第133節 露呈した弱点
陰謀論とか、大好物です。
知り合いに、そういうの大好きな人がいて、日々布教されます。
こないだは、アトランティス大陸と、大型ペンギンのお話でした。
さて、今回のお話は、そんな陰謀論とちょっと関わりのあるお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後69日目午後>
場所:ヨーコー嬢王国ウーバン領ウーバン村
視点:野中
「マスター。どうしたんだ?」
「まいった。この世界が、この国が、予想以上に脆弱だということに。」
「なんだと?」
「ん。聞き捨てならない。」
今回の季節の流行り風邪の件は、けっこうこたえた。
魔王軍は、もしかすると単純に武力だけで攻めてくるという訳じゃない。
そういう可能性が出てきたからだ。
もし、今回の流行り病が魔王軍の仕業だとすると、今後のことを考えれば問題がある。
とりあえず今回は、村の薬師の作る薬で解決できた。
次からは、そうはいかない可能性もあると言うことを考える必要があった。
いつもの季節ものの風邪であるのなら、いつもの薬が効くだろう。
でも、魔王軍が本気を出すならば、そんな甘いことはしないだろう。
いつのも病気と、違うものを準備してくるはずだ。
もしそうなったら、僕たちにこれを有効に防ぐ手段が存在しない。
それどころか、分かっていても対応する手段がない。
どうしたものだろうか、という悩みだった。
早く何とかしないといけない。
「レイン。この世界には、そもそも医者はいないのか?」
「いるのですよ? 魔法が使えるので、比較的立場が弱いのです。」
「じゃあ、いるにいるんだな?」
「そうなのです。でも、普通に回復術師の方が早くて、役に立つのですよ?」
「じゃあ、もし、病気になったら、普通はどう言うルートで、回復術師にかかるんだ?」
「病院みたいに術師院があるのです。具合が悪くなったら、施術してもらうと治るのですよ?」
「この国には、それ、あるのか?」
「ないのです。回復術師を確保するだけでも、莫大なお金が必要なのです。施術にも、結構なお金がかかるのですよ?」
「わかった。」
それじゃあ、庶民は使えない。
今のは、王侯貴族たちの場合だろう。
では、町の平民が病気になったら?
「もし、ウーバン村の村人が、病気になったらどうする?」
「熱が出たら、頭に濡れタオルなのです。寝かせておけば治るのですよ? だめなら、死ぬのです。」
「治療は? しないのか?」
「そんなお金はないのですよ? ある人なら、薬師から、症状に合わせて薬をもらうのです。これも、結構なお値段なのですよ?」
「まじか。庶民は、病気になったら体力勝負で、負けると死か。」
「シビアなのです。この世界は、病気に対して、脆弱にできているのです。」
「何とかできないか? 国民を何とかしたい。少なくとも、マインウルフ軍団ぐらいは、維持したい。」
「ちょっと、考えるのです。何か抜け道があるのですよ? いつものお得意の、悪知恵を使うのです。」
「いや、悪知恵って訳じゃ。」
「命がかかっているのです。真剣に考えるのです。」
「むぅ。」
精霊4人と伊藤さん、そして、大岩井さんの合計7人で、机を囲んでいた。
レインは、机の上に立っているが。
あと、ハイドエルフのユリは、ウルフに変身して床で寝ている。
「野中。病院は、作れないのかな?」
「医者がいない。いても、こんな田舎には来てくれない。」
「じゃあ、国でお抱えにすれば?」
「先立つものが、そんなにないだろ?」
「それくらいなら、何とかなるかも。わたし、がんばるから。」
伊藤さんが嬢王様として、いったい何を頑張るのかは知らないが、羊皮紙に書き出された国の収支を見るに、厳しいとはいえ、何とかなるらしい。
医者とか薬師の相場とか、わかっているのかな?
「マジか。でもこの村は、よろず屋が、薬師と専属契約しているだろ? 半分村営だと聞いたんだが。よろず屋も、薬師も。」
「そう。村長さんがそう言っていた。いざと言うときあんまり役に立たないって文句言ってた。」
「そんな感じで、医者も何とかできれば、解決しそうなんだが。」
「心当たりがない。」
「むぅ。」
問題は、難題だった。
まず、この国、というか世界そのものが、病気に対して脆弱だった。
今回は、その結果として、国民が結構死んでしまっている。
そしていまだに、死に続けている。
今回の件に限るならば、慌てて作った大量の薬が効いた。
つまり、薬さえ入手できれば、死を回避できたのだ。
ところが、その薬にも、問題があった。
薬は、結構高い上に、保存が効かないのだ。
1週間、もてばいい方らしい。
腐敗した薬は、もはや毒でしかない。
しかも、その薬の原料である薬草の調達が、難しいのだ。
魔物が生息している山の中。
安定供給には、冒険者の活躍が必要になってくる。
さらに条件が加わって、その薬草にも鮮度が必要だったりする。
薬草が無事手に入ったとしても、量産が難しい。
薬を作ることのできる薬師が一人しかいない。
道具だって、限られている。
もし、どこかへ出掛けてしまっていたら、完全にアウトだ。
いたとしても、一人で作れる量には、おのずと限界がある。
そして、この厳しい条件をクリアすると、どうなるか。
薬の価格が、とんでもなく高騰するのだ。
なるほど、薬が高いという理由が分かろうと言うもの。
今回に限って言えば、マインウルフたちが冒険者の代わりに、匂いであたりをつけて、よってくる魔物たちを適切に威圧して追い払ったり、だめならやっつけたりして、新鮮な薬草を大量に確保できた。
人海戦術だった。
薬師は、一人しかいないし、道具だって、予備を含めて2セットしかなかった。
これは、マインウルフたちが、エルフに変身して、解決した。
まず、道具の方だが、似た様な道具を、レベルの高いマインエルフが岩石魔法で再現した。
道具そのものは無理なので、薬研の代替機能のあるものを作った。
乳鉢と乳棒だった。
これを、軍隊レベルの数がいる、マインエルフたちで頑張って使いこなす。
歩留まりは悪いけれども、大量生産自体は可能となった。
見様見真似というやつだ。
最終チェックだけ、薬師にお願いした。
薬師、薬師と連呼しているが、彼女には「オ・パール」という名前がある。
なんなら、本来の職業はこの村唯一の女神教の神官だ。
この村だと、神官はあまりに暇なので、サイドビジネスとして薬師をしているのだ。
たまに、レインのボコされているのは、秘密だ。
そんな敬虔な信徒の彼女が、なぜ、サイドビジネスに手を出すのか。
それは、もちろん、信徒の安寧のためだ。
彼女も神官であるので、教義に基づき、信徒の安寧を願う者。
決して、教会の運営資金がないので、薬師の利益でギリギリ教会を維持しているというわけではない。
決して、そうではない。
はずだ。
「野中さん。質問です。」
「大岩井さん、どうぞ。」
「その薬草、私が量産して見せましょう。」
「へ?」
「年中、一定量生えている状態にすればいいのですね?」
「まあ、それが理想だ。理想だが、そんなこと、できるのか? 理論的に無理な感じが。」
「私は、大岩井。大岩井の農園を継ぐ予定の者。植物に関して、できぬことなどありません。できないなら、できる様にするのが、出来る者の義務です。使命です。」
「そ、そうか。まかせる。」
大岩井さんの熱意に、圧倒されてしまった。
農業の話になると、すんごく熱くなるから。
うっかりスイッチを押すと、大変なことになるんだよな。
でも、これが成功すれば、ある程度は解決できるはず。
「野中。ちょっと。」
「伊藤さん、なに?」
「病気になった後の対策も大事だけど、そもそもなんでこんなにたくさん流行したの? 街の間の行き来なんて、商人と、トロッコくらい。こんなにすぐ、流行するはずがない。」
「まあ、そうなるよね。わかっちゃいますよね、それ。」
「何か、知っているの?」
言うべきかどうか、迷う部分でもある。
「確証が持てない話が一つと、確実に言えることが一つ。」
「両方教えて。」
「確証が持てない話は、簡単だ。魔王軍の作戦の一つだった可能性がある。魔族が人間に化けて紛れ込んで、病原体をばらまいた、と言う説だ。効果的にばら撒くなら、村の井戸なんかが、効果的じゃないか。その証拠に、駅のポンプ式井戸水を飲んでいる僕らは、誰もかかっていない。罹ったのは、お外の水も飲んでいた、大岩井さんだけだ。」
大岩井さんに睨まれる。
ご近所付き合いで、どうしても飲むからね。
伊藤さんは、嬢王様だから、そういうことしないけど。
「確実に言えることは、難しい話だけど、確実だ。公衆衛生の問題だ。上下水道が整っていないので、病原体が持ち込まれて、病気になった人が病原体をばら撒くようになる。咳や便から、簡単に。単純に。これは、元の世界なら、対策がなされていて、ばら撒かれないようになっていた部分。」
「でも、そんなの。一朝一夕じゃ、どうにもならないじゃない。」
「だからこそ、するんだ。公衆衛生の向上を。」
「じゃあ、どこから手をつけるの?」
「井戸だ!」
みな、何を言っているんだろうと言う目で、こちらを見てくる。
「井戸を、手押し式のポンプにして、蓋をする。毒を投入したりすれば、すぐにバレるわけだ。なんなら、井戸の上蓋に、鍵をかけるのもいい。これだけで、かなり対策になる。水汲みも楽になる。」
「その手がありましたね。」
「でも、どうやって? この世界には、そんなもの。」
「ガーターの町に発注する。職人に、駅の井戸のポンプを見せて、作らせる。そして、国内に設置しまくる。」
「そう。それで、一定の効果は見られそう?」
「だが、足りない。伊藤さんの力を借りたい。」
「私の?」
「そうだ。」
公衆衛生の向上に必要なものは、道具やシステムだけじゃない。
人間そのものの知識や行動が、最大の武器なのだ。
ところが、この国のどこを見ても、その知識や行動を布教する施設が存在しない。
教会だって閑古鳥が泣いているくらいだ。
ないなら、作ればいいじゃない。
保育所的な機能を持つ施設を作る。
そこで、子供に文字とかを教えればいいんじゃないだろうか?
そのままじゃ、絶対に来てくれないから、昼ごはん付きにすればいいんじゃない?
ならば、託児所と保育所と学校と配給所が合体した、福祉行政施設を作ればいいんだ。
「保育所、というか、こども園?」
「そう。でも、この世界じゃ、小学生くらいから働き始めるのだろう? だから、預かることができるのは、保育所が必要な幼稚園児くらいまでの子供だけだ。その、吸収のいい時期に、文字と計算を学習させて、同時に、公衆衛生、うがいとか手洗いとかも教えればいい。」
「でも、私、子ども、育てたことない。野中も一緒に育ててくれるの?」
「いや、精霊3人衆の手が空いた者とユリに、手伝ってもらう。あと、そうだ、手が空いているといえば、洞川ファンクラブの皆さんがいたな。」
洞川ファンクラブという言葉に、皆、微妙な反応だ。
「私以上に無理でしょ。」
「あれで結構、教育熱心になりそうな気がする。どのみち頭はいいんだしな。」
「そう。まあ、野中がそれでいいなら。」
「野中さん。そのこども園的な施設は、どちらにお作りになるのですか?」
「あるもので、使っていない施設。しかも、国中から子どもを集めても大丈夫な場所。あれだ、旧国境警備隊本部の建物。あれを流用しよう。あそこなら、駅もあるし。ちょっと側線もあるし。大量移動させるには、ちょうどいい。」
とりあえず、これをオールドコソナに作ればいいと。
各町から、子どもたちをトロッコに乗せて、朝、かき集める。
そして、夕方には、各町へトロッコに乗せて、返す。
構想段階では、うまく行きそうだ。
「あとは、交渉だな。重光たちと。あと、村人たちと。」
「じゃあ、広報は、わたしから村長さんにお願いしてくるから。重光さんたちのこと、野中、よろしくね?」
「え? 僕がやるの? 女子の方が。」
「野中さん。ここにいる女子で、彼女が説得できるとでも? 野中さんが、『洞川さん』を説得するのが、一番の近道ではありませんか?」
「まじか。そんなにか?」
「ふふふふふふ。」
大岩井さんは微笑むだけで、教えてくれなかった。
「私は、薬草の人工栽培に取り組みますので。あとはよろしくお願いしますね?」
「あ、ああ。」
自分で言っておいて何だが、梯子を外された格好だった。
大丈夫。
大丈夫なはずだ。
うまくいく。
「マスター。そんなに力を入れなくても、大丈夫なのですよ? ダメなら、村人たちを頼ってもいいのです。」
「まあ、そうだな。でも、どちらかというと、彼女たちに仕事を与えておきたい。暇になった能力のある者は、大抵その空き時間で悪さをするもの。洞川のためにもな。」
「友達想いの、いいマスターなのです。」
「褒めても、何も出ないぞ?」
「でも、何で、レインだけ、子どもの相手から外すのです?」
「おもちゃにされるだろ? 人形だと思われて。もみくちゃにされるのはまだいい。腕とかもがれたり、着せ替え人形にされたら、いやだろ?」
「マスターになら、それでもいいのです。何か、着せ替えたい衣装があるのです?」
「……ないから。そういうの、いいから。」
「あるのですね。正直なマスターは大好きです。」
「ないと言ったはずだが。」
「そうなのですか。ユリとお揃いのメイド服なんか、いい感じなのですか。分かるのです。男の子ですね、マスターも。」
「人の心を読むな!」
「読んでないのです。マスターが単純すぎるのですよ? これくらい知っているのです。」
完全に掌の上でもて遊ばれていた。
まあ、レインのメイド服姿も、いいよな。
できれば、普通の人間サイズで、見たいのだが。
如何せん、人形サイズでは。
「ん。マスター、トロッコ、増産が必要?」
「あれだ。軍用車で、いいんじゃないか? 人も運べるんだろ? 試しに作って、経験値を稼ぐといい。資源は、レインからもらってな。」
「ん。了解。作ってみる。」
ロッコとラストが、パンドラと、子どもの相手をすることについて話をしていた。
3人お揃いのメイド服がいいんじゃないかとか言い出している。
もう、初っ端から不安だ。
ラストは、完全に乗り気で、ガーターに発注しよう! と高らかに宣言していた。
こうして、我が国の公衆衛生向上作戦が始まった。
今から作る施設の名前、何にしようか。
放っておくと、伊藤さんに「こども園」と認定されてしまいそうだ。
早く何とかしないと。
保育園と幼稚園が合体して、こども園。
制度ができて、しばらく経ちましたが、やっと、街中でも見られるようになって来ました。
もっとも、今のコロナ情勢では、大変ご苦労されていることでしょう。
異世界で、そんなものを一から作ろうとするなら、どうなるんでしょうね。
今回はそんなコンセプトの内容でした。
それでは、がんばれれば、また。