第27節 本当に大丈夫なのかと問いたい。問い詰めたい。
人によっては悪魔と契約してでも欲しいものが、必ずしも他の人にとってもいいものとは限りません。
人によっては罰ゲームと考えられるほどのものと捉えられることもあります。
価値観って人によって様々。
みんな違ってみんないい。
今回は、そんなお話です。
では、どうぞ。
「女王様になってほしいのです。」
いきなりと言えばいきなりの話であった。
いや、僕、男なのだけれど。
「レイン。まず、前提を話してくれないと、なぜ、そういう話になるのか見えてこないのだが。」
「ですから、女王が必要なのですよ? それで、それに該当するのはマスターかイトーだけなのです。とりあえず、マスターから声をかけてみました。」
「いや、僕、男のはずなのだけれど。」
沈黙が辺りを支配した。
レインは、え? そうだったのです? という信じられないものを見たという顔だ。
失敬な。
どれだけ一緒にいたんだよ?
「まさか、知らなかったというのではないだろうな。どう見ても男だろう?」
「あ、そうです。そうなのです。ちゃんと前提を話していなかったのです。ちなみに、女王様になると、当たり前ですが、女性になりますよ?」
「どういうことなのか、説明してもらおうか? なぜ、女王になると女になるんだよ? おかしいだろう? どう考えても。一応言っておくが、僕は一生男のままのつもりなんだが。」
「そうなのです? え、でも、おそらくその希望は、かなり難しいと思われるのですよ?」
レインはキョトンとした顔で、何言っているんだこいつ、という目で見つめてきた。
いや、その目、僕がしたいわ。
「でも、あの女神(仮)がした話では、女王にしてやると言っていたのです。」
何だと?
何の話だ?
いや待て、あったな、そんな話。
「生きて脱出することが出来たら、その廃鉱山と周辺の山については、あなた方に差し上げます。そうですね、女神が認めた新しい国にします。これであなたも王様、女王様です。」
言ってた。
言っていたよ。
あの女神(仮)
「で、ですね。問題はその時もらった巻物なのです。各個人用に1枚ずつ合計3枚発行されたのは、『女王様とお呼び!』と書かれたマジックスクロールなのです。『王権神授術』がかけられているので、このスクロールを使うと、その場所における『女王様』になれるのです。」
「なぜ女王様限定なのか? おかしくないか?」
「そうですね。そこで伸びているオーイワイは、スクロールを持っていなかったので、女王様になれないのです。イトーもそうです。転送後に紛失したのだと思うのです。」
「いや、だから。」
「最後まで聞くのです。マスターのは、私が空間魔法で確保しました。ですから唯一使用可能なのですが。」
嫌な予感しかしない。
何しろ、あの女神(仮)の作った巻物だ。
嫌がらせの一つや二つ、あっても驚かない自信がある。
「あの女神、面倒くさがって、3枚とも同じ巻物を寄越しやがったのです。マスターの分も、『女王様とお呼び!』って書かれているのです。神術を解析した結果、マスターにこれを使ってしまうと、その効果で、女王様になってしまうのです。」
「いや、話がつながらないんだが。」
「ですからこの巻物を使うと、マスターが女の子になってしまうのです。神の力で強制的に。」
何それ。
それなんて威力なの?
王権を強制的に発生させるだけでもおかしいのに、その上強制で性転換とか。
その神術、日本で使えたなら、LGBTの人たちが泣いて喜ぶわ!
ああ、そうでもないのか。
体はそのままの方がって人も、結構いるということだしな。
むぅ、わからん。
「ちなみに」
「何です?」
「その巻物、3人同じものというのなら、僕の分を伊藤さんに使うこともできるのだよな?」
「そうです。そのとおりです。ですから、まず、マスターに声をかけました。」
「それ、伊藤さんに使ってやってくれ。よく考えたら、僕、社長として、線路、延ばさないとだしな。」
二人の利害が一致した。
元からそうすれば良かったというくらい、一致した。
レインとしても、僕が社長として、トレインの恩寵を使いこなすことの方がいいようだ。
そして、レインは伊藤さんにその話を振っていた。
「イトー! イトー起きるのです。 不寝番交代の時間なのです。」
レインが伊藤さんの耳元で囁き、ユリが伊藤さんの首筋を舐めまくる。
ヒィつ、と微妙な声を上げて、伊藤さんは目を覚ました。
まだ、だいぶ眠そうであるが。
「女王様になってほしいのです。」
「いや。何それ? 野中の趣味? 変態なの? 絶対にやらないから。衣装とかも着ないからね。絶対嫌っ。」
ああ、この子、何を口走っているのだろうか。
もう、ダメだ。
しかも、伊藤さんは、僕がそういう趣味の人だと薄々思っていたらしい。
もう、ヤダ。
「伊藤さん。落ち着いて聞いてほしい。別に衣装までは用意していないはずだし。」
「マスター? この巻物を使うと、女王様セットも一緒についてきますって、ちゃんと記載されているのですよ? 安心ですねって書いてあるのです。」
「安心しねーよ! 何でだよ? 何で僕が落ち着いて説得しようとする材料を崩すんだよ、そのマジックスクロールは? 女神(仮)か? 女神(仮)のせいなのか?」
説得、失敗のようである。
女王様セットって、絶対あれだ。
きらびやかな、多数の宝石をちりばめた王族風、貴族風のドレスじゃないと思う。
伊藤さんが勘違いしている方の、女王様セットに違いない。
武器と防具と仮面がセットになっている方ですよ?
「落ち着いて、野中。とりあえず、野中から事情を説明して。この妖精は、何だか私に悪意を持っているようだし。」
「妖精じゃねーですよ! 精霊! 精霊なのです!」
「レイン。ちょっと説明するから。」
「そうしてちょうだい。混ぜっ返さないで。」
そうして、僕はことの次第を伊藤さんに説明するのだった。
「クリア特典? いいじゃない。それくらいもらわないと、やってられない。でもいいの? 私だけそんなのもらって? 野中だって、必要でしょ?」
「僕が使っても『女王様』になるんだって。」
ぷっ。
ププッ。
伊藤さんが、笑いを堪えている。
いや、堪えられていない。
ああ、大笑いし始めたよ。
これか。
女神(仮)め!
これが狙いか!
嘲笑ではないものの、伊藤さんのツボに入ったようで、笑いが止まるまでにはしばらくの時間を要した。
「じゃあ、結局、私しか使えないってことね。わかった。で、何なの? どう使えばいいの?」
「それは、レインが使ってあげるのです。人間が使うと、人死にが出るのです。」
おい。
何だよその怖すぎる設定は?
「神術、というか、これは神魔法なのですよ? 行使すると、使った人が死ぬのです。ひどい罠なのですよ? だって、マジックスクロールなので、誰でも使えるのです。必要な魔力的なものは、このスクロールに入っているのに、命を奪うのです。理不尽な神魔法なのです!」
「いや、レインが使っても命を奪われるんじゃ?」
「大丈夫なのです。レインほどの大精霊になれば、これくらいの神魔法、よゆうなのです!」
「そう? なのか?」
「ですです。この程度の『神の呪い』、レインには無効なのです。そもそも同属性なので効果がないのですよ?」
疑問や突っ込みどころは満載だが、まあ、それでもよしとしよう。
そうして、深夜の駅務室で儀式は行われた。
「汝、イトー。神の名において、この地域の『女王』に下命します。受諾しますね?」
「はい。私、伊藤洋子は、神の名において、『女王』を拝命いたします。」
「それでは、我が『女王』よ! 汝らの国名を宣言しなさい。」
「え? 何? 国名? 決めていないんだけど?」
「後でも変更できるかもしれないので、何かつけるのです。」
「それ、変更できない人がいう言い方。じゃあ、洋子王国。それでいいから。」
「おい、適当だな?」
「『ヨーコー嬢王国』。神の名において、ここを『ヨーコー嬢王国』と認めます。この国は『ヨーコー嬢王国』として、今日、今から認められました。」
そうすると、狭い駅務室の中をさらに狭くするような豪華な木製のワードローブが発生した。
伊藤さんは、とりあえず、自分のものとして、開いてみた。
ワードローブの中には、物語のお姫様が着るような、西洋のお姫様が着るような、きらびやかなドレスとか、キャミソールとか、そんなものたちが収納されていた。
チラッと、武器と防具と仮面のセットも見えたけど。
それは、見なかったことにした。
「マスターも、儀式をするのです。」
「レイン。何を言っているんだ? 女王様は伊藤さんになったじゃないか?」
「予備です。予備も必要なのです。」
予備とか。
いや、もう少しオブラートに包んで話してほしいのだが。
あれだろ?
もし、伊藤さんが死んだ時に、女王様になる人を決めておかないとダメなんだろう?
「わかった。すぐやってくれ。」
「いいのです?」
「僕だけしか、対象者、いないんだろう?」
「そうなのです。このマジックスクロールの効果があるうちに、設定する必要があるのですよ?」
マジックスクロールは、光り輝いていたが、端から少しずつ消失していっていた。
あれが時間制限を示しているのだろう。
砂時計に似ているように感じた。
「では、ごほん。汝、マスター。神の名において、ヨーコー嬢王国の王位継承権第一位を授けます。」
「確認はないのか?」
「ありません。すでに継承権は授けました。」
「いや伊藤さんの時と、だいぶ扱いが違うのだが。」
「そういうものです。」
納得いかないが、王位継承権を無事に授かったようだ。
最も、伊藤さんが死ぬようなことがなければ、行使されることもないのだが。
「マスター。事後承諾なのですが。」
「何だい? 言ってこらん。 今更、何を聞いても驚かないから。」
「です。マスターが王位を継承すると、やっぱり女王様になるのです。可愛い、女の子になれるのですよ。嬉しいですね?」
「いやーっ!」
ウーバン鉱山のある山の中で。
日付が変わってしばらく経ったその時刻に。
僕の悲鳴は、こだまするのであった。
第3章に突入しました。
ちょっと隣の村まで行ってくる、がテーマです。
異世界なら、それも命がけ。
流通経済を考えると、2重の意味で致命的ですね。
それを何とかしてしまおうというのも、異世界ものの楽しみではあります。
それでは、また、明日の15時頃に。
訂正一覧
そろそろ夜が明けようとする → 日付が変わってしばらく経った
※ 前節との時間整合のため つじつまが合いませんので