第50話 それでも私は殺ってない
小松崎先生が、異世界から帰って来ました。
みんなで歓迎会を開いて……くれません。
今日は、そう言うお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後63日目夕方>
場所:学校(元の世界)
視点:小松崎教諭
気がついた時には、フカフカのベッドに寝かされていた。
例の部屋特有の、消毒薬臭い匂いがする。
ベッドの周りには、ご丁寧にカーテンレールに沿った白いカーテンが視界を遮る。
ここはおそらく、あそこだ。
学校の保健室だ。
私は帰って来てしまったのだろう。
完全に油断していた。
死体が動くとは思っていなかった。
異世界だと意識はしていたが、結局のところ、元の世界の常識でしか判断が及ばなかった。
アンデットまでいる世界で、たかだか殺された程度では、物言わぬ死体とは言えない。
現にこうして、こちらの世界へと送り込まれてしまったのだから。
いや、まずいな。
これはとてもまずいんじゃないだろうか。
悪い予感がびんびんだ。
立て付けの悪い、引き戸の開く音がした。
一直線でこちらに向かってくる。
きゅっきゅっと足音を立てるのは、奴しかいない。
私と同じ歳の、私と比べてはダメな奴だ。
近江だ。近江舞子だ。
この保健室の主、保健の先生こと「養護教諭」近江先生だ。
モデル体型の長身。
太っていないのに不自然に巨乳。
そして、艶やかなストレートロングヘアー。
美人系の整った顔立ち。
どれもが、私の欲しいもので、手に入らなかったものだ。
世の中には努力でどうになるものと、そうでないものがある。
これは、その典型だ。
その近江教諭が、カーテンを開くと、ベッドの脇にある椅子に座って様子を伺ってきた。
「気がつきましたか? 小松崎先生、でよろしいんですよね?」
「●●●●●●●●●●●●!」
「え? 何ですか?」
「●●●●●●●●●●●●!」
「何をおっしゃっているのかよくわかりません。わかりやすい日本語でお願いします。」
そして気がついた。
私は、日本語を喋っていなかった。
あの世界の言葉を流暢に話していたのだ。
それはそうだろう、2ヶ月も使い続けていたのだ。
魔法陣を製作するためにも、書物を読み漁るのにも、あの世界の言葉は重宝した。
だから、すぐに学び、活用した。
言葉はいくつかの種類があって、解読されていないと言われている古代語やら神聖語やら、いろいろあやしい言語もあったが、暗号解析の要領で、それも解読済みだ。
しかし、そうか。
2ヶ月、日本語を使っていなかったんだな。
「大丈夫だ。日本語で通じる。私は、小松崎だ。失踪していたのは、2ヶ月くらいであっているか? この世界へと戻るのに、かなり苦労させられてな。」
「この世界? あの、失礼ですが、どちらに行かれていたのでしょう?」
「そういえば『ヒノパーン小大陸』とか現地の人は言っていたな。まあ、世迷いごとだ。字面のままな?」
近江は、目が点になっていた。
うっかり本当のことを話してしまったのがいけない様だ。
気をつけなければな。
檻のある病院に、入院させられかねない。
「はあ、先生、頭、大丈夫ですか?」
「失礼な。自分では大丈夫だと思っているんだ。客観的にはダメかもしれないが。」
「わかりました。目が覚めたばかりで、まだ、記憶が混乱していると伝えておきます。しばらくゆっくりとお休みくださいな。」
「ありがたい。」
しばらくは、ゆっくりできそうだ。
走り抜ける様な日々だったからな。
人生で一番、体も頭も酷使したと思う。
いや、まだだ。まだ、終わっていない。
残して来た生徒たちを、どうやって救い出すのか、考えないとな。
「私は、なんで保健室で寝ていたのだ? 確か、教室で、爆発か何かに巻き込まれた記憶はあるのだが。」
「ええ。そうです。2ヶ月前の事件のあった日に、先生のクラスで爆発がありました。窓ガラスとか割れて、大変だったのですよ?」
「それは、残った方も大変だったのだな。」
「そうですよ。話を聞いて、慌てて救急車を手配したのに、怪我人0なんですから。両隣のクラスから、話を聞いても、爆発直前まで、確かに人のいる声がしていたはずだと証言もありますし。」
残った方からすれば、いるはずの犠牲者が、綺麗さっぱり消えていたと言うことになる。
異世界に召喚されていたのだから、残っているはずもないのだが。
それは、封印だな。
入院は、したくない。
「むぅ。誰か一人でも、こちらの世界に残留できた者は、いなかったのか?」
「いませんでしたねぇ。保護者会とか開いて、大変だったんですよ? 先生の怪しい実験の結果だと、週刊誌では報道されていましたけど、どんな実験をすれば、一瞬で人を30人以上も消せるって言うんですか?」
「物理実験では、無理だな。それこそ、ブラックホールとかが必要だ。地球ごと消えるがな。」
「それじゃ、だめなんです。警察も来て、いろいろ調べたんですけれども、ダメだったんですよ? 何も見つけられなかったみたいです。あと、小松崎先生のロッカーとか、家とかも、調べていたみたいですよ?」
「なんだと?」
警察の手が入っているのか。
財布とか、スマホとか、ロッカーに入れたままだった。
今持っている小銭入れには、異世界のコインが入っていたりする。
まずいな。
「で、先生。聞きにくいんですが、その衣装、なんのコスプレですか? わたしも、結構コスプレするんですが、その衣装は心当たりがなくてですね。あれですか? レアな同人ゲームとかですか?」
「こ、これか? ああ、そう言うのではない。民族衣装的なものだ。期待させて申し訳ない。それに、私は、コスプレイヤーではないからな。そう言うのはわからん。」
「先生、可愛らしいから、その界隈なら、すんごくおもてになると思いますのに。妬ましい合法ロリめが。」
最後のセリフ、ちゃんと聴こえているからな。
大きいなら大きいなりに、悩みはあるものなのだろう。
彼女のスタイルでは、どう頑張っても、ロリは無理だからな。
「でも、絶対に、コスプレだと思ったんですよ? この杖とか、鞄とか、完全に異世界系の小道具じゃないですか。どうやって作ったんですか? プラスチックとか、サテンとかじゃない、かなり本格的な作りですよね?」
「いや、だからな、民族衣装的なものだ。直輸入なんだよ。」
嘘は言っていない。
自分で、直接この世界へと輸入してしまったことに、嘘はない。
「へー、ほー、ふーん?」
近江先生は、私の服をじっくりと観察していた。
こういうのが好きなんだろう。
異世界帰りだと、半ば、バレている様な気がしてならないのだが。
「先生と一緒に、先生の日記も、落ちていましたよ? それだけは、日本語で書かれていました。先生の手にあった本は、読めない異国語でしたが。」
「そ、その本。どうなった?」
「警察。」
「そうか。」
日記まで取り上げられるとか、どんな悪いことしたって言うんだよ。
「私は、何か凶悪犯罪をしでかした犯罪者なのか?」
「うーん、言ってもいい? 週刊誌レベルの話で。」
「お、おう。」
「まず、爆発の時の生徒誘拐。そして、今回は、その生徒の殺害。その2つが疑われているわ。」
「殺害だと?」
「そうです。先生の近くに、首の離れた遺体が2体、ありましたから。」
町田と、楢原だろうな。
ということは、割ヶ谷は、こっちに来ていないのか。
してやられたな。
術者である私が、こっちの世界に来てしまっては、帰れないと言うのに。
「あと、この杖、一応、取り上げられなかったですけれど、青い水晶玉みたいな宝石、浮いてるんですけど。どうなっているんですか? 触っても外せませんし。どこも固定されていませんし。」
「ああ、危ないから直接は触らない方がいい。」
「放射線?」
「そういうのじゃない。なんというか、あれだ。ケガレとか、呪いの類だ。」
自分で言っていて、なんじゃそりゃとも思う。
しかし、異世界抜きで、どう説明したものだろうか。
「ここだけの話、先生、異世界に行って来ましたね?」
耳元で、そのものズバリの話を聞かれた。
「養護教諭に、はいそうですと答えたら、心の健康を大いに疑われる。立場上、はいとは言えない。分かってくれ。」
「先生の小銭入れ、見たんですよ? 金貨、銀貨、銅貨。完全に異世界じゃないですか。金貨なんて、頑張れば歯形を付けられるくらいには柔らかいんですよ?」
「見たのか?」
「ええ。ちょっとワクワクして来ました。」
「私は、近江教諭の今後が、とても心配だ。写真週刊誌に、『保健室の天使が脱いだ!』とか掲載される日は近いな。」
「しませんよ?」
「どうだか。」
近江教諭は、魔法の杖、正確には、「世渡りの杖」にご執心だ。
この杖は、結構なレアアイテムで、1品ものだ。
私たちを召喚するために亡くなった、宮廷魔導師の一人が死蔵していたものらしい。
遺族に話を聞いたら、快く渡してくれた。
この杖は、特に攻撃魔法が強くなるわけでも、特殊な効果があるわけでもないからだ。
ただ、水晶球が回転しながら浮いている、木製の杖。
ちなみに、この木は、鑑定の結果、生きているそうだ。
生きている、ドライアド族とかいう木の精霊に近い異種族を、封印した姿らしい。
水晶球には、別の異世界そのものが封印されていると言う。
どちらも眉唾なのだが、この杖を使うことで、私の様な経験の浅い者でも、異世界転移が可能になった。
厳密には、それ専用の杖らしい。
杖の中にある、特殊な異世界をうまいこと経由して、色々ない世界へと渡り歩けるらしい。
まだ、全然使いこなせてはいない。
杖に頬擦りをしている近江教諭を気持ち悪がっていたときに、保健室の入り口が、乱暴に開かれた。
そして、扉が、バシン、と音を立てて柱にぶつかり、レールが外れて、廊下に倒れた。
とうぜんなのだが、扉に入っていた、カラスが割れて、飛散した。
あの扉には、乱暴に開くと壊れます、本当です、注意! と書いてあるのに。
黒スーツに身を固めた、いかつい顔のおっさんと、部下の若い男が2人。
そいつらが、犯人だった。
3人で仲間割れをして、責任を押し付けあっている。
おまえらは、こどもか!
そして、こちらはこちらで、近江教諭は般若の様な顔で箒とちりとりを持って、廊下へと向かっていた。
もちろん、男3人は、強制的に後始末をさせられていた。
怒ると怖いからな。
幸いにして、怪我人はいなかったようだ。
わかり切ってはいたが、警察の人だった。
刑事だ。
ドラマみたいだな。
「武蔵野府警の神崎だ。小松崎さん、あなたにいくつか聞きたいことがある。」
典型的な、警察官だった。
こちらの都合とか、関係ないらしい。
「どうぞ。」
時間の無駄は省くべき。
話を先へと促した。
「あなた、今までの2ヶ月、どこにいた?」
やはりそうくるよな。
まあ、あれだ、ごまかすしかない。
「教室で爆発に巻き込まれて、気がついたらこのベッドに。」
「2ヶ月間、どこにいたんだ?」
「ベッドの中?」
「どこにいたんだ?」
「こっちが聞きたいくらいだ。どこにいたと言わせたいのだ?」
いきなり、平行線だった。
当然のくだりだ。
なにしろ、言えない。
本当のことは、言っても無駄だし。
「申し訳ないが、あんたには殺人容疑がかけられているんだよ。2人も。」
「町田と、楢原のことか。聞いている。」
「近江先生。あんたしゃべったな?」
「ええ。もちろん。」
「なんてことしてくれるんだ!!!」
どうと言うことはない話に、おっさんデカはキレていた。
意味がわからないよ。
「動機は?」
「何の?」
「話の流れでわかるだろう?」
「主語がない。古典文学じゃないんだ。特に刑事事件として話を聞きたいなら、正確に主語をもとめる。修飾語はいらない。」
「殺人の、動機は? 楢原と、あと、町田。」
「動機か。逆に聞くが、動機があったとして、非力な私に実行できるとでも言うのか? むしろ、普段は殺されそうな目に何度もあっているのだが。一度、3階のベランダから放り投げられたこともある。」
余計なことを言ったかもしれない。
「動機は、復讐と。怨恨による犯行だな。」
勝手に納得していた。
これ以上、何を言っても無駄だろう。
黙秘だ。
黙秘権を行使するのだ。
のらりくらりと知らぬ存ぜぬを繰り返して、誤魔化しまくればいい。
その結果。
なんてことだろう。
容疑が深まってしまった。
それはそうだろう。
こちらは、言いたくない秘密を隠しているのだ。
犯罪を犯してそれを黙っていたりごまかそうとしている人と同じことをしているのだから。
任意、とかいう、便利な言葉を使うわりに、ほぼ強制的に警察に連れて行かれた。
一応、念のために、荷物は持たせてもらった。
杖が、パトカーに入らなかった。
窓からはみ出したまま、学校を出る。
校長や教頭、そして、養護教諭が、刑事に食ってかかっていたが、相手にされなかった。
ちなみに、養護教諭は、私の体のことをというか、心のことを心配して。
校長は、自らの責任問題を心配して。
そして、教頭は、説明すべき話をまだ聞き出せていないと言うことを憂慮して。
3者3様、心配していた。
生まれて初めて、取調室に入った。
貴重な経験だ。
殺風景なその取調室では、伝説のカツ丼は出なかった。
今は、そう言うご時世ではないらしい。
まず、酒に酔っていないかどうかを調べられた。
私は、酒が飲めないのだが。
なぜか、ビニール風船をふくらまさせられた。
若い女の直接口につけたものをどうするつもりだと言うのだろうか。
その風船は機械にかけられ、酒に酔っているわけではないことが証明されてしまった。
さて、ここからが問題だった。
まず、私のコスプレ風の衣装だ。
警察署に入るときにも、すでにたくさんのフラッシュを浴びている。
なぜか、警察署の入り口には報道が大挙して押し寄せてきていた。
いろいろ聞かれて、マイクを向けられたので、異世界の言葉で答えておいた。
本当のことを言っておいたのだが、わかる人が聞けば、わかるだろう。
この世界の言葉ではないので、まあ、分かりはしないだろうが。
取調室では、荷物を取り上げられると、いろいろと質問攻めにあった。
まずは、氏名とか、年齢とかからだった。
ちなみに、今日が何月何日なのか、ちょっとズレていてわからない。
冬なのは、確かだろうが。
しかし、もしかすると、もう、春になっているかも知れない。
2ヶ月経ったのだから、そう言うことがあっても不思議じゃない。
そもそも、こちらとあちらで時間の流れが違えば、整合しようもない。
取調室には、そんなことを知る術もない。
取調べは、予想以上の長時間に及んだ。
深夜というか、午前様となり、午前2時。
とりあえず、根負けしたのか、解放されるらしい。
いや、こんな時間に家まで、どうやって帰れと言うのだ?
なにしろ、もう、電車の走っている時間帯ではない。
その上、悪いことに、小銭入れの中には、あちらの国のお金ばかりが入っていた。
なんてことだろう。
財布とか家の鍵すら、学校のロッカーの中だった。
運転免許証とかもその中だったので、刑事が出す様に言ってきたが無理だった。
どうしようか。
スマホすら持っていないのだ。
悪いことは重なるもので、この警察署は、学校のある場所とは別の市町村にある。
学校に戻るにしても、結構な距離だった。
あれか?
あれをやるしかないのか。
もう、私は躊躇しなかった。
私の恩寵「コピーアンドペースト」を使うしかない。
この恩寵は、見たり体験したりしたスキルや魔法をコピーできるスキルだ。
自分にペーストすれば、どんなスキルや魔法でも使うことができる。
そのペースト可能枠は、たった3つだけ。
あの女神から、魔法をコピーして盗みとってやったのだ。
一つは、先ほど使った、世界転移魔法。
もう一つは、体を守る、防護結界魔法。
そして、最後の一つが、浮遊移動魔法だった。
残念なことに、世界転移魔法で、普通の転移はできなくはないが、膨大なMPが必要だ。
今の私でも、ぎりぎり1回分に足りないので、自殺行為となるため流石に使えない。
もう、移動手段がないのなら、無駄に高いMPを利用して、空を飛んで帰ることにした。
玄関は、もう、施錠されていると言うので、裏口から出された。
そこにも、たくさんの報道の記者たちがカメラを構えていた。
即座に、結界魔法を構成した。
光を反射するように調整した結界魔法だ。
おそらく写真には、記者たち自身ばかりが写っていることだろう。
後で、後悔するがいい。
ああ、でも、これでは家に帰れそうにない。
もう一度、警察署に入れてもらうと、屋上に連れて行ってもらった。
そして、浮遊魔法で柵を飛び越えて、飛び降りると、あわてて止められそうになる。
警察の人が地面を見た時には、そこに私はいなかった。
いい勢いで、うまく飛び去ったのだ。
警察の人の背後側から、結構な高さの高度をとると、そのまま家路に着いた。
ちょっとした賭けだった。
この世界でも、魔法が使えるのかどうか。
飛び越える際に、魔法が使えていたのでいけると判断した。
家に帰るも、鍵がないので入れない。
仕方がないので、2階のこっそり開けている窓から侵入した。
テレビを見ると、殺人事件も、警察署からの失踪も、結構な大事になっていた。
でも、電話もないし、今のところは、誰からも文句を言われることもない。
明日からどうしようか。
どうにかして、元の世界に戻って、彼ら彼女らを連れ帰ってこなければ。
でも、流石に、生贄はない。
この世界で生贄とか、絶対無理。
転移の失敗は、人生の失敗に直結していた。
やるんじゃなかったな。
あいつら、ちゃんと今日も生きのびているだろうか。
それが、とても心配だった。
もし、本当に異世界から帰って来たままの状態でうっかり発見されたらどうなるか。
それが、今回の話の、コンセプトです。
コスプレは、好きではありますが、倒れた状態で、着ていたとなると、ちょっと。
それでは、がんばれれば、また。
訂正履歴
者 → もの
使えてので → 使えていたので