第134.5節 一流を目指して
2位じゃだめなんですか、という有名なセリフがあります。
技術者にとって、2位を狙うということの意味がわかりません。
山登りで、9合目までで満足して帰るようなものではないでしょうか。
今回は、そういうお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後70日目午後>
場所:ヨーコー嬢王国ウーバン領ガーター町
視点:ランジェリオン(町長)
ガーターの町は、元はと言えば、ガーター領の領都だった。
その当時の領主が、魔法や技術を発展させることにご執心で。
結果として、今の職人だらけの街ができあがった。
領主は、最終的に領主を辞めて、一技術者として、世に貢献した。
らしい。
というのも、なにをどう貢献したのか。
その一番重要な部分の記録が残されていない。
この町の新たな技術は、全てギルドが記録している。
職人ギルドが、大切に保管し、流出を防いでもいる。
今では、こんな寂れた町だが、ノナカ社長が流通でテコ入れした結果。
例えば、俺の作ったランジェリーは爆売れだった。
なんなら、他国から買い付けに来るくらい人気なんだそうだ。
まさか、こんないかつい親父が作っているとは思いもしないだろう。
可愛くてファンシーな、見ていて幸せになる下着。
抱きしめられるような安心感のある下着。
そういう、至福の下着を目指して、日々精進している。
その結果が、今、花開いている。
そのおかげで、結構な儲けが出た。
そのお金を元手に、また新たな技術、デザインを開発できる。
いい感じの、スパイラルが回り始めていた。
その儲けの元を提供してくれている社長が、頭を下げてお願いしてきた。
「ポンプ」とかいう、井戸の水汲みを楽にする道具を作りたいと言う。
物自体はできているので、複製して欲しいと。
複製は、技術の基本でもあり、禁忌でもある。
技術を手に入れたければ、真似をすればいい。
「まねる」と言う言葉から「まなぶ」という言葉ができたくらいだ。
技術屋にとって、これは避けて通れない道。
だが、それだけじゃ職人としては堕落だ。
技術は、常に進歩する。
それを、人からそっくり複製する技術だけ高めても、本質的にはだめだ。
弟子が師匠の仕事を覚えるときの方法論。
弟子を卒業したら、もう、そこからも卒業しないとだめだ。
だから模倣は、いくら上達しても職人としての技術力が上がったとは認められない。
なんなら、職人の間でも、一人前の職人として認められなくなる。
いつまでも、弟子じゃいられないんだ。
師匠になったら、マイスターになったのなら。
自分の力で、技術を切り開いていくことが求められる。
それができてこその、師匠であり、マイスターだ。
ところが、そんな職人に、「複製」依頼と来た。
俺は、ピンと来たね。
他国から、何らかの武器を手に入れてきたのだが、仕組みがわからない。
とりあえず、バラして、仕組みを把握させて、複製させる。
社長の狙いはそんなところだろうとタカをくくっていたんだ。
でも、社長はとんでもねぇものを持ってきた。
普通、国を豊かにするとか言って、やることといえば武器や魔法の開発だろ?
社長は違ったぜ?
国民の暮らしを豊かにしたい。
その願いは、俺たち職人と同じだ。
でも、方法がいただけねぇ。
そもそも、どこのどいつの技術なんだ?
そう思っていたんだ。
ところが、社長のスキルで作ったからくりだったんだよ。
社長のオリジナルではないって言っていたけど、この世界じゃ、オリジナルだぜ?
理論的なことは、専門家のフォンギヌスに任せたけどな。
ただ、人殺しの道具にされないように、注意しておいたぜ。
社長は、そんなつもりはなかったみたいだけどよ。
そういうなんてことない技術でも、いつでも悪魔の技術になりかわるんだぜ?
単純な技術ほど、普及している技術ほど、致命傷になりやすいんだよ。
この技術が、国中に広まって、大丈夫なのか?
せめて、ガーターの職人ギルドが、社長とこの国を守るぜ。
ガーターは、こんな職人だらけの町だ。
だから、いろいろな国から、その技術を求めて、技術を盗みに色々な奴らがやってくるんだ。
この間なんか、魔族まで入り込んでいやがったからな。
うっかり、職人連中、酒に溺れさせられたがな。
でも、あの事件で、俺たちは目が覚めたぜ。
技術者を優遇してくれる国。
必要な原材料を、融通してくれる国。
そんな国、他にねぇんだよ!
フォンギヌスと金属職人たちは、そんな社長のために、半日で模倣品は作り上げたぜ。
依頼自体はこれで完了。
でも、このままじゃダメだ。
これじゃただの完コピだ。
ガーターの職人としての誇りが許せねぇ。
あんな完コピ、完璧な完コピであるが故に、一周回ってクズだ。
ここからが、俺たちの本当の技術力を見せるところ。
このポンプは、もともと社長のいた世界の仕様だ。
その世界で使いやすいように作られている。
社長の世界には、魔法がなくて技術が発達したと聞いている。
なら、これに魔法を付加したら、この世界用に最適化されるだろ?
そこまでできて、オリジナルを超えられて、やっと三流職人だ。
そこから、全く違う技術を生み出してこそ、ようやく二流職人。
俺たちは、いつになったら一流の職人になれるんだろうな。
ランジェリオン町長の独白でした。
彼は、他者からは一流職人と言われていますが、自身ではそう思っていないようです。
掴み取れないような高みを目指す、そのストイックさが、そうさせているのでしょうね。
それが、職人独特の気難しさになっているのかもしれません。
それでは、がんばれれば、また。