第4話 これは脱走ですか? それとも避難ですか?
今回は、親友回。
主人公野中の親友、頭の回転の早いエロのエキスパート、猿渡の視点からのお話です。
普段は、ほんのりとエロい要素を混ぜようとするのですが、猿渡の話に関しては、逆です。
うっかり18禁の内容にならないようにするのが大変です。
ラノベでいういい親友枠ではありますが、最低な親友でもあります。
今日はそんな、微妙なお話です。
古来より敵前逃亡〜脱走兵〜は死刑と定められていることが多い。
軍法会議の結果ではなく、現場での銃殺が認められていることが多いのが特徴だ。
1人の脱走が呼水となって戦線が崩壊して、多数の死傷者が発生してしまうからだ。
もっとも、元の世界の日本では長くても懲役7年。
死にそうな戦線に駆り出されて死ぬより、懲役7年を選ぶ者が出てもおかしくない。
僕たちはそんな不思議な国、日本で育てられた。
今、僕たちは、そんな懲役7年が通用しない異世界に来ていた。
何より無理やりである。
そして、僕たちは「勇者」という名の「兵隊」になった。
兵隊として必要なものは高い攻撃力でも防御力でもない。
「規律」である。
僕の父親が、常々言っていた言葉だ。
規律のない軍隊は、マフィアと同じかそれ以下だ。
そう教わってきた。
それを、このところ実感している。
この異世界には、技能というものがある。
元の世界にはなかったものだ。
技能により、人智を超えた能力や技、魔法を使うことができる。
そして、それが、僕たちの「規律」を崩壊させた。
僕は、「恩寵:オーガズム」を授かった。
知っている人には説明の必要はないし、知らない人には説明すべきではない。
そういう類の恩寵と技能だ。
そして、今、僕のクラスで「規律」を体現する学級委員長に問い詰められていた。
「あなたの、その、『恩寵:オーガズム』って何なのよ。誰も詳しく教えてくれない。でも、あなた自身は知っているのでしょう? 詳しく教えなさい。」
これ、なんてプレイなんだろうか。
いやいや、さすがの僕でも、とても複雑な気持ちだ。
小さい子に、「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞かれているのに近しい。
もちろん、教えるわけにはいかない。
当たり前だ。
知っている人には説明の必要はないし、知らない人には説明すべきではない。
そういう類の恩寵と技能だからだ。
このところ、顔を合わせるたびに、しつこく聞いてくる。
年頃の女子に「オーガズム」を連呼されるのは、さすがの僕でも恥ずかしい。
クラスで一番エロいと評判の僕でもだ。
早く、それはエロい単語だから、女子が大声で言うべきじゃないと誰か教えてあげてほしい。
異世界に転移させられて、女神様から恩寵を授かったものの、僕たちのほとんどは、技能を使えるまでに至っていなかった。
単純にレベルが足りなかったのだ。
でも、ほとんど、ということは一部、使える人間がいる、ということだ。
そして、それが権力と直結した。
なぜなら、技能を使われると反抗できないからだ。
それほど技能というものは、圧倒的だった。
特に男子では、金本が酷かった。
元の世界では目立たないようにしていた。
でも、僕は知っている。
それは女子から陰湿かつ性的ないじめを受けていたからで。
そして、いつか復讐してやると、闘志を燃やしていたことに。
そもそも金本は、大人しくて無口な男だった。
だから、金本が虐められていることを知っている者はほぼ、当事者のみ。
僕が知っていたのは、僕の監視網に引っ掛かったからで……まあ、方法は秘密だ。
本人から聞き出した訳ではないことははっきりさせておこう。
そして、今、金本は復讐の鬼と化している。
このところ、日々、女子を、やられたときのようにいじめ返している。
授かったばかりの技能を上手に活用して。
最初のうちは単純に復讐だったのだろう。
いじめの当事者だけをターゲットにしていた。
ところが、途中から、関係ない女子までをターゲットにし始めた。
それは、復讐している現場を見られてしまったから。
見られたなら仕方がないと、口封じのためにひどいことをしたのだろう。
それが、いけなかった。
口封じが完全ではなかったことと、その現場を、さらに他の人にも見られてしまったこと。
そして、金本の心のたがが、虐められた相手だけというたがが、外れた。
誰彼構わず、ターゲットとするようになったのだ。
そして、金本を止める能力のある者は、王城内には存在しなかった。
おそらく、そんな金本であっても、小狡く狡猾な方法で止めることができたであろう、僕の親友は、一緒にこの世界に転移させられたのだが、あの女神が、さらに死地へと転移させた。
早く助けてやりたい。
助けにいかなければいけない。
でも、不思議なことに、実際に助けに行こうとする者は一人もいなかった。
先生ですら、口では助けたいと言いつつも、実行には移していない。
洞察力のないクラスメイトには、「あいつらは死んだ」とまで言われた。
親友を助けるだけの簡単なお仕事です。
何をそんなに。
そして僕は、親友を助けにいくことを決意した。
どちらかと言えば、助けられるのは僕の方かもしれない。
そもそも、このまま王城にいることは、精神衛生上好ましくない。
そして、脱出計画を考えた。
まず、脱出経路を探した。
城内を散歩と称してくまなく探した。
結果として、僕たち勇者は、実質的に監禁されていることが理解できた。
城の外には出してもらえない。
城内の訓練場で、訓練をするのは認められているが、それ以外は許されていない。
そして努力のかいあって、僕は脱出経路を発見した。
城の北側、位置的には城の後ろ側に流れる幅のある渓谷。
ゆうに50メートルはある断崖絶壁。
盲点をつくべきだ。
誰もがそこを脱出経路と考えない。
しかし、ここから脱出する手段を用意できるのなら。
例えば、50メートル分の縄梯子を用意できたなら。
そこまで長くなくても、途中で中継して、降りることができるなら。
城の北側には平原と森が広がっており、城下町の範囲外だ。
しかも、明らかに警備が手薄だ。
なぜなら、どう頑張っても、侵入することが無理だからだ。
人間が落ちたら、死ぬ高さだ。
アニメやゲームなんかでは、この高さから水面に落ちて助かる場面も多い。
でも、知っておいて欲しい。
50メートルもの高さから落ちた時の水面は、コンクリートと同等の硬さだ。
普通に死ぬ。
即死だ。
絶対にやめて欲しい。
もちろん、特別な方法を使えば、死なない場合もあるがそれは本当に特別だ。
そして、僕は、この世界に来た2日目の昼にそれを確保した。
20メートルくらいのかぎ付き縄梯子だ。
王城の倉庫の奥にしまってあった。
そして異世界に転移して一週間が経った。
闇夜に乗じて、城内をこっそりと移動していた。
城の北東の塔から、城壁に出ようとして立ち止まった。
あっさり、見つかってしまったのだ。
僕はこっそり抜け出そうとしていたのだが。
「猿渡くんは、絶対に野中くんを助けに行くと思っていたよ。」
女子が3人ほど、立ち塞がっていた。
なぜ、ばれたし。
細心の注意を払って、縄梯子と保存食糧、地図、そしてナイフくらいしか用意していないのに。
「わたし、今日のお昼に、技能使えるようになって、それで猿渡くんの動きをずっと見ていた。城から脱出しようとしているって何となくわかった。」
顔にあざのある阿部さんが、ボソボソと答えを話してきた。
技能を使われた。
でも、初日の女神の宝玉でのステータス解析では、技能が使えなかったはずだ。
なぜ。
「訓練。真面目にやったの。そしたら、レベルが1つだけ上がって。」
ああ、僕がサボっている間にも、真面目に訓練している生徒がいたなんて。
そして、その訓練でレベルが上がるなんて。
「あなた達は僕に付いてくるのか? 追われる立場になるよ?」
「わかってる。 でも、このままじゃ、クラスメイトに殺される。」
僕は、知っていた。
この3人が夜、金本に襲われていたことを。
別にこの3人は、金本をいじめていたメンバーじゃない。
何なら、その現場を見てしまったからターゲットにされたに過ぎない。
そして、警備の兵士の隙をついて、城の北側の城壁から、縄梯子を使って地面に降りた。
ここまでは、誰にも見つかっていない。
そして、ここまで来てしまえは、角度的にほぼ見つかることはない。
3人は、城内で見つけた服や靴で、この世界の村娘の格好をしていた。
今まで履いていた靴は、城壁の上に揃えてあった。
自殺に、見せかけようというのだ。
でも、それ、元の世界の感覚ではないだろうか。
この世界でも、自殺したと考えてもらえるだろうか。
とにかく、僕たち4人は、闇夜に紛れて、断崖絶壁を縄梯子で降りると渓谷に至った。
そして、城内で確認した地図の通り、この渓谷を上流に向かって登りはじめた。
ゆっくりとしか進めないが、渓谷なので目隠しも多く、闇夜であることから、追手は来なかった。
おそらく、翌朝にはバレると思うが、それでも死んだと思われるのが落ちだろう。
何より渓谷まで降りて、死体を回収しようとは思わないだろうし、実際にそんなことはできっこない。
流れの早い渓谷だ。
知っている地元の人間なら、下流へ流されたと判断するだろう。
探すとしても下流側だ。
そして、僕たちは上流へと進んでいった。
親友の転移させられたウーバン鉱山とやらは、王城からかなり離れた北東側の山の中だ。
このまま、渓谷を上流まで遡って、山を2つほど越えれば到着する。
地図の上では。
とにかく、王城を脱出できたのが大きい。
一人では難しそうだったけど、3人も仲間が増えた。
3人とも、なんか歩きにくそうにしているのは、さすがの僕も指摘しなかった。
あれだ、金本にやられたんだ。
復讐するつもりもないが、野中に教えたら、僕の代わりにしてくれるだろう。
そんな期待を込めつつ。
北へ。
毎日、自分の予想以上の読者様がいらしてくださっているようで、大変ありがとうございます。
おかげさまで、やる気ゲージが溜まって、昨日もだいぶ話が先まで進みました。
今回の猿渡氏のお話は、その後メインの話と交錯しています。
ですが、次の出番はしばらく先の第3.5章で、同じように猿渡視点の話になっています。
話も溜まってきましたので、そのうち機会を見てまた、連投しようかなと。
それでは、また、明日の15時に。