第43話 お嬢様、おかえりなさいませ
お金を稼いでお船に乗るだけのお話です。
でも、それが難しいんですよね。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後31日目朝>
場所:サッシー王国港町ヨスカコスカ
視点:桂
「おはよう。」
「あ、委員長。おはよう。」
宿のベッドで目を覚ました。
今しがた開け放たれた窓からは、冬の冷たい空気と、刺すような朝日が入り込んでくる。
朝から血圧の高い、柳さんが開け放ったのだ。
こうして今日も、澄み切った冬の青空が私の朝を迎えてくれた。
潮の香りのする港町で、今日も1日が始まる。
まずは、冒険者ギルドに朝イチで行って、割のいい仕事を見つけるところからだ。
3人で、休日もなく、冒険者ギルドに向かう毎日。
異世界に来てちょうど1ヶ月が過ぎた。
冒険者として、いろいろなクエストをこなして、生活のために日銭を稼ぐ日々が続く。
魔物討伐が一番効率よくお金を稼げる。
採取クエストは、簡単だけど換金率が悪い。
でも、私は仏教徒。
それも尼僧だ。
殺生は戒律でしてはならないと定められている。
魔物討伐クエストは、できれば受けたくない。
仏僧でも、過去には、鳥の肉食は許容されている時代もあって、畑を荒らす捕獲すると美味しいうさぎを鳥だと布教することで、うさぎ肉まで食べていたこともあった。
もちろん、近世以降、そんなことは許されなくなったのだが。
今では、雁もどきのように、知恵と工夫によって肉っぽい料理が開発されたほど。
それはそれで、どうなのかとも思うのだけれども。
とにかく、殺生はいけない。
ところが、冒険者は、いろいろな魔物を殺めることを前提としている。
あまつさえ、大魔王を殺して欲しいと、この世界に召喚されているのだから、質が悪い。
でも今は、そんなことを要求してきた王国とも女神様とも縁がない。
お金を稼ぐのは大変だけど、日々上々だった。
「アンデット系のクエストをまた見つけたぞ! 委員長!」
「これが一番割がいい。早速行ってこよう。」
「え、あ。ありがとう。」
私のパーティーの仲間二人は、アンデットを鎮めるくらいしか冒険者として能のない私に気を遣って、たまにこうして、そういうクエストを拾ってきてくれる。
気のいい仲間だった。
「今日も、丘の上の共同墓地。最近、アンデットが出まくっているから、墓地として機能しないって、町の人たちが困っている。」
「わかりました。早く悪霊を鎮めにいきましょう。」
こうして、私たちは、港から見える、小高い丘の上、「共同墓地」へと徒歩で移動した。
「1ヶ月で、結構強くなったよね。」
「まあ、そこそこ。」
私たちのパーティーは、1ヶ月が過ぎて、大体レベルが10代中盤に差し掛かっていた。
新しいスキルも覚え、戦略の幅も広がる。
そして、レベルが上がったことで、稼げるクエストを選択できるようになってきた。
アンデット討伐は、私にとって願ったり叶ったりの、割りのいいクエストだ。
「そういえば『ダイブ』はレベルいくつになったのですか?」
私のパーティー内でのライバル、大型犬くらいの大きさまで育ったホーリーウルフの「ダイブ」について、飼い主の橘さんに確認した。
「13。ホーリーサンダーを覚えた。」
な、なんて妬ましい。
ライバルというのには意味がある。
アンデットを浄化する役割が、ダイブと被っているのだ。
複数いるから、効率よくクエストを攻略できるのはいいのだけれど。
あの犬は、レベル7で、ホーリーキュアとかいう回復魔法を覚えた。
私の上位互換だった。
私は、回復魔法とか使えない。
浄化系オンリーだ。
まあ、攻撃されて、怪我をした時、駆け寄ってきて吠えたかと思うと怪我が治っているのは、正直なところありがたいけど。
でも、私の存在意義を奪わないでほしい。
悩ましくも妬ましい話だ。
犬以下なんじゃないかと、自虐的にもなる。
でも、小さい頃から面倒を見ているので、それはそれとして可愛いのだ。
天使のような白さ。
たまに砂埃で茶色くなるけど、川に入れれば、また、きれいになる。
白くてもふもふして、とにかく可愛い。
決して嫌いな訳じゃないところが、さらに私の心をざわつかせる。
だから、せめて、自分の唯一の武器と言ってもいい、浄化能力だけは、確実に向上させていきたい。
自分のためにも、ダイブのためにも。
丘に向かって歩くこと1時間。
海が一望できる景色のいい高台に出た。
気持ちのいい潮風が、海から入ってくる。
そして、丘の上には大量の墓標。
そして、アンデットたち。
今、朝なのにね。
日中でも関係なく、活動しちゃうんだね。
アンデットたちが活動する場所には、瘴気がわき、どんよりと漂っている。
そしてそれが、いい感じに日光を遮っていた。
逆に言えば私たちは、アンデットを討伐するのには、あの中に入っていく必要がある訳で。
「準備はいい?」
「いつでも。」
「ワォン!」
「どんとこい!!!」
そして、アンデット討伐戦が始まった。
戦い方には、どうしても個性が出る。
わかりやすいのがホーリーウルフのダイブだ。
どんとこい!!! と柳さんが言ったところで、瘴気の中へと走り込んでいった。
気が狂った訳じゃない。
そもそも神聖属性のホーリーウルフに対して、アンデットは効果的にダメージを与える術がない。
だから、なんなら体当たりしまくるだけでもクエストはクリアできる。
しかし、彼も(一応オスなのだ)、ホーリーウルフの誇りとかメンツとかがあるらしく、そのような力技で解決しようとすることはない。
きちんと魔法を使っていた。
詠唱していないか、していてもウルフ語? なので、私たちには理解できない。
ホーリーライトの魔法で、目眩しをしたり、直接攻撃に使ったり。
ホーリーサンダーの魔法で、消しとばしたり。
ホーリーウォーターの魔法で聖水を出して、アンデットを浄化したりしている。
多彩な能力を遺憾無く発揮している。
これでさらに回復魔法のホーリーキュアーが使えるというのだから圧倒的。
走り回って、アンデットをかき回して、各個撃破している。
対する私は、とりあえず、墓地の中心、悪霊の特異点に座り込むとお経を唱え始める。
ダイブと違って、ここから動くことはない。
お経を唱えると、周囲のアンデットが集まってくる。
なぜなら、成仏したいから。
現世に囚われた、何らかの枷を外してもらいたいから。
そして、それを手伝うのが私の職業「小僧」の技能「成仏」だ。
アンデットたちを満足させて、未練を断ち切り、成仏させるスキルだ。
もちろん、実際に何かをして満足させる訳じゃない。
だって、考えてみてほしい。
若い男なんてのは、だいたい、女絡みの肉欲に飢えた、いやらしい未練が多い。
もう、同じ人間として恥ずかしいくらいに多い。
まったく共感できない。
なんだ? 童貞卒業って。
テンプレにも程がある。
この、童貞卒業とやらを未練としている輩を満足させるのに、私が体を差し出すことはない。
当然だ。
しかし、私のスキルが、彼らにそう、「誤信」させる。
たとえば、自分の理想の女性で、童貞卒業を叶える儚い夢を見させているようなもの。
もう死んでしまっているのだから、夢か現か判断などできない。
だから、そんな夢のようなものを体験させられてしまえば、自然と成仏してしまう。
スキルを使用する立場としては、とても釈然としないものなのだが、仕方がない。
アンデット討伐というのは、とどのつまり、半分は、童貞の相手をするということ。
私だってまだそんなことしたことないのに、なんでそんなサービスをしないといけないのか。
この世界は、ちょっとおかしいと思う。
もう少し、私に優しくしてほしい。
お経をひたすら唱え続けていると、徐々に瘴気が薄まっていく。
どんどん、私の周りでアンデットが成仏していくからだ。
成仏して空いた空間に、また、アンデットが寄って来る。
とにかく、この墓地の全てのアンデットを惹きつけ引き寄せ、成仏し終えるまで、念仏を唱え続けた。
正直なところ、この世界に仏教は入り込んでいないのに、念仏で成仏させられることには、違和感を覚える。
この世界にはこの世界の宗教があって、それに沿った成仏のあり方があるのではないか。
そう思っていたのだが、ある意味、それをしているのがダイブだった。
この世界の宗教というか、仕組みを正しく読み解いて、成仏させていた。
なにより、聖水をかけると、強制的に成仏させることができるのには驚いた。
あれは、効率的だと思う。
でも、決して死者の思いや無念に寄り添う形じゃない。
満足せずに、無理やり浄化されて昇天させられる形だ。
宗教に関わるものとしては、異を唱えたい。
そうして、昼過ぎには、瘴気も晴れ、アンデットもいなくなっていた。
私とダイブの仕事の成果だった。
柳さんと橘さんは、私が、万が一にも攻撃されて死んでしまわないように、守ってくれていた。
もっとも、朝から昼まで、一度もそんな場面は発生しなかったけれども。
そして、冒険者ギルドへと行き、討伐の確認をしてもらった。
現地にギルド職員が赴き、討伐完了を確認して戻ってきた。
夕方になっていた。
「ありがとうございます。間違いなく、討伐完了を確認しました。それでは、討伐報酬です。」
「おいくらですか?」
「えっとですね。大銀貨30枚になります。クエスト依頼票通りですので、ご確認ください。」
3人で、30枚を確認する。
間違いない。
結構な額を稼げた。
これだけで、ギルド付属の宿屋に10日は泊まれる計算だ。
もっとも、ここまで稼げるなら、家を借りた方が割安なのはわかっている。
でも、治安的な部分において、ここが一番安全であることに間違いはなかった。
なにしろ、冒険者ギルド付属だから。
それに、冒険者ギルド所属者なら、割引されているから。
お得なスタンプカードも1泊で1つ、押してもらえるし。
13個たまると、1泊サービスされる。
かなりお得だ。
夕食を、ギルドの1階にある食堂のテーブルを使って、パーティー3人で食べていた。
ここしばらく常連になってきたので、ちょっと顔が売れてきてしまった。
若い女3人組は、とにかく男どもから声をかけられまくる。
面倒。
イケメンはいないのか、イケメンは。
みんな、筋肉ダルマの、世紀末な感じしかいないぞ!
アイドルっぽいの、少しはいてもいいだろ!
あと、我々は、王子様を要求する!
そんなバカなことをだべっていたら、珍しくイケメンが声をかけてきた。
眼鏡をかけた出来る男の感じがする、冒険者とは思えない感じの服装の人だった。
「すまないが、君たちは、柳さんと橘さん、そして桂さんで間違い無いかい?」
「ん? ナンパは間に合っています。」
柳さんがいつも通り、つれない返事をする。
だいたい、この返答で、3割くらいはいなくなってくれる。
「失礼。私、シーハイランド皇国から来ました、違使のチョーソベと申します。」
「シーハイランド皇国? はて、どこかで聞いたような?」
「王様が言ってた国。西国の正式名称。」
「おい、お前、人様の国まで来て、何するつもりだ?」
ちょっと、不信感が増した。
自国民じゃない。
港町なのだから、外国の人がいても不思議じゃないけど。
でも、明らかにナンパ目的じゃない。
逆に、どう対応していいのかわからない。
「いえいえ。何するつもりだ? は、我々の方です。あなた方、勇者様方が、いつまで経っても我が国へと来てくださる様子がないので、どうしたものかとこちらまで様子を見に来たのです。そうしたら、なんですか? 犬を使って墓荒らしとか、勇者の風上にも置けません。」
「どう曲解したら、そうなる!」
「我々は、だいぶ待たされたのです。少しぐらい嫌味を言わせていただいてもいいじゃありませんか! あなたの国の国王からは、乗船券を渡したと言われましたよ? ならなぜ、船に乗らないのです? 船に乗りさえしていれば、今頃西国に着き、帝の御前にいたはずなのです!」
相手のイケメン、化粧で白い顔のチョーソベは、興奮していた。
私たちが旅費を稼いでいたことが気に入らなかったらしい。
なぜなのか。
「あの、失礼ですが。国王からは、乗船券しか支給されていません。日々の食事や宿泊費、武器防具、薬草などの薬類、そういったものを買うようなお金は、支給されていません。ですから、日銭を稼ぎつつ、旅費を作らなければならなかったのです。」
「それなら、なぜ早く言ってくださらないのです。状況を教えてさえ頂ければ、我が国はいくらでも援助いたしましたのに。」
いや、今日初対面なのに、無理でしょ。
興奮し過ぎて、自分が何を言っているのかわからなくなっているようだ。
最初は、物腰も穏やかだったのだが、ちょっと荒れてきている。
「すいませんね、西国の方。ここ、ギルドなんで。トラブルを起こすと、討伐されますよ?」
ギルドの奥の方から、現れたおじいさまがそう諭した。
後ろには、戦士風の筋肉だるまの屈強な男が2人ついていた。
「い、いえ、すみません。少し、頭に血が登っていたようで。」
「若いの。少し、外の空気を浴びて、頭を冷やしてきなさいな。」
「は、はい。」
そして、男は外に出て行った。
待ってやる義理はないので、さっさと宿に上がり、さっさと寝た。
<異世界召喚後32日目朝>
場所:サッシー王国港町ヨスカコスカ
視点:桂
翌日の朝、食堂で朝ごはんを食べていると、海の男風の3人組が声をかけてきた。
「勇者様は、あなた方でよろしいか? 私どもは西国の方の者だ。船に案内するように言われて来た。食事とかの面倒も全て見るので、すぐに来て欲しいそうだ。船も頑張って早く着くように努力する。」
昨日の男の仲間だろうか。
とにかく、朝イチで私たちを迎えに来たのは、まあ、正解だった。
なにしろ、こちらは冒険者ギルドで朝イチの「クエスト探し」が待っているのだから。
それより先にアポイントをとらないと、クエストに出かけてしまうことを知っているらしい。
こいつら、わかっているプロだな。
私たち3人の意見がまとまったので、その船員たちについて行くことにした。
案内されて連れてこられた港には、大きな木造船が何隻も停泊していた。
「こちら船でございます。足元にお気をつけになって。」
「あ、ありがとう。」
船と陸の間に、板が渡してあった。
他の男たちが、簡単にその幅30センチ程度の板を渡っていく。
私たちも、それに倣った。
結構怖かった。
船に乗ると、板が外されて、船がすぐに出港した。
「ようこそ、勇者のお嬢さん方。私はこの船の船長オカリナ。女が船長とか、おかしいと思うかい?」
結構若め、20代中盤くらいの恰幅のいい女性だった。
船長というけれども、なんだか海賊っぽい衣装だった。
ほら、テーマパークのアトラクションとかで出てくる感じの。
「いえ。この世界は、結構、女性も働いているんだなと。」
「そうね。ま、女も働かなきゃいけないほど、人が余ってないのさ。いいことなのか、悪いことなのかは、その人次第だよ。」
「そんなことないです。立派ですよ?」
「そうかい? 照れるね。言うじゃないか。気に入ったよ勇者の嬢ちゃん。とりあえず、船室に案内させるから、到着までしばらくそこで……」
そこまで言いかけて、何かを見つけた感じの目になった。
「早く出すんだよ!!!」
「イエス! マム!」
船員たちが帆を上手に操作して、船は港から離れようとしていた。
「ダメです! 勇者様! その船! 違いますからっ!!!」
港の岸壁では、昨日ギルドに来たあのイケメンが、身振り手振りで違うアピールをしている。
え?
どういうこと?
「なんか、昨日の人、違うって。」
「なんだい。もうバレちまったのかい。そうだよ、わたしら、西国の人間じゃないよ。そうだね、自己紹介しようじゃないか。私は船長だけどね。西国じゃないよ。大トネニーズ諸島連邦さ。なんか、サッシー王国の王様、勘違いして私らの国には、勇者派遣しないっていうからね? それなら、自前で調達しようってことになったのさ。」
「自前でって。」
「ま、心配することないよ。少なくとも硬っ苦しい西国よりは、いい待遇のはずだからね。かなり自由も効くし。必要なら、サッシー王国にいつでも遊びに行けるし。ああ、レベル上げにいくのもいいかもね。」
なぜなのか。
どうしてこうなった。
「どうしよう。これって、拉致なんじゃないかな?」
「そう。拉致。絶対だめ。」
「まずいぞ。海の上だから、逃げようがないし。」
面白そうにこちらを見ている女船長。
「ま、いい勉強になっただろ? 魔王軍はもっと手強いから、騙されないように今のうちから鍛えておかないとね。まあ、西国を除けば、一番強力な軍隊を持つのが、我が連邦だからね。王様も、警戒してあえて勇者を寄越さないというのも分かるよ。うん、わかる。」
女船長は、一人で納得していた。
「勇者様方、それでは、お部屋へご案内いたします。こちらへどうぞ。」
海の男衣装だったけれども、執事のような落ち着いた雰囲気のある、イケメンだった。
女船長は、よくわかっている人だった。
迷わず付いていった。
船室に入ると、金髪の男が一人、室内中央の椅子に腰掛けていた。
「ああ、キミたちが勇者なのかい? ボクは、ニー島王国の王子、サクソン・ニー・トネニーズだ。よろしく。」
そして、白い歯を見せる。
海の男らしく、いい感じに日焼けしている。
今、冬なんですけどね。
そして、私たちも自己紹介をした。
もう、なるようになれと、運命の流れに、身を委ねることにした。
決して、イケメンに流された訳じゃない。
決して、王子様に流された訳じゃない。
ええ、決して。
煩悩退散、煩悩退散、すぐに呼びましょ仏教師。
流されて、ないよね?
ブックマークありがとうございました。
騙し合い奪い合いは、この世界ではよくあることみたいですね。
それでは、がんばれれば、また続きでお会いしましょう。