第10話 勇者、ここにあり?
勇者たちとサイモンたちのお話です。
皇帝陛下もちょっとだけ出ますよ。
職業システムの回です。
職安って、こう言うのじゃないはずです。
少なくとも私が行った当時の職安はこうじゃなかったですよ?
あ、今は、ごく一部の地域を除いてハローワークっていうのでしたね。
現実の職安に、今回の話のようなシステムが組み込まれませんように。
組み込まれたら組み込まれたで、自由や権利の多くを失った上で、安心、安全な街づくりができるのかもしれませんが。
それでは、どうぞ。
日々の鍛錬は嘘をつかない。
僕は毎日のトレーニングこそが、自分を高めることができると信じている。
運動であれ勉強であれ。
でも今は、それがメインじゃない。
経験値稼ぎだ。
僕たちは異世界に召喚されて、勇者の称号を授かった。
でも、勇者となっても低レベル。
自らを鍛えなければ今までと何も変わらない。
勇者らしい必殺技も使えない。
異世界らしい魔法を放つこともできない。
憧れはあった。
それに向けて、友人達と日々努力を重ねた。
友人達もトレーニングのジャンキーだった。
今は、根性論の時代じゃない。
科学的なバックホーンのある効率的かつ効果的なトレーニングが行われている。
元の世界なら、一流の鍛え方が動画でも見られるし。
しかしここは異世界。
そんな便利な手段はない。
そこで、城にいる兵士とかを捕まえて、効率の良い経験値の稼ぎ方を教わった。
曰く、魔物を討伐するのがもっとも効率がいいと。
しかし、僕たちは、城から出ることを禁止されていた。
召喚から一週間くらいで4人も脱走者がでた。
この、厳重な警備を掻い潜っていなくなるとか、どんだけだよと思ったよ。
おそらく、技能を獲得して、有効活用したのだろう。
僕たちも、早く、上手に活用できるようにしたい。
結局のところ、城内の練兵場での戦闘訓練で、わずかながらも経験値を稼いでいた。
僕のいる3人部屋のメンバーは、1週間あまりの訓練で、少しだけだが、レベルをあげることができた。
しかも、待望の技能を得ることができた。
それぞれのレベルと技能は以下のとおり。
洞川
恩寵:スプリンター
現在レベル4
レベル3習得魔法 ウオーター(レベル2)
水を発生させることができる魔法。
レベル1では、ちょろちょとと空気中から水を少しだけ取り出せる。飲水用。
レベル2では、洗車できるくらいの勢いで水を出せる。攻撃には不向き。
神佐味
恩寵:サクラメント
現在レベル2
レベル1習得神術 祈祷(レベル1)
神に祈りを捧げることで、奇跡を得る神術。
レベル1では、ちょっとした傷や毒を20 %の成功率で治癒できる。
ただし、祈りが3分以上、失敗してもクールタイムが1時間。
高野
恩寵:ヴィーガン
現在レベル3
レベル1習得技能 ラマダーン(レベル1)
日の出から日没までの間、飲食をしなかった回数に合わせて効果が出る。
レベル1では、回数×1% 魔法攻撃力、魔法回復力、魔法抵抗力が向上する。
ただし、回数は大体30回が限界。
どうしてだろうか。
僕の恩寵はスプリンターと聞いていたはずなのに、水魔法だった。
女神様も、
「あなたの恩寵は『スプリンター』です。そうですね。素晴らしい素養をお持ちです。技能と魔法を憶えますよ? レベルが低いうちは役に立ちませんが、高レベルになると、圧倒的な強さを発揮します。 大器晩成型の恩寵ですよ? 期待しています。」
と、言っていたのに。
「洞川、もしかするとお前、聞き間違いをしているのでは?」
同部屋の神佐味がそう言ってからかってきた。
「いや、絶対に『スプリンター』って聞こえたよ。それに聞き間違えるような似たような単語はないはずだし。」
「そうか。確かにそうかもしれん。しかし、洞川。お前のことを知っている奴が、スプリンターと似たような単語を聞けば、誰しもがスプリンターと言っているものと思い込むものだろう?」
「それはそうだろうが、しかし。」
「スプリンクラー? むぅ、スプリング、スプリングじゃな。水魔法と合わせて考えるなら、スプリングじゃ。泉と言ったところじゃろう。」
高野が丸めた頭に真面目な顔を作って、そう言ってきた。
「スプリング? いや、聞き間違えないだろう? いくら何でも。」
「そうじゃろう。しかし、そうじゃな、『スプリンガー』と言われていたとしたらどうじゃ?」
「スプリンガー? いや、そんな単語ないだろう?」
「いや、造語としてな、泉の人、くらいの意味合いでならどうじゃ?」
「じゃあ、僕は、これから『泉の人』として水魔法で攻撃するのか?」
「今のところはそうじゃろう。しかし、それだけではないじゃ。」
高野は、その丸い頭をうんうん捻って、何か考え事をしているようだ。
「洞川、日本にはウォーターカッターという機械があってだな、何でもかんでも水の勢いだけで切り裂いて加工するらしいぞ? レベルが上がればそういう用法も出て来よう。」
その間に、神佐味が、そうフォローしてきた。
そんなことを言っている彼の恩寵は「サクラメント」という奇跡のようなもの。
しかし、彼は神社の宮司の息子だった。
サクラメントは主としてキリスト教の言葉だったと思う。
そして高野も似たようなものだ。
頭を丸めた仏教徒であるのに、恩寵は「ヴィーガン」
その辺りで既に悪い予感がしていたのだが。
獲得して技能が「ラマダーン」である。
中東地方での月の名前だが、その効果を考えるに、断食月のことだろう。
恩寵にちょっと悪意を感じる。
高野はその上、魔法攻撃できる技能がないのに、技能で上昇するステータスが魔法関係なのも意地悪だ。
ステータスが上昇しても、意味がない。
魔法抵抗力に意味を見出したいのだが、城の兵士の説明で、残念感が増した。
通常、人間の魔法抵抗力は、ほぼ0%。
つまり、0には何を掛けても0なのだ。
完全に無駄スキル。
勇者として、終わったのではないだろうか。
それでも僕たちは、勇者として諦めることなく、訓練に励んだ。
午前中は魔法を教わり、午後には兵士たちと物理戦闘訓練を繰り返した。
そうこうしている内に、騎士の方から疑問を投げかけられた。
「君たちは勇者だけどね? 職業が勇者って訳じゃない。それは称号だ。君たちの職業は何なのだい?」
この疑問は盲点だった。
ゲームとかでは「勇者」は、そもそも職業で。
勇者独自の呪文や技を覚えるのであって。
確かにそうだ。
恩寵を授かった時点で、勇者が職業ではないことに気づくべきだった。
「僕たちは、僕たちは前の日本というところでは、『学生』でした。」
「そうかい。学生、ね。で、何の職業の学生だったんだい?」
噛み合っていない。
話が噛み合っていないようだ。
つまり、この騎士がいうには、学生は職業には該当しないようだ。
職業を学ぶための学生というニュアンスなのだろう。
そして、僕たちの世界の学生は、そうではなかった。
いやそういう学生もいるよ?
でも、僕たちは「普通科」だった。
じゃあ、僕たちの職業は「普通」なの?
絶対違うよね。
そしてその騎士に、彼はサイモンと言っていたが、とにかく街の中に連れられて行った。
宗教施設のような感じがした。
そして、神官のような壮年の男が、これまた神官のようなローブを纏っていた。
「ここはな、職安。正式名称は『王立職業安定署』だよ。君たちの職業適性を調べてもらうことができる。もしよければ、ここで職業を安定、そうだな、わかりにくいか。神官に言えば、職業を獲得することができる。例えば僕は『騎士』だしね。この『騎士』も、この神官殿に安定させていただいた。」
おい。
僕の知っている職安と、大分違う。
職安って、そうじゃないよね?
就職先を求めてやって来るんだよね?
神官に職業を決めてもらうとこじゃないよね?
しかも、就職していないのに、職業を先に決めるっておかしくないかな?
言葉は似ていたけど、内容がはちゃめちゃだった。
「ああ、大事なことだから先に言っておく。もし、君たちが犯罪者なら、この神官殿に職業鑑定をされた段階で、強制的に『犯罪奴隷』の職業にされるのだが、大丈夫かい?」
おい!
なんか変だと思っていたよ。
だから、王立職業安定「署」なのか!
あの神官、どちらかというと警察とかそういう立ち位置みたいだね。
しかも、職業を得るためには避けられないと来たよ。
国家システムとしては、完璧だね。
人権とかどうなってるか、気になるけどね!
そうして僕たちは、その神官殿に職業鑑定をしていただくことにした。
いきなり奴隷になるのは嫌だよ?
「なんじ、どろかわ。はんざいしゃでないことをちかうか?」
「はい。」
そう応えると、僕の体が光の柱に包まれた。
そして、何も起こらなかった。
「よい。では、はじめよう。どろかわ、なんじのてきせいなしょくぎょうは、『おどりこ』、『まほうつかい』そして『すかうと』である。どのしょくぎょうにしたいのか、よくかんがえてからふたたびおとずれるがよい。」
この世界には「スポーツマン」とか「陸上選手」とかいう職業はないみたいだ。
一番近いのは「踊り子」か?
いや、ダンスとかほとんどやったことないよ? 体育くらいでしか。
じゃあ、「スカウト」って何?
芸能人になりませんかって誘う人?
ここなら、踊り子になりませんか? ってやるのか?
「あの、質問があるのですが。」
「よい。」
「『スカウト』って何ですか?」
むむ、と神官殿が唸った。
わからないとは思っていなかったのだろう。
「なんじら、いせかいのものか。ならばいみはことなるが「とうぞく」というのがわかりやすいらしいな。ちなみにこのせかいで「とうぞく」なら、ここでいますぐ「はんざいどれい」になるぞい。」
わかった。
あれだよね。
罠とか回避したり、宝箱開けたりする、あれだよね。
「じゃあ、その「すかうと」になります。」
「よい。なんじが「すかうと」となること、くにとかみとがみとめよう。」
そして再び僕を光の柱が覆った。
光が消えた頃には、スカウトになっていた。
いや、なんの実感もないけどね。
「スカウトか。結構難しい職業だよ? 死にやすいしね。」
騎士の人が物騒なことを言ってきた。
「死にやすいんですか?」
「そうだね。斥候として働くのがメインになるよ? 勇者の中でも動きが早い人が、先行して、偵察、退却時には殿、敵が逃げたら深追いすることも求められるよ?」
「死ぬな。その職業。」
「そうじゃな。死にやすそうじゃ。」
そう言っていた2人は、それぞれ、高野が「僧兵」、神佐味が「祈祷師」となった。
そしてそのまま、僕たちは王様の前まで連れて行かれた。
「勇者たちよ。職業を得たか。これでさらに強くなれよう。この間の諸国会議での決定事項でな、召喚した勇者を、それぞれの国に均等に配分しなければならんのでな。ちょうど職業が安定したのなら、まずはお前たちから、配分しようと思う。」
「この国から、出るということですか?」
「そうだ。だが、6人だ。あと3人足りない。行き先は『ウーオ帝国』。そのサイモンと共に派遣する。ああ、それとな、言っていなかったが。」
「わしと、同行してもらう。」
ロマンスグレーの筋骨隆々とした壮年の男が仁王立ちしていた。
王の隣に。
「帝国の皇帝陛下だ。失礼のないようにな。何、心配ない。帝国はな、お前たちの国、日本と言ったか、そこと同じで貴族制度やら奴隷制度やらと言ったものがない。お前たちの言葉で言う「平等」な国だ。」
何だか含みのある微妙な言い回しだった。
でも、まあ、できるだけ環境の近い国がいいよね。
こうして僕たち3人は、北へ派遣されることになった。
僕たち以外の3人は、立候補してきたファンクラブの3人だった。
チェンジ!
チェンジで!
ブックマークが増えました。
心より感謝申し上げます。
最近は最初の頃と比べてPVがだいぶ増えて嬉しい限りです。
これも読者の皆様のおかげです。
さて、第2.5章も、この話で最後です。
再びメインの話に戻ります。第3章ですね。
次回からは、鉱山と近くの村との話になります。
幕間の話でもありましたが、世の中がきな臭くなってきているのを村にどう反映させるのか。
結構難しいところではあります。
ずいぶん前に書いたプロットには、結構無茶なことが書いてありましたので、参考になりません。
なんかいいアイデア、探してきます。
それではまた失敗しなければ、明日の15時頃に。