第129節 魔王軍からのお願い
物語の流れとして、大魔王をやっつけるのが目的となるゲームや物語は多いものです。
ですが、はたしてそこに本当に正義はあるのか、という問題を提起されることも最近多くなってきました。
今回は、そういうお話を、この物語上に落とし込んだものです。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後60日目昼>
場所:ウーオ帝国ヴァイスフロスト領ヴァスト砦
視点:野中
「城を用意しろ。来るまでに、城を一つ、魔王軍から取り返せばいいだろう? おあつらえ向きに、ちょっと北にヴァイスフロスト城という、かなり大きな城のある都市があるのだから。」
後から聞いたところによると、このセリフがいけなかったらしい。
よりにもよって、魔王軍の諜報員に聞かれていたのだ。
とても耳のいい小さな魔物が、これを聞いてお城に持ち帰って報告してしまったのだ。
「皇帝が、このヴァイスフロスト城を狙っています。」
と。
聞いた方は、てんやわんやした。
サッシー王国に攻め込んでいる魔王軍への、増援や補給を送り込めなくなる原因を作ったウーオ帝国の皇帝。
そいつは、交通の大動脈である北の大街道の関所、ヴァイスフロスト砦を制圧した。
結果として魔王軍は、補給も撤退も増援もままならなくなってしまった。
そんな戦力を持つ強者の皇帝が、今度はこっちに攻め込んで来る。
そうなったら、普通なら軍備を整えるなり、兵隊を増やすなりするのが普通だ。
折しも、増援や補給が送り込めず、人員や資材、兵站がこの城にダボついていた。
これをうまいこと流用すれば、負ける要素は一切ないはずなのだが。
この城のボスは、悪魔の頭数が足りなくなってしまったために、上級魔族だった。
そして、魔族仲間からの情報では、ヨーコー嬢王国には、魔族を一瞬で消す魔法が存在するというのだ。
命からがら逃げ出してきたその上級悪魔の古い友人が、情報を持ち帰っていたのだ。
したがって、魔族は、ヨーコー嬢王国と戦う時には、前線に出てはいけないと。
もっとも、レイン先生は、後衛だろうがお構いなくBAN! しているので、この報告や判断は誤りである。
が、これは魔王軍内部での情報伝達。
僕が知るところではないし、訂正することができるはずもない。
それはそれとして、その誤った情報が魔王軍の中では浸透していった。
その前提の元、ヴァイスフロスト城のボスである上級魔族は考えたのだ。
どうにかして、この城に攻め込ませなければいいと。
部下に作らせた策としては、2つの案があった。
1つは、ヨーコー王国の国境で弱そうなところを攻めて、そちらに人員を割かせることにより、城を攻め込ませないようにすることだ。
いい案に感じるのだが、デメリットが大きすぎるのですぐに却下された。
まず、攻め込んだ魔族が、消されてしまう懸念があること。
もう一つが、斥候達の話から、海から山を通って、ヴァイスフロスト砦に至るまで、城壁があって攻め込めないという物理的制約があった。
そもそもこの作戦を取った場合、絶えず攻め込み続けなければならないという面倒な制約まであるのだ。
もう1つは、砦の人間と交渉して、なんとか攻め込まれないようにお願いするという案。
これは、一見、何も消耗しないというナイスアイディアに見えるのだが。
欠点としてまず、プライドの高い上級魔族がそれをするとは考えられない。
そして、そのプライドの高い上級魔族が、交渉を成立できるはずがないということだった。
ここまでの話で、なぜ魔王軍を攻める側の僕が、これを知っているのかという疑問が出てくると思う。
話は簡単で、今、現在進行形でその話を魔族から聞かさせられているからだ。
北のヴァスト砦上で、魔族の使者から、ほぼ愚痴という形で。
ちなみに、この使者は、普通の魔族であり、上級魔族ではないそうだ。
砦のボスである上級魔族は、
「別に俺が行かなくてもいいんじゃね?」
と、この仕事を部下に振ったのだ。
結果、提案者の魔族がこちらに来ることになってしまったということ。
使えない上司に、日々苦しんでいると延々と愚痴を聞かされている。
なんなら、その上級悪魔だけでも討伐できませんかとも言われたが、無理と答えておいた。
3人で来た彼らは、最初は一見人間の旅人風の格好をしていた。
人間として、砦に入り込む計画だったらしいのだが、入る前にレインに発見され、あやうくBAN! されるところだった。
思うところがあって、話を聞いていると、今のような話を聞き出せたのだ。
話を聞きおえたら、BAN! するのですとかレインは言っていたが、ちょっと持ってもらっている。
皇帝陛下にしても、「あの城を攻めるのはワシじゃ!」と言って譲らない。
いや、荒波の国に突っ込んでくるという話はどこへ行ったんだと言いたい。
皇帝陛下としては、あの城を取り返してから、個人遠征をするつもりのようだ。
敵にとっても味方にとっても大変迷惑な話である。
「ですから、何度も申し上げいています通り、何卒、何卒、我が城へと攻め込む作戦を、思いとどまって欲しいのです。ある程度の条件なら飲みますから。」
「いや、このパターンは初めてだな。魔王軍は、騙し打ちか力技しかないと思っていたのだが。」
「あなた方は、『魔王軍』と我々を呼んでいますが、我々はサッカリン魔王国の軍隊、サッカリン魔王国軍です。元々は、サッカリン魔法王国と言っていた時代もあったのですよ? 当たり前ですが、普通に外交交渉だってすることもあります。」
まあ、戦争は外交の延長線上にあるものだから、そういうこともあるだろう。
個人的には魔法王国がなぜ、魔王国になったのか詳しく知りたいところだが。
今は、そんなこと話している場合じゃないだろう。
いや、聞けば教えてくれるのか?
「気になったんだが。なぜ、魔法王国が魔王国になったんだ? ちょっとおかしくないか? 国の歴史的には、公式見解としてどうなっているんだ?」
「知らないのですか? 我が国の歴史は、他国でも十分伝わっている通りです。古代魔法王国であった頃に、国王である魔法王が、永遠の命を求めて魔法を突き詰めすぎて災厄を呼び寄せ、魔法王が「魔王」となってしまったというのが通説です。」
「今も、魔王がいるのか?」
「ええ、そう伝えられています。ですが、その魔王を見たものは、ほとんどいません。その代わりに、我々には、大魔王様が君臨なさっています。」
「ん? ちょっと待て。ということは、大魔王と魔王は、別人だということなのか?」
「そうですが。サッカリン魔王国の国王が『魔王』。魔王軍のボスが『大魔王』様ですが。」
まじか。
どういうことなのかさっぱりわからないが、思っていたのと違うことに気がついた。
僕はてっきり、大魔王を倒せば終わりだと思っていたのだが。
魔王と大魔王の関係性にもよるが、おそらく、両方討伐する必要があるのだろう。
じゃあ、目の前の魔族を含めて、魔王軍を実質動かしているのは大魔王なのだと。
そして、サッカリン魔王国を取り仕切っているのが魔王なのだと。
なんてことだ。
同じことを微妙に違う言葉で表現しているものとばかり思っていた。
「そうか。おまえらは、どこ出身なんだ? やっぱりサッカリン魔王国なのか?」
「そうです。草も生えないような流氷と雪の地、アキハで生まれ育ちました。」
「前に攻め込んで来た奴も、そんなことを言っていたな。結構人口多そうだな?」
「いいえ。小さな町です。そうですか、そいつは……。」
「もちろん、すでに女神様の元へと旅立った。同郷は少ないのか?」
「ええ。そうです。戦いになれば、わたしもそうなる可能性が高いということですね。」
「まあな。悪いが、手加減してやることはできないからな。こっちも、元の世界に帰るチケットがかかっているからな。」
「元の世界?」
「異世界から来たからな、女神のせいで。大魔王をやっつければ、帰れるようになると言われているんだ。」
「それ、おそらく嘘ですよ?」
「なんだと?」
「だって、大魔王様が異世界に戻る魔法を使ってくださるというのならまだ理解できます。それだけの実力のある方です。しかし、討伐してしまってから、異世界へと転移する魔法が発動するとは思えません。魔法をちょっと齧っていれば、そんな嘘には騙されないはずですが?」
「確かに。別に大魔王に召喚されたわけでも、何かを封印されているわけでもないのだしな。」
「ぶっちゃけ、勇者様の召喚と、大魔王様は、一切関係ないかと。もちろん、召喚の目的は、大魔王様を討伐することなのでしょうけれども。」
聞いておいてよかった。
これ、重要な話だぞ。
つまりなんだ、大魔王を討伐して、元の世界に帰れる! と思ったら、あの女神が出てきて、疲労困憊のところを全滅させられる、というオプションだってあり得る訳だ。
あいつならやりかねない。
まったく、どっちが魔王だかわからんな。
「あなたは、女神に恨みがあると聞いています。」
「唐突に何だ? お前らの諜報能力はおかしいぐらいすごいよな?」
「そんな褒めないでください。」
「で、なんだ?」
「これを。」
「む? これは、指輪か? 禍々しいな。見るからに呪いのアイテムだな。」
「はい。装着すると呪いで外せなくなります。これは、『神授の指輪』。ステータスには一切影響しませんが、『女神属性無効』という効果があります。我々魔族や悪魔は、生まれた時から備わっている属性効果ですが。あなたがもし、女神を討伐するつもりがあるのなら、これが役に立ちましょう。」
「かなり魅力的だな。」
「で、ここからが交渉です。城に攻め込むのを、やめてはいただけませんか?」
「交渉と言ったな? つまり、その言い方では、その指輪をくれるから、攻め込んでくれるな、そう解釈していいんだな?」
「ええ、その通りです。」
しかし、それなら「交渉」とは言わないだろう。
そんなことは、指輪の話が出た段階で分かりきっていること。
「譲歩できるといっていたな? 幾らか。」
「はい。結構な譲歩の権限を頂いています。」
「無血開城。それでどうだ?」
「は?」
「無血開城。そちらにも、こちらにも被害が出ない。」
「いや、本末転倒な。」
「お前らは、なんで、あの城に拘っているんだ?」
「ですから、砦が通り抜けられれば、一番近い物資の集積拠点ですし。」
「しかし、砦を手放す予定はないのだぞ? そうだとするならば、魔王軍にとってあの城に価値はない。」
「むう。それは詭弁です。」
「知っている。こちらとしては、そうだな。一つ、こういうのはどうだ。」
「なんですか?」
ここで、ある案を交渉の内容として、相手に提示した。
「そうすると、まあ、どうしても数は少なくなるが、お前らは、サッシー王国の前線で戦っている魔王軍に、補給や増援を送ることができるだろ? そして、僕たちは、砦を守り切ることができるし、城も手に入る。お前らとて、この作戦を実行するのなら、集積拠点は大幅に場所の変更が必要になるはずだ。持ち帰って聞いてみろ。」
「そうさせていただきます。しかし、そうすると、サッシー王国が。」
「いいんだ。」
「では。」
そう言うと悪魔達は、城に向かって歩いて去っていった。
その背中は、中間管理職的な哀愁が漂っていた。
うまくやれよ、と、聞こえない距離になってから、背中に声をかけてやった。
やつらは振り返りもせず、右手を振ってきた。
聞こえるんかい。
これが本当の地獄耳か。
くそっ。
「マスター。あの魔族を消さないのです?」
「いや、今、消す必要はない。相手が乗ってくれば、無血開城だ。戦う必要性はない。それに今後、魔王軍と正面から戦う必要すらなくなる。いいことづくめじゃないか。」
「でもですよ? 魔王軍と戦わないと、魔族の魂を回収できないのです。ダメなのですよ?」
「だから、今、消す必要はないと言った。相手は、悪魔や魔族なんだ。こっちだって、同じくらい、小狡く立ち回らなければいけないだろう? 違うか?」
「わ、悪いこと考えている顔なのです!」
「頼もしいか?」
「ぜんぜんです。小狡そうです。小物感丸出しなのですよ?」
「いや、まあ、そうか。そうだよな。ごめん。」
「わかればいいのです。」
この日の午後、ラストがとうとう、レベル20を超えた。
そこで、レインによるクラスアップが実施された。
「ラストは、クラスアップするとどうなるんだ?」
「精霊騎士にクラスアップするんだ。もう決まっている。」
「と、本人は申し立てておりますが、レイン先生。」
「違うのです。いろいろあるのですよ?『設備保守』と『建築設計』、そして、『鉄道保安』があるのです。」
「設備保守、は、保線と変わらないのか?」
「そうなのですよ? 新しい線路を作るより、今の線路を整備する方に重点が置かれたクラスなのです。逆に、新しい線路を作るのに重点が置かれたクラスが『建築設計』なのです。」
「クラスアップすると、どうしても、どちらかに特化するからな。ラストの性格上、『建築設計』一択だろ。新しい路線を作りまくりだしな。」
「そうでもないのです。『鉄道保安』になる可能性が高いのですよ? 一番精霊騎士に近いのです。鉄道を外敵から守るお仕事なのですよ?」
「外敵から?」
「そうなのです。線路を破壊するようなモンスターとか、線路を盗もうとする人間とかが相手なのですよ。冒険者的ステータスは、このクラスが一番高いのです。」
「まあ、そうなるか。」
「レイン様。『精霊騎士』は?」
「ないのですよ? 鉄道の精霊なのです。騎士はちょっと難しいのですよ。」
「う〜!!!」
地団駄を踏むラスト。
コスプレまでして騎士に拘っていたのに、騎士的な部分をロッコに持っていかれた感がある。
クラスアップしたロッコの軍刀と拳銃を、毎日羨ましそうに見たり触ったりしていた。
もっとも、拳銃はロッコが触らせなかったが。
「マスター。」
「ロッコが僕のことを守りたいと強く願った結果、ああなった。思いの強さが力になる。」
「本当なのか?」
「まあな? 軍用車とかいうカテゴリーがあるとは知らなかったが。」
「でもマスター。残念ながら保線関係には、そういうのないんだ。」
「諦めるのか?」
「どんなクラスでも、ラストは精霊騎士だ。そこは揺るがない。」
「なら、いいじゃないか。」
「そうだな。ラストは精霊騎士。それでいい。」
ほんとにいいのか? それで。
不安しかないな。
「では、レイン。一思いにやってくれ。ちなみにラスト。最後に確認だ。保線の精霊のまま、レベルアップしていくという選択肢もあるんだが。」
「断る。」
「はやいな。」
「クラスアップして、ステータスを上げる。いつまでも、ロッコに負けていられない!」
「これがあれか、女同士の戦いというやつか。」
「違うんだマスター。レイン様、早くしてください。」
こうして、ラストのクラスアップの儀が行われた。
「ラスト、自分のクラスアップをイメージ。」
「しました。」
「できてない。それは精霊騎士のイメージ。」
「しました。」
「だめ。それじゃなくて。真面目に。」
「しました。」
「もういいのです!」
「勝った!!!」
「ここに、精霊レインが創造する。汝、ラスト、あなたを正式な精霊として、登録します。登録命は、ラスト、担当は、鉄建。」
「お? レイン様? 鉄拳? 武道家系のクラスかっ!!! やったぞ!!!」
ラストの体が光の粒子になって一旦消え去りレインに入り込む。
その後、再びレインの目の前に光が集まると、ラストがまた、現れた。
ロッコ同様、ちょっと成長していた。
身長が130センチくらいに伸びていた。
胸もちょっとだけ、成長していた。
ロッコが地団駄を踏んだ。
「レイン様。不公平!!! おかしい!!! なぜラストだけ?」
「成長は人それぞれなのです。今の身体にはそれぞれ、意味があるのですよ?」
「ま、マスター。どうだ? ラストもこれで、大人の女の仲間入りだぞ? どうだ、いいだろう?」
そう言って、ちょっとだけ成長した、胸部を主張してくる。
揺れたりしないし、凝視して、もしかしたら成長したかも、とわかるくらいのレベルだが。
本人がそれで喜んでいるのだから、まあ、よしとしよう。
「マスター。ラストは、レベル上げがしたいぞ!」
そう言って、寝室に引き摺り込もうとするラスト。
力が強くなっている。
抵抗できないほどじゃないけど。
「いや、何のレベルを上げるつもりだ? 魔物討伐で経験値を稼ぐんじゃないのか?」
「マスターが協力してくれるなら、すぐにレベル3くらいまでは上がるぞ? ラストは知っているからな。」
「何を?」
「ロッコが、マスターの寝込みを、うぐっ」
「ラストは余計なこと言わない!」
「おいおい。」
ロッコが珍しく慌てていた。
ラストの口を塞ぐと、耳元で何かを言い含めている。
しばらくもみ合いが続いたが、ちょっとしてから落ち着いた。
「ん。それでいい。」
「約束だぞ? 絶対だからな、ロッコ。」
「ん。まかせて。」
何らかの密約が交わされた模様。
不安材料でしかない。
「マスターも大変なのです。」
「いや、レインは知っているのか?」
「知らないのですよ? もし、知っていても知らないのです。」
「いや、それはもう、知っていると言っているようなものだろ?」
「しーらないのです!!!」
そして、そっぽを向いてしまった。
ご機嫌斜めらしい。
訳がわからないよ。
そしてラストは、いつも通りの精霊騎士スタイルで、お外に出ていった。
ユリがお供でついていくようだ。
というかラストは、ユリに乗っていた。
ユリも協力して乗せている。
あいつら、あんなに仲よかったか?
いや、ああじゃなかったと思うのだが。
あれはあれで、不安材料だ。
「どうしたのです?」
「いや、ユリとラストはあんなに仲良かったかなと。」
「関係の変化は、いつ、どんなきっかけで発生するかわからないのです。でもレインは知っているのですよ?」
「何をだ。」
「ユリのレベル、今、29なのです。ユリは、ハイドウルフなので、クラスアップできるレベルは30なのです。」
「いや、もうわかった。そういうことな。」
「協力関係なのです。おそらく、ユリとレインで一緒に魔物狩りをして、帰ってくる頃には、いい感じにレベルアップしているはずなのですよ?」
「マジか。」
「そうなのです。あと、お札も大量に要求されたのです。魔族も出るかもなのですよ?」
「そうだな。最近多いからな。」
「お札を貼るだけでも、たくさん経験値が入るのです。一儲けなのですよ。それで、パンドラもいいレベルになっているのです。」
「マジか。便利だな。」
「便利なのです。」
ユリとラストは、ボロボロになって、夕方帰還してきた。
ラストのポーチに入っていた200枚のお札は、全て消費されていた。
どんだけだよ!!!
「マスター。ユリもクラスアップできるぞ! 喜べ!」
「そうか。とうとう、ユリもあれか、エルフになるのか。」
「そうだぞ? きっといい女だぞ? 悔しいが、ユリには世話になっているからな。許す。」
「いや、何をだよ? 何を許すんだよ?」
「そ、それは、あれだ。秘密だ。そのうち分かる。」
「いや、わからんし。」
「それに、ラストも、レベル7まで上がったぞ? 頑張って、魔族をたくさん消してきた。あの、何とかっていうおしろの近くに、ドロップアイテムをたくさん持って歩いている魔族がいたから、手当たり次第貼っておいた。結構大収納の、アイテムボックスを手に入れたぞ? ドロップ品を大収納してきた。」
おい。
それって。
悪い予感しかしないよな?
「ユリ、こちらに来なさい。」
レインが、現実逃避しつつ、ユリを呼び寄せた。
「ハイドウルフ『ユリ』。汝をクラスアップします。対象クラスはハイドエルフ、ハイウルフ、ハイドール。自分のなりたいクラスを念じなさい。」
「ばふう!」
「よろしい。では、クラスアップします。目を閉じなさい。汝を、クラス、ハイドエルフになることを認めます。」
そうすると、ユリは、煙に包まれ、耳の長いちびっ子エルフになった。
「マスター。ユリは、ハイドエルフになりました。何なりと御用件をお伝えください。」
キリッとした表情で、僕にそう告げる。
とても凛々しいのだが、全裸だった。
そして、ちびっ子だった。
130センチくらいしかなかった。
しかし、なぜか、胸はそこそこあった。
目のやり場に困る。
ハイドエルフって、どういうことなんだ?
忍者系エルフっていうことなのか?
でも、忍者エルフって、あんまり聞いたことないぞ?
あと、マインウルフたちと違って、クラスアップ直後いきなりエルフになったのだが。
違うのか? あいつらと。
「ユリ、とりあえず、この服を着るのです。用意しておいたのですよ?」
「レイン様。ありがとうございます?」
明らかに、秋葉系メイド服だった。
確認して、表情がかげる。
「あの? なぜこの服を?」
「ユリは、マスターの秘書役なのです。その服がお似合いなのです。」
「そ、そうでしょうか。……そうですね。わかります。」
何が分かったのか分からないが、何やら嬉しそうに袖を通した。
おい、下着を着ろ、下着を。
クラスアップしたのだが、思いのほか残念なユリであった。
そして、みんなクラスアップした。
というお話でした。
クラスアップ悲喜こもごも。
まるでガチャみたいですが、あなたにもよきクラスアップがありますように。
それでは、がんばれれば、また。