第8話 勇者の喪失
まず初めに、投稿日時を間違えてしまいましたことをお詫び申し上げます。大変失礼いたしました。
今後はより一層気をつけてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
登山をしていると、時折、修行僧の方や山伏の格好をされている方、場所によってはお遍路さんに出会うことがあります。
ああ、今の日本にあっても、こういった伝統的な文化? を生きた形で継承されている方々がいらっしゃるのだなと勉強になります。
さて、今回は、そんな感じのクラスメイトたち勇者のお話です。
それでは、どうぞ。
「やあ、僕は洞川。君は?」
新しい学年が始まって、クラス名簿が玄関に張り出されていた。
一学年9クラスもある大きな高校だ。
2年生になって初めて知り合うクラスメイトも多いことだろう。
そして、僕は7組だった。
教室に入ると、玄関同様、座席が指定されていた。
黒板に、座席表が張り出してあった。
大人しくそれに従って、椅子に座ると、前の席の男がこちらを振り返って来た。
そして、そのイケメン顔で爽やかに、件の挨拶をキメてきた。
「私は、神佐味。神様の神に佐藤さんの佐、そして塩味の味で神佐味。神佐味神社の宮司の息子だ。」
「ああ、君がそうか。あの神社、読めそうで読めない漢字、地元民しかわからないよね。」
「確か、そういう君も、ちょっと珍しい名字だろう?」
「いやいや、結構有名な温泉地の名前でもあるよ? 知らないのかい?」
「いや、すまないな。ちょっと分からない。草津とか有馬とかなら知っているが。」
「惜しい。惜しいね。もうちょっと詳しく知ろうとしていたら、覚えていたはずだよ?」
そういうと、紙の切れ端を取り出して、ボールペンで漢字を書いてくれた。
きれいな字だ。
「僕はね、この名字、気に入っているんだ。小さい頃は泥んこの泥って感じだと思って、嫌いだなって勘違いしていたんだけどね。」
「そうか。まあ、そうだろうな。洞窟の洞か。確かにあまり名前では見ない漢字だな。」
「そうなんだよ。で、君さ、何部に入っているのかな? 僕は陸上部なんだ。どうだい? もしよかったら一緒にやってみないかい。」
ああ、この台詞で思い出した。
洞川って、新聞にも載るほどの逸材が我が校にもいたのだなと。
進学校であるため、あまり部活動には力を入れていない部分もあるが彼はどうだろう。
確か、走り幅跳びだったか、走り高跳びだったか。
とにかくジャンプする系の競技だったような気がする。
「すまない。私は神社の後継ぎなのでな。部活と言うよりも家業が忙しい。」
「ああ、そうか。そうだよな。家の仕事、手伝っているんだもんな。」
「手伝う、と言うほどでもない。日々、修行あるのみ。」
「それ、陸上でもそうだよ。やっぱり陸上部、入らないか?」
思った以上に陸上部推しだった。
まあ、自分が陸上部員として活躍する姿が全く想像できない。
運動ができない訳ではない。
むしろやや得意な方だ。
球技は絶望的だが。
そして、陸上部に入らないまま、洞川との微妙な付き合いは続いた。
彼の人となりは、評価が分かれる。
イケメンなので、女子には概ね人気だ。
でも、男子受けが悪い訳ではない。
問題は、ストイックなまでの陸上へのこだわりだろう。
それは、他人を巻き込むこともあった。
そうそう、彼の出場競技をジャンプ系と言ったら怒られた。
彼はそう、何だったかな、あれだ、障害物競争的なもので全日本大会レベルらしい。
大会で記録を出すと、何やら学校に垂れ幕が貼られるので、常に最新記録が知らされる。
朝、早くから登校して自分で障害物を準備して、授業が始まる寸前まで練習する。
放課後も、いち早く教室から抜け出し、日が暮れるまで練習する。
家に帰っても、筋トレや柔軟運動を欠かさないようだ。
そして、進学校であることから、勉学にもそれなりに勤しんでいるようだ。
少なくとも赤点をとって居残り、と言う姿を見ることはなかった。
そして、異世界に来ても、彼とは一緒に行動していた。
性格の相性は決して良い方だとは思わない。
でも、友人として、そういうものはあまり重要ではない。
私は、友人に誠実さを求めていた。
そういう意味では、洞川は、ある意味泥臭いほどに誠実だった。
真っ直ぐだった。
初日の女神様のステータスを調べる宝珠で洞川は、レベル2となっていた。
洞川の恩寵は、「スプリンター」。
まさに彼のためにあるような、そういう恩寵だった。
しかし、技能の習得はまだだった。
そういう私はレベル0。
劣等感を感じずにはいられなかったが、まあ、努力してコツコツとやっていこうと思った。
何も上がらない訳じゃないからだ。
訓練をすれば、ある程度までは簡単に上昇するという説明だったからだ。
夜になると、部屋割りがあったが、男子は大体が2〜4人部屋だった。
そして、僕たちは同じ部屋になり、あと一人、高野という男が同部屋になった。
クラスメイトなのだが、彼は目立つので誰もが知っている。
敬虔な仏教徒というべきか。
すでに頭を丸めているのだ。
あまり他人の家のことを言えた義理ではないが、彼の家は、大きな寺院の系列に属しているらしい。
さすがに教室で念仏は唱えないが、時折写経をしていることがあり、それも目立つ。
それを女子にからかわれて、「煩悩退散!」と叫んでいるのを何回も目撃した。
まあ、方向性的には一緒なのだろうから、それほど問題にはなるまいと思っていた。
もちろん、そんなことはないのだが。
問題は、夜中に起きた。
僕も、高野も洞川も、寝るのは早い方だ。
そういう意味ではちょうどいい部屋割りだった。
闖入者が来るまでは。
「夜分に恐れ入ります。」
すでに22時を過ぎた頃のことだった。
3人でそろそろ布団に入って寝ようとしていた。
入り口の扉に鍵をかけることを、その時までは考えていなかったのがいけなかった。
扉をノックすることもなく入り込んできたのは女子3人。
先頭で声をかけてきたのが重光。
ちょっと高飛車な女だ。
親が、どこぞの会社を経営しているらしい。
社長令嬢なのかどうかは知らないが、そんな感じだ。
そして、その後ろに2人。
いつも、教室で重光の腰巾着としてついて回っている、張本と豊だ。
張本は、体育会系の鍛えられている均整のとれた綺麗な体型。
そして豊は、図書室で読書をするのが似合いそうな眼鏡女子だ。
「して、何用だ? 夜分に淑女が男子部屋に複数で押し入るなど、どうかしている。早々に立ち去り、明日、再度来られるのが良いだろう。誰かに見られて噂にでもなったら、」
「おだまりなさい。あなたは関係ありません。」
重光がそういうと、私は言葉を切った。
いや、言葉を切らさせられた。
彼女の言葉通り、黙らせられた。
そして、今なお、言葉を発することができない。
む?
これか?
これが彼女の技能なのか?
重光は、昼のステータス判定用の宝珠で、技能が使えると判定されたうちの1人。
元の世界では、能力自体は高いものの、使いこなせていないと思っていたので油断していた。
重光は、その「恩寵:リーダー」を、半日もしないうちに使いこなしていたようだ。
これは、危険な状況ではないのだろうか。
視線をすぐに洞川に送った。
そして、悟った。
重光のスキルは、別に呪文や言葉によるものではないのだと。
洞川は、虚空を見つめると、ボーッと立っていた。
高野は、ベッドで寝ていた。
先ほど、ドアが開いた時には上体を起こしていたので起きていたはずだったのに。
この部屋は、ごく短時間で重光に制圧されてしまった。
「では、洞川様、わたくしと一緒にきてくださいませ。」
「うん。」
洞川は、そういうと、重光に連れて行かれた。
部屋には僕たち2人だけが残された。
動けなかったからだ。
「高野、起きているか?」
ようやく動けるようになったのは、その3分後くらいか。
息もできなかったので、死ぬかと思った。
重光の技能、これは強力だ。
本気になれば簡単に人を殺せるだろう。
「む、なんじゃ。お主、なぜ止めんかった?」
「動けなかった。おそらく技能だ。『恩寵:リーダー』の技能だ。」
高野は起き上がると、ベッドから出てきて、手を引いてきた。
「何をしておる? 洞川を助けに行かんのか? あやつら、確か『洞川ファンクラブ』とか称していたじゃろう? 何をされるかわからんぞ?」
「いや、さすがにひどいことはされんだろう? 男だぞ? 無理やり襲われることもない。」
「お主はバカか? ここは異世界じゃぞ? さっきのが技能じゃというのなら、それこそ簡単に無理やり『襲わせる』ことすら可能じゃろう。」
何だと?
そうか、あの技能は、おそらく、相手を思い通りに動かすことのできるもの。
ならば、高野の言うことも可能だろう。
「だとすると、助けることはなお、難しい。助けに行っても、気がついたら部屋に戻されているか、何なら飛び降り自殺させられるかもしれないがどうだ?」
「うっ、確かにそうじゃ。しかし、主らは親友と呼べるくらいの友人じゃろう? 助けに行かんわけにもいくまい。」
「そうだが。何か対策を立てないと、逆に私たちが人質となって、洞川に迷惑をかけるぞ。今わかっていることは少ない。殺されないことを祈って静観するしかない。」
「だから貴様は甘いのじゃ。今頃洞川は、喪失している最中かも知れんのじゃぞ?」
「喪失? 何だと? 許せん! 私より先に喪失させるなど。」
「おい、そこか? そこなのか? いや、お前たち、カップル……」
「違う。私が喪失させたいと言っているのではない。誤解するのはやめていただきたい。」
話が微妙に逸れてしまった。
しかし、打つ手なしだ。
相手は強力な催眠系の技能を使用してくる。
先ほど、3分ほど、一切の身動きがとれなかった。
息さえできなかった。
確認してはいないが、さすがに心臓までは止まっていなかったものと思いたい。
逆に、心臓を止めることすらできるのなら、これは即死魔法と化す。
重光は高飛車なお嬢様然としているが、決して人を悪いように扱うことはない。
人をバカにして、嫌な気持ちにさせることも少ない。
ただ、病的に洞川に対して片思いしているだけだ。
そして、取り巻き2人もそれは同じ。
そいつらで非公式ファンクラブを作っているくらいだ。
本当にあるのかと思っていたが、実際にこれだけの行動をされるとそうなのだろう。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて、と言われているが、その、邪魔をしている奴に該当するのが私なのかも知れない。
何しろ、大体いつも一緒に行動しているからな。
洞川からすれば、私のことを重光よけとして活用しているのかも知れないが。
そうして、2人で喧々諤々しているうちに、いつの間にか寝落ちしていた。
目を覚ますと、洞川は、ちゃんとベッドで寝ていた。
何なら、連れて行かれたのは夢だったのではないかと思うほどだ。
しかし、顔がげっそりしているところを見ると、色々と絞り取られた事後のようだ。
喪失、してしまったか。
そのげっそり顔を、ちょっと妬ましくも感じつつ見つめていると、高野に声をかけられた。
「嫉妬か?」
「違う! お前、しつこいぞ! 違うのだ! ちょっと羨ましかっただけだ。」
「精神修養が足りんぞ。もっと修行に励め。一緒に朝のお勤めでもするか?」
「む、そうだな。そこはあまり変わらんのだったな。詳しくは知らんが。」
そう言うと、2人で朝から部屋の掃除を始めた。
まず、窓を開けて、空気を入れ替える。
冬の寒い空気が部屋に入り込んでくると、洞川が目を覚ました。
「どうしたんだい? 朝から掃除なんて。」
「修行じゃ。」
「朝のお勤めと言ってな。高野のような修行僧は、毎朝雑巾掛けとか掃除をするそうだ。」
「そうかい。じゃあ、僕も手伝うよ。」
「いや、お前は暖かい風呂にでも入って、体と心を癒してこい。」
風呂があるかどうか知らんがな。
「え、何? あ、そ、そう言うことかな? ダイジョウブダヨ。僕ナニモサレテイナイカラ。」
「黒じゃ。」
「事後だな。」
「いやだな。ちょっと4人でたのしくお話ししてただけだよ?」
「お前は楽しくお話しすると、急激に窶れるのか?」
「いや、これは違うかも知れない。おそらく技能で記憶を改ざんされている可能性も。」
「ホントダヨ。ヒドイコトハナニモサレテナイヨ?」
明らかに事後だろ。
卒業、おめでとう。
「高野。私は気がついてしまったぞ。」
「どうしたのじゃ? 今更じゃぞ?」
「いや、洞川の話じゃない。自分たちの話だ。修行で気がついた。私たちも、何らかの手段で経験値を稼いで、技能を使えるようになろう。そうすれば、洞川を守ることができるかも知れない。」
「む、それは気がつかなんだ。そうじゃな。掃除している場合ではないのじゃな。修行か。修行。いいぞ、拙僧、修行は大好きじゃからな。」
「いや、それはどうなんだ? 修行自体が煩悩になっていないか?」
「そ、そんなことはないはずじゃ。 馬鹿を言うでない。 それでじゃ、改めて我らの戦力を確認したい。技能が使えないことは分かっている。拙僧の恩寵は『ヴィーガン』じゃ。拙僧の大好物である『肉』を摂取しなかった期間に応じて、バフが自動的にかかるお手軽な恩寵じゃ。まだ使えんのじゃがな。」
洞川が話を継いだ。
「僕は、『スプリンター』って言われたね。元々、陸上でハードル走をしていたからね。まんまだね。なんか、スキルで早く走れるらしいよ?」
「元から早いのにか?」
「ん〜、分からない。でも、異世界だから、人間離れしたすごい速さで動かないと、魔物とかにやられちゃうんじゃないかな?」
「確かに。」
そして、2人が私を凝視した。
分かった。
そんなに見つめなくとも、言えば良いのだろう?
「サクラメントだ。」
ぷっ。
ヒドイ。
2人して笑ったよ。
女神様にも笑われなかったのに。
「お主は馬鹿なのか?」
「君は、いつも、僕たちの期待の斜め上を行くよね。」
わかる。
その気持ちはよくわかる。
だがな、この恩寵は、自分で選んだわけではないのだ。
ギャグのために選んだわけでもない。
「君は、君の家は神社、神道だよね? 『サクラメント』っていつから神道の用語になったんだい? 僕のうちは家族全員敬虔なクリスチャンだから、それはだいぶ羨ましい恩寵だけど。」
「修行が足りんな。明らかに他の宗教の恩寵を授かるとは。」
「いや、お前も、ヴィーガンってあれだぞ? 間違っても仏教とかの断食とは違うからな?」
「そうじゃな。拙僧もそうじゃった。もしかするとお主も……」
私たちは洞川に視線を送った。
「いや、僕のは君たちと違って、どう考えても陸上競技に特化した恩寵だよ? 疑問なしで使うことができるよ?」
知らないことは幸せな、洞川なのであった。
毎日、結構な数の方々に読んでいただき、ありがとうございます。
今回の話は、人によってはすっきりしない、釈然としない話です。
でも、実際問題として、スキルなんてなくても、こういうことって身近で結構発生するものです。
いざという時、助けようとしてくれる友人がいるって、いいことですね。
それでは、また、明日の15時に。
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