第140節 金貨と銀貨
お待たせしました。
お金のお話です。
それではどうぞ。
<異世界召喚後74日目朝>
場所:ヨーコー嬢王国ウーバン領ウーバン村
視点:野中
昨日から、いい勢いで金や銀の地金が大量産出されている。
現場は、サーフェイズ金山。
金山なのに、銀も産出する。
なんて、ありがたいことだろうか。
サーフェイズ金山で働く、坑夫たちマインスパイダー軍団のおかげだ。
坑夫たちは、魔王軍の悪魔によって、その姿をマインスパイダーへと変化させられている。
今のところ、この変化を元に戻す術がない。
当初、これは一種の呪いなのではないかと思って対応しようとしたのだが。
しかし、これは呪いではなかった。
呪いならば、レイン先生が破壊することで対応できたのだが。
残念なことに、無理だった。
あと、討伐した悪魔から、どうやったのかを知ることができた。
魔法ではなく、魔法道具の力によるもの。
再現だけなら、道具さえあれば誰でもできる。
むしろ、悪魔でさえ、その道具によって変化させることができたのだ。
しかも、強制的に。
これは、結構すごい道具なのではないだろうか。
悪魔は、この道具を魔王様からいただいたと申し立てていた。
ということは、別にこの悪魔以外でも、使っている者がいると言うこと。
各地の鉱山という鉱山で、同様の事件が発生したというのも頷ける。
魔法じゃなく道具なら、誰でも使用できるのだから。
おそろしい、魔法道具だった。
サーフェイズ金山は、国境を挟んで北側、つまりはウーオ帝国側の領土内にある。
本来ならば、帝国領なのだから、帝国が活用すべきなのだが。
いつまで経っても金山を制圧する様子がないので、こちらでこっそりいただいたのだ。
マインスパイダーたちの活躍によってその出入り口を国内側に付け替えておいた。
なんだか、どっか国の海底ガス田みたいな手法で、やり方としては微妙だ。
とんかく、そういう小狡い方法で、金山を活用している。
マインスパイダーのスキルによって、金山の金や銀は、混ざった状態の金属の玉になる。
これを、ほくほく顔で回収しているのだ。
普通の鉱山なら、大量の鉱石を搬出して、それを「製錬」して金属のインゴットにする。
さらに、製錬後には大量の不要な残骸が残るのだ。
金属以外の部分、もともと岩石だった部分だ。
マインスパイダーのスキルなら、これが発生しない。
この鉱山なら、分別前だが、インゴットの状態で持ち出せるのが強みだ。
他の鉱山よりも、鉱山内から搬出するものが圧倒的に少なくなる。
それを、「精錬」所で、わずかに含まれる不純物を取り出すだけでいい。
これは、鉱石で運び出すか、金属の玉で運び出すかの違いからくるものだ。
ただし、合金になっているので、このままでは使えない。
出来上がった金属の玉は、職人の町ガーターへと運ばれる。
こういう技術的問題の解決には、職人の町ガーターが一番だ。
この大量の金属球をなんとか有効活用したい。
すぐに、町長に相談した。
町長からは、思わぬ反応が返ってきた。
「社長。申し訳ないが、以前、依頼されていた賎貨と亜銅貨。かなり前に完成しているんだが。レイン神にお願いされたデザインで。あと、既にガーター町では、流通してしまっている。」
「お、おい!」
ツッコミどころ満載だった。
が、いろいろあって忘れていたという落ち度があった。
というか、完成していたことに気がつかなかった。
一朝一夕ではできないと思っていたのだが、こっちが忘れていたよ。
「そ、そうなのか。で、完成品は?」
「ああ、たくさん持っている。これだ。」
二つのコインを見せてきた。
一つは、金色に輝くコイン。
もう一つは、銀色に輝くコイン。
銅貨のはずなのに、銅色に輝くコインは、そこにはなかった。
「銅貨は?」
「いや、作っていない。言った通り、『賎貨』と『亜銅貨』のみを作った。」
「銀色は、賎貨だろ? 鉄の色だからな。」
「そうだ。そして、金色の方が亜銅貨だ。こっちは、錆びにくいという特徴がある。」
「まじか。」
「鉄は、すぐ錆びるぞ? まぁ、だから賎貨なのだが。」
「なるほど。持っていても使えなくなるのか。」
「そういうことだ。」
賎貨は、完全なる補助通貨だった。
使用期限のある、残念な通過だった。
あと、何気に亜銅貨の色が金色なのが気になった。
でも、金貨と区別がつきにくいんじゃ?
「あと、こちらで勝手に、金貨と銀貨も試作している。」
そう言って、金貨と銀貨の試作品を見せてくれた。
金貨と亜銅貨を並べると、明らかに金貨の方が金色だった。
亜銅貨は、ちょっと金よりも銀色寄りだった。
「すでにできているとか、どんだけ有能なんだよ?」
「いや、この国ができた時から、社長が自国貨幣を作るつもりなのは薄々知っていた。依頼されたんだから、もっと大口になるように、営業努力するのが、普通だろ?」
「商売がうまいじゃないか。ガーター町の人間とは思えない。」
「そう言うな。それにだ、ガーター町の町教は、『レイン神を崇める会』だしな。」
「おい、それは自粛しろ。っていうか町教ってなんだよ!」
「このコインは、宗教上の道具としても優秀だ。なにしろ、コインにご本人様デザインの、ご本人の肖像画が入っているんだからな。これ以上貴重なものはない。」
レイン神、ちょっと崇められすぎじゃないだろうか。
「なお、レイン神と一緒にいることの多い社長は、町民の間では、大聖者として崇められていたりするんだが。」
「いや、だから、僕を宗教にからめないで。」
「無理。この町の皆が、すでにレイン神にぞっこんだからな。」
「おかしいよ! 邪な欲望が、ダダ漏れだよ!!!」
もう、この町の人たち、どんだけレインのこと好きなんだよ。
まあ、恩義があるのは、よくわかるが。
「でだ。このコインを作ったのは誰なんだ? 個人か? 団体か?」
「個人だ。腕のいい職人がいるのだ。」
「ちょっと会ってみたいんだが。」
「ああ、少し待っていろ。あいつも、お前に会いたいと言っていたぞ。」
「そうなのか。」
とにかく、会わせて欲しいというと、すんなり許可された。
むしろ、向こうが会いたがっていると言うのが解せない。
まあ、職人、しかもむさいおっさんに、それほど興味はない。
10分ほど待つと、町長が一人の女性を連れてきた。
「社長。こいつが、硬貨職人のルメシーだ。」
この町の人間は、ほぼ全員エルフだと町長が説明していた。
おそらく、この少女も、そうなのだろう。
ただ、相手はエルフだ。
見た目と年齢は、僕たちの常識とリンクしない。
あと、エルフはエルフでも、ノームエルフというらしい。
僕らの感覚で言えば、あれだ、ドワーフだ。
もしくはホビットと言い換えてもいい。
それを、この世界では、ノームエルフと呼んでいるようだ。
「ノナカと言います。よろしくお願いします。」
「おう。町長から話は聞いている。どうだ、町長が見せたコインは、気に入ったか?」
「ええ。いい出来です。ただ、これ、量産可能なんですか?」
「原料さえあればな。原料さえな?」
いやみったらしく、資源をよこせとおねだりしてきた。
そりゃそうだ。
コインを作るには、インゴットなんかの地金が必要になる。
まあ、都合よく、ここにあるんだが。
「じゃあ、そうだな、交渉しよう。月、銀貨100枚でどうだ?」
「生産数か? もっといけるぞ?」
「いや、賃金だが。」
「国の仕事なのに、賃金がもらえるのか?」
「いや、お金を払わずに作らせたら、ちょろまかすだろ?」
「まぁ、そりゃ、そうだけどな?」
以前にここの領主は、こいつらに、どんな方法で仕事をさせていたんだよ?
ガーター辺境伯の仕事は、報酬なしとか、どんだけだよ。
あれか?
税収の代わりの労役だったのか?
「とにかく、そっちとしては、いくら欲しいのか言ってみてくれ。」
「じゃあな、月、金貨10枚で。」
「ちょっと待つのです! マスターは、こう言うの苦手なのです。レインが交渉するのです!」
「あ、え? レイン。お金のことになると黙っていられなかったのか?」
「違うのです! このコイン、よく見るのです。全部レインの肖像画が入っているのです。粗末にはできないのですよ?」
おそらく、それは、後付けの理由だろう。
まあ、いいけどね。
「月収とか、生ぬるいのです。生産数に応じて、支払うのですよ。」
「そうか。たくさん作れば、たくさん儲かると。」
「努力は、成果につながるのです。」
「じゃあ、1%。」
「だめなのです。0.01%なのです。これでも多すぎなのですよ?」
「いや、まあ、そうか。金貨1万枚作って、金貨1枚か。ちょっと少なくないか?」
聞いていれば、そう感じる。
そう感じるのだが、レインが突っ込む。
「例えばなのです。金の延棒から、金貨を作るのに、どのくらいの時間がかかるのです?」
「最短で、そうだな、1分?」
「1分で、何枚できるのです?」
「そうだな、一度に10枚から、20枚くらいはできるな。」
「そう言うことなのです。つまり、1時間で600枚。8時間で4800枚。」
「そうか。二日でおよそ1万枚。ここで、金貨1枚分か。」
「月に直すと、なんと、休まなければ、15枚分なのです。」
町長も、ルメシーも、ちょっと苦い顔をした。
「ちなみに、一般的な職人の月の収入は、金貨換算で、多くても10枚、少ない人は、1枚いくかどうかなのです。」
「そう考えると、多いな?」
「でも、そうでもないのですよ?」
「なぜ?」
「作るのは、金貨だけじゃないのです。だから、儲からないのです。おそらく、月に金貨5〜6枚前後になるのです。」
そこで、町長がツッコミを入れてきた。
当然のツッコミだった。
「いや、レイン神。一体、何枚作らせれば気がすむんですか?」
「たくさん作るのです。作った数だけ、信者が増えるのですよ?」
「いや、コインを作っても信者は増えないんじゃ?」
「このコインは、もうすでに、ここの宗教上の重要なアイテム、なのですよね?」
「確かにそうだが、しかしな?」
「つまり、このレイン硬貨を手にした段階で、もう、宗教上の儀式が始まっているのです。」
レインは、そんなにも信者を増やしたいのか?
お前は、神にでもなるつもりかよ?
「でも、そんなにたくさんの資源はないのです。それに、発注しすぎると、そのうち仕事がなくなるのです。なので、少しずつ、末長く発注するのですよ?」
「考えたな。さすがですレイン神。これで、ルメシーも、他国の偽硬貨を作らないですみます。」
「おい。今、聞き捨てならないことが聞こえたんだが。」
「ん? 偽硬貨のことか? あれだぞ? 前の前のガーター辺境伯からの依頼だ。本物よりも、質の悪い偽硬貨を、安価に作ってくれという依頼だ。」
「で、どうなりました?」
「帝国は、滅んだ。」
「おい! よりによって帝国かよ!!!」
「いやいや、そうじゃない。ほぼ、全ての国の偽硬貨を作っていたぞ? もっとも、ここでなら、偽物だけじゃなく、本物と区別のつかない、本物っぽい偽物も作れるが。」
なんてことだ。
こんなところでスーパーノート製造所が。
これも、戦争なのか?
偽金を敵国に流通させるのも、敵国に大損害を与えられるからな。
「で、ここにこんな合金があるんだが、これから金貨と銀貨を作れるか試して欲しい。結構な量がある。」
「ちょ、待てよ。なんだよこれ。」
「多すぎだろ?」
マインスパイダーたちが、自重という言葉を知らないのか、無蓋車ではなく、軸重の関係で、トロッコに分散させて載せなければならないほど大量に生産した、金銀の玉。
おそらく、これが毎日生産されてしまうのだろう。
このマインスパイダーたちの金銀の玉生産スピードに、職人たちが追いつくことはない。
「どうだ?」
「魔法による簡易艦艇では、ほぼ金と銀だ。確かに、金貨と、銀貨を大量に作ることができるが。」
「何か問題でも?」
「どこでこれを作った?」
「秘密だ。」
「武器や防具の原料としても、供給して欲しいんだが。」
「それは構わない。しかし、そうなると、それなりの対価が必要になるぞ?」
実の所、ガーター町は、そこそこ金持ちが増えている。
今まで、作るだけで満足していた数々の職人芸の品物が、トロッコによって流通網に乗った。
これを国内の町や村で売り捌けるようになった。
特に、コソナでは、大量に売れた。
むしろ、港を抱える、ナニーコソナ付近では、商人が買い付けて、海を渡って転売されていた。
町長の作るランジェリーが、王族、貴族界隈では、大人気になっていた。
本人は、いまだにそれを知らないのだが。
「そうだな、これくらいの値段でどうか?」
「よいのですよ? 武器も防具も、結構な量必要なのです。」
「他国に売って、お金で儲けても、いいわけだからな。」
「そうなのです。現金なら、武器よりも価値がある場合もあるのですよ?」
戦争には、いろいろな方法があることを、この世界で学んだ。
一般的に言われている戦争は、ミサイルや戦車で戦い殺し合う戦争だ。
でも、戦争はそれだけじゃない。
相手国に嘘の情報を流し込んで、信じ込ませる、情報戦争。
相手国の経済を色々な手段で牛耳る、経済戦争。
他にも、いろいろな戦争があって、それらも結果的には、殺し合いの戦争と同様の結果を与えてくる。
コインを作るのは、戦争したいからじゃなく、戦争したくないからだ。
お金をたくさん持っている国は、武力も大きくなり、攻め込みにくくなる。
逆に、お金持ちの国だと思われると、お金欲しさに侵略されやすくもなるが。
「とりあえず、この地金で、いろいろできることがわかったのです。きりきりお金を払うのですよ?」
こうして、すでに流通されていた、レイン硬貨が、レインの手によって巻き上げられるのであった。
もっとも、数日後には、大量の硬貨が製造されて、国内各地に出回ることになるのだが。
それはそれ、これはこれ。
「違うのですよ? レインは金の亡者ではないのです。すべてはマスターのことを思っての行動なのですよ?」
この件によってレイン神が、ガーター町内で「商売の神様」として改めて崇められることになったのは、「レイン神を崇める会」内部だけの秘密とされた。
この左手の疼きはなんだろう。
とうとう、異能に目覚めるのか?
そう期待して外科の医師に相談したところ、腱鞘炎だよとあっさり言われる。
あまりにもばっさり切り捨てられたので、(外科医だけに)聞き返してしまった。
え? 悪魔が宿って言うことを聞かなくなる設定じゃないの? と。
腕が痛むので、安静のためにしばらくゆっくりになるかもですが、がんばれれば、また。