第135.5節 祭り上げられし者
<異世界召喚後70日目早朝>
場所:ウーオ帝国ヴァイスフロスト領ヴァイスフロスト城
視点:皇帝陛下
「いいところに来たな。ちと、伝言を頼まれてはくれんか?」
目の前には、食料などの物資を運んで来てくれた、元山賊団の親分だと言う男がいた。
人は、変われば変わるもの。
元山賊団ですら、こうして臣民のために身を粉にして働いている。
ワシはどうだろうな?
臣民のために働けているだろうか。
まだ、帝国領は1%くらいしか回収できていない。
残り99%は、魔王軍に占領されてしまっている。
だが、ここでも残存兵や、残存住民がたくさん存在した。
なんなら、この城の城主も救い出すことができた。
この城や、この周辺のことについては、領主に任せればいい。
ワシは、皇帝として、臣民を救い出すことに専念したい。
ならば、戦力が必要だろう。
それも、魔族や魔族と渡り合えるだけの能力のあるものたちが。
残念なことに、今、手の内にある帝国兵には、それだけの能力のあるものはいなかった。
いたとしても、それならなおさら、この城の守りに必要だ。
しかし、皇帝が魔王軍に単騎で乗り込む、と言うわけにもいくまい。
どうしたものか。
そんな、詮ないことをずっと考えていた。
もちろん分かっている。
答えの出ない、堂々巡りであると言うことは。
だが、この親分を見て、気がついてしまったのだ。
ここは、恥を忍んで、嬢王国に頼み込むべきではないだろうか。
魔王軍を倒したいんです。
戦力が手元にないんです。
力を貸してください、と。
しかし、嬢王国とて、状況は我が国とそうは変わらない。
なにより、いろいろな国に目をつけられている以上、敵は多い。
一番の敵は、魔王軍なのだから、他は、どうでも良くなってくるものの。
そこから、戦力の引き抜きは、難しいだろう。
万が一、ノナカ社長が、それを許したとして、嬢王国が魔王軍に蹂躙されたのでは、本末転倒でしかないのだから。
嬢王国が、魔王軍に殲滅されたら、我が国も同時に、秒で滅亡する。
これは、難しい選択だった。
だから、ダメ元での依頼だったのだ。
同時に、ノナカの人間性を見る、いい機会になると思ったのだ。
結果として、交渉は決裂。
ノナカたち3人は、帰っていった。
やはり、マインウルフ軍団を借用することはできなかった。
分かってはいたが、もう少し言いようと言うものがあるだろう。
ノナカの言うことは、実質的には、ただしい。
今回の件も、一義的には、我が国の臣民から、能力あるものを募るべきだ。
それに、そうしないのなら、ノナカたちに提示できる、対価を準備すべきだ。
両方ともなしでは、ノナカでなくとも、話にならないとかえっていくところだろう。
「すまないな。もっとたくさんの臣民を、助けられると思ったのだがな。」
「皇帝陛下の御心。我ら臣民にとって、なんとありがたいことか。このヴァイスフロストめが、皇帝陛下の希望をなんとか叶えましょう。」
「できるのか。」
「無理です。理想が高すぎます。ですが、何もしないで指を咥えていることなど、この話を聞いた『臣民』のすべきことではありませぬ。あの、『ノナカ』たちとは、立場が違うのです。助けようとする帝国臣民は、我らの隣人であり、身内。どうして見捨てることができるのでしょう。」
こうなることは、目に見えていた。
臣民は、絶対君主制に近い我が国において、皇帝陛下の意に沿うように動いてしまう。
いいように考えれば、ワシの人徳が成せる技。
悪いように考えれば、何でも言うことを聞いてくれる臣民ちゃん、ということになる。
うっかり、実行されて、無駄死にされても寝覚めが悪い。
「まずは、兵たちのレベルアップが必要だな。今のレベルでは、外にいる魔物すら倒せまい。」
「確かに。それでは、すくなくとも、魔物が倒せるくらいには、訓練をします。」
「たのんだぞ。お前だけが、頼りだ。」
「ありがとうございます。」
謁見の間から退出していった、この城の城主であるヴァイスフロストを見て、思う。
ノナカも、こいつくらいワシのことを思ってくれればいいのにと。
もっとも、それは無理な話で。
なにより、そこまでの人間関係はないのだから。
神佐味たちが、サッシー王国から帰ってきたら、手伝ってくれるだろうか。
奴らも、かなりの戦力。
手放すには惜しい。
ワシの頭の中で、戦力の数盤が弾かれていた。
「マルス・ウーオ。あなたは、働かないのかしら?」
玉座の後ろから、声が聞こえた。
山神様の声だった。
「い、いえ。滅相もございません。」
「ならば、働きなさい。ノナカたちは、あなたたちのために、今も戦っているのです。皇帝とはいえ、座っていればいいだけの簡単なお仕事ではないはず。」
「はい。」
「ならば、何をしてくれるのかしら。」
「で、では、その。」
そうだった。
山神様は、ワシを見て、笑っていらっしゃった。
そう。
ワシは、結局、言うだけ番長だった。
何もしていなかったのだ。
今からでも遅くないはず。
ワシにも、ワシにしかできんことを実行すべき。
老体に鞭打って、この国のために動く時が来た。
ワシも、兵を率いて、魔物討伐へと出かけた。
少しでも、我が国の戦力が充実することを願って。
こうして、帝国兵たちのレベルが、少しだけだが、確実に向上していった。