トロッコが通せない道理がないとのことだ。
スイッチバックすら必要ないだろうと。
その言葉は、先ほどのレインの言葉で確認できた。
直線距離の2倍以上、線路を伸ばす必要がある。
これは、なるべく傾斜を少なくするように道が作られているからだ。
なるほど、これなら麓の村まで線路を引いて、石炭や鉱石を運ぶのに使えるなと感じた。
何なら王都と売買するのに、必要なのだとも感じた。
売買するのなら、だが。
そんな、狸の皮算用をしている最中、ラストから警告された。
「何かいる。動くな!」
すぐにレインが索敵に入った。
空中からなので、ターゲットはすぐに発見された。
ホワイトベアーだ。
今回は5匹もいる。
おいおい、徐々に増えているんじゃないだろうな?
僕たちはラストを先頭にして防御陣形を作ると、レイン先生の空中からの爆撃を眺めていた。
まず、爆弾投下最初の一発目は、自分とホワイトベアーの距離を測るための試射。
その試射は、ちょうど地面に触れるか触れないかのところで爆発したことを確認できた。
そして、レインは若干高度を上げると、今度は攻撃のための爆弾投下を実施した。
そして、レインを警戒して上を向き、口をあんぐり開けていた間抜けなホワイトベアー5匹の頭部は、爆砕された。
元の世界なら、環境保護団体にひどい目に遭わされそうだ。
レイン先生、今日も絶好調ですね。
僕がホワイトベアーを収納しやすく解体しようと近づくと、すでにラストによって、ほぼ解体されていた。
「レイン様だけに働かせて、ラストが働かないとか、許されないからな。お前はやらなくていい。」
ロッコも斧を取り出して、解体に参加しようとしていたが、ラストに拒否された。
確かにトロッコの精霊ロッコには、大動物の解体は荷が重いだろう。
そして、ラストがホワイトベアーを捌いていく側から、レインが空間魔法で収納していく。
一定の大きさまで小さくしないと、収納できないからだ。
ラストも、器用にナイフで皮を剥ぎ、肉をとって、骨を分解し、レインが収納しやすいように工夫していた。
毛皮に至っては、ほぼ一匹分、つながったままで解体して見せた。
器用だなと、感心させられた。
「おかしいのです。この地域には、そもそもクマが出ないはずなのですよ? しかも、ホワイトベアーの生息地はずっとずっと北の方です。海を渡らないといないはずなのですよ?」
最短時間で効果的に討伐しておきながらも、レインはしきりに首を捻っていた。
「人為的なものを感じます。もしかするとあの女神(仮)が、マスターを殺すために無理やり召喚しやがったのかもしれません。今後はもう少し注意が必要です。」
「あの女神(仮)は、そんなことできるのか?」
「できるはずです。何なら、もっと強力な魔物を呼ぶこともできたはずです。」
まあ、RPGで言えば、ゲーム開始直後からフィールドに中盤に出てくるレベルの敵が徘徊しているようなものだろう。
チートとまでは言わないが、知恵と工夫と勇気で、何とか乗り切っている。
科学の力は、いつだって最強なのだ。
ホワイトベアーを討伐してからさらに道を進み、10時を過ぎた頃だった。
先頭を行くラストが警告した。
「止まれ。まずいな、囲まれた。」
道こそ広いものの、両サイドは高い木に囲まれていて見通しは良くない。
軽く降ってきた雪も、視界を遮るのに協力している。
そして、その悪い視界でも数人の人間が僕たちを遠巻きに囲んでいることがわかった。
「ラスト、行けるか?」
「無理だな。相手は10人以上だ。」
「降参するのか。」
「ラストは騎士だ。降参などあり得ない。あり得ないがやられてしまって、拘束された後は、思わず降参だと言ってしまうようなひどいことをされてしまうだろう。お前は男だからすぐに殺されるが、ラストのようにナイスバディの女はな?」
ラストの妄言に付き合うべきかどうか、ちょっと迷っていた。
言い分はわかったが、戦力分析的には、正しくないと思う。
まず、レインは飛べるし小さいので、この山賊団とおぼしき集団からは、有効な攻撃方法がない。せいぜい石を投げることができるくらいだろう。
よって、全滅だけはあり得ない。
そして、地上戦力だ。
ラストは、捕まること前提で考えているが、果たしてそうだろうか。
相手の能力は未知数だが、こんな雪の中でも組織だって行動できるのだから、それなりのレベルではあるのだろう。
しかし、徐々に見えてきたむさ苦しい男たちの装備は明らかに貧弱だった。
何なら、防寒用に着膨れしているだけのようにも見える。
剣にせよナイフにせよ、斧にせよ、万全の体制になっているものは一つとしてなく、刃は欠けボロボロ。物によっては血糊か何かのせいで錆びてしまっている。
攻撃中に折れてしまいそうだ。
逆説的に、攻撃を受けたなら、破傷風に気をつける必要は出てきそうなのだが。
切り傷よりも、破傷風の心配をすべき武器の所持者を、どう攻略すべきか。
何ならラストの槍であれば、囲まれさえしなければ一方的に虐殺できるだろう。
レインの集中爆撃でも同様だ。
何を躊躇しているのだろうか。
「マスター。勘違いをしていないか? 相手は魔物じゃない、人間だぞ? 切って捨てるのは容易だが、一応、捕縛しなければならない。切り捨てて殺すのよりも、生きたまま捕縛する方が数倍は難しいのだぞ?」
「そうなのです。爆殺は簡単にできるのです。でも、捕まえるとなると、ちょっと、です。」
ああ、異世界生活に毒されてしまっていたのか。
それとも、ゲームに感化されすぎていたのか。
僕の人権意識は、だいぶ擦り切れていたようだ。
悪人なのだから、切って捨てても問題ないだろうと思っていた。
いや、そうじゃないよね。
そうじゃない。
悪人にも人権があるんだよ?
本当だよ?
「おい、食い物を持っているか? 全部置いていけ! 命だけは見逃してやる。」
ずいぶん食いしん坊な山賊だった。
普通はここで、金をよこせとか、女をよこせとか言ってくるのがテンプレだ。
「そうだそうだ! 親分が優しく言っている内に、食い物だけでも置いていけ。」
その上、だいぶ弱気な感じがした。
慣れていない。
慣れていないよ、この山賊たち。
「山賊に渡す金も肉もないっ!」
ここで、山賊たちの目が輝いた。
「何だと! 肉があるのか? 本当だな? 肉があるんだな!」
「ヒャッホー! 今日は肉だ! 肉が食えるぞ!」
「マジか! 肉だ! 肉祭りだ!」
「今更嘘でしたとか、ダメだからなっ!」
いや、そこ、反応するところなのだろうか。
というよりも金はいいのだろうか。
まあ、持っていないけどね。
「護衛がちびっこ騎士一人とは、舐められたもんだな。てめえら、やっちまえ!」
「おう!」
「ガッテンだ!」
「肉祭りだ!」
やけに元気になった山賊たちが、襲いかかってきた。
爆撃できないレインには、めぼしい攻撃手段がない。
したがって、上空に退避していた。
ロッコはいつの間にかいなくなっていた。
あ、いつの間にか、木の上の方まで登っている。
10メートル以上上だな。
木の枝に腰掛けている。
そう簡単には捕まりそうにない。
そして、ラストは苦戦していた。
山賊たちの攻撃は、ラストの鎧が全て弾き返していた。
はっきり言って、防御力高すぎである。
もしくは、山賊の攻撃力低すぎである。
ラストはダメージを受けないが、囲まれてしまい、効果的にダメージを与えることができていない。
やはり、相手に怪我をさせずに捕縛しようとしているのが、難易度を大きく跳ね上げているのだろう。
ラスト本人も言っていた通り、もし、殺すだけなら、簡単なのだろう。
しかし、殺さない程度に無力化するのは、切れ味鋭いラストの剣や槍では難しそうだ。
相手もHP低そうだし。
で、山賊たちは当然のように、無防備な僕に襲いかかってきた。
正確には襲い掛かろうとしていた。
しかし一人として、襲いかかるのに成功した者はいなかった。
例外なく、僕にたどり着く前に、雪に沈んだ。
何が起こっているのかはわからない。
それは山賊側も同様で。
そして、また一人、僕に攻撃しようと接近してきて、雪に沈んだ。
ちなみに雪に沈んだ、というのは比喩表現だ。
高々20〜10センチの雪の中に沈む道理がない。
みな、雪の上に倒れ伏している。
雪には鮮血が。
ラストを囲う山賊が少なくなり、こちらが見えるようになって、愕然としていた。
「マスター! だから殺しはダメだと言っただろう! お尋ね者になりたいのか!」
「いや、僕じゃない。僕じゃないから!」
「嘘はいい。どう見てもマスターしか殺せない位置だろう?」
「でもだな、違うんだ。違う、信じてくれ。」
そう言っている間にも、もう一人、雪に沈んだ。
一体何が?
ご愛読、ありがとうございます。
今回は、ラストがまめに、線路建設のための施工計画に沿った調査をしています。
計画と調査、そして修正というサイクルが、成功に結びつくといいですね。
真面目な子が頑張る姿と、それが報われる姿を見られるのは、嬉しいものです。
あ、ザマァしないですよ?
本当ですよ?
では、また明日の15時ころに。