第21節 召喚魔法と精霊
本当のことって、思いの外、知らされていない場合が多いものです。
ニードトゥノーと言う言葉がありますが、知る必要のないことは教えてもらえないものです。
でも、それって、気がついてしまうと、何で教えてくれなかったの? ってなりますよね。
今回は、そんなお話です。
では、どうぞ。
<前回の3行あらすじ>
トロッコを製作できるトロッコの精霊を「ロッコ」と名付けた。
ロッコがトロッコを作るのだが、それには素材が必要。必要素材は鉄と木と石炭。
再び鉱山に入って素材を回収。ロッコがトロッコを作ったよ。
朝、宿直室の毛布の中で目が覚めると、毛布の中に何かいることに気がついた。
最初は、暖かいのでハイドウルフのユリが入り込んでいるのかと思った。
でも、子犬の大きさのユリにしては大きすぎる。
「恩寵:トレイン」の精霊である、レインにしても大きすぎる。
何より肌触りからいって、体毛が生えていない、服を着ていないように感じる。
頭は、僕の胸の上。
お腹に両腕で抱きつくような形で、寝息を立てている。
昨晩寝るときには、こうじゃなかったはずだ。
しかも、悪いことに、この部屋には風紀委員の伊藤さんがいる。
見つかったら、ただじゃすまない。
周りにバレないように、毛布の下に隠れている相手の肩を揺すって起こした。
こちらの意図を知ってか知らずか、何も言わずに起きたようだ。
起きたようだ。
というよりも体を起こした、というのが正しいだろう。
寝ている僕の胸板の上に両手をついて、上半身を毛布から出した。
普通に女の子座りしている格好だ。
それはいい。
ちゃんと服を着ていたのなら。
「マスター。 おはよ。」
両手で目を擦りながら、そんなことを言う銀髪ストレートの女の子。
誰?
「あら、野中、起きたの? って、あんた何してんの、みんなの寝床で!」
いきなりグーを2発喰らった。
目が覚めた。
「イトー、マスターを殴っては、ダメ。」
「いいから、あなたは服を着なさい。」
「ん。わかった。」
そう言うとその子は、立ち上がって毛布の外に丸めてぽいされていた、浴衣を羽織った。
そして、ゴムで頭をツインテール、ではなくピッグテールに整えた。
髪型が整って、やっと誰だか分かった。
「ロッコ? なぜ人の布団、というか毛布に裸で入り込む? 伊藤さんに殴られるのだが。」
「何? 私が殴らなければ、入ってもいいというような誤解を生む表現じゃない。」
「ん。ロッコは、召喚された精霊。ほっておくと消える。消えないようにマスターの体にしがみついて色々なエネルギーを吸収していた。夜、一緒に寝ていれば、消えない。」
「いや、そんな話、聞いていない。」
「ん。今話した。」
伊藤さんの怒りは、全然おさまる気配もない。
「でも、裸になる必要はないし、裸になっちゃダメ。男はみんな狼なんだから。」
ロッコも頭頂部にグーを一発喰らった。
「裸で抱きつくのが一番効率がいい。短時間に直接、たくさん吸収できる。」
「効率がいいならしょうがない。でもあなた、なんか別のもの、吸い出していないわよね?」
相変わらず、伊藤さんは効率房だった。
それでいいんかい! と突っ込みたい。
「生命エネルギー? 的なもの。HPとかMPとかじゃないから安心。」
「むしろ安心できないわよ!」
「む? イトーからエロいオーラを感じる。エロはダメ。」
「あんたに言われたくないわよ。」
仲良さそうだな、お前ら。
「ロッコはどれくらいで消えてしまうんだ?」
「マスターしだい。マスターが消したくなればいつでも消せる。ほっておいても1日くらいで召喚時のエネルギーを消費して、消える。」
「消えたら、どうなる?」
「ん。また、召喚魔法を使えばいい。でも」
「召喚魔法はMPほとんど全部持ってかれるからな。」
昨日は疲れた。
MP使い過ぎたのか、まだちょっと頭痛がする。
いや、これは伊藤さんのグーが原因か。
「そうじゃない。もいっかい召喚魔法を使うと、レベルが0になった、別のトロッコの精霊ができる。私からすれば、消えるのは殺されるのと同じ。怖い。できれば消さないで欲しい。」
何だそれ。
これって本当に、召喚魔法なのだろうか。
もしかすると、この魔法は精霊を召喚しているのではない。
僕のMPと、あと何かわからないエネルギーを使って、精霊を作っているのではないだろうか。
だから「制作」技能なのか!
自分の技能の悪意に気がついた。
レインは気を使って「召喚魔法」と言ってくれたが、きっとこれはそうじゃない。
「精霊」を「制作」しているのだ。
しかも、それは神ならぬ人の力なので不安定で、一定時間で消失する。
何かいい方法はないものか。
何か、アイテムか何かで、存在を固定化できないものだろうか。
毎晩、抱き合って眠るのは、精神的にも、絵面的にも、プライバシー的にもよくない。
何より、うっかり朝、お漏らししてしまったら大変だ。
ほら、男の子だし。
このところ溜まっているし。
「大丈夫。マスターは心配しなくていい。何もしなくても、勝手に吸収する。死にたくないから。」
当事者のロッコより、伊藤さんの方が複雑な顔をしている。
風紀委員の彼女としては、ロッコの行為は絶対に認められない。
でも、そうしないと実質的にロッコは死ぬ。
でも、風紀的に認めたくない。
あ、葛藤している。
ちょっと、頭から湯気が出そうな感じだ。
考え過ぎてる。
というか、堂々巡りしているのだろう。
「マスター? 今日も素材を確保。レールを作る。」
「あ、おう。レールの素材な。」
「ん。鉄鉱石。あと、石炭。石炭少なくなってる。補充が必要。」
「石炭な。無くなったらこの寒さだ。死ぬな。」
「石炭、大切。でも体にはあまり良くない。」
「そうなのか。」
「そう。」
ロッコが素材をおねだりするので、回収に向かおうと思う。
朝ごはん食べたらな。
熊肉増えたし。
「レイン。石炭を掘りに行きたいのだが。」
「いいです。でも、どこで採れるのかわかるのです?」
「いんや、わからない。とりあえず、掘ってみよう。鉱山だし。」
「じゃあ、掘ったらレインが鉱石を鑑定します。」
「そうだな。その作戦で行こう。」
朝食のくまシャブを食べながら、レインと作戦会議をする。
ユリは、骨付きの肉塊を食べていた。
骨周りの肉、好きだよな、ユリ。
というか、また、ひとまわり大きくなってないか、こいつ。
ユリは、トイプードルの成犬くらいの大きさになっていた。
これで頭に乗られたら、ちょときついかもしれない。
主に頭皮が。
「で、ですね。石炭を何に使うのです?」
「ロッコが欲しいって。レールを作るって。」
「ふぇ? ロッコはレール、作れませんよ? トロッコの精霊なんですから。」
「ん。そ。作るのはマスター。」
そういうこと?
レールって、僕、作れるの?
「制作」技能あたりで?
「あ、え、うー。そうです。作れなくはないです。作れなくはないですが。」
「何だレイン。朝だから、MP満タンだぞ?」
「そういう問題じゃありません。」
「じゃあ、何だ。」
「レールは、保線の精霊にお願いしようと思っていたのです。」
保線の精霊。
何でも精霊にすればいいってもんじゃないぞ?
でも、言葉の響きから、なんだかとっても便利そうだな。
夜、寝ている間に、仕事をしてくれている小人さんのイメージだ。
保線も、夜の仕事が多いしな。
あ、でも待った。
これ、ダメなやつじゃないか?
夜はロッコが抱きついて何かを回復している。
じゃあ、保線の精霊はどうするんだ?
そいつも、抱きついてくるんじゃないのか?
猫まみれならぬ、精霊まみれじゃないか。
ああ、きっと、伊藤さんが我慢できずにグーで攻撃してくる。
できれが、その未来は避けたい。
「じゃあ、ですね、MPのある内に、召喚魔法、使いますか、マスター?」
「『トロッコ』はもう使ったのだが。そんなに同時に精霊を召喚して、大丈夫なのか?」
「へーきです。いっぱい精霊を召喚して、戦力を増強するのがマスターのお仕事です。」
「本当に、大丈夫なんだろうな。ロッコも、何やら得体の知れないエネルギーを吸収……」
「心配ないのです。レインにお任せ、なのですよ?」
いや、全然お任せできない。
不安材料しかない。
「えと、ですね。『制作』技能のレベル2で覚えた召喚魔法は、
『プレートレイヤー』
です。」
「 『プレートレイヤー』? 横文字は難しいな。何だ? コスプレイヤーの仲間か?」
「話、聞いていましたか? 保線です、保線。保線の精霊を召喚する魔法です!」
「いや、語感的にレイヤーさんが出てきそうな感じしかしないのだが。」
「ちゃんと、保線をイメージしてください。イメージに失敗すると、失敗でもないですが、マスターの偏ったイメージの精霊が召喚されます!」
その言葉で、僕の疑惑が確信に変わった。
「レイン。言いにくいんだが確認してもいいか?」
「どうぞ。」
「『制作』技能って、本当は召喚魔法じゃないんじゃないのか?」
「ふぇ? どういうことですか? ロッコが何か言ったのですか?」
「今、レインが言った。召喚魔法なら、イメージが偏っても元からいる精霊が召喚されるんだ。イメージにかかわらず、同じ精霊が召喚されるはずだ。」
「うっ。」
「僕のイメージで、精霊が変化する、というのならそれはもう召喚ではなく、僕が精霊を想像している、いや創造していると言っても過言ではないのでは?」
気まずい空気が流れた。
レインが視線を逸らす。
そして、下を向く。
「ロッコ!」
「はい。レイン様。」
「言った? 消えるって。」
「……。」
今度はロッコが視線を逸らした。
あれ、僕に言ってはいけない事だったのか。
もしかして、騙すつもりだったのか。
あれだけのことを。
「言ったでしょ。じゃないと、マスターがこんなこと言う訳ない。」
「……ん。言った。」
「どうして?」
「マスターと、離れたくなかった。頭、なででもらったから。」
そして、ロッコは僕の目を見た。
「ロッコは、いらない子? 変わりでもいい子?」
ちょ、それはずるいだろ。
上目遣いでこちらを見ている。
何なら、涙を流している。
「そんなことない。いらない子なら、そもそも召喚しないし、もう消しているだろ?」
「!」
そうなのだ。
ロッコは、僕に、いつでも消せることを教えている。
その時から、僕は、いつでもロッコを消すことができるはずだった。
そして現時点までそれをしていない。
消していない、ということは、必要としている、ということだ。
それをロッコにも、そしてレインにもわかって欲しい。
「マスター、ごめんなさい、です。」
レインが頭を下げて謝罪している。
「マスターが、召喚魔法っていうゲームのような感覚で『制作』技能を使ってくださらないと、もし、この魔法の本当のところを知ってしまうと、そもそも精霊を創造してくださらなくなると、そう判断して『召喚魔法』ということにしていました。」
レインが僕の目を真っ直ぐに見て、そう告げた。
レインにはレインなりの考えがあって、そう騙していたのだ。
確かにレインの言う通りかもしてない。
精霊を創造して、いつでも消せる、しかも消すということが殺すことと同義なら。
それなら、そもそも造らない。
そう判断するだろう。
だって、自分で生み出しておきながら、便利に使って、使い終わったら殺すとかない。
ペットを飼っていて、都合が悪くなったからと捨てたり殺したりするのに近しい。
それなら、最初から飼う資格は無いと思うし、自分が当事者なら、飼わない判断をする。
レインだって馬鹿じゃない。
それくらいわかったのだろう。
そしてその前に、レインが濁した言葉で僕自身でも、トロッコやレールを作ることができると分かった。
そこまで分かっていたら、この魔法、果たして使っただろうか。
僕は、絶対に使わなかったと思う。
レインが以前言っていた通りだ。
レインは、僕よりも僕のことをよく知っている。
僕が、どう考えるのか、予想ができていた。
僕が、どう行動するのか、分かっていた。
ここで、レインを断罪するのは簡単だ。
でも、それは問題の解決にもならないし、状況は悪化するだろう。
結局のところ、レインのいう通り、仲間は多い方がいい。
そして、それができるのは現状、僕だけなのだ。
やるしかない。
それが例え、そういう技能だと理解していても。
悩んでいるのは、僕だけじゃ無い。
レインだって、ロッコだって悩んだはずだ。
僕はマスターなんだ。
項垂れるレインとロッコを見つめて、伝えるべきことを話した。
「許す。許そう。正直なところ、納得はしない。いい気分でも無い。でも、状況を考えたら、レインの考えもわかる。知っていたら、ロッコは召喚しなかったのも確かだ。だから、許そう。そして、自分の罪を噛み締めながら、精霊を召喚しよう。創造するとは言わない。レインの贈ってくれた言葉、『召喚魔法』を使おう。僕だって、その方が気が楽だ。でも、絶対に忘れない。この魔法の真の姿、真の能力を。」
そして、僕は、泣いているロッコを抱き抱えると、そっと頭を撫でてやった。
本日2話目。
ブックマークありがとうございます。
まさか未明に増えるとは思っていませんでした。
がんばりますぞ。
頑張っちゃいましょう。
それでは、お昼頃に。