第112節 軍師あやうきに近寄らず?
新しい精霊を召喚します。
ロッコ、ラストときて、もう、召喚しないはずだったのだけれども。
背に腹は変えられませんから。
今日は、そういうお話です。
それでは、どうぞ。
<異世界召喚後48日目午後>
場所:ヨーコー嬢王国ウーバン領ウーバン村
視点:野中
「社長! 大変です!!!」
大岩井さんの鍋を食べ終わって、食休みをしていた麗かな午後は、長続きしなかった。
駅のドアを乱暴に開いたのは、マインエルフ。
確か、ソーン砦に配置していたマインウルフ軍団の小隊長だったように記憶している。
「どうした?」
僕と同じように食休みをしていた200匹近いマインウルフたちも、耳だけ立てている。
食休みを中断する気配はない。
「攻め込んできました。今は、残りのマインウルフたちとエメレンと族のみなさんが対応中です。」
「そうか。じゃあ、大丈夫だな。」
「ダメです! 攻め込んできたのは、王国軍です!!!」
「なんだと?」
魔王軍が攻め込んできたものだと思い込んでいた。
配置中のエレメント族がいれば、今なら、全然余裕な状況にある。
負ける要素がない。
それは、王国軍相手でももちろん変わらないのだが。
「なぜ?」
「領土を返せと言っています。」
「あ、あー。まあ、そうなるわな。」
「そうですね。」
領土、ぶんどっちゃったからね。
そりゃ、返せって言ってくるよね。
それどころじゃないと思うんだけど。
王都、魔王軍の侵攻で陥落していなければいいんだけどね。
「なんでそんなに彼らは余裕なの? 魔王軍の対応をしないと、国が滅ぶのに。」
「えっとですね。斥候に出ていたマインウルフの聞き齧った情報では、『魔王軍の相手をするよりも、新興勢力の相手をする方が安全だ!』とか言っていたらしいです。」
「なんて、へたれな。」
「魔王軍の相手したくなくて、現実逃避的に攻め込んできた様子です。」
なんてことだ。
ちゃんと現実を見ようよ。
すぐそこまで、魔王軍きているじゃん。
早くしないと、後ろからやられるよ?
「城壁を攻略できなくて、ぜんぜん脅威ではないのですが。でも、同じ斥候の情報では、後ろから魔王軍が迫ってきていて、明日にもソーン砦まで辿り着きそうな勢いです。」
「王都を目指すんじゃないの?」
「魔王軍も、社長にリベンジしたいそうです。」
「いや、そこにいないのに?」
「そんなの、奴ら知りませんから。」
「どうしようか。」
「この際、まとめてやっつけちゃいますか?」
魅力的な作戦だった。
犬らしく単純明快。
そして、一応、いろいろな問題も力技だが解決する。
やりたい。
その方法で解決してしまいたい。
でも、我慢の子だ。
「町は、誰が守っているんだ?」
「社長の仲間だった勇者と、町の有志が守っています。国の兵士は、砦攻略に『逃げ出して』います。」
「最低だな。」
「そうです。やっちゃえ、社長!」
いやいやいや。
そういうわけにもいかんだろ。
というよりも何か?
今なら、猿渡たちを助けられるんじゃないだろうか。
もっとも、あいつも中途半端に正義感強いから、町の人を守りたいだろうし。
でも、街を防衛しにいくにしても、王国軍が邪魔。
街を防衛しないと、王国軍は魔王軍に殲滅される。
あと、猿渡たちも、魔王軍にやられる。
どうすんだよもう。
「マインウルフ軍団なら、食休みが済めば、山越えで直接グレイトフィールに向かえますが。」
「その手があったか。」
「でも、マインウルフだけですけど。」
「相手は、魔王軍だしな。ちょっと不安だよな。」
「はい。せめて、攻撃の種類が違う仲間がいれば心強いのですが。」
今、目の前には、200匹以上のマインウルフがいる。
今の話は、全員耳を立てて聞いていた。
食休みが済めば、喜んで山越えをして、魔王軍を殲滅してくれるだろう。
そして、また、食材を増やしてくれることだろう。
でも、魔族や悪魔といった相手には、あまり効果的じゃない。
そこを何とかできるのは、精霊軍団なんだが。
レインは、よっぽどのことがない限り別行動したがらないし、ラストやロッコは山越えできない。
だからと言って、砦にいるエレメント族を動かすのは危険だ。
魔王軍が王国軍を蹴散らしたときに、守り手が薄くなってしまう。
現場を整理したい。
まず、ソーン砦には、マインウルフが10匹前後、1分隊規模で駐屯している。
それに加えて、東西の山灯台に、マグマエレメントとアイスエレメントたちがいたはず。
話では、このエレメント族も防衛戦に協力しているらしい。
もう、マグマエレメントが協力している時点で人間に勝ち目はない。
もうすでに、王国軍は死に絶えている可能性すらある。
そういうこと、しないように一応、お願いしてはいるけれども。
でも、それだって状況次第。
サイコロはどう転がるか分からないのが実戦の恐ろしいところだから。
対する王国軍は、おそらくグレイトフィールを占領したマッカース公爵領の軍隊だろう。
グレイトフィール自体も、マッカース公爵領に編入されたと見て間違いない。
軍隊としては、きちんとしていて、それなりの装備も整えていた。
魔物や魔王軍相手に、戦わないというのも、相手をよく見ている証拠だ。
そして、街を守っているのは、なぜか拘束を解かれた猿渡パーティーと町の生き残り。
いや、その戦力では、足止めにもならないでしょ?
なぜ、町を守らせたし?
もしかすると、助けをこちらが出すことを計算しているのか?
それを計算に入れているのなら、完璧な布陣と言わざるを得ない。
魔王軍と戦いたくないと言って、ソーン砦に攻め込んできているんだ。
僕たちに、その魔王軍を何とかさせようとしても、何ら不思議はない。
むしろ、だんだん、そうなんじゃないかと思えるようになってきた。
「僕たちが、グレイトフィール町を守ろうとすることすら、王国軍に利用されているんじゃないだろうか。」
「その可能性は大きいです。私たちに町を守らせれば、王国軍は、最終的に魔王軍との交戦することはありませんから。」
「やっぱりそうだよな。そういう計算になるよな?」
「ですです。」
なんだか、そう考えてくると、推測でしかないものの、とても頭にくる。
なんとか、その裏をかいてやりたくなる。
なんなら、魔王軍の相手を押し付けたい。
むしろ、直接ざまぁしてやりたい。
「よし。作戦が決まった。作戦名は『助けないけど救助作戦』だ。」
「野中さん。ちょっとひねくれすぎでは? いくらなんでもそれは。」
「いいんだ。もう、頭にきた。マインウルフ軍団を、グレイトフィールの町に派遣する。そして、町の人間を全員、王国軍に見つからないように、ネトラレ山東の砦から、一時的に救助する。するとどうなる。」
あ、みんなの見る目が白けている。
やるのは、君らだもんね。
わかるよ。
うん。わかる。
「成功すれば、グレイトフィールの町は、再び魔王軍に蹂躙されて、今度こそ更地になるでしょう。そして、その勢いのまま、王国軍と交戦することに。」
「そそ。その間に、こっちは体制を整えて、弱った魔王軍と戦って殲滅すればいい。その頃には、トロッコで僕と精霊軍団も到着しているから、魔族たちも消せるしね。」
ついでに、なんか邪魔してくる王国軍も消せるしね。
言わないけど。
「しかし、言うことを聞いてくれるでしょうか。これでもわれわれ、マインウルフですし。どう見ても魔物ですし。」
「そこはそれ、マインエルフになって、頑張ればいい。」
「わかりました。その作戦で行きます。もし、いうことを聞いてくれなかった時は?」
確かに、必ずしも説得に応じるとは限らないからな。
「その時は、グレイトフィールを守ってやってくれ。ざまぁできなくて、残念でしかないが。」
「できるだけ早く、助けに来てくださいね。」
「大丈夫なのですよ? レインが、王国軍の頭上を通過して、魔族たちを消しに行くのです。大船に乗った気で行くのですよ?」
「は、はあ。じゃあ、出発は2時間後に。」
「わかった。僕たちは、すぐにトロッコで出る。」
「ほんと、よろしくお願いしますよ? 社長。」
ウーバン村の中の壊された線路を補修していたラストとロッコに声をかけて、魔王軍と再び戦うことを告げると、予想外の対応だった。
「マスター。魔王軍の前に、やるべきことがあるだろう。忘れたとは言わせない。」
「ん。早くする。」
何かを要求されているようだが、何を要求されているのかとんと見当がつかない。
「何を?」
「ロッコ。ラストが言った通りだったろ?」
「ん。予想通り。マスターは忘れっぽい。」
「流石にレインも弁護できないのです。早く技能を使うのですよ?」
ん?
あ、ああ!!!
忘れていた。
やるって言っていたもんな。
新しい精霊を召喚するって。
いや、まあ、したくないのを誤魔化していたわけじゃないんだけども。
「わかった。すぐする。」
「MP切れるかもなのです。基本、全MPを消費するのです。注ぎ込むMPが多いほど、いい精霊が発生するのですよ?」
「なっ。ということは、ラストとロッコよりも、いい精霊が出るのか?」
「そうなのです。もういらない子になるかもなのですよ?」
「ま、マスター。や、やめないか? 2人いれば十分だろ?」
「ん。予想通り。ラストはヘタレやすい。」
もう、いらない子とか、ひどいこと言うなよ。
そうじゃなくても、ちょっとそう思う一面もあるんだから。
「制作!!!」
色々振り切って、技能を発動させた。
すると、目の前に半透明の操作パネルが発生した。
「制作スキルを使用します。制作する精霊を指定してください。」
そして、その下に、3つの選択肢が出てくる。
「トロッコ」
「プレートレイヤー」
「コンダクター」
え?
そう、3つの選択肢が普通に出た。
選択不可になっていない。
トロッコとか、プレートレイヤーを再び選んだら、どうなるんだろうか。
もう一人、召喚されるだけなのか、もしくは、一人召喚されて一人消えるのか。
それは、あとでにしよう。
とても気にはなるが。
「コンダクター!」
そして、その発声とともに、僕は気を失っていた。
トトン。
ゴトンゴトン。
一定のリズムが刻まれている。
変な感じのGが体にかかっている。
これは、乗り物に乗っている感触。
頭には、何か柔らかい太もも?
慌てて、体を起こそうとしたら、頭に手を置かれて、止められた。
「目を覚ましましたね。マスター。それでは、わたくしに、マスターのお名前を教えてください。」
目の前には、レインと同じ制服に身を包んだ。やはり120センチくらいの女の子がいた。
というより、膝枕をしてくれていた。
視線は、わずかに自己主張を始めている胸を通過して、優しい目をしている顔へ。
目鼻立ちの目立たない、整った顔。
ロッコとは違う感じの、おとなしめの女の子だった。
なんだろうか、こう、安らぎを感じる。
「野中だ。野中浩平。ノナカが苗字で名前がコーヘーだ。」
「こーへー。わかりました、マスター。」
やはり、名前では呼んでくれないのね。
「続いて、わたくしの名前を決めてください。」
そうくるよね。
どうしようか。
コンダクターって、こないだレインに聞いたら車掌さんのことだって言われたし。
コンちゃんとか、ダクターとか言ったら、レインにはダメ出しされたし。
「ちなみに、女の子でいいんだよね?」
「え? ええ。そうです。マスターの大好きな女の子です。」
いや、そこまで好きじゃないと思いたい。
その言い方だと、何だか僕が小さい女の子大好きなダメ人間に聞こえるから。
「じゃあ、そうだな。君は、何ができるんだ?」
「何でも。マスターの望むことなら何でもできます。」
「マジか?」
「マジです。」
「じゃあ、『パンドラ』だ。君の名前は『パンドラ』。君に望むことは、僕を堕落させないこと。おそらく、君は何でもできてしまうから、僕をダメにしてしまう予感がする。だから、君には、僕をダメ人間にしないことを望みたい。」
「『パンドラ』。意味は存じております。それでも、この名前を授けてくれたことに感謝します。」
こうして、車掌の精霊パンドラが生まれた。
決して開けてはいけない、パンドラの秘密。
そして、僕たちは、3時間ほどかけて、目的地に到着した。
「マスター。いつまでパンドラの太ももを楽しんでいるんだ! 早く起きるんだ。」
「ダメです。ラストさん。マスターはまだ、MPが回復していません。フラフラですよ?」
「ん。甘やかすのはよくない。早く活動する。」
そういうと、2人は、僕の両脇の下を取って、無理やり立たせた。
というか、トロッコからおろした。
「お、おう。立てるから。」
「ん。まだ強がっている。もう少しこのまま。」
「そうだぞ。あんな妖艶な女召喚しやがって。なんだ? 欲求不満なのか?」
「いや、欲求不満なのはとても認めるが、どこが妖艶な女なんだ?」
「ラストより胸が大きい。」
「ロッコよりも大きい。」
おいおい。
どんぐりの背比べだろ。
何嫉妬してんだよ、そんなことで。
でも、膝枕はきもちよかったのでよしとする。
「うふふふ。マスターは、ロッコさんとラストさんと、仲がよろしいんですね。」
すんごい表情だった。
ちょ、怖いんですけど。
なにそれ、嫉妬なの? 発生したばかりなのに嫉妬なの?
そんなに、静かに怒らないで欲しいんですけど。
「ロッコ。この子怖い。」
「ん。大丈夫。根は優しくていい子。マスターのことになると、ちょっとタガが外れるだけ。」
「いやいやいや。それ、十分怖いから。」
「大丈夫だ、マスター。私たちがついている。欲求不満なら、いつでも何とかしてやるから。」
「間に合ってます。」
こんなちびっ子たちで欲求不満を解消する予定はないからな。
というか、無理だろ、いろいろと。
そんなに上級者じゃないんだよ、もう。
「で、あれか。」
「そうだな。あれだ。」
「ん。王国軍。魔王軍から、砦に逃げてきている感じ。」
「いやいや、これは攻め込んできているというんだ。」
「マスター、パンドラとも話をしてください。」
え?
あ、この子、かなりのかまってちゃんだった。
大丈夫なのか、ほんとに。
それに、まだ、貨物輸送しかしていないのに、車掌はあまり必要なかったんじゃ。
どうしよう、言われるままに召喚してしまったけど、使い道考えてなかった。
やばいな。
「ちなみに、パンドラは、強いのか?」
「そこそこです。」
「職業で言うと、どんなタイプだ?」
「車掌です。」
「そうじゃなくて、戦士タイプとか、魔法使いタイプとか。」
「戦士にも、魔法使いにも回復術師にもなれる、器用貧乏な感じです。」
どういうこと?
「それが、車掌ですから。お客さんが怪我をされたら、応急救護します。でも、本職の回復術師ほどのことはできません。列車を妨害する魔物がいれば、戦士や魔法使いとしても戦います。でも、本職ほど活躍はできません。お金も扱いますので商人的な働きもしますが、やはり、本職には劣ります。つまり、器用貧乏な精霊です。でも、逆に言えば、マスターの望むことを何でもしてあげられます。頑張れば、ロッコさんのようにトロッコを作ったりもできますし、車両のメンテナンスだってできます。ラストさんのように、レールを引くことだってできます。線路が壊れていれば、応急措置だってできるんです。もちろん、本職には遠く及びませんが。」
ああ、溜まっていたのね。
そして、微妙な立ち位置であることが判明する。
何でもできるけど全てが中途半端。
だが、それがいい。
パンドラは、そういう精霊だった。
「それに、今なら、レベルは低くても、軍師の真似事をして、お役に立つことすらできるのです。」
「いや、それは無理だろ、さすがに。」
「できます。」
言い切りやがった。
戦闘経験ないのに、何言ってるんだよこの精霊は。
「相手は、引くに引けない状況の王国軍です。でも、攻め手にも欠ける。ならば、横に流してはいかがでしょうか?」
「は?」
「王国軍にも役目を与えるのです。町の横にある、あの瓦礫の山は、たしか宗教的に重要な施設だったはず。あれを守らせるのです。そうすれば、魔王軍と直接対峙することも少なく、こちらとも対峙することなく、かつ、私たちは魔王軍と遺憾無く戦えます。」
すごい。
たしかにそうだ。
その発想はなかった。
しかも、その発想のすごいところは、三方一両損ではないが、みんなが自分のしたいことをできると言う点にある。
僕らは、魔王軍を何とかしたい。
あと、猿渡たちと合流したい。
王国軍は、国を守っていると言うかたちが欲しいけれど、魔王軍とは直接戦いたくない。
魔王軍は、僕たちをやっつけたい。王国軍もやっつけたい。
すべては叶わずとも、最大公約数的な形で望みは叶う。
採用だ。
パンドラ、使えるじゃん。
しかし、問題は、どうやってこれを王国軍に納得させるかだ。
「ユリさんをお借りしてもいいでしょうか。あと、マインウルフ軍団を1分隊ほど。」
「何をするんだ?」
「簡単です。王国軍をあの、瓦礫の山に誘導して、釘付けにします。そして、パンドラには経験値が入ります。レベル、アップしてきますね。」
「ふぇ?」
「ユリさん、背中を貸してください。」
あまり納得していない感じのユリが、背中にパンドラを乗せる。
「では、そこの分隊の方。ユリさんについてきてください。走り抜けますよ。あと、ハラスメント攻撃もしますよ? ざまぁ、しますよ?」
そういうと、ユリ以下の一分隊が、パンドラの指揮下で、砦の西の端付近から地面に降り立った。
そして、遠距離魔法攻撃をパンドラが放つ。
威力はほとんどないが、射程がおかしい。
マインウルフたちも、それに続く。
ハラスメント攻撃だった。
いきなり、側面から遠距離攻撃を受けて、いきりたつ王国軍。
近くにいた兵士たちが、攻撃しようと近づいて行く。
犬スピードで、逃げる分隊。
追いかける王国軍。
やがて、その追いかける軍団は雪だるま式に増加していき。
気がつけば、砦の前の王国軍は、一人もいなくなっていた。
どうなっているんだよ、あいつら。
パンドラ無双とまではいきませんが、レベルが低くても活躍するキャラクターって、いますよね。
ゲームなら無理ですが、小説上ならありえます。
自分の能力を使わない形ならなおさらです。
こういう自由度があるのが、小説の面白さですね。
次回以降も、このパンドラに、敵味方両方がかき回される予定です。
本当にすごくいい子なのにね。
こんな小説に出たがために、とんがった使い方されちゃって。
それでは、とんがりすぎて没になったりしなければ、明日も12時から13時くらいに。