第138節 サーフェイズ金山制圧 交渉編
今回は、戦うと言うよりは、交渉。
話し合いメインのお話です。
もちろん、申し訳程度には戦闘もありますが。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後72日目朝>
場所:ウーオ帝国ヴァイスフロスト城
視点:野中
目の前の皇帝陛下と、口論になっていた。
そもそもサーフェイズ金山は、帝国領の鉱山だったのだ。
だから、鉱山内のマインウルフたちも、もちろん帝国臣民。
より詳しく言えば、金山を魔王軍から取り返しに来た、帝国軍兵士たちだった。
どのようにして、敗北したのかについては、彼らの名誉のために伏せることにする。
男は悲しい生き物なんだなということがとてもよくわかる、そういう敗北だった。
それはもう、メスとして、マインウルフとしての生活を受け入れてしまうほどには。
そんな彼らを僕は救ってしまい、あまつさえウーオ帝国の皇帝陛下に返納した。
帝国臣民、しかも帝国兵なのだから、返還することに問題はない。
そもそも数日前には、皇帝陛下が、マインウルフを貸し出す様に強要してきたくらいだ。
自分たちの配下の無事を素直に喜ぶ皇帝陛下ではあったが、しかし不満もあった。
僕の配下のレベル20を超えてクラスアップすらしているマインウルフとの比較だ。
今日捕まえてきたマインウルフは、マインウルフになってレベルが0に戻されていた。
日々の生活の中で、数レベルはアップしている。
それでも、20を超える様な強者は、一匹もいなかった。
魔族の管理下において、そんな強者が出ては問題だと、レベルアップを制限されていた。
当然の措置である。
その数レベルのマインウルフ40匹に、皇帝陛下は満足し、そしてそのレベルに落胆もした。
僕は、金山に残るマインスパイダーと化したとされる、坑夫たちを救助に行こうとしていた。
そこで、皇帝陛下から、注文が入った。
せっかく救助したばかりの、マインエルフを同行させて、レベルアップさせてこいと。
もちろん、拒否した。
なにより、足手まといでしかないし、せっかく救助したのだから、少しは休ませてあげたい。
皇帝陛下は戦力的に切羽詰まっていたので頑なだったが、キッパリと拒否した。
マインウルフと化した帝国兵たちのためにも。
そんなことより、次の攻略に関する問題の方が深刻だった。
なにしろ、今回救助しようとする相手は、クモなのだ。
マインスパイダーなのだ。
どうやって、彼らと意思の疎通をとって、交渉すればいいのか。
はっきり言って、交渉するための方法は、持ち合わせていない。
とりあえず、マインスパイダーたちは討伐しない方向で、問題を先送りした。
残りの魔族と悪魔を討伐すれば、自然と味方につくのでは?
そういう、希望的観測をもって。
こうして、再び僕たちは、サーフェイズ金山へと向かった。
2階層降りるたびに、1人の魔族に率いられたマインスパイダーたちが散発的に攻撃してくる。
指揮官の魔族は、マインスパイダーに化けることなく、魔族の姿をしていた。
正直なところ、マインスパイダーの姿をしていたら、相当厄介だったのに。
なぜなのか。
考えられるのは、2通りあって、まず、1つ目は、蜘蛛には変身できない可能性。
そしてもう1つは、蜘蛛に変身はできるけれど、能力の減少幅が大きすぎる可能性。
どちらにせよ、レインとパンドラで簡単に魔族をやっつけることができるのはありがたい。
主にパンドラが魔族をやっつけていき、蜘蛛からはとにかく逃げる。
そんな戦闘を繰り返していたら、10階層で会敵した魔族から、交渉を持ちかけられる。
「蜘蛛と意思の疎通のできる、いいアイテムがあるんだが。これで見逃してくれないか?」
そのアイテム、というか指輪を装備して装備スキルを使って、蜘蛛を操ってみせる魔族。
それを見ることなく、レインが即座に指輪を鑑定して、魔族の嘘を看破した。
その指輪は、相手の意思を奪って、強制的にこちらの意思に従わせるもの。
レベル差が10以上ないと使用不可。
使用時には、結構なMPを消費する。
魔族の言うこと、うそじゃん、だめじゃん。
こちらの鑑定結果に、魔族はいろいろと言い訳をしてきたが、パンドラが秒で討伐した。
そして、マインスパイダーたちからは、感謝されるのだが、意思の疎通ができないので…。
こちらから見る分には、単純に襲いかかってくる様にしか見えない。
そこで、珍しく活躍したのが、物理攻撃と関係ない山神様。
だって、直接攻撃されたら、身体を消せばいいだけだし。
物理攻撃には弱いと言っていたが、実質的にはそう言う訳だからほとんど当たらない。
マインスパイダーと、意思の疎通ができる人が、いましたよ、ここに。
山神様は、相変わらずのチートぶりだった。
そして、即座に悪魔たちの情報を聞き出す。
彼らの言うことには、残りは、最下層の悪魔のところに集結しているという。
どうしようか。
とりあえず、マインスパイダーたちには、1階層の出入り口に固まっていてくれと頼んだ。
山神様が、引率して面倒を見てくれるという。
まあ、山神様は、同時にたくさん存在できるから、簡単に面倒見られるんだろうけれども。
さらに降って、最下層の第12階層へ降りると、ぶち抜きの巨大ホールだった。
所々、大きな柱があって、しっかりと天井を支えていた。
その天井も、他の階層とは異なってかなり高く、7〜8メートルはあった。
本質的には、第13階層なのかもしれない。
そして、敵さんたちは、完全に準備が整っていた。
前衛に、マインスパイダー軍団。
やる気は、まったくないけど、やらないと後ろから攻撃される布陣だった。
そういう悲しい立場なのだろう。
マインスパイダーの後ろを固める後衛は、魔族。
ちなみに、もう、ほとんど残っていなかったのか、4人だけだった。
最後衛に、ボスの悪魔が、腕を組んで仁王立ちしていた。
結構いかつい筋肉質の、巨大なツノが頭の両サイドから1本ずつ生えている悪魔だった。
どう見ても、魔法特化とは思えない節がある。
これは、交渉の余地があるかもしれないし、ないかもしれない。
とりあえず、相手の出方を見ようと思う。
「何で、この金山に攻め込んでくるんだよ! ひとんちに、無理矢理入り込んで、強盗とか、殺人とか。お前の血は、何色だ!!!」
あれ? いきなり苦情だよ。
おかしいな?
悪魔さん、結構ブチ切れている様子ですよ?
どうして?
そうは言っても、この金山、もともと帝国のものだし。
マインスパイダーの皆さんも、もともとはこの金山の坑夫だし。
どこにも、正当性がないんですけれども。
なぜ、そんなことを口走ってくるのか?
「いや、金山は、正直どうでもいい。帝国の臣民を拉致された上、蜘蛛にされたと聞いて、拉致問題の解決のため、ここまで来た。臣民を拉致したの、お前らだろ?」
「ち、ちげーし。何を証拠に、そんなこと言ってくるのか分かんねーし。言いがかりはよしてもらおうか?」
「いやいや、だって、蜘蛛から直接話を聞いたし。マインウルフからも証言が取れているし。おまえらだろ? 正直に、言いなさい。」
「正直に言ったら、殺さないでくれるのか?」
「正直に言えば、僕はお前を殺そうとは思わない。」
「ホントだな? 約束だからな?」
「もちろん本当だ。で、どうなんだ?」
「拉致したのも、種族や性別を変更したのも、我輩だ! どうだ、びびったか?」
「いや、ほんとに正直にいうとは思わなかったよ。で、どんな魔法なんだ? この際だ、僕に使って見せてくれ。クモでもウルフでもいいから。」
「いいのか? じゃあ、そうだな。最新のやつで行くか。魔王様からいただいた、種族変換『アイテム』を使ってな。」
え? うそ? やばい。
魔法じゃないのかよ。
カタリナじゃ、防げないだろ?
どうするんだよ?
「大魔王様から、そんなアイテムをもらえるとは、お前は随分偉いんだろうな?」
「いや、違うぞ? 大魔王様じゃない。魔王様からいただいたのだよ? それに、吾輩は数少ない魔王派の重鎮だからな。まあ、結構偉いと思うぞ?」
「じゃあ、使って見せてくれ。種族変更など、そうそうたいけんできるものでもない。」
「待っていろ、いま、準備する。結構時間がかるんだよ。あと、レベル0になるからな?」
「そうかそうか。わかったわかった。」
と言いつつ、内心ドキドキだ。
このままでは、僕までウルフにされてしまう。
本末転倒だ。
「マスター。これで、一緒にウルフです。ウルフ同士で獣の様に結婚できますね。」
「ちょ、ユリ、その邪悪な笑みはやめろ。」
「いえいえ、喜んでいるのですよ? これで、マスターは、ユリだけのものになります。」
仲間からも、思いも寄らない攻撃を受けていた。
まずいな。
ユリは、この件に関しては、率先して裏切りそうだ。
どうしよう? 早く何とかしないと。
「カタリナ。分かってはいるんだが、やはりアイテムじゃ、防げないだろ?」
「当たり前だぜ? 鎖帷子として装備されていないんじゃ、そうじゃなくても無理だぜ?」
「まじか。詰んだな?」
「あきらめんなよ。だったら、違う小狡い手はどうだ?」
「お前もか?」
「レイン様と連携してな? ほら、こうするんだ。」
「おい、それは人として、かなりひどいんじゃないか?」
「マスターは、あいつを殺さないと誓っただろ? なら、そうするしかない。」
「まじでか。」
「解析は、レイン様がする。うまくやるから安心して堂々しろ。なるべく引き伸ばすんだぞ?」
「まるで、スライムの様にか?」
「俺は、伸びないけどな?」
こうして、カタリナプロデュースの「ブラフ戦」が始まった。
悪魔は、大きな丸いテーブルを用意して、その上に、魔法陣の布を広げた。
魔法陣を囲う様に、均等に6本の黒い蝋燭を立てる。
蝋燭の炎の色も、黒。
明らかに、見たことのない色の炎だ。
「準備ができたぞ。このテーブルに乗れ。」
「土足でもいいのか?」
「かまわん。なにしろ、マインウルフになるのだからな。靴を履いていようが、全裸になる。」
「まあ、いいか。ちょっと、テーブルが高いな。手を貸してくれ。」
「軟弱だな。本当にそれで、我が魔王軍の魔族を討伐しまくっている男なのか?」
「まぁな。力や技じゃない。頭で勝負しているんだよ。」
「俺には分からんな。力こそ正義。力なき正義は、意味がない。」
「悪魔が正義を語るのか?」
「悪魔だからこそ、女神の束縛から逃れて、正しい正義を実現できる。我らだけだ、正しい正義を口にして、それを実現できるのは。」
「そうか。すごいな。で、これは、お前の詠唱が必要なのか?」
「いらん。魔法陣だからな。蝋燭が6本消費されるだけだ。中心に立てば、自動で発動する。」
「まじか。自動発動か。魔王軍のマジックアイテムは相変わらずすごいな。」
そして、悪魔の手を借りて、テーブルの上に土足で登る。
「流石に、緊張するな。ウルフか。メスか。」
「最近の魔王軍の流行でな。男を女にするだけでも、戦力をだいぶ削ぐことができるとな。」
「たしかにそうかもしれないが。そう言うのにも流行があるのな?」
そこで、テーブルの上から悪魔の腕を思いっきり引っ張る。
同時に、悪魔の足元にいたカタリナが、悪魔の両足を脛から切り飛ばした。
さらにユリが、悪魔の足元にある影から飛び出して、下から上に体当たりをかます。
最後に僕が、テーブルに乗った悪魔の手をさらに引いた。
反対の手で、その大きなツノを掴んで、顔を魔法陣の中心に押し付けた。
すると悪魔は黒く光り輝き、黒い蝋燭の炎に焼かれて、黒いモヤの様な姿になった。
魔法陣が黒く光り輝き、そのモヤを、マインウルフの形に再構成していく。
そして、10秒とかからずに元悪魔の、マインウルフが出来上がった。
「いや、これはひどいんじゃないか? 人としてどうかと思うぞ?」
ユリの通訳によると、そう抗議しているらしい。
いくら抗議しようが、元悪魔といえども、すでにレベル0のマインウルフになったのだ。
ステータスは引き継がれるので、弱いというわけではないけれども。
討伐するという意味では、簡単だった。
「魂は、悪魔のままなのです。すぐに消滅させるのです。」
そうして、ユリが、マインウルフを瞬殺した。
ユリは、マインウルフに噛みつき、その影に引き摺り込んだ。
自らの影に溺れて、土の中へ、ユリが言うには虚数空間へと引きずり込まれて消えて行った。
ユリ、実はそれ、悪魔の段階でも、できたんじゃ? マインウルフにする必要、なかったよね?
こうして、名も知らぬ悪魔は、ハイドウルフ姿のユリによって討伐された。
残りの魔族も、抵抗はしてきた。
だが、即座にパンドラによって、レベルアップの糧とされた。
討伐できなかったレインが、不満そうだった。
「パンドラ。1匹くらいは、討伐させるのです。ストレスがたまるのですよ?」
「これは、失礼しました。こんどからは、1匹だけ、残しておきますね。」
パンドラは、レインの気持ちがわかっていない感じだった。
もっとも、パンドラのレベルアップも急務である。
レインにばかり構ってはいられない。
全体の底上げが大切だからだ。
山神様によって、マインスパイダーと化した元坑夫たちから、話を聞くことはできた。
できたのだが、いろいろと、望み薄だった。
まず、山神様以外と、意思の疎通が取れないということ。
ついで、人間を見ると、襲いかかって食べたくなる衝動を抑えきれないこと。
最後に、呪いがかかっていて、金山から脱出できないことだった。
なるほどなるほど。
マインウルフたちにも普通にその呪いがかかっていたので、レインが呪いを破壊していた。
今回も同様に、その呪いは破壊できた。
でも、人を食べたいという衝動は、悪魔の呪いではなく、種族そのものの本能なのだ。
僕たちにはどうしようもないことだし、今後これはどうすればいいだろうか。
とにかく、レベルアップして、クラスアップすれば、解決するかもしれない。
僕たちは、その重大な問題を、あっさりと先送りした。
ちなみに、彼らマインスパイダー軍団は、我が国で雇用することにした。
金山の金を掘るのに活躍してもらうのだ。
なぜなら、マインスパイダーは、レベルが上がると、岩石系魔法を覚えるからだ。
ただし、マインウルフたちとは、岩石魔法の方向性が違う。
マインウルフたちよりももっと、坑夫として役立つスキルや魔法を覚えてくれるのだ。
レインが、ステータスを確認したところ、ほぼ全員の職業が「坑夫」となっていた。
なるほど、坑夫としての職業スキルも持っている訳ね。
職業システム、絶対有利だろ?
「レイン先生、僕の職業も、早く何とかしてください。」
「諦めるのです。恩寵だけで満足するのですよ?」
「いや、トレインの恩寵、戦闘の役に立たないし。」
「立つのです。立っているのです。」
「いやいや。職業システムに比べたら。」
「そんなことないのですよ? 職業なんて、飾りなのです。エロい人にはそれが分か……」
口に出したら、レイン先生に怒られました。
激おこでした。
でも、まあ、怒りながらも何か悪知恵がひらめいた顔をしていたので。
もしかすると、もしかするかもしれませんよ?
マインスパイダーとか、あのゲームと誤変換しやすいので、パソコンに学習させるまで、面倒なことになっていました。
スパイダー相手に、どう戦えと?
しかも、殺しちゃダメとか、ハードル高すぎるだろ?
今回は、そんなお話でした。
皆さんの想像したものの、斜め上を行っているならば、幸いです。
それでは、がんばれれば、また。